経済学部 駒村康平教授
2017/04/21
世界トップクラスの長寿国家となった日本。戦後、日本の寿命は急速に伸びて世界トップクラスの座を維持しています。今年1月、日本老年医学会などは高齢者の定義を「75歳以上に見直すべきだ」との提言をまとめました。高齢者の心身の健康に関するデータを分析した結果、10~20年前と比べて加齢に伴う心身の衰えの出現が10年近く先延ばしになっていることがわかりました。医学と技術、社会環境の発達は人間に長寿をもたらしてくれましたが、社会保障や経済活動を考えるとき、さまざまな問題をはらんでいるのが現実です。近い将来、人口の40%近くが65歳以上になるとの予測が出ている日本の中で、私たちの生活はいったいどのようになるのでしょうか。長寿・加齢が社会経済にもたらす影響について、経済学や医学など分野横断的に研究し、解決策を提言することを目的として、「ファイナンシャル・ジェロントロジー研究センター」が慶應義塾大学に立ち上がりました。ファイナンシャル・ジェロントロジーは、「金融老年学」と訳されます。センター長の駒村康平教授に話を聞きました。
20世紀型の社会が前提の年金制度
「65歳まで生きる人が90%を超える時代に突入し、年金、医療などの社会保障給付費は年を追うごとに増加の一途をたどっています。そもそも、現在の年金制度が成立したのは昭和初期のこと。平均寿命は60歳代、55歳定年という20世紀型の社会が前提となった制度です。現在の日本はといえば、平均寿命は男女共に80歳を超え、近い将来、3人の高齢者を4人の現役世代で支える時代へと入りつつあります。退職年齢の引き上げなど、これまでにも多くの施策が打たれてきましたが、それだけでは賄いきれない状態へと加速的に進んでいます」(駒村教授)
「なぜ、このようなことが起こったのか。これには多様な要素が関係しています。公的年金制度は、工場労働が広まる産業革命以降、福祉国家の普及のなかで、19世紀から20世紀にかけて先進国に広まりました。当時の社会は工場などでの肉体的な労働によって賃金を得る労働者がほとんどでした。体力を使う仕事において、55歳定年制は利にかなっていたのです。その後、高度経済成長期などを経た日本はデスクワークを中心とする労働者の人口が増加、体力ではなく知力で勝負する働き方は定年退職年齢の引き上げにつながりました。現在では多くの会社が65歳まで継続雇用できるように努力をしています」(駒村教授)
人生80年モデルから人生90年モデルへ
医学的知見からも60代後半までは肉体的、知能的に働くことが可能だとのデータも出ています。このデータから、60代後半、70歳近くまで社会を支える労働人口と見なすことができるわけです。現在、退職年齢を60歳から65歳に引き上げている途中ですが、それを70歳まで広げることができれば、社会保障制度を安定させることができます。
平均寿命が80歳以上に延びた今、70歳以上の人口は増加し、高齢者を支えるためには莫大な医療費が必要となっています。60代と70代の健康における差は大きく、70歳後半以降になると、認知症の発症率は急激に上昇します。また、その他の病気においても発症率が格段に増加することが報告されています。しかし、他の先進国では生活習慣病を防止して、認知症の発症率の抑制に成功した国も出ています。今後、解決策として注目を集めるのが健康維持と生涯活躍できる能力開発の構築です。そして、現在の50歳代より若い世代は寿命90年の時代に入ることになります。20世紀後半からの人生80年モデルから人生90年モデルに社会の仕組みを切り替える必要があります。
文理融合した社会神経科学の蓄積を政策に活かす
高齢化による問題は、国民の金銭的な負担に係わることだけにとどまりません。高齢の運転者によるアクセルとブレーキの踏み間違えによる事故は後を絶ちません。自動車事故も高齢化社会と引き離すことができない現象の一つと言えるのです。工学分野で研究の進む自動ブレーキ、運転支援のシステムはこうした事故の防止に役立つことが期待されています。
「長寿国家の問題はもはや、一つの分野の研究で解決できるものではなく、医療、経済、工学と連携した社会神経科学の研究が重要な分野となっています」(駒村教授)
駒村教授は新しく設立した「ファイナンシャル・ジェロントロジー研究センター」でも健康と経済の関わりについて積極的に研究を進めています。
経済の大前提がゆらぐ長寿社会
「これまでの経済の大前提に、“自分のことは自分で決められる”という考えがありました。ところが今、長寿社会はそれを覆す現象をもたらしています。例えば資産運用において、すでに難しさが生じ始めています。認知能力の低下、さらには認知症などで本人に資産運用能力がなくなった場合でも今の仕組みでは十分に対処できないことが起こってきたのです。つまり、経済、医学、法律にまたがる社会問題がますます増加するため、学際的な視点が必要となるわけです」(駒村教授)
現在の法律では資産、証券や土地など、資産の名義人が生存している場合、たとえ本人に認知能力がなくなっても、名義人の意志、依頼なくして資産を動かすことができません。
「国内にはこうした“凍結”された莫大な資産が眠っています。凍結資産が健全に動くようになれば、経済活動に大きな変化が起きるかもしれないのです」と駒村教授は話します。
「先進国で21世紀に生まれる子どもたちは100歳まで生きられるようになると言われています。先日も他国のある専門家に『長寿と社会保障制度について聞きたい』と話したところ、『その問題は日本が先進国でしょう』と言われてしまいました。先進国はいずれ、この長寿問題にぶつかります。文理融合を軸とした『ファイナンシャル・ジェロントロジー研究センター』での先駆的な研究は、世界から注目を集める取り組みとなるはずです」(駒村教授)
ファイナンシャル・ジェロントロジー研究センターは、日本だけでなく世界の研究を牽引するセンターとして、慶應義塾大学が推進するスーパーグローバル事業における3つのクラスター(長寿・安全・創造)のうち、特に長寿クラスターでの貢献が期待されています。
駒村康平
1995年慶應義塾大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。経済学博士。
1993年~1997年国立社会保障・人口問題研究所(社会保障研究所)研究員。
1997年~2000年駿河台大学経済学部助教授、2000年~2007年東洋大学経済学部教授を経て、2007年4月より慶應義塾大学経済学部教授。2009年10月より2012年12月まで厚生労働省顧問。2011年1月より社会保障審議会委員。
1995年日本経済政策学会優秀論文賞、2001年吉村記念厚生政策研究助成金受賞・生活経済学奨励賞・学会賞を受賞。
専門は社会政策。
※所属・職名等は取材時のものです。