慶應義塾

1: エピゲノム編集技術によりプラダー・ウィリー症候群の 失われた遺伝子群の働きを回復させる方法を開発

今月のサイエンス - 2025年12月

1: エピゲノム編集技術によりプラダー・ウィリー症候群の 失われた遺伝子群の働きを回復させる方法を開発

Akisa Nemoto, Kent Imaizumi, Fuyuki Miya, Yuka Hiroi, Mamiko Yamada, Hirosato Ideno, Shinji Saitoh, Kenjiro Kosaki, Hironobu Okuno, Hideyuki Okano

左から、岡野栄之(教授)、根本晶沙 (共同研究員)、今泉研人(共同研究員)、奥野博庸(訪問講師)

プラダー・ウィリー症候群(PWS)は、父方由来の15番染色体特定領域の遺伝子機能が失われることで発症する先天性疾患で、筋緊張低下、発達遅滞、過食・肥満、ホルモン異常など多彩な症状を呈します。原因は視床下部機能不全とされ、根本治療は存在しません。患者は母方染色体上に同じ遺伝子を持ちますが、エピゲノム修飾により発現が抑制されています。このサイレンス化を解除して母方遺伝子を再活性化することが病態改善につながる可能性があります。今回、PWS患者由来iPS細胞にCRISPR/dCas9-SunTag-TET1システムを適用し、DNAメチル化を除去して母方遺伝子を再活性化しました。その結果、視床下部オルガノイドに分化後も遺伝子発現が維持され、シングルセル解析では異常発現パターンの回復を確認し、標的外の影響も認めず、安全性の面でも有望でした。これにより、世界で初めてヒト細胞モデルでエピゲノム編集によりPWS関連遺伝子を回復できることが示されました。今後は動物モデルや臨床応用に向けた検証、アンジェルマン症候群など他のインプリンティング疾患への応用、安全で持続的な遺伝子治療法の確立が期待されます。(網羅的メチル化解析は臨床遺伝学センター小崎教授(68回)との共同研究で実施しました)

(再生医療リサーチセンター教授、センター長 岡野栄之/東京医科大学小児科・思春期科学分野准教授 奥野博庸)

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2: 病気を「起こす細胞」を「抑える細胞」に変換して、 抗原特異的に治療

Science Translational Medicine.

2025 Oct 22;17(821):eadq9913. doi: 10.1126

Miho Mukai, Hayato Takahashi, Yoko Kubo, Yasuhiko Asahina, Hisato Iriki, Hisashi Nomura, Aki Kamata, Hiromi Ito, Yutaka Kurebayashi, Jun Yamagami, Norihisa Mikami, Shimon Sakaguchi, Masayuki Amagai

左から、高橋勇人(准教授)、向井美穂(共同研究員)、天谷雅行(教授)

尋常性天疱瘡 (PV)はデスモグレイン3(Dsg3)に対する自己抗体により全身に水疱をきたす自己免疫疾患です。誘導型制御性T細胞(iTreg)は抗原特異性と高い増殖能を併せ持つ有望な治療手段ですが、免疫制御能が不安定であることが治療応用の障壁となっていました。大阪大学(坂口志文教授)と共同で実施した本研究では、Foxp3遺伝子の脱メチル化を誘導し安定化させたiTregを用いてPVへの治療応用を目指しました。PVモデルマウスにDsg3特異的安定化iTregを投与すると、全B細胞数は不変でしたが、Dsg3特異的B細胞数を抑制しました。さらに抗Dsg3抗体価と皮膚症状が有意に抑制され、抗原特異的にPVを抑制することが示されました。また、将来の臨床応用を目指しPV患者由来の末梢血T細胞から安定化iTregの誘導条件を最適化し、Foxp3遺伝子の脱メチル化と試験管内での抑制効果が確認できました。本治療法は病原性T細胞を遺伝子改変せずに病気を抑制する安定化iTregに変換し患者に戻す手法であり、難治とされてきた自己免疫疾患に対して、より効果的で副作用の少ない治療法となることが期待されます。

(皮膚科学教室 向井美穂)

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