慶應義塾

「健診弱者」や「看取り難民」を救うため、 社会が求める医療のイノベーションを!

卒業生 川添高志君(看護医療学部卒)

2020/08/28

川添高志(かわぞえ たかし)/ケアプロ株式会社代表取締役社長 看護師・保健師

2005年看護医療学部卒業(1期生)。経営コンサルティング会社でビジネスを学び、東京大学医学部附属病院で看護師として医療現場を経験。2007年12月に東京・中野で「ケアプロ株式会社」を起業した。当初は予防医療サービス「ワンコイン健診」から事業を始め、東日本大震災での被災地支援の経験から在宅医療分野でも事業展開。これまで顧みられなかった若い訪問看護師育成にも力を入れる傍ら、交通弱者と看護師などをマッチングさせる「ドコケア」を立ち上げた。

医療や福祉の課題を解決する事業を自分の手で立ち上げたい

-川添さんが起業されたケアプロは「予防医療」と「在宅医療」を事業の二本柱とされています。それぞれこれまでの常識を変え、法律さえ変えた事業展開で注目を集めていますが、高校生の頃からすでに起業を考えていたそうですね?

川添:はい。きっかけは高校入学の年に、バブル崩壊の余波で父がリストラされたことでした。たいへんショックで、たとえ大企業に勤めていても決して安心できないことを痛感させられました。「自分で仕事を作り出せる人にならなければダメだ」という危機意識が自分の中に生まれ、高校のクラスメートにも「将来会社を作るぞ」と話していました。そんなわけで当時ついたあだ名は「社長」(笑)です。

-それがなぜ看護医療学部への入学に結びついたのですか?

川添:私は長崎の被爆3世でもあり、医療への関心は子どもの頃から高かったかもしれません。幼稚園のときに咽喉ポリープの切除で入院しました。自分は元気になって退院できるのに難病で退院できない子どもがいることを知り、そのことが心にずっと引っかかって。たとえ病気でもより良く生きることができる医療というものを考えるようになりました。「キュア(治療)からケアへ」という弊社のスローガンはそうした思いが原点です。

-医学部に進学してもおかしくない少年時代でしたね。

川添:そうですね。今の仕事につながる一つの転機は母が高齢者介護の仕事をしていた関係で、高校時代に老人ホームでボランティアをしたことです。初めて老人ホームに足を踏み入れてまず驚いたのは、室内に悪臭が立ちこめていたことでした。人手不足で少数の職員が大勢の高齢者の面倒を見なくてはならないという事情があったので十分なケアができていなかったのです。そうした労働環境に疑問を感じながら働いているうちに、利用者にも職員にも過酷なこの状況を変えることができるのは経営の力ではないかと思いました。医療や福祉が抱える問題を改善・解決する事業を自分の手で始めたい。その勉強をするために選んだのが看護医療学部です。SFCにはベンチャーのイメージがありましたし、まっさらな状態から新しい歴史を切り開くことができる1期生というのが良かった。

-看護医療学部での学生生活は?

川添:1年生は医療や看護の基礎を学ぶのですが、私はできるだけ早く医療現場を経験したかったので、夏休みに慶應義塾大学病院で看護助手のアルバイトをしていました。春休みのインターンシップとして訪問看護ステーションの仕事も見聞することができ、2年生では終末期ケアも体験。医療と経営について現場の見聞を通して多くのことを学べたと思います。それと並行して起業に興味がある学部の友人と著名な起業家に直接会ってお話を伺ったりもしました。

-医療ビジネス分野での起業に向けて着々と準備されていたのですね。

川添:3年生では海外研修科目として米国での臨床看護実践に参加しました。メイヨー・クリニックという有名な総合病院を視察したのですが、その際に街中のスーパーマーケットで初めて「リテールクリニック」と出会いました。これはショッピングセンターやドラッグストアなどに併設された医師の常駐しない簡易クリニックで、看護師が簡易的な診断と治療を、安価に行う医療サービスです。私が起業してすぐに始めた500円で受けられる健康チェック「ワンコイン健診」はこの米国での経験がベースになっています。また、4年生の頃と卒業後1年間は、経営コンサルティング企業で働きながら経営について実地で学びました。

米国メイヨー・クリニック研修

「健診弱者」を救う「ワンコイン健診」

川添:企業で働いた後は、東京大学医学部附属病院の糖尿病・代謝内科病棟で看護師として働きました。このときに患者さんたちの「生の声」をたくさん聞けたことが、後に事業を考える際にたいへん役立ちました。重い症状の患者さんたちはもっと健康に気をつけるべきだった、健康診断を受けておくべきだったと反省されていました。糖尿病合併症による壊疽で足を切断する患者さんもいました。そうした患者さんは長い間健康診断を受けておらず、「もっと気軽に健診できたらこうはならなかったのに」と後悔の言葉をもらしました。まさに米国で見聞したリテールクリニックのような健診システムが必要だと感じ、私はこれこそが自分が手がける事業ではないかと思い、病院を辞めて、2007年12月に東京・中野で「ケアプロ株式会社」を設立。自己採血で血糖値、中性脂肪、コレステロール、肝機能、骨密度など1項目500円で受けられ、その場で結果がわかる「ワンコイン健診」のサービスをスタートしました。

