慶應義塾

10代の意欲と創造性を引き出す「居場所」をつくり 個性を生かせる優しい社会を実現したい

卒業生 今村久美君(環境情報学部卒)

2021/05/21

今村久美(いまむら くみ)/認定NPO法人カタリバ代表理事

2002年環境情報学部卒業。在学中の2001年に任意団体NPOとして「カタリバ」を設立。高校生を対象としたキャリア学習の出張授業「カタリ場」をスタートさせた。2006年に東京都のNPO法人化。2009年に日本を代表する起業家として米国『TIME』誌の表紙を飾る。東日本大震災以降は、被災地や生活困窮世帯など困難を抱える子どもたちの学びの意欲と創造性を引き出す幅広い教育支援事業を次々と展開。文部科学省・中央教育審議会委員として政府にも積極的に提言を行っている。

2度目のチャレンジで念願のSFCに入学

-10代の教育支援を展開されている「カタリバ」を率いる今村さんですが、ご自身の10代はいかがでしたか?

今村:私の故郷は岐阜県の飛騨高山で、高校までそこで育ちました。特に成績が良いわけでも、活発に生徒会活動などをしていたわけでもなく、ごくふつうの高校生です。周りに大学生など一人もいませんでしたから、TVやファッション誌の中に広がる東京の大学生活に憧れていました。今では自然豊かな故郷が大好きですが、当時は早く田舎を出ていきたいという気持ちが強かった。しかし、学業成績が良かったわけでもありませんから、大学入試は学力試験を課さない「AO入試」に賭けました。いくつかの大学のAO入試にはすんなり合格できたのですが、実をいうとSFCは一度不合格になっているのです。

-そうだったのですね。「AO入試」合格までの経緯を教えてください。

今村:夏のAO入試では地元・岐阜県の徳山ダム建設をめぐる公共事業と市民生活との関係について論じた小論文を提出しました。ところが面接担当の先生にその論文を完膚なきまで論破されてしまいまして。今から考えればやはり幼稚な論旨だったと思いますが、もう悔しくて(笑)。先生のご意見にすべて反論を加えた文章を出願書類に添付して、秋にもう一度AO入試にチャレンジ。今から考えると冷や汗ものですが、それでなんとか滑り込むことができました。SFCに入学したかったのは、総合政策学部と環境情報学部という当時は新しかった学部名称から「なんでもできそうな大学」という期待感があったからです。

-では、入学されたSFCの印象はいかがでしたか?

今村:毎日がほんとうに楽しくて刺激的でした。見た目もおしゃれな同級生たちが、それまで私が使ったことがないような語彙を駆使して社会や未来を語っていました。私と同じくAO入試で入学した学生は特に個性的な面々が多かったと思います。私自身もSFCのカリキュラムで学びながら、それこそ生まれて初めて「学ぶ喜び」を味わうことができました。知らなかったことを学ぶことはこんなにワクワクすることなのか……1、2年生のときはそんな一種の興奮状態の中で、学生生活を過ごしていたと思います。

やがて成人式で地元に帰ったとき、私はその興奮を高校時代の友人たちに伝えようとしたのですが、だれも「学ぶことが楽しい」をわかってくれませんでした。故郷を離れて大学生になっている旧友もいましたが、毎日が「つまらない」と言うのです。久しぶりの再会の場なのに言葉で表せない断絶感を覚え、とてもショックでした。

そこで私は気づきました。慶應義塾で学んでいる学生は「選ばれしサラブレッド」だということに。多くは大都会で生まれ恵まれた環境で育ち、教育など多大な恩恵を得てきた彼らは、しかしそのことに無自覚であり、故郷の友人たちが生きている社会がまったく見えてはいない。そこには生まれ育った環境による社会の分断があります。夢も目標もなく毎日が退屈だという地方の若者を見たら、SFCの同級生たちは「自分の努力不足だよ」と言いかねません。そう考えると入学したときの興奮は急速に冷めていきました。そして、言いようのないフラストレーションを抱えながら、私は「どちらの世界も知っている自分だからできることがあるのではないか」と考え始めました。

-そうした思いが「カタリバ」の立ち上げにつながっていくのですか。

今村:そうですね。自分は地方の友人たちとSFCの友人たちの両方の世界を知っている。なんとか彼らの懸け橋となるような仕事はできないかと考えました。新しいビジネスで成功を収めていたSFCの先輩たちはすごいと尊敬していたけれど、私はもっと違うチャレンジがしたかった。

4年生のときには村井純教授の研究室にお世話になりました。それはインターネットの世界観に大きな魅力を感じたからでした。すべての人をフラットにつなぎ、だれもが自分の意見を世界に発信できるインターネットというロマンと出合ったことが、格差や分断という事実に直面して悩んでいた当時の私を救ってくれたと思っています。

やがて私がたどり着いたのが「教育」でした。子どもたちの想像力をかき立てて、生き生きと自由になれる教育。一方的に教えられるだけでなく、子どもたち自らが発信できる新しい教育を自分の手でつくりたい。そんな夢を抱いて、ほとんど思い込みだけで大学卒業を待たずにNPOを立ち上げました。

