慶應義塾

誰も取り残されない社会を目指して-今すぐにでも取り組むべき「共生」という課題

法学部政治学科 塩原良和教授

2022/07/28

誰も取り残されない社会を目指して

世界は今、ダイバーシティ(多様性)を志向し、どのような人も社会から孤立したり、排除されることなく、一人一人が社会の構成員として能力を発揮でき、互いを支え合う「ソーシャル・インクルージョン(社会的包摂)」に向かっている。今回の特集では、慶應義塾における知見や実践例を通して、これからの協生社会の在り方を考えたい。

慶應義塾 協生環境推進憲章

項目1

項目2

憲章 1

自他の尊厳に等しく敬意を払い、互いの人格を尊重し、協力し合う協生社会の実現を目指します。

   2

多様な価値観への理解を深め、自分らしく生きることへの共感と配慮を育む啓発活動を推進します。

   3

社会的障壁を取り除くことに努め、個々の選択に応じた生き方を実現できる環境を整備します。

今すぐにでも取り組むべき「共生」という課題 法学部政治学科 塩原良和教授

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「共生」のあいまいさが差別や不平等を見えにくくする

私の専門分野は大きく言えば「社会変動論」。近現代の社会構造の変化に伴う人々の価値観や文化、政治・経済の変容を、マクロ&グローバルな視点から考察する社会学の一分野です。その中でも国境を越える人々の移動と、それに伴い多文化化する社会について、主に日本とオーストラリアをフィールドに理論と実証の両面から研究を進めてきました。

近年、「多文化共生」という言葉がクローズアップされるようになりました。私はこの「共生」という言葉が社会でどのように使われ、それがどのような帰結をもたらすのかという問題意識をもっています。

「共生」という日本語はもともと、異なる種類の生物が「相互関係を持ちながら同所的に生活する現象」を表す生物学の用語として知られていました。例えばクマノミとイソギンチャクの「共生」関係といったことです。それが1970年代頃から「自然との共生」「社会的弱者との共生」などと人文社会科学分野でも使われるようになり、2000年代に総務省によって「多文化共生」が行政用語として広く使われるようになりました。

「多文化共生」。一見、文句の付けようもない言葉ですが、日本に住む外国にルーツをもつ人々にとって良いことばかりではありません。国や自治体の「多文化共生」施策には、そうした人々に言語や文化の面で“日本人”との同化を促すパターナリズムに陥っているものもあります。「多文化共生」に限らず「共生」という言葉のあいまいさが、差別や不平等、不公正の存在を見えにくくしてしまうこともあります。

現場で学ぶフィールドワークで共生社会の課題に取り組む

もちろんそうした問題点を認識し、より望ましい「共生」を進めようと取り組んでいるNPOや自治体もあります。私のゼミでは、ゼミ生全員が神奈川県川崎市や横浜市での「共生」に向けた取り組みの現場でフィールドワークを体験します。3〜4年次の2年間、週1回のペースでNPOの人々と共に、海外にルーツを持つ若者や生活保護受給家庭の若者と関わり、支援活動に取り組みます。文化やアイデンティティの差異と貧困(さらに言えばジェンダーやセクシュアリティ)の問題は社会の中で複雑に絡み合っており、その”交差性“を現場でしっかり経験してほしいとゼミ生には期待しています。

ゼミ生はフィールドでの体験を「フィールドノーツ」としてまとめ、ゼミ専用Facebookページで全員が情報を共有。フィールド体験をベースに関連文献をあたりながら、現場の映像なども交えたプレゼンテーションを制作し発表します。また、卒業論文の代わりにフィールドノーツをまとめたエスノグラフィ(民族誌)を提出することもできるコースを用意しました。

前述した通り、「多文化共生」を含め、日本の「共生」に向けた取り組みはまだ発展途上です。海外ルーツの人々や貧困層、性的マイノリティの人々が不公正で生きにくい状況に置かれている現状がある限り、それは社会全体が今すぐ取り組むべき課題です。ゼミ生たちのような若い世代は、中高年世代と比べて多様で寛容な価値観を持っているので、彼らが社会の中枢となれば「共生」も必然的に進むだろうという見方もあります。しかしそれは虫が良すぎる考えだと私は思います。「共生」は喫緊の社会課題なのですから、現在の社会を動かしている私を含む大人が責任を持って、差別や貧困、抑圧や排除などの問題に取り組み、若い世代が希望を持ち得る社会をつくるべきでしょう。私の研究と学生たちへの教育がその一助となることを願っています。

卒業後も「現場」に関わっていきたい 法学部政治学科4年(取材時) 小林夏穂君

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私のフィールドワークの現場は川崎市の県立高校。海外にルーツを持つ生徒への日本語教育のサポートを中心に、受験勉強なども教えていました。生徒たち一人一人がしっかりと、自分の将来を考えていることに感心させられる一方、その夢をかなえるためには、変えるべきことが社会には多くあるという現実にも直面しました。4月から新聞社に勤務しますが、社会人になってからも仕事やボランティアを通し、多文化共生の現場に携わっていきたいです。

言葉の裏側にある本質を見極める目を 法学部政治学科4年(取材時) 小林 優君

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塩原先生の「多様性」や「共生」に関するお話に、何回ハッとさせられたことでしょう。多様性の大切さを分かっているつもりでも、実は自分で価値観が違う考え方を無意識にシャットアウトしていることに気付かされたり……問題の本質を見極めることの大切さを教えていただきました。塩原ゼミでは生活保護受給家庭の中学生に勉強を教えるボランティアを体験。しっかりコミュニケーションを図り、彼らの言葉に隠されている気持ちを見逃さないよう心がけました。

※所属・職名等は取材時のものです。

この記事は、『塾』2022 SPRING(No.314)の「特集」に掲載したものです。

『塾』2022 SPRING(No.314)