なぜ中野だったのかと言うと、私なりのマーケティングによる判断でした。過去1年以上健康診断を受けていない「健診弱者」は、全国に約3600万人以上いると言われています。中野は東京23区の中でも特に人口密度が高く、20代30代の男性フリーターが多い場所で、自営業者や主婦も多い。これらの人々は健診弱者であることが多く、まさに私たちがターゲットとする人々です。最初は怪しまれてなかなかお客さんが来なかったのですが、中野駅前でチラシ配りをして頑張っていると、メディアからも注目されるようになって多くの方に「ワンコイン健診」を利用していただきました。

-病院でなくても健康状態を調べることができるのですね。

川添:自己採血なので医療行為ではありませんが、当初、近隣の病院からクレームが寄せられたことがありました。そこで医師会に出向き、言葉を尽くして説明したところ、事業目的を理解していただけました。病気を減らしたいという思いは私も医師の方々も一緒です。ただ当時は自己採血による簡易検査の法的な位置づけが曖昧でした。そこで地元の議員や財界人にも働きかけ、やがて厚生労働省の支持を得ることができ、規制改革の法整備まで持っていくことができました。

自己採血によるセルフ健康チェック

現在「ワンコイン健診」は「セルフ健康チェック」と装いを変え、企業とのタイアップによる出張サービスを中心とした事業となっています。さらにパチンコ店なども顧客サービスと社会貢献を兼ねて「セルフ健康チェック」をご利用いただいています。パチンコ店は喫煙者や健診弱者の高齢者が多く、健康チェックの意義が大きいと感じています。

24時間365日のサービスで「看取り難民」を救え!

-もう一つの「訪問看護」事業は東日本大震災が出発点になっているとか。

川添:はい。震災後に私を含むケアプロの看護師が被災地に出向き、現地の看護師の方々と協力して医療機関に行けない方々の在宅医療をサポートしていました。活動中には仮設住宅や避難所で人知れず亡くなっている孤独死の話をしばしば耳にします。心が痛みました。そしてこの問題は被災地だけではなく、超高齢社会の日本全体の問題だと感じました。特に隣人との関わりが希薄な都市で「看取り難民」の問題はますます深刻化していくことが予想できました。被災地の教訓を踏まえて訪問看護の事業を立ち上げようと考え、2011年12月から準備に取りかかりました。その際、思い出したのが、看護医療学部1年で受講した「看護入門」の授業でした。日本の訪問看護のパイオニアである村松静子さんがゲストスピーカーとして登壇され、私はその講義に深い感銘を覚えたのです。そこで思い切って村松さんに連絡してみると、親身に相談に応じてくださいました。そして当時パーキンソン病を患っていた永六輔さん(故人)を紹介してくださいました。私は付添看護師として永さんのご自宅や仕事先などにご一緒させていただき、多くのことを学ばせていただきました。

慶應看護100年記式典での記念講演

-ケアプロ訪問看護ステーションが目指すものは何ですか?

川添:今年2020年の看取り難民は30万人と言われています。私たちのミッションは少しでも多くの看取り難民を救うことです。現在中野と足立の2カ所に訪問看護ステーションを開設し、それぞれ約20名のスタッフが24時間365日体制で地域の訪問看護のニーズに応えています。日本で24時間365日のサービスを提供しているケースはまだまだ少なく、こうしたサービスを維持するためには若い訪問看護師の育成が欠かせません。従来、訪問看護はベテラン看護師の仕事とされていましたが、私はその常識を打破したいと思い、ケアプロでは相応のコストをかけて新卒の訪問看護師を育成しています。実際、訪問看護の仕事をしたいと思っている若い看護学生は少なくありません。そこで聖路加国際大学と一緒に新卒訪問看護師の育成をテーマにしたセミナーも開催しています。

また、訪問看護の新しいカタチとして、2020年3月に、日本初の「交通医療」プラットフォームとして「ドコケア」をスタートさせました。これは乗客とドライバーをマッチングさせるUber(ウーバー)の医療版。Webアプリで高齢者や障がい者、難病患者などの交通弱者と時間が空いている近隣の看護師やヘルパーをマッチングさせ、通院や買い物、イベント、花見や墓参りなどの外出ニーズに応えます。

画像

-最後に塾生へのメッセージをお願いします。

川添:皆さんそれぞれ「好き」と「得意」があると思います。私は看護医療学部1年生の授業で話すことがあるのですが、その際に社会が何を必要としているのかを踏まえて「好き」と「得意」の最大公約数を求めるのがいいという話をします。「儲かるか」「現状の制度に沿うか」は関係ありません。あくまで社会が本当に求めているかどうかが重要です。ただし、現状を変えようとすると、当然軋轢が生まれます。しかし、それはチャンスなのです。反対者にはこちらから歩み寄り、なぜ自分はそう考えるのかを心を尽くして説明してみましょう。あとは学生のうちから人々の成功体験の話をたくさん聞くことです。成功のプロセスをイメージし「自分にもできる」という自信を持つことができれば、夢に一歩近づくことになるでしょう。後輩の皆さんの挑戦に期待しています。

-本日はありがとうございました。

撮影:日詰 眞治

この記事は、『塾』2020 SPRING(No.306)の「塾員山脈」に掲載したものです。

※所属・職名等は取材時のものです。