慶應義塾

「好きなことには正直に...」常識にとらわれない医学部生の挑戦

2020/02/28

医学部は勉強が大変なため、学業と部活動の両立は難しいと考える方が多いのではないでしょうか?実際、必修の科目が多く、他学部の学生のスケジュールとあわせて全塾の体育会に所属して活動するというのは大変なことです。

2019年、100年以上の歴史を持つ慶應義塾大学蹴球部(ラグビー部)において、医学部生の主将が初めて誕生しました。

文武両道を体現する慶應義塾大学医学部生は、多くの学生が医学部体育会に所属していますが、他学部生と一緒に活動する全塾の体育会に所属し、ましてや主将を務めることは、練習と学業の両立が難しいという常識と現実の中で、大変珍しいことです。

今回のFeaturesでは、慶大蹴球部主将を務めた医学部5年生(主将時:4年生)の古田京君を、慶應スポーツ新聞会として取材し続けてきた総合政策学部4年生の田中壱規君の記事を通して、ご紹介いたします。

世の中には自分の後ろ向きな選択で後悔している人がどれだけいるだろうか。常識にとらわれてしまい、「これはできないだろう」「あれをやるのは現実的に難しい」と自分の思いを捨ててしまう。そしてある時、チャレンジすればよかったと後悔する。

「枠におさまっていないですか?」

常識など関係なく本当にやりたいことをやった方がいい。そんな気持ちが込められたこの言葉。その言葉の持ち主こそ、慶應義塾大学医学部5年の古田京だ。

二兎を追う決意-学業とラグビーの両立-

古田はやりたいことをとことん追求する男だ。4年生までは医学部で勉強をする傍ら、慶大蹴球部に所属。その上、蹴球部では主将を務めながら大学トップレベルの実力を見せつけ、その文武両道ぶりからメディアを騒がせたこともある。枠におさまらずやりたいことを追求していったことで、周囲から羨まれるような存在になっていた。

しかし、そんな古田も枠におさまりそうになっていたときがある。高校3年生、進路を考えていたタイミングだ。医学部に入るか、ラグビー部に入るか、「二兎を追う者は一兎をも得ず」、二者択一で考えていた。それは当然なことだろう。両者を選択して、どちらも高いレベルで続けられるなんて誰が考えるだろうか。医学部に入って上のレベルでやっていけるほど、慶大蹴球部は甘くない。しかし、大学でもラグビーを続けたい。現実と理想の間で悩んでいた。

そんな古田の背中をそっと押したのが、当時慶大蹴球部のヘッドコーチだった金沢篤氏。

「やりたいならやっちゃいなよ、それでダメだったらダメでいいじゃん」

その言葉に後押しされて、医学部に入りながらラグビーをするチャレンジを選択したのだ。

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待ち受けていたのは厳しい日々。医学部生として授業を受けながら、ラグビーを続けることは容易なことではなかった。特に大変だったのは2年生の秋頃。医学部生として解剖の授業があり、さらにテストも間近に控える。そしてラグビーでは、戦力としての活躍が期待されていた。

プライベートの時間はほとんど取れず、ラグビーと勉強の毎日。周りが遊んでいる中、自分だけ勉強する。そんな毎日に寂しさを感じることもあった。二兎を追うことで生まれた代償。周りから「やつれていて心配」されるほど疲弊していた。

過酷な生活を送っていた古田だが、ラグビー部を辞めたいと思ったことはなかったという。

「絶対に何事も大変なことはある、ある程度の結果を残すためには、責任を持ってやりきる力が大事だと思う」

そのことを当時から知っていたのだろう。

自分で選んだ好きな道だとしても楽しいことばかりではない。だが自分の好きなラグビーをやるからには勝ちたいし、試合に出る以上やりきる責任がある。その気持ちが古田を突き動かしていた。その後も両立を続けた古田は、キャリアを重ねていき、ラストイヤーでは主将を務めるようになった。

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前人未踏-主将への挑戦-

『大学選手権優勝』目標は明確だった。そのために、僅差で勝てなかった昨年の反省を生かして3つの姿勢を徹底。「細部にこだわる」「どんな試合も勝ちにこだわる」「毎日全力」日本一になるため本気で取り組んでいたはずだった。

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しかし、結果は大学選手権準々決勝敗退。ライバル早大に悲劇的な敗北を喫し、夢半ばで古田のラグビー人生が幕を閉じた。

「達成感はほぼない」と話すほど、それだけ日本一に懸ける思いは強かった。自分のため、戦ってきた仲間のため、応援してくれたファンのためにも結果を残したい。だからこそ結果は到底満足できるものではないし、もっといい準備ができたと後悔することもある。

だが、二兎を追いかけた時間は古田にとって決して無駄なものではなかった。

「どちらもやっていなければ今の自分はない」

医学の世界・ラグビーの世界、両方にチャレンジしたからこそたくさんの人に出会うことができた。医学の道を極めようとしている者、ラグビーで上を目指している者など多種多様だ。多くの考えを自分の中に取り込めたからこそ、今がある。あの時チャレンジしていなかったら、様々なことに挑戦したい気持ちは生まれなかったかもしれない。

新しい夢に向かって

スポーツ×医者と考えると、整形外科の道に進むことが思い浮かぶ。だが古田は「新しいチャレンジをしたい」と意気込んでいる。そのチャレンジとは、『医療やスポーツを通してみんなが繋がれるボールパークのようなものを作る』ことだ。新しい医者の姿を開拓するスポーツ好きの古田ならではの夢である。

今は夢に向けて、ひたすら走る時期。まずは、医者としてレベルアップする必要がある。5年生の古田は、現在病院での臨床実習中。患者さんの思いや治療が与える影響を意識し、わからないことは周りに聞く。蹴球部時代に意識していた「細部にこだわる」姿勢で学んでいる。実習後には国家試験を控えており、医者への階段を一歩ずつ登っているところだ。

もちろん、スポーツとの関わりは外せない。平日の夕方には小さなラガーマンにラグビーを教えている。「小・中学生時代に学んだことが大学でも活きている」という実感が古田自身にあり、プレーの土台を作る時期の重要性を認識しているからこその取り組みだ。「早い段階で、少しでもレベルの高いラグビーに触れながら、自分が好きだと思えるプレーを見つけてラグビーをしてほしい」そんな思いを持っている。教えてみると、古田自身にも学びがあり、どの年代でも通ずる指導法に気づけているそうだ。

他にも、大学スポーツに学生の観客が少ない課題感から蹴球部在籍時に「K-project」を設立。観客席を学生でいっぱいにするべく、月に約1回、有志の慶應の学生と議論や企画の実現に向けて動いている。

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自分がスポーツをするのではなく、スポーツを支える。プレイヤー以外の経験が、古田を着実に成長させている。大学ラグビーでは結果を出せなかった分、「これから頑張らないといけない」と次なる目標への思いは強い。医療とスポーツを媒介にした新しいコミュニティの誕生はまだ先だが、古田ならいつの日か実現させるはずだ。

「好きなことには正直に、選んだからにはとことん」

これが古田の生き方。好きな思いを尊重してチャレンジングな選択をする。そして、選んだ場所で努力し続ける。

決して簡単なことではない。楽しいことばかりではないし、辛いことだって多々ある。

だが、そんな時期も諦めずに乗り越えていく。

そこまでしてようやく、選んだ道が後悔のないものに・自信の持てるものになるのかもしれない。

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