慶應義塾

国際融資をまとめるのに大切なのは、 コミュニケーション能力

卒業生 工藤禎子君(経済学部卒)

2018/03/29

女性総合職1期生で、プロジェクトファイナンスの専門家

工藤禎子(くどう ていこ)/株式会社三井住友銀行 常務執行役員

1987年経済学部卒業、女性総合職採用1期生として住友銀行入行。2年間の支店勤務を経て、89年国際業務部に配属。96年香港の現地法人でデリバティブ業務を経験。99年国際業務部プロジェクトファイナンス室室長代理、2006年ストラクチャードファイナンス営業部制度金融グループ長を経て09年同部環境ソリューション室長。12年同部成長産業クラスター室長。14年4月に三井住友銀行初の女性の執行役員に就任。17年4月より常務執行役員。

プロジェクトファイナンスで発電所が建ち、電灯がともる

- 銀行を志望する学生に人気の職種がプロジェクトファイナンス担当。これは企業などではなく、ある特定のプロジェクト(事業)に対して行う融資のことです。発電所などのインフラや石油化学プラント、大型テーマパークなど巨額の費用が必要な案件が対象で、その範囲はますます広がっています。旧住友銀行に女性総合職1期生として入行した工藤禎子さんは、日本でのプロジェクトファイナンス勃興期から関わり、多くの実績を残して、2014年には三井住友銀行初の女性執行役員となりました。まず就職先に銀行を選んだ理由と新人行員の頃のことについて教えてください。

工藤:今の学生は就職先、さらに業務についてもよく研究していますが、私の時代は情報が多くなく、志望動機はかなり漠然としていました。しかしお金が経済の血液だとすると、金融はそれを循環させる心臓の役割を持つという意識はありました。またリアルな社会の仕組みを知りたいと思っていたので、銀行ならいろいろな業種の方とお付き合いができ、学ばせていただくことも多いのではと考えていました。

当時の住友銀行に就職したのは1987年。男女雇用機会均等法施行の翌年でした。女性総合職1期生とはいうものの、当時はどの銀行にもロールモデルはなく、就職後にどうなっていくのかもよくわかりませんでした。ただ長く仕事を続けて、社会の役に立ちたいという思いは強く持っていて、まずは社会の基本を学ぼうと入行しました。

- 入行後の仕事は。

工藤:最初は支店に配属されました。私は窓口の後ろで現金を持って走り回ったり伝票を打ったりする窓口サポート役です。そして2年後に国際業務部に異動になり、国際金融の世界に足を踏み入れました。そこでの業務経験はその後のキャリアに大きな影響を与えました。

最初はシンジケートローン担当。海外でアレンジしたローンを国内の投資家のお客様に紹介する仕事でした。当行だけではなく、何行かでシンジケートを組んで融資をします。そのシンジケートローンの中に、プロジェクトファイナンスの案件もあり、面白そうだなと、担当している人から根ほり葉ほり話を聞かせてもらったのが、プロジェクトファイナンスとの出会いです。

ジェネラリストよりも専門家志向の強かった私は、大型案件が多く、経験を積むほどに力を発揮できるプロジェクトファイナンスに強く引き付けられました。また特定の事業に融資するプロジェクトファイナンスは、発電所が建つ、道路ができるなど、成果が目に見えるのも、若かった私には魅力的でした。

また私の心の根っこにある社会の役に立ちたいという気持ちを、プロジェクトファイナンスは強く刺激しました。専門の部署に移った後、ある新興国の発電所プロジェクトを手がけました。たくさん大変なことがあったのですが、発電所が動き出し、これまで電気が通じていなかった地域に明かりがともると思うと、わくわくしました。電気のない暮らしは不便で不安、ストレスがたまります。それを解消することに関わったことに個人的にも達成感があり、社会に貢献しているという満足感も得ました。

ところで、プロジェクトファイナンスは財務基盤がしっかりしている企業にお金を貸すのではなく、ゼロからつくりあげる事業に融資をして、その事業の収益から返済を受けるものです。綿密な調査をし、英文の膨大な資料を読み、さらに技術者、法律家との折衝も重要です。さまざまな要素を考慮して、採算を見通し、契約をまとめるのは大変です。ただ経験を積めば積むほど、専門性が高まり質の高い仕事ができるので、私にとってはやりがいがあり、長くこの仕事を続けられたことは大きな喜びです。

ブラジルに環境関連のプロジェクトの視察に行ったときのもの。後ろの黒いビニールの中にはメタンガスが詰まっている

- 専門家志向ということですが、銀行ではいろいろな部門を経験しながら出世の階段を上がる、というイメージがあるのですが。

工藤:そうですね。当時の男性の若手行員の多くはジェネラリスト志向で、キャリアの目標はまず支店長になることでした。しかし私は出世というより、むしろ銀行に必要とされる人、これならあの人に任せようといわれる専門家になりたかった。プロジェクトファイナンスを知り、自分の専門にしたいものを見つけたと思いました。この仕事に出会えたのはすごくラッキーでした。

- 女性初の執行役員になられましたが、働くうえで大切なことは何でしょうか。

工藤:まずは目の前にある与えられた業務に真剣に取り組むことです。今は例えばプロジェクトファイナンスをやりたいと目的意識を持って銀行に入ってくる人がかなりいますが、最初から配属されることはありません。まずは全国の営業の仕事に配属されることが多いです。そこでしっかりとやれば、学ぶこと、得ることは必ずあります。与えられた仕事をきちんとできる人に、自分のやりたい仕事をするチャンスが巡ってくるのだと思います。目の前のことを自分のものとして主体的に一生懸命取り組むことにより成果もあがるし、学びも大きい。仕方なくやる仕事は学びも少ないですし、周りの人からの評価も低くなります。これは悪循環です。

