慶應義塾

触覚をもった柔らかいロボットが未来を拓く

理工学部システムデザイン工学科 大西公平教授

2016/09/16

新川崎・創造のもり地区にある新川崎(K-Square:K2)タウンキャンパス。ここは慶應義塾が川崎市と協働して2000年に開設した研究拠点です。K2には先端研究教育連携スクエアが置かれ、近隣の矢上(理工学部)や日吉をはじめ東京圏6つのキャンパスから教員や研究者、大学院生らが参加する、産学官連携によるさまざまな共同研究プロジェクトが進められています。今回は、触覚通信技術を発明し、特許を取得した大西公平教授に、世界初の触覚を伝達するハプティクス技術について聞きました。大西教授が所長を務めるハプティクス研究センターでは、この新技術が揺籃期を経て、いよいよ産業界や生活の場に新しいソリューションや価値を創出しようと、多彩な姿を見せはじめています。

緑あふれる新川崎タウンキャンパス

「リアルハプティクス(力触覚)」を伝える発明で ロボットが柔らかくなった

大西研究室を中核とするハプティクス研究センターでは、これからの成熟社会においてキーテクノロジーとなる、ハプティクスという力触覚(りきしょっかく)の伝達技術を世界で初めて実現しました。そして、この力触覚の伝達、遠隔操作、再現を可能にするハプティクスの基本原理は慶應義塾大学により特許化されています。

このハプティクス研究センターでは、リアルハプティクス技術を応用した新しいソリューションを創出することを目指し、学外とも連携してさまざまな融合的研究開発を行っています。

ハプティクスとは「利用者に力、振動、動きなどを与えることで皮膚感覚フィードバックを得る技術」であると国際ハプティクス学会で定義されています。一方、リアルハプティクスとは、私たち人間が押したり、握ったり、さすったりして硬さや弾力、動きを感じて得る情報を物体と双方向で伝送し、力触覚を再現する技術です。この力触覚は人間の優れた判断力と柔軟さを支えている本能的感覚です。これによって人間はキャッチボールをしたり、ポテトチップスを口に運んだりする動作がスムーズに行え、また「マジックテープをはがす」感触や「綿」「風船」「スポンジ」の弾力を感じ分けたり、足裏に伝わる「砂利道」や「ゴムで滑りにくい床」の感覚、「何かが当たる」あるいは「不意に引っ張られる」衝撃を感じ、瞬時に最適な行動姿勢を調整したりすることができます。

機械には、こうしたリラックスして構える「柔らかい運動」=「力覚を実現すること」が難しく、最先端のロボットでも、「硬い運動」しかできないため、ボールが掴めず、ポテトチップスをアームに挟んでもたちまち割ってしまいます。力のコントロールができない危険性ゆえに、一般社会の現場にサービスロボットが広がらない障壁ともなっていました。

動作には、必ず相反する2つの対等の働き、硬い運動(位置制御)と柔らかい運動(力制御)があり、この矛盾する2つを同時に達成して問題を完全解決したのが、ハプティクスの技術です。革新的理論と高速ICT(情報通信技術)により、従来のロボットに抜け落ちていた力触覚を装置に実装し、人工実現させました。優しく触れられる、柔らかいロボットの誕生です。

このソフトロボティクスの技術を用いれば、力触覚の長距離伝達、縮小・増幅、記録コード化による再現も可能になり、社会での活躍場面が広がります。

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未来課題に挑むハプティクスの成果物たち

2050年には65歳以上が40%を占める超高齢化社会を迎える日本は、世界に先んじた課題先進国です。ハプティクス技術の可能性は無限大ですが、こうした超成熟社会を見据え、多くの課題解決に向けて、個人の身体性に基づいた支援もできるハプティクスの基本技術が慶應義塾から生まれたのです。大西研究室とハプティクス研究センターでは、リアルハプティクス技術の実用化に向け、個人対個人、個人対ロボット、ロボット対実世界などで考え得る、柔軟に接触行動や人間支援ができるロボットの創造に取り組んでいます。

具体的には、二足歩行ロボットや医療触覚鉗子、遠隔地の医師と患者の間でリハビリの動作情報が送れるロボット、あるいはヒューマノイドロボットの基礎となる、より少ないエネルギーで障害物との接触時の衝撃を抑えて歩ける大西研究室オリジナルのパラレルリンク型ロボットなどです。また伝承の技や熟練の技術を再現できるロボットや、年代ごとの動作を保存しておき、衰えてきた動きの復元をサポートするロボットも実現可能になります。ソフトロボティクス技術にさらにAIや画像処理を組み合わせたフレンドリーなロボットもできるでしょう。もちろん、災害復旧、医療、土木など想定外事象が頻発する現場、微細作業が伴う手術や介護、人間にとって危険な領域の探索などでの活躍も期待されます。

こうした人に優しいロボットが広がれば、人間本来の力触覚の優れた判断力と柔軟さ、そして機械の力強さと確実さを組み合わせ、さらにネットワーク上に機械、人、操作コンテンツをダイナミックに連結機能させるIoA(Internet of Actions)の世界も広がっていくはずです。

このような新しい機械と人間、あるいは人工物と人間がどうやって共存していくかも、次のテーマになってきます。新しい技術を普及させるには高いインテリジェンスが必要なのです。

300名の力による発明

『百聞は一触に如かず』で、実際に力触覚通信を実装したマスター(主)・スレーブ(従)型ロボットハンドを体感すると、離れたところにあるスポンジや風の感触が、自分の手元で得られることに驚きます。そして、力を検出するセンサーなどは何も付いておらず、一見するとありふれた装置なのに、勝手に力が伝わって動き、まるで魔法のように感じられます。

その仕組みは次のように説明できます。まず、操作者がマスター側のアクチュエーター(モーターなど動作を引き起こすデバイス)装置に作用力を加えると、離れたスレーブ側のアクチュエーター装置がまったく同じ動きをするとともに同じだけの作用力を対象に加えます。そのとき対象がスレーブに押し返す反作用力と同じだけの反作用力をマスター側アクチュエーターで発生させることで、あたかも操作者が遠くにある対象を実際に触っているのと同じ力触覚が得られます。この一連の制御動作を1万分の1秒ごとに行いますが、用いるデータはそのときの動作軸の変位だけで、あとは高速演算機能と最新の通信技術によって実現しています。

これにより、スレーブ側のロボットハンドにスポンジや風を当てると、マスター側の手の先にそれらを跳ね返す感触が出現します。力触覚通信は双方向の応答ができ、主従どちらからも力を伝えられます。

「ハプティクス技