慶應義塾

心技体を研ぎ澄ます -塾生"フェンサー"たちの挑戦-

慶應義塾体育会 フェンシング部

2017/09/27

日本における先駆的な存在

2017年に創立125年を迎えた慶應義塾体育会。スポーツを取り巻く環境は大きく変化していますが、一貫して「文武両道」を説き、あるべき「学生スポーツ」の姿を忠実に実践し続けています。

現在、43部ある体育会の中で、近年、戦力を強化してきている部のひとつがフェンシング部です。

競技スポーツとしてのフェンシングが日本に伝わったのは1932年。当時、フランス留学から戻った岩倉具清が、慶應義塾大学などの学生に伝えたことが始まりだったと言われています。36年には、慶應フェンシングクラブとして創立。以降、日本のフェンシングクラブの先駆的な存在として、2016年に創立80周年を迎えました。

現在は男子27人、女子6人の計33人からなる選手と、5人のマネージャーで構成されています。団体戦としては関東学生リーグ戦、関東学生選手権大会、全日本学生選手権のほか、伝統の早慶戦をはじめとする大学対抗試合などがあります。個人戦はジュニアとシニアのカテゴリーに分かれて年間4大会があり、上位3大会の成績がランキングに反映されます。

フェンシングには、「フルーレ」、「エペ」、「サーブル」の3種目があります。このうち、一般的に多くの人がイメージするフェンシングといえば「フルーレ」。胴体だけが有効面となっていて、先に攻撃した方が優先という「攻撃権」のルールがあります。一方の「エペ」は頭からつま先まで全身が的となり、攻撃権はなく、早く突いた方が勝ち、という一番シンプルな競技。最後に「サーブル」は「突き」に加え、唯一、「斬り(カット)」の技が加わるダイナミックな競技です。

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慶應義塾体育会らしいスポーツのあり方

女子主将の西久保夏実君(総合政策学部4年)は、慶應義塾湘南藤沢中等部に入学後、たまたま友人に付いていったフェンシング部で、顧問の先生に誘われて入部。中学、高校、大学とフェンシングを続け、2016年の全日本学生選手権では女子エペの部で8位になるなど、部のエースとして成長しました。「結果が出るまでに時間がかかるスポーツなので、辛抱する時代も多かったのですが、中高時代の下積みのおかげで、大学で結果を出せるようになりました。毎日コツコツとトレーニングで体を鍛えるとともに、メンタル面も強くなれるよう、日常生活の中で集中力を高める練習などをしています」(西久保君)

日本ジュニアオリンピックでの優勝を経験し、世界ジュニア大会に出場したことのある平野裕也君(総合政策学部2年)は、大学から慶應義塾へ。「中学の部活を選ぶとき、難しいスポーツだからこそやってみようと思ってフェンシングを始めました。普段は使うことのない筋肉を鍛えたり、練習の仕方も独特だったり、辛いこともありましたが、競技人口が少ないので、すぐに大きな大会に出られるなどのメリットもありました。トップレベルの選手の試合を間近で見られる機会も多く、ほかにはないスポーツだと思います」(平野君)

今年3月にタイで開催された「2017アジアジュニア・カデフェンシング選手権」で平野君は、日本チームの一員として男子エペ団体で優勝を果たしました。「大舞台に立つことで、メンタル面は随分と鍛えられました。一方で精神力だけでは勝てない、ということも分かってきました。そのため、まずは大きな目標を立て、そこから逆算して小さい目標を日々こなしていくことを心がけています」(平野君)

(写真左から)西久保夏実君(総合政策学部4年)、平野裕也君(総合政策学部2年)

総合政策学部に通う西久保君と平野君は、湘南藤沢キャンパスでの授業が終わると、そのまま日吉キャンパスの蝮谷(まむしだに)フェンシング道場に駆けつける毎日。平野君は「一つの目標に対して、みんなで頑張っていこう、という一体感や達成感があります。結果が出るまでの過程も大切に考えています」と体育会ならではのやりがいを感じています。西久保君は「慶應義塾フェンシング部には、フェンシング以外のことも頑張っている、まさに文武両道の人がたくさんいます。留学する人も多く、海外との交流も多いと思います」と話し、まさに慶應義塾体育会らしいスポーツのあり方を体現しているようでした。

縦のつながりが強いのも、大きな魅力だと言います。「OBの方々が週末、練習を見に来て、応援してくださるのがありがたいです。社会人になってからも、慶應のつながりは大きいのではないかと感じています」(西久保君)

東京オリンピックを見据えて

2020年の東京オリンピックで全種目の競技実施が決まり、メダル獲得に期待のかかる日本フェンシング界。慶應義塾大学フェンシング部所属で、女子フルーレ・ナショナルチームの一員である宮脇花綸君(経済学部3年)にも、注目が集まっています。

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幼いころから活発で、スポーツが好きだった、という宮脇君。フェンシングに出会ったきっかけは、5歳年上の姉の存在でした。「姉が小学校に入ってから、剣道をやりたいと言い始めたのですが、近くに習えるところがなくて…。たまたまフェンシングの教室はあったので、母が外国版剣道みたいだしやってみれば、と勧めました。私も送り迎えに付いていっているうち、5歳ごろには自然にフェンシングを始めていました」(宮脇君)