お弁当を提供するサービス「カタリバごはん」

「半学半教」の実践でもある「カタリ場プログラム」

今村:まずは大学生を中心としたボランティアを集め、こちらから学校に出向く「カタリ場プログラム」から始めました。そこで目指したのは上から命じるタテの関係(親・教師)でも、同質性の中でのヨコの関係(友達)でもない「ナナメの関係」。少し年上のお兄さん、お姉さんとのフラットな本音のコミュニケーションを通して、中高生に「こんな人になりたい」というロールモデルを発見してもらうことが目的です。時には「こんな人にはなりたくないなあ」ということがあってもかまいません。大切なのは中高生が自分でロールモデルを選びとって、彼らの心に灯をともすことなのです。

私は福澤諭吉先生の「半学半教」という言葉が好きなのですが、まさに「カタリ場プログラム」ではそういうことが起こっていて、ボランティアの大学生たちも中高生との対話の中で自分をあらためて見つめ直し、人間として成長してくれています。

とはいえ、最初は事業としてなかなか成立せずに、フリーターをやりながら続けている状態でした。でも目指す社会像や教育の在り方は明確に見えていました。

私は社会的に恵まれた立場の人たちに子どもたちの分断への想像力を持ってほしいと痛切に感じています。例えば少年法改正が厳罰化の方向で進んでいますが、私は社会的にケアされなくてはならない未成年が孤立しない社会、もっと優しい社会をつくらなければ根本的な解決にはならないと考えています。さまざまな環境で育った10代が、経済原理だけではない幸福を見つけて、それぞれの夢を目指して意欲と創造性を育める社会……「カタリバ」が目指すのは、そうした優しさのある社会です。

-2011年の東日本大震災では、直後から被災地の子どもたちの活動に取り組まれました。

今村:はい、当時の寄付税制改革によって認定NPOへの寄付金が増えたおかげで、それまでできなかった活動にも取り組めるようになったのです。震災後、私たちは多大な被害があった宮城県女川町と岩手県大槌町に放課後の学びの場「コラボ・スクール」を設置しました。コラボ・スクールは2016年の熊本地震で大きな被害を受けた熊本県益城町にも設立し、いずれも地域と連携しながら被災した子どもたちの学習支援と心のケアを行いました。その後、中高生が好きなことにいつでも挑戦できる秘密基地「b-lab」(東京都文京区)、貧困や複雑な家庭環境など困難を抱える子どもたちの安全基地など、10代の「学びの場」と「居場所」となる学校外の「カタリ場」がどんどん生まれています。

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一人一人の個性に応じた個別最適の教育の可能性を

今村:島根県では不登校児童を対象とした支援の場を開設しました。インターネットを駆使して、地域の人々、学校、行政がみんなで不登校状態の生徒を支えていく仕組みづくりにチャレンジしています。目の前で困っている10代を助けることはもちろんですが、私たちの活動一つ一つが現代社会のさまざまな課題を解決し、優しい社会をつくるためのモデル事業であることを常に意識しています。

また今後は、行政の中にカタリバのメンバーが参加して、教育政策をもっと社会に開いていく、いわば「学校を”カタリ場“に変えていく」活動にさらに力を入れていきたいと思っています。「学校って毎日同じ時間に登校して、同じ学年ごとにみんなが同じ場所で同じ内容の授業を受けなければならないものなの?」。教育を、学校を、そんな原点から問い直していきます。

-新型コロナウイルス感染症拡大に伴う小・中・高等学校の全国一斉休校の際には、直後からオンライン上のフリースクール「カタリバオンライン」をスタートさせています。

今村:休校となる3月2日の数日前にはすでに政府から全国一斉休校のアナウンスがありましたから、急ピッチでプログラムや人員の準備を進め、3月4日にはサービスをスタートさせました。これまでリアルの場で蓄積してきたノウハウに加え、オンラインの特性を生かして世界の子どもたちとつながるプログラムなどを用意し、2000名以上にご登録いただきました。オンラインの環境が整っていないご家庭にはパソコンやWi-Fiルーターの無料貸し出しを行っています。カタリバオンラインは10代だけではなく、その親も対象です。自分が親になって気づいたのですが、子育てする親にも「ナナメの関係」の話し相手が必要なのです。そこでカタリバの専門スタッフが定期的に親子のメンタリングを行っていく仕組みをつくりました。メンタリングの対象者だけでなく、その背後に何万人もいる10代の子どもとその保護者たちも視野に入れた実証事業として、SFCの先輩でもある教育経済学の専門家・中室牧子総合政策学部教授にご協力いただき、関わり方を検証しながら取り組んでいます。これから当分の間、私たちはコロナとともに生きていくことになるでしょう。その中でオンラインツールなどを駆使しながら、一人一人の個性に合った「個別最適の教育」ができる学校の可能性も追求していきたいと思っています。

66世帯の子どもたちへ「奨学PC」を貸し出した

-最後に塾生へのメッセージをお願いします。

今村:先ほども話題に出しましたが、慶應義塾で学んでいる皆さんは、この社会の中で「選ばれしサラブレッド」であることを自覚してほしい。恵まれた環境で育った自分たちには見えない社会の原風景があることを知ってほしいと思います。キャンパスでもたくさんの友人をつくってほしいですけど、在学中にたくさん旅に出て、いろんな人と出会ってほしい。コロナ禍の今はちょっと言いにくいことなのですけど(笑)。

-本日はありがとうございました。

この記事は、『塾』2020 AUTUMN(No.308)の「塾員山脈」に掲載したものです。

※所属・職名等は取材時のものです。