慶應義塾

学際的な環境で広がった自分自身の「幅」 -医学部 国内研究留学の紹介-

2020/12/11

中原楊君(医学部2年生)は、2019年度の1年生の春季休業期間を利用し、自主的な短期国内留学として沖縄科学技術大学院大学(Okinawa Institute of Science and Technology、以下OIST)で学びました。

慶應義塾大学医学部は、OISTとの教育・研究の連携を進めております。今後の活発な交流の先駆けとなる、中原君の大変貴重な体験を皆様にご紹介いたします。

慶應義塾大学医学部では、中原君のように自主的に学外の研究施設や海外の研究施設で自主的に研究活動をおこなう学生を支援していきます。

OISTで学んだ中原君に、実際にどのような発見や学びがあったのかを語っていただきます。

-はじめに-

私は、2020年2月初めから3月末までの約2ヶ月間、沖縄科学技術大学院大学(Okinawa Institute of Science and Technology; OIST)に研究留学しました。私のような学部生が特別にResearch Internという立場で、研究室の手伝いをしつつ勉強するという仕組みです。OISTがどのような大学院大学であるかは後ほどお伝えすることとして、まずは、私がOISTで何を行ったのかを紹介したいと思います。

私は「精神医学と身体性認知科学の関係」をテーマに、文献リサーチを行いました。かねてから意識の研究に興味があり、また、医学的・生物学的な手法(いわゆるwetな手法)以外も活用できるようになりたいと考えていたのでこのテーマを選びました。結果的に、当初やりたかったことは悔しくも実力不足で実現できませんでしたが、オープンなマインドで異分野に親しめたという点で、この選択は正解でした。

文献リサーチでは、”Ecology of the Brain” という、身体性認知科学の入門書および関連文献を読み込み、その上で自分が考えたことを盛り込んだレビューや、身体性認知科学関連の概念を可視化したマップを作成しました。仮説に基づいた実験を行って立証する、いわゆる「研究」は行わず、むしろ、その分野を座学で「勉強」するという言う方が適切でしょうか。そのような形でリサーチを進めました。

私が所属した研究室は、身体性認知科学ユニット(Embodied Cognitive Science Unit; ECSU)です。2019年冬にTom Froese准教授が就任したばかりで、比較的新しい研究室でした。

ECSUでは、工学的、生物学的、心理学的、さらに哲学的な手法から、環境や身体と脳(認知)の関係性の解明を目指す学際的な研究が盛んです。Froese准教授の言葉をお借りすると、「身体性認知では、相互作用が鍵となります。相互作用は、脳と体、そして環境内のその他要因の間で起こるものであり、単に心の産物であるだけでなく心の根本的な要素です。」ということで、脳にばかり目を向けるのではなく、その周りの要素も認知というシステムに入れることが大切であるという考え方です。

研究室のテーマは多岐にわたり、Human Machine Interface、人工知能、人工生命、進化的ロボティクスなどがあります。医学系の自分が存在すら知らなかったテーマも多々あり、刺激に満ち溢れる環境でした。

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研究室ではFroese准教授を筆頭に、ポストドクター、テクニシャン、大学院生が配属されており、合計で約15名いました。理系分野であるComputer Science, Industrial Design, Mechanical Engineering, Neuroscienceの出身もいれば、文系分野のPsychology, Philosophy, Anthropology出身の人もいて、OISTでも随一の多様性を誇る研究室になります。哲学の博士号を持つ研究者がいる研究室はおそらくここだけです。

リサーチの進め方としては、はじめにFroese准教授に直接相談し、自分のテーマを決めて、関連分野に詳しい大学院生の指導を受けながら、自分なりの考えを築いていきました。身体性認知科学はその定義上、神経解剖学、神経生理学、認知科学、心理学や哲学など他分野との関わりが非常に多く、とりかかるのが大変でした。新しく学ばないといけない概念が多く、レビューのための文献の読み込みに丸々6週間かけました。

研究では、文献や実験以上に、人から学ぶことが多かったです。研究室では毎週金曜日の午後にミーティングを行います。ミーティングは、Froese准教授からの情報共有→各人の研究進捗報告→輪読会と進んでいきます。ミーティングや研究活動を通じて、それぞれの研究テーマについての知見を得るのみならず、研究を進める上で大事なマインドセットもたくさん聞くことができて、非常にためになりました。

私の研究内容に興味ある方は、こちらから研究室での発表会に使ったスライドにアクセスしてください。質問も受け付けます。

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-OISTの紹介-

OISTは、研究者にとっての「ディズニーランド」です。

潤沢な予算、綺麗な施設、研究に理解があるリーダー陣、完全英語の環境、充実した教育リソース、美しい沖縄の海…。これらを目掛けて、世界的な研究者がOISTに集い、その科学者達に惹かれてさらに優秀な学生が集まります。今のOISTは、間違いなくこの正の循環を作り出していて、凄まじい速度で研究機関として成長しています。私は研究者になるかどうかわかりませんが、OISTでなら、研究者としてやってみたいとさえ思いました。そう思わせる、素敵な環境でした。

