研究概要
●目的
本課題は、ムーンショット目標1(MS1)において、過去5年間にわたるIoB-Sの研究開発活動の実績を基礎に、それを継承・発展・強化するものである。過去5年のIoB-Sの活動が「フェーズ1」であるとすると、26年度からは「フェーズ2」に入ることになる。これからの5年間では、BMIを含むサイバネティック・アバター(CA)の社会実装に伴うELSIをより精緻に展開するだけでなく、新たに、国内法制度や社会的ルール形成に向けた指針の提供を目的とする。特に、身体や脳の制約からの解放を目指すCA社会において、AIを含めた技術と認知のエコシステム全体を視野に入れ、神経法学の基盤を構築し、社会受容性の高いCA社会の実現に貢献する。
●動向
ブレインテックの急速な進展に伴い、従来の法体系では想定されていない新たな論点が浮上している。国際的には神経倫理や神経法学の議論が加速し、多くの勧告や報告書が公刊されている一方、国内においては立法措置やガイドライン策定に向けた議論がほとんど進んでいない。技術の進化に対し法整備が追いつかない「法と技術の乖離」が懸念される。
●課題
・BMI/CA技術の社会実装に向け、既存の法学・倫理学との整合性を検討し、国際的なルール形成動向にいかに応じるかを明らかにする必要がある。
・技術開発の現場と法政策の現場(立法者・官僚)ならびに産業界との間に認識の乖離があり、実効性のある法制度設計のための対話の場が存在していない。
・一般市民や次世代層(中高生等)に対し、技術のメリットとリスクを正確に伝え、社会的な合意形成を図るためのアウトリーチが不足している。
●解決手段
・理論と実務両面にわたる神経法学の体系を完成させ、それに基づく現実的課題を啓蒙するホワイトペーパー作成する。
・立法者や官僚との情報交換の場を設け、お互いに学び合う意見交換会やコンソーシアムを設置・運営し、産業界も巻き込んで、法制度設計に向けた直接的な提言を行う。
・社会実装のためのアウトリーチとして、市民向けガイドブックの制作やイベント実施、中高生向け啓発活動、講座カリキュラムの開発を通じて、一般のリテラシー向上を図る。
●目標
①BMI/CA時代に向けた国内法制度の設計指針(法案骨子やガイドライン案等)を脳神経科学技術に照準して提示し、②立法者や官僚とのコンソーシアムを作り、制度形成プロセスに具体的な影響を与え、③多様なステークホルダーとの対話を可能にするプラットフォームを設置し社会的ルールの構築を支援する。
2026年度事業計画
■前年度より継続する活動内容について、継続する背景・根拠と目標
前年度までの「フェーズ1」では、神経科学技術とりわけBMIのインパクトを中心に、法的・倫理的課題の探索を行ってきた。その際の力点は、理論研究であり、また国際的な研究ネットワークへの参画であった。いずれについても大きな成果を達成できたと考えている。「フェーズ2」では、近時、活発化している国際機関での神経科学技術のガバナンスや統制枠組に関する提言や勧告を、わが国がいかに受け止め、国内法制化していくかを考え、提言していゆきたい。理論研究の枠を超えて、法制面での実践的な活動を視野に入れる。同時に、そのような成果を関連付けて、国際研究のネットワークをより一層広げていくつもりである。
■2026年度の新規活動目標と内容、実施の背景
1.【最終到達目標A】憲法・情報法・知的財産法等の専門家と連携し、BMI/CA技術に特有の法的課題を分析・整理する。特に、脳情報のプライバシー、アバターを介した行為の責任、自律性の概念について、神経科学的知見を踏まえた法理論を構築する。同時に、国際的なルール形成動向にキャッチアップするための情報収集と情報提供を行う(その際、とりわけ日本ならびにアジアの視点を意識したい)。これらの成果を基に、立法者や専門家を対象とした啓蒙バージョンであるホワイトペーパーを作成し、法制度設計のための基礎資料を提供する。以上の目標のために、【Aを念頭においた2026年度の目標】 まず、従来の我々の研究ユニットであるIoB-Sを再編して研究体制を確立し、主要な法的論点を抽出・整理する。特に、国際的な規範形成動向(OECD、 UNESCO、国連など)について情報収集と整理を行う(法的視点のみならずアジアの視点も意識する)。2.【最終到達目標B】立法者、官僚、法曹実務家、技術者等が参加するコンソーシアムを設置・運営し、定期的な意見交換を行う。技術開発の進展に即した法制度のあり方を議論し、政策形成プロセスに直接的に関与することで、実効性のあるルール形成を支援する。また、関連する審議会や検討会等への委員派遣や資料提供を通じて、政策決定に貢献する。【Bを念頭においた2026年度の目標】コンソーシアムの設立のためを設立し、主要なステークホルダーとのネットワークを構築する。 3.従前の国際連携をさらに推進するために、海外の研究機関との連携や協力を具体化したい。
2025年度事業報告
■当該年度事業計画に対する実施内容、および研究成果と達成度
IoB(Internet of Brains)の実現に伴うELSI課題の検討を継続しておこなってきたが、フェーズ1の最終年度にあたり、従来の法学・倫理学系のリサーチをまとめて、一書を公刊し、関連する論稿を出版すること、そして、5年間の研究の集大成として国際シンポジウムを行うことを中心に活動を展開してきた。以下に見るようにそのいずれも達成できた。特に、過去2年間にわたる著名法律雑誌での連載を書籍化できたことは、「神経法学」の名を冠するわが国で初めての業績となるだけに大きな成果であると自負しているところである。
■公刊論文数(件数と主たる公刊誌名)、学会発表件数(国内・国際)、イベントなど社会貢献の実績(年月日、場所)
