2021/12/15
20世紀を代表する日系米国人の彫刻家、イサム・ノグチ。2021年8月29日まで東京都美術館で開催された『イサム・ノグチ 発見の道』では、迫力ある大型彫刻や光の彫刻「あかり」を用いたインスタレーションが来場者を魅了した。父親を通して慶應義塾に“縁”を持っていたノグチ。その波瀾万丈な人生と、今も三田キャンパス南館に残る「旧ノグチ・ルーム」について紹介したい。
イサム・ノグチ(1967年撮影)
日米のはざまで揺れた そのさすらいの人生
イサム・ノグチは1904年、米国・ロサンゼルスで生まれた。父は慶應義塾大学部文学科出身の詩人(後に文学科教授)・野口米次郎、母は米国人作家のレオニー・ギルモアで、父は間もなく日本に帰国。1907年に母はノグチを連れて米次郎のいる日本に渡るも、米次郎は別の日本人女性と家庭を持っており、最終的にノグチは母と共に暮らすことになる。
1918年、母の意向で単身米国へ渡った。著名な彫刻家に弟子入りして芸術家を志すも迷いが生じ、1923年にはコロンビア大学医学部進学課程に進学。医学の道を模索するようになる。その際に知己を得たのが野口英世だった。米次郎が米国で講演旅行をした際、同姓の縁もあって交流が生まれたことから、英世はその息子にも親身に接した。ノグチが「医者か?芸術家か?」という人生の選択について英世に相談すると、英世は「それは芸術家の方が偉大である」「父のような芸術家になれ」と背中を押したと伝えられている。
1924年、ニューヨークの美術学校で本格的に彫刻を学び始め、翌年には彫刻展を開催するなど彫刻家としての地歩を固めていく。1927年にはグッゲンハイム奨学金を得て、パリへ留学。その後、舞台装置の製作やメキシコでの壁画制作等を経て、国際的な新進芸術家としての地位を着実に確立していく。ノグチが再び日本の土を踏むのは1931年、その際、複雑な感情を抱いていた父との再会を果たしている。
教授だった父との縁で慶應義塾に傑作を残す
1949年よりボーリンゲン財団の助成で欧州、エジプト、インド、インドネシアなどを訪問していたノグチは、翌1950年に19年ぶりに来日。日本の芸術家や建築家に歓待され、戦後復興期の日本で多くのプロジェクトに参画した。そのうちの一つが三田キャンパスの第二研究室の談話スペースの空間デザインだった。
慶應義塾は第2次世界大戦中の空襲で多大な被害を受け、1947年の創立90年を契機に当時の潮田江次塾長が建築家の谷口吉郎に校舎復興を委託していた。大学内の人々の自由な交流の場として1876年に建てられた萬來舎もその一つ。谷口は演説館に隣接する旧萬來舎跡地に第二研究室の庭園と談話室を萬來舎を引き継ぐものとしてよみがえらせ、福澤の精神を新しく継承することを目指した。谷口はその空間デザインを潮田塾長から米次郎の息子として紹介されたノグチに委ねる。
ノグチは谷口の「新萬來舎」構想に共鳴し、1947年に病没した父を記念するスペースとも感じて制作に着手。1951年の竣工後、コンクリート、石、木、鉄など多様な素材で構成された斬新な空間デザインと、隣接する庭園に設置された《無》《若い人》《学生》の3つの彫刻作品は大きな話題を呼び、モダニズムデザインの傑作との評価を得た。この「新萬來舎」とも呼ばれた空間は、やがて「ノグチ・ルーム」の名称が定着することになる。
文化財保護の議論の末に再生された「旧ノグチ・ルーム」
それから約半世紀後の2002年、三田キャンパス南館建設のため第二研究室の解体が決定した。その際、「ノグチ・ルーム」の保存をめぐり、ニューヨークのイサム・ノグチ財団を含め、学内外で議論が起こり、社会的にも注目されることとなった。
最終的に解体は実施されたが、ノグチ・ルーム部分の室内空間と設備を当時理工学部教授であった隈研吾氏、庭園部分を環境デザイナーのミシェル・デヴィーニュ氏が担当し、新たな空間として再生させることになる。2004年、南館3階のルーフテラスに建物と《無》が設置され、《若い人》と《学生》は南館1階で展示されることとなった。
移築・復元されたその空間は現在「旧ノグチ・ルーム」と呼ばれている。建物内は通常は非公開だが、定期的に公開イベントが行われ、ノグチの芸術に接する機会を提供している。
「ノグチ・ルーム・アーカイヴ」360 度パノラマムービー画像公開中
慶應義塾大学ア―ト・センターでは、「ノグチ・ルーム」の移築計画以前からその芸術的・文化財的価値に注目し「ノグチ・ルーム・アーカイヴ」プロジェクトを進めていた。Webサイトでは移築前の室内と庭園を360 度パノラマ撮影したムービー画像を公開している。
無料オンライン講座「旧ノグチ・ルームへの招待:大学における文化財の保存と活用」開講中!
「旧ノグチ・ルーム」をケーススタディとして取り上げ、大学における文化財の可視化と保存、活用の可能性について考えていく講座。
この記事は、『塾』AUTUMN 2021(No.312)の「ステンドグラス」に掲載したものです。