慶應義塾

SFCの30年

2020/12/23

21世紀にふさわしい大学の在り方を志向した湘南藤沢キャンパス(SFC)が開設されて今年で30年。「若者は未来からの留学生」をコンセプトに、新しい大学教育のカタチを世に問うたそのスピリットと教育・研究体制は、その後、多くの大学改革のモデルケースとなった。今もなお進化を続けているSFC30年の歩みを振り返ってみたい。

開設時のくす玉には「ようこそ遠藤へ」の垂れ幕が

未来の大学を見据えたSFCの誕生

およそ10万坪(東京ドーム約7個分)の敷地に、3学部2研究科、湘南藤沢中等部・高等部が置かれ、6000名を超える学生・生徒が学ぶSFC。20世紀の終わり、世界が大きく変化する時代のうねりの中で、新しい時代の要請に対応できる教育・研究の場として構想された。そこには安政5(1858)年に幕末の動乱の中で産声を上げて以来、常に時代の先導者たらんとしてきた慶應義塾の精神が脈々と受け継がれている。

新キャンパスの設計は塾員で、当時東京大学教授だった建築家・槇文彦。総合政策学部の初代学部長となった加藤寛教授の「日本の学問の始まりである寺院建築のイメージを」という要望を取り入れ、それをギリシャ風にアレンジした斬新な空間が生まれた。

空から見たSFC(2012年撮影)

既存にとらわれない新たな挑戦

1990年4月、SFCに設置された「総合政策学部」と「環境情報学部」は、既存の学問分野にとらわれない学際的な研究・教育の場であることを徹底して志向していた。どちらの学部も学生自ら問題を発見し、解決する能力を養う教育手法が特色で、その後、日本の大学改革のモデルケースとなった。

入試方法も見直した。書類選考と面接試験を組み合わせ、時間をかけて受験生の問題意識や知的関心を探り、多面的・総合的な観点から評価を行う「AO入試」を日本で初めて導入した。また、9月入学制度も開設時より設けられていた。

時間と空間を超えるキャンパスの環境

SFCでは開設当時からキャンパス内にCNS(Campus Network System)というネットワークが張り巡らされ、学生・教職員全員に電子メールアドレスが与えられた。インターネットという言葉さえ一般的ではなかった時代に、学生たちはネットを駆使して学び、その後のIT革命に寄与することになった。

SFCは「24時間キャンパス」でもあった。学習目的であれば夜間でもキャンパスにとどまることが認められていたので、夜遅くまで教員が学生の相談に応じ、学生同士がグループワークに取り組む姿が見られた。また、教員が学生の質問を受け付けるオフィスアワー制度や学生による授業評価なども当時としては画期的な試みで、教職員と学生が切磋琢磨しながら新しい大学をつくり上げていった。

一方で地域との絆を大切にしているのもSFCの伝統である。夏祭り「七夕祭」や独自の学園祭である「秋祭」には、例年、多くの近隣住民の方々が訪れている。祭りの最後に学生自らが打ち上げる花火はSFCの名物となった。

毎年恒例となっている七夕祭の花火

現在も進化し続けるSFCスピリッツ

2001年には3番目の学部「看護医療学部」を設置。義塾の看護教育の歴史を受け継ぎつつ、保健・医療・福祉の垣根を越えた研究・教育を展開し、高度な医療看護人材を社会に送り出している。

総合政策学部・環境情報学部では英語による授業のみで学部卒業が可能な「GIGAプログラム」、学部を3.5年で卒業できる制度、学部・修士を4年間で終えるプログラムも設けられ、ますます多様な学び方が可能になった。

2007年に始動した「未来創造塾事業」は、「半学半教」を実践する滞在型の教育研究施設のプロジェクト。多くの人が集い、共に生活しながら研究を進める「βベータヴィレッジ」の全施設が2020年夏に竣工し、本格的な運用が待たれる。

βヴィレッジ(βドーム:教育研究発表棟)

キャンパスへのアクセスも向上する。2022年度下期の東急線と相鉄線の新線開通による相互直通運転開始により、三田・日吉キャンパスとの移動時間が短縮。さらに今後は相鉄いずみ野線の延伸計画によりSFC最寄り駅の設置も期待されている。

社会や技術革新の動向を見据えながら現在も進化するSFC。未来を構想するそのスピリットはコロナ禍で混迷する世界の中でますます輝きを増している。

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この記事は、『塾』2020 AUTUMN(No.308)の「ステンドグラス」に掲載したものです。