1)目標達成に最も寄与する成果
IoB-S国際シンポジウム「Neurolaw in Action: Neurotech and ELSI in the Global/Asian Contexts」を主催した。
Neurorightsの提唱者の1人であるMarcello Ienca教授や、神経法学初のケースブックの編者であるFrancis X. Shen教授、Christoph Bublitz博士、Jenifer Chandler教授のような欧米を代表する主要研究者に加え、台湾・韓国の研究者を招聘し、神経法学の今後について議論を深めるとともに、MS目標1におけるELSIの取り組みを広く国外に発信した。
2)代表的な論文
・“Cognitive Liberty” from the Perspective of Japanese Constitutional Law, in Silvia Salardi, Neurotechnology in the Age of Human Rights: Ethical Challenges and Legal Approaches (Trivent Publishing, 2025) pp.231-251
本論文は、神経法学の名のもとに議論されてきたさまざまな課題・事項を体系的に整理するとともに、近時neurorightsやcognitive libertyといった新規な自由概念が国際機関の勧告やガイドラインにおいて参照されることに注目し、特に、cognitive libertyについて、日本国憲法の観点からその実効性と裁判規範としての有効性を批判的に検討し、今後必要となる研究課題を明らかにしたものである。
イタリアで開催された国際研究会をベースに発行された論文集として国外で出版されている。
・IoB-S/駒村圭吾編『インターネット・オブ・ブレインズの法 神経法学の基礎と事例研究』(2025年、日本評論社)
IoB-S で行ってきた法学セミナー連載(2カ年)の内容を補正・補綴し、1 冊の本にまとめて刊行したもの。2 年間の研究会の内容について、科学者・技術者との対話の第1部と、対話を元に作成したユースケースを検討する第2部から構成される。
・Ana Maria D’Ávila Lopes (Brazil), Sebastian Smart (England), Keigo Komamura (Japan), eds,Neurolaw: Legal Impacts of Neurotechnology (Porto Alegre : Livraria do Advogado, 2025)
これは、2024年10月28日から30日にかけてブラジルで開催されたIII SEMINÁRIO INTERNACIONAL DA REDE INTERNACIONAL DE NEURODIREITO EDIREITOS HUMANOS O FUTURO DA HUMANIDADE
UNIFORというコンファレンスの成果をまとめたオンライン出版である。ブラジルの神経法学者たちとの連携活動の一部で、コンファレンスに参加した駒村と福士がそれぞれ寄稿し、駒村が本書の編者として参加した。ブラジルは神経法学を標榜する研究者たちが活発な活動を見せており、今後の研究連携相手として緊密に連絡を取っていきたいと考えている。
■プロジェクト活動を通じて特に成果を挙げた事柄
1)目標達成に最も寄与する成果としては、IoB-S国際シンポジウム「Neurolaw in Action: Neurotech and ELSI in the Global/Asian Contexts」の実施である。Neurorightsの提唱者の1人であるMarcello Ienca教授や、神経法学初のケースブックの編者であるFrancis X. Shen教授、Christoph Bublitz博士、Jenifer Chandler教授のような欧米を代表する主要研究者に加え、台湾・韓国の研究者を招聘し、神経法学の今後について議論を深めるとともに、MS目標1におけるELSIの取り組みを広く国外に発信した。
2)多くの出版業績のうち、5年間の活動の総括として重要なのは、IoB-S/駒村圭吾編『インターネット・オブ・ブレインズの法 神経法学の基礎と事例研究』(2025年、日本評論社)である。IoB-S で行ってきた法学セミナー連載(2カ年)の内容を補正・補綴し、1 冊の本にまとめて刊行したもの。2 年間の研究会の内容について、科学者・技術者との対話の第1部と、対話を元に作成したユースケースを検討する第2部から構成される。
2024年度事業報告
■当該年度活動計画に対する実施内容、および研究成果と達成度
・経年で継続している活動内容について、継続する背景・根拠と目標
ELSIチームとして、IoB(Internet of Brains)の実現に伴うELSI課題の検討を継続しておこなってきたが、当該年度において、2022年度と2023年度の法学・倫理学系のリサーチをまとめた、IoB-S 研究会実装実験系中間報告書『脳神経科学技術(ブレインテック)の法的課題――神経法学(Neurolaw)の構築に向けて』の作成と配布を行った。また、これまでの連載(法学セミナー誌上における「インターネット・オブ・ブレインス」)の終了とそれにともなう書籍化を進め、補正と校正ゲラの完成を見ることができたが、出版自体は2025年度初夏にずれこむことになった。いずれにしても、中間報告書の発行を契機に国内のさまざまな研究会合等に参加し、我々のユニットのプレゼンスを高め、かつ神経法学という新分野の意義を啓蒙する活動を積極的に行ったところである。
