チーム「慶應アルファ」(大学院システムデザイン・マネジメント研究科)
2016/11/01
ハイパーループと、慶應アルファについて
「未来の移動手段」――この響きから、どんな乗り物を思い浮かべるでしょうか。皆さんの中には、チューブの中を猛スピードで走り抜ける列車のような乗り物を想像する人がいるかもしれません。まるでSFの世界に出てくるようなこの夢の移動手段のプロトタイプ(原型)が今、慶應義塾大学大学院から生み出されようとしています。
アメリカの実業家であるイーロン・マスクは2013年、次世代交通システム「ハイパーループ」構想を発表しました。空気抵抗を減らすために1/100気圧程度まで減圧された鉄製のチューブの中を、接触しないよう浮上させた“ポッド”と呼ばれる車両が高速で走るというもので、想定される最高速度は時速1200kmにもなります。この構想は、発表当初からイーロン・マスクが直接開発に関わるのではなく、その意思に共感したベンチャー企業2社が主体となって社会実装を目指しています。
一方で、イーロン・マスクは直接開発には携わらないものの、どうやらハイパーループ実現のための“支援”には携わっていくようです。昨年夏に彼がCEOを務めるSpaceX社が、あるコンテストの開催を発表しました。それが「SpaceX Hyperloop Pod Competition」です。主に世界中の大学生で構成されるエンジニアチームを参加対象にしたこのコンテストでは、チューブ内を走るポッドをデザインするだけでなく、プロトタイプの製作まで行われます。
総勢約120チームが参加する「SpaceX Hyperloop Pod Competition」でアジア圏から唯一ファイナリストとして選ばれているのが、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科(以下、SDM)のチーム「慶應アルファ」です。昨年夏のコンテスト募集に合わせて結成されたチームのメンバーは、マレーシアと中国から各2人、インドネシア・メキシコ・タイから各1人の留学生に日本人学生1人を加えた計8人と実に国際的な構成です。2016年1月にテキサスで行われた一次審査を通過し、慶應アルファは次のステージへと進む30チームに選ばれています。
慶應アルファが持つ技術、その違いと特徴とは
慶應アルファが作ろうとしているポッドはどのようなものなのでしょうか。
「日本で開発が進んでいるリニア新幹線のようなシステムを、もっと安く構築することはできないかと考えました」と話すのはマレーシア出身のチームリーダー、チュウ ビー クワン(通称:David Chew)です。「例えば、オリジナルのハイパーループ構想では浮上システムに空気の力を使おうとしていますが、これには大きなコストを要します。そこで、慶應アルファは浮上に永久磁石を使うことにしました。これだと低コストに開発できる上に安定したシステムを築くことができます」(David)
通常、新しいテクノロジーを手にすると、これをどのように使って良い製品を作ろうか――と考えてしまいがちです。しかし慶應アルファの進め方は違っています。最先端のテクノロジーありきで設計するのではなく、ハイパーループを社会実装する際に問題となる点を先に洗い出し、実現可能性を判断した上で最適なテクノロジーを選んで採用していくという、従来とは逆のプロセスでデザインを進めています。
「社会に組み込むときには、さまざまな要素が複雑に関与します。それらをあらかじめ考慮して社会システム全体からデザインしていく、これがまさにシステム思考とデザイン思考を融合させたシステムデザイン・マネジメント(SDM)の手法なのですよ」と、チームのアドバイザーでもある狼 嘉彰SDM研究科附属SDM研究所上席研究員は胸を張ります。
このプロセスで選ばれたテクノロジーが、先にも出てきた「永久磁石」を使ったものということなのですが、ハイパーループ構想で使われるレールはアルミ製です。ということは、リニア新幹線のように磁石同士の反発を使って進むわけにはいきません。ではどのようにしてポッドを浮上させるのか――実は、今回採用した浮上システムと同じ現象を、私たちの身近なところで目にすることができるというのです。
一般家庭にもある電力量計に、銀色の円盤がくるくる回っているのを見たことがある人は多いはずです。この電力量計の円盤は、実はアルミでできています。本来は磁石に無反応なはずのアルミですが、家庭用の交流電流を使ってアルミ板のすぐ近くで磁場を変化させると、「レンツの法則」にしたがってアルミ板の中に電流が生まれます。この電流と磁場によって生じた力で円盤は回っています。
慶應アルファのポッドは、この円盤が回る原理と同じ仕組みで浮上します。
「ポイントは、”磁場を変化させる”ということです。試作しているプロトタイプのポッドには、4つの磁石を入れた回転体を使っています。この回転体が動くと中に入っている磁石によって作られる磁場も変化するので、アルミでできたレールとの間に反発力を生み出してポッドが浮上します」と、Davidは説明します。さらに理論上は、ポッドがある程度の速度で進めば、回転体を止めても浮上したままになり、低エネルギーで走行させることが可能になるといいます。
「出発時の推進力はリニアモーターを使用する予定です。途中の加速・減速時など、東京-新大阪間でいうと最低3ヶ所ほどの要所にだけリニアモーターによる機構を使えばよいので、リニア新幹線に比べて大幅なコストダウンが見込めます」(David)
チームメンバーが今後目指すものとは?
すでに慶應アルファは実験室で、ポッドのプロトタイプを8mmの高さまで浮上させた状態で6mの短いレールを走らせることに成功しています。今後、二次審査が行われる2017年の1月までに超えなければならないハードルは、どのようなものなのでしょうか。
「次は、ロサンゼルスに作られている1500mのテストコースを走行させるテスト機を作成して、今年の秋には走行チェックを実施する予定です。このチェックでテストコースを壊さないこと(=安全性)が確認できたら、ようやく次のステージへと進むことができます」とDavidは話します。
この安全性チェックまでに超えなければならない技術的な課題もまだ残っています。例えばブレーキ技術です。日本国内で実際に高速走行させる環境がないため、これからテスト方法を考えなければいけません。また、高速で磁石を移動させることによってどのような現象が発生するのか、この物理的な理解は、専門分野の研究者をもってしても難しい課題のようです。
「静止している磁石と違って、周囲と干渉し合う要素が多くなりますからね。また、ポッドが走るチューブの中は低圧なので、熱を空気に逃がすことができません。常圧で使うことが基本になっているモーターやバッテリー、グリスなどの部品の扱いが難しいのですよ」(David)
このコンテストの成果はすべてオープンソースとされる規定になっています。ということは、最終的に社会実装されるとなった場合にはより現実的で良いアイデアやデザインが活用される可能性が十分にあるということです。もしかすると、自分たちのアイデアが、近未来の世界を行き来する交通手段に使われるかもしれない――ハイパーループという未来の交通手段を生み出すプロジェクトへの参加を通じて、慶應アルファのメンバーはどのような将来を思い描いているのでしょうか。
メンバーはそれぞれが理工系の専門分野を持つというだけでなく、社会とのつながりをとても強く意識しています。コンテストを見つけて、参加を呼びかけたチームの発起人でもあるDavidもその一人です。
「元々マレーシアで機械工学を専攻していたのですが、卒業後にテクノロジーとデザインとビジネスをつなぐような勉強をしたいという思いが強くあり、SDM研究科を選びました」と話すDavidの目には、多くの島からなる母国マレーシアに新しい交通手段としてハイパーループが展開する光景が、もうぼんやりと見えているのかもしれません。
“アルファ”という名前には、“全ての最初に”という意味が込められています。未来の世界で必要とされるシステムを誰よりも早くデザインしたい――慶應アルファの夢は、ポッドに負けない勢いで未来へと突き進んでいます。
※所属・学年は取材時のものです。