とはいえ、最初は習い事の一つだった、というフェンシング。しかし小学校4年生になると全国大会で優勝し、5年生では日本代表として海外大会に出場するなど、徐々に頭角を現し始めます。このころを宮脇君は「趣味が特技に変わった」と振り返り、フェンシング一本に絞ることを決意。「負けず嫌いだったので、試合をするのが楽しくて…」と、どんどんフェンシングにのめり込んでいきました。

慶應義塾女子高校に進学したのも、フェンシングのため。「小学校から慶應とは別の一貫校に通っていて、大好きな学校だったのですが、大学受験にかける時間をフェンシングにあてるために高校受験をしました。幼稚舎から慶應義塾に通う姉を見ていて、自由な校風を感じていたのも大きかったと思います」(宮脇君)

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高校2年生からシニアのナショナルチームに選抜され、海外遠征も重ねてきました。学校が終われば、東京都北区のナショナルトレーニングセンターに直行し、練習に励む日々。オリンピックを意識するようになったきっかけは、北京オリンピックの個人戦で銀メダル、ロンドンオリンピックの団体戦で銀メダルを獲得した太田雄貴選手の存在だったと言います。

「当時、オリンピックはハイリスク・ハイリターンの世界だと思っていたので、オリンピックを目指すと口に出すのは怖かったんです。でも太田さんは、オリンピックで金メダルを取るにはどうするか、ということを前提に日々トレーニングを積んでいて、そんな姿を見ていると、自分がいかに甘い考えであったか、思い知らされました。私もまだまだフェンシング選手として上を目指していきたかったので、直近の目標としてオリンピックを意識するようになりました」(宮脇君)

太田選手からは、オリンピックまでの限られた時間でどう自分を高めていくのか、細かい目標設定を紙に書くようアドバイスを受けたそうです。「メダルを取るべくして取った人。たくさんの刺激を受けました」(宮脇君)。その後、高3で出場したユースオリンピック(中国・南京)で銀メダルを獲得し、世界ジュニアランキングで2位をマークするなど、国内外から注目を集める選手に成長していきます。

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大学では、得意な理系科目の知識・教養を深めつつ、競技活動にも専念しやすい環境を求めて経済学部に進学しました。学業と両立させながら腕を磨き、リオデジャネイロオリンピックを目指していましたが、残念ながら選考レースでは一歩及ばなかった、と言います。

「選考レースの序盤でポイントが伸ばせず、いろいろと試行錯誤をしてみたのですが、うまく歯車がかみ合いませんでした。リオを目指す決心をしたのも選考レースが始まる少し前だったので、準備も経験も足りなかったと思います」(宮脇君)

しかし、目標に届かなかった苦い経験は、4年後の東京オリンピックに向け、確かな一歩となりました。リオデジャネイロオリンピックでは観客席から見守り、太田選手が一回戦で敗退したのを見て「世界選手権とも違う、オリンピックの怖さを知りました」とも言います。だからこそ「東京オリンピックで金メダルを目指します、とは安易に言わないようになりました。今年から新しいコーチのもとで指導を受け、自分の感じとしては良い方向に動いています。10月からの新シーズンできちんと結果を残していきたいです」(宮脇君)

今年3月、タイで開催された「2017アジアジュニア・カデフェンシング選手権」では、女子フルーレ個人戦で第3位に入賞。女子フルーレ団体優勝にも貢献しました。

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慶應義塾の一員として結果を残したい

練習や遠征試合が続き、思うように大学へ足を運べないこともあります。しかし宮脇君は「大学ではすべてが自己責任。きちんと自己管理しなければ大変なことになる、というのは肝に銘じています」と学業との両立にも努力を欠かしません。

一方、もともと勉強や読書が好きなので、限られた時間の中でも学ぶ喜びを感じているそうです。「一般教養科目では幅広い分野の学問を自由に選択できるのが魅力です。高校までの勉強とは異なり内容が専門的で面白いし、試験勉強も苦ではありません」(宮脇君)

フェンシング部については、「実は、部活に所属したのは大学が初めて。先輩や後輩というのも初めてできました。学生の試合に出たとき、応援してくれる仲間がいるのが新鮮ですし、自分に帰る場所がある、というのも心強いです」と話します。

慶應義塾の良さについて尋ねると、「3つあります」と即答。「1つは自由に自分をコントロールできるところで、やりたいことに集中できる環境があることです。2つ目は縦と横のつながりの深さ。帰属意識がとても強いので、『仲間に応援してもらっている』という一体感を感じています。最後の3つ目は、慶應義塾の一員として結果を残すことで、仲間に喜んでもらえたり、お世話になったみなさんに恩返しできたりする喜びがあることです」(宮脇君)

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フェンシングは、やればやるほど奥が深いスポーツ。「私は体が大きくないし、運動能力が高い方でもありません。でも、フェンシングなら戦術的な部分や気持ちの強さを磨けば、自分でも勝てることがあるんです。攻撃権という分かりにくいルールもありますし、いろいろな要素が複雑に絡み合っているスポーツなので、誰もがそれぞれに良いところを伸ばして戦っていけると思います」(宮脇君)

東京オリンピックなどの自分自身の目標とは別に、学生スポーツとしてフェンシング界がもっと盛り上がってほしい、という願いもあるそうです。「もっと気軽にフェンシングを始める人が増えてほしいですね。見ているだけだと、なかなか分かりづらいスポーツなので、ぜひ多くの方に実際にやってみてほしいと思います」(宮脇君)

宮脇君の活躍にも注目しながら、慶應義塾大学フェンシング部の飛躍にもますます期待したいところです。

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※所属・学年はすべて取材時のものです。