・2024年度の新規活動目標と内容、実施の背景
2024年度に特有の活動としては、これまで蓄積されてきた研究成果についての国際発信を強化することを掲げてきた。この目標は当該年度において大きく達成されたと考えている。従来の韓国やアメリカでの報告機会を前提に、当該年度では、アメリカ(ボルティモア)、ヨーロッパ(マドリッド、ジュネーブ、ミュンヘン、ミラノ)で報告や会合を持つことができた。さらに、そこで得た知己がさらなるネットワークの拡大の呼び水となり、ブラジルでの神経法学系のコンファレンスに参加し、さらにIoB-Sの代表である駒村を編者とするブックプロジェクトが展開し、現在、ゲラ校正の段階にある。さらに、神経倫理の国際的なルールメーキングをリードするマルチェロ・イエンカ教授を東京の金井プロジェクトラボに招待し、2025年度の研究連携(日独共同研究)を促進することで合意を得た。さらに、American Journal on Bioethisc : Neuroscienceにアジアの神経法学の特集を組み、IoB-Sからは駒村が寄稿した(2026年に公刊予定)。近年、ニューロテックにかかる国際的なルールメイクやELSIの検討の動きが加速しているが、この動向にわれわれのユニットも参画するため、日本の政策形成担当者たちとの接触も解したところである。
■公刊論文数(件数と主たる公刊誌名)、学会発表件数(国内・国際)、イベントなど社会貢献の実績(年月日、場所)
・国外での学会発表等 International Neuroethics Society(INS), Baltimore, MA, USA 2024年4月18日(駒村、福士、小久保)、ICON・S(International Society of Public Law), Madrid. Spain 2024年7月9日(駒村、福士、小久保)、Workshop @ Utrechit Iniversity, Utrechit, Netherland 2024年7月11日(福士、小久保)、Workshop -Ethics and Governance of Emerging Technologies: European and Asian Perspectives-, Germany, Munich 2024年7月12日(福士、小久保)、EPFL, Hybrid Mind Conference, Geneva, Switzerland 2024年10月16日から18日(駒村、小久保), III Seminar of the International Network on Neurolaw and Human Rights, Zoom conference, 2024年10月28日から30日(駒村、福士、小久保)
・国内での学会発表等 The 10th CiNet Conference Frontiers of responsible research and innovation in neuroscience, 大阪大学 2024年12月10日から11日(駒村、福士、小久保)、脳神経倫理研究会、生理学研究所 2025年1月24日(小久保)。
・公刊論文数「4点」・IoB-S 研究会実装実験系中間報告書『脳神経科学技術(ブレインテック)の法的課題――神経法学(Neurolaw)の構築に向けて』(研究費による自費出版・配布)、Tamami Fukushi, East Asian perspective of responsible research and innovation in neurotechnology, IBRO Neuroscience Reports vol 16 (2024) 582-597, 松尾剛行「ブレインテックと行政法―脳神経情報を利用して行政活動が行われる時代における行政法総論、行政救済法、行政規制等の検討」一橋法学49巻3号(2024年)31頁所収、松尾剛行「ブレインテックと手続法-民事訴訟法、刑事訴訟法を中心に」学習院法務研究19号(2025年)13頁所収。
■プロジェクト活動を通じて特に成果を挙げた事柄
・2024年度の成果としては、今までの法学的・倫理学的争点の整理をおこなった、IoB-S 研究会実装実験系中間報告書『脳神経科学技術(ブレインテック)の法的課題――神経法学(Neurolaw)の構築に向けて』の出版・配布をおこなったことをまず挙げておきたい。これをもって国内ELSIの出発点を築くことができた。次年度では、より個別的なケースを、収集し、分析し、解決策の提言をしていくつもりである。
・2024年度の成果として特に強調したいのは、国際交流である。24年度に入り、駒村、福士、小久保の3名が中心になって国際交流のネットワークが一段と広がり、我々のユニットもそれなりに国際社会で認知されるようになったが。これは、この三名が従来行ってきた国際交流のネットワークを基礎に開始したものであり(駒村が国際公法学会、福士が国際神経倫理学会、小久保がNeurolawのネットワーク)、それらの旧来成果を統合し、重要な国際動向に結びつけることが当該年度において可能になった。世界のさまざま研究者や研究機関から、現在、執筆参加や共同研究のお誘いを受けている。次年度以降は、この国際動向にしっかりと寄り添い、また、研究参加者の増員も射程にいれて、慶應義塾(KGRI/XDignityセンター)、OIST,アジアの連携機関を、neurolawという新機軸で結びつけるハブとなりたいと考えている。
プロジェクトWebサイト:
インターネット・オブ・ブレインズ・ソサエティ(IoB-S)