そしてどんな仕事においても、コミュニケーション能力を高めることが重要です。フィンティックやAIなど業務の革新は常に起こりますが、ビジネスが人と人とのつながりで動いていくことは不変です。物事を進めるには、相手を知り、相手の立場になって考えることが大切。相手のよって立つところは何か、何を達成したいのか、判断するときの基準は何か、それを知ったうえでどうストーリーを展開すると相手を説得できるのかを考えて話すこと。同時に、理解を得るには自分を知ってもらうことも重要。自分を表現することもコミュニケーションには欠かせません。

画像

練習待機の雨の朝は部室で楽しい女子トーク

- では塾生時代のことを聞かせてください。体育会庭球部だったとか。

工藤:フェリス女学院から経済学部に入ったとき、40人のクラスに女子は私を含めて4名。そんな雰囲気になかなか慣れなくて、教室では必ず誰か女子と一緒にいました。好奇心が強いくせに、臆病な一面もあるのです。またもともと自分の居場所がないと不安なところもあり、高校時代の先輩のいる体育会庭球部に入り、居場所ができたことでほっとした覚えもあります。当時の庭球部は毎日朝9時から午後3時まで練習。さらにコート整備をして終わるのは夕方5時頃。入部前にその厳しさを知っていたらためらったかもしれませんが、厳しいゆえの充実感や、頑張った先の楽しさを知ることができたのも、庭球部です。

その庭球部のコート脇に、小泉信三先生の名言「練習ハ不可能ヲ可能ニス」を刻んだ碑があります。スポーツでも仕事でも、目標を達成するには、練習、努力しかありません。とはいえいくら練習してもテニスで世界一になれる人は限られています。これは仕事も同じ。社会で一等賞になれる人はわずかです。しかし、練習なし、努力なしでは、目標には決して近づけません。この小泉先生の言葉は、今も私の胸にしっかりと刻まれています。

テニスに明け暮れる毎日だったのですが、塾生だった頃はバブル前夜の好景気時代。テレビの司会や、雑誌の読者モデルにと女子大生が大いにもてはやされていました。実際にブランドのバッグを持ち、すてきなファッションに身を包んだ女子をキャンパスでよく見かけました。その一方で、私たち体育会の女子は化粧っ気もなく、真っ黒に日焼けして、きらびやかさには程遠い存在でした。とはいえ、私たちには私たちなりの楽しみがありました。当時の庭球部にはまだインドアコートがなく、雨が降ると練習中止。しかし、たとえ朝から降っていても、雨が止めば練習があります。ですから11時頃までは部員は待機です。その間、男子はマージャンに行く人などもいたのですが、女子は食べ物を持ち寄って部室でおしゃべりをします。実に他愛のないことを話していたのですが、いま思えばその時間のなんと楽しかったこと。主婦になったり、仕事を続けていたりそれぞれですが、現在も庭球部の仲間とは、あれこれと相談したり、気の置けない親しい付き合いを続けています。

ゼミは、現在は名誉教授で理論経済学の福岡正夫研究会。体育会に所属しながらできるかなとも考えましたが、学生生活を充実させたいと門をたたきました。研究でゼミに貢献したとはとても言えませんが、多くのことを学ばせていただき感謝しています。当時大学院生で学生の面倒を見てくださっていたのが、現在の須田伸一経済学部教授です。先日もお二人を囲んでの同窓会に出席して楽しい時間を過ごしました。長野県佐久でのゼミ夏合宿も懐かしい思い出です。

画像

- 最後に塾生へのメッセージをお願いします。

工藤:今の日本は、世界に先んじて少子高齢化が進み、さまざまな問題が顕在化してきています。例えば農業や医療分野ではいかに補助金や社会保障から脱し、持続可能なシステムにするかが課題です。一方で世界の人口は増え続け、やがて食糧を奪い合うような時代も来るかもしれません。私は今、成長企業との取引やお客様の成長戦略に一緒に取り組むチームを担当し、そのような社会問題を産官学連携で解決する取り組みも行っています。持続可能な社会をつくるために、銀行の果たすべき役割はとても大きく、これからもやりがいのある仕事だと私は信じています。

仕事ではコミュニケーション能力が大切と言いましたが、銀行の仕事に限らず、コミュニケーション能力は仕事・生活の要です。私は、そして多くの塾員の方たちも義塾で過ごした時間を通じて、コミュニケーション能力を大きく育てたのではないでしょうか。また香港に赴任していたとき、香港三田会に入れてもらって、外国暮らしでこもりがちになりそうなところを、クリスマス会などに連れ出してもらってありがたかったものです。そのときにも、塾員のコミュニケーション能力の高さを感じました。塾生の皆さんには、SNSでつながるのもいいけれど、やはり、クラスやゼミ、サークルで、直接人とつながってコミュニケーション力を養ってほしいと思います。将来必ず、大きな力となります。

- 本日はありがとうございました。

撮影:佐藤 公治(2枚目を除く)

この記事は、『塾』2018 WINTER(No.297)の「塾員山脈」に掲載したものです。

※所属・職名等は取材時のものです。