OISTは2011年に設立され、日本ないし世界随一の新進研究・教育機関としての地位を築いてきています。2019年、質の高い論文数で世界の研究機関をランキング付けするNature Indexの正規化ランキングにおいて、世界9位と評価されました。

OISTの特徴を概略すると以下の通りです。

・ 5年一貫性、博士課程のみの大学院大学。つまり学部生は存在しない。

・ 学生および研究者の半数以上が外国人であり、学内の公用語が英語になる。

・ 文科省ではなく内閣府の所管で、収入の多くを国からの運営費補助金が占め、潤沢な運営費・施設整備費が確保されている。

・ 理事会メンバーに世界的な研究者が多く、設計段階から研究者の意見が取り入れられたため、施設の設計や研究体制が学際的なコラボレーションを生み出すのに最適化されている。

なかでも、私が思うOISTの良かったところとして、学際的な学びを豊富にするための工夫が色々なところに施されていたことが挙げられます。

例えば、毎週土曜日午後にtea timeがあり、無料のおやつとコーヒーを目掛けてたくさんの研究者がカフェテリアに集まります。そこで自然と会話が生まれ、面白い話が聴けます。ホヤ(海鞘)の研究をする台湾人、機械学習の一種である強化学習を学ぶために東大からOISTに入った日本人、学部時代から論文を連発していた気鋭の分子生物学者など、医学部のレールに乗っていると一生会えないような、面白い人たちと会話することができ、知的興奮が止まりませんでした。また、研究棟にはたくさんのラウンジが設けられていて、コーヒーマシーンの前で待っている間に会話が生まれます。別の研究室の知り合いのインターン生達と認知についての議論が白熱し、気づいたら立ったまま1時間話し込むこともありました。また、黒板も置いてあり、たまたまそこで書きながら思考を整理していた知り合いが位相学(高等数学の一つ)ついてプチ講義をしてくれたりしました。

こういった突発的な議論が生まれる工夫以外に、イベントをほぼ毎日というかなりの高頻度で開催していることも特徴として挙げられます。その一つのイベントでは、東京大学准教授で、Brain Machine Interfaceの研究で有名な渡辺先生がいらっしゃり、講演の後ディナーに同席させていただくなど、偶然にもOISTにきたからこそ生まれた貴重な時間を過ごさせていただきました。

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-OISTでの生活-

インターンは皆、キャンパスからバスで15分の学生寮に住んでいます。私にはイギリス人のルームメイトがいて、週末には一緒にドライビングに行ったり、山を登りに行ったり、仲良くさせてもらいました。彼はケンブリッジ大学物理専攻出身で、OISTでは動物行動のAI解析に従事していました。彼のように、インターンは世界中からOISTに集まってきて、日本人はむしろマイノリティーでした。(50人以上いるインターンの中で日本人は4人のみ。)

OISTは比較的新しい大学なのでまだ世界での知名度が低いと思っていましたが、インターンの中にはハーバード大、ジョンズ・ホプキンス大、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンなど、いわゆる世界の名門校の学生が、かなりの人数いました。学生のレベルはかなり高かったです。

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-OISTで得たこと-

はじめの方で触れた通り、自分が最初にやりたかったことがOISTでできたかというと、できませんでした。精神疾患のモデリングを通して、工学的な手法から意識の解明に迫りたかったのですが、コードが満足に書けない・基礎知識が足りないなど、自分の実力不足で手を出せませんでした。「もし3年後だったなら」と、今でも悔やむことが時々あります。しかし、当時の自分にできる最大限の努力は尽くしたつもりでしたし、むしろ実力不足のおかげで、身体性認知科学という異分野をオープンに受け入れ、医学の人間が考える脳研究・意識研究とはヘテロな観点を自分の中に取り入れることができたと信じています。

この2ヶ月で、脳研究に対する自分のスタンスや、将来的に取り組みたい研究の方向性が大きく変わったのが、最大の実りだと考えます。

-これから-

私はOISTで、想像もしなかった認知神経科学の広がりを目の当たりにしました。医学は、究極的には「人間学」だと思うので、いわゆる医学の中で閉じてしまうと、新しい価値の創造は不可能だと考えます。OISTには、いわゆる臨床医学を扱う研究室はありませんが、医学生がOISTという学際的な環境に入り込み、臨床医学だけではない自分自身の「幅」を広げる意義は非常に大きいと思えます。私自身としては、今後も、マシンパワーを用いた脳のデコーディング、人工知能と脳科学の学際研究、人間と機械の融合に興味があるので、こちらをメインに扱っているFroese准教授の研究室や認知神経科学関連の他の研究室の情報を引き続きキャッチし、分野横断的に学びを深めていきたいと考えています。また、研究のやり方や実験系の扱い方、さらに脳の生理的基盤に対する理解が不足していることを実感したので、現在所属している医学部の研究室(田中謙二研究室)にて基礎作りに励みたいと思います。そして、今後、どこかのタイミングで、共同研究などの形でまたOISTと関わることを願っています。

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