慶應義塾 三田オープンカレッジ
2019/11/29
人生100年時代を迎え、日本でもさまざまな取り組みが始まっていますが、大学に求められる機能として、社会人の学び直しの拠点となること、多様な世代からの学習ニーズに応えていくことは、大変重要です。今年、慶應義塾大学は「開かれた学塾」を実践する場として「三田オープンカレッジ」を開講しました。
土曜日の午後、三田キャンパスの教室には、現役高校生と思しき若者から、いわゆるベテラン世代の方々まで、男女問わずじつに多彩な顔ぶれの受講生が集まり、教授の講義を熱心に聴いていました。「田中角栄の肉声を聞いたことがある人はいますか?」教授からの問いかけに手が挙がる者、挙がらない者。「みなさんには娘さんの田中真紀子さんの方がなじみがあるかもしれません」。
そんな話から始まったのは玉井清法学部教授による講義でした。
「なぜ、大学を出ていない田中角栄が、東京大学出身が多い霞が関の知的エリートをコントロールできたのか、彼の卓越した人心掌握術が指摘されますが、それだけでしょうか。今日は田中角栄の演説を通して、その秘密を解き明かしていきます」(玉井教授)。
田中角栄の録音演説を再生し、丁寧な解説を加えていきます。大きく頷きながら聴く受講生。ここでは年齢を超えた学びの場が共有されていました。
この日行われていたのは玉井教授が担当する「『政治』を考えるヒント」と題された連続講座の4回目。教授が最終日のテーマとして選んだのが田中角栄についてでした。「政治というのは人間が行う本質的なものがたくさん含まれています。政治と聞いたら難しいと感じる人もいますけれども、そんなことはありません。とても人間臭いものです。だから面白い。そして、すべてのことに通じます。私の授業は、政治学を学んだことがないという人にとっても分かりやすい内容にしています」(玉井教授)。
その言葉の通り、受講者に聞くと、大学も出身学部も多様でした。
「娘が慶應義塾の出身で、娘に誘われて受講を決めました」と話す内田悦郎さんも、そんな受講生の一人です。
「娘が大学生の頃に玉井教授の授業で聴いてきたことを家で話題に出すことがありました。学生時代は薬学部でしたが、もともと政治には興味があったので、時々二人で議論していました。玉井教授の授業を受けられる講座が始まると聞き、娘と一緒に申し込みました。会社という組織に身を置く中で、一筋縄にはいかないことも多く経験しています。玉井教授の授業は、そうしたことを考える上でも非常にヒントになるものがあります」
また、定年後の学びの場として「三田オープンカレッジ」を受講する人もいます。慶應義塾大学出身の根橋朝明さんの出身は経済学部。3年程前から大学の聴講制度を使い経済学部の授業を受講していました。
「大学に通うのは50年ぶりくらいでしたけれど、学ぶことは楽しいです。授業に出るため大学を訪れた時に、玉井教授の授業が面白いと学生が話しているのを耳にしました」と根橋さん。「三田オープンカレッジ」で玉井教授のクラスが始まることを知り、申し込みをしたそうです。「玉井教授のクラスでは、ものの見方、考え方のヒントを分かりやすく教えていただいています。こうして授業に出るようになってから、自分の読書量も若いころに戻りました。楽しく過ごさせていただいています」
授業を担当した玉井教授は「大学の講義と同じ内容です。大学は答えを出すところではありません。考えるヒントが与えられるところだと思っています。大学での学びで大切なのはインテリジェンスです。『行間を読む力』。表にある事柄だけでなく、その裏側にあることをも読み解くことができる力のことです。私の講義は、「軍事と人権の関係」、「政治と倫理の問題」、ヒットラーやムッソリーニのような人物がいなかった日本がなぜ、大戦争に突き進んだのかなどなど、政治的な課題をテーマにしていますが、身につけていただきたいことはインテリジェンスなのです。ビジネスで成功を収めている人はその能力のある人です。顧客の何気ない一言、電車に乗っている時に目撃する何気ない風景、そこから何を読み解くかです。私の専門分野は政治学ですので、題材として「政治」をたまたま扱っているだけです。この行間を読む能力は社会のさまざまな場面で役立つはずです。特に、人文系の学問は、人間の営みの縮図のようなところがあります。政治も哲学も歴史も文学も、人間を追う学問。答えは必ずしも一つではないわけです。そこに面白さがあり、必然的に複眼的に物事を見る目が養われます」(玉井教授)。
日本の政治リーダーに期待される資質とは?「それは、必ずしも強い指導力ではないことが見えてきます。日本の歴史を見ると、理想とされるリーダーは、いろんなセクションから反発の起きない人、対立競合する勢力間の調整力に秀でている人です。ただ、この答えも一つではありません。反証も可能です。今後も、受講生のみなさんの知的好奇心を掻き立てながら、物事を考えるヒントや着眼点を提示していけたらと思っています」(玉井教授)。
慶應義塾は、地域に開かれた生涯学習の場として「三田オープンカレッジ」以外にも、公開講座や講演会、社会人向けの慶應丸の内シティキャンパスやビジネス・スクール、オンラインで学べるFutureLearnなど、さまざまなフェーズで学びの場を展開しています。
玉井 清(たまい きよし)
1982年慶應義塾大学法学部政治学科卒業。1984年同大学院法学研究科修士課程修了。1987年同大学院法学研究科博士課程単位取得退学。1989年同大学・法学博士取得。1990年慶應義塾大学法学部専任講師、1993年同法学部助教授、1998年同通信教育部副部長、1998年より同法学部教授、1999年より同大学院法学研究科委員を兼任。2000~2002年ハーバード大学ライシャワー研究所、イェンチン研究所。2008年台湾中央研究院近代史研究所、2010~2011年オックスフォード大学日本研究所、各客員研究員歴任。専門は、近代日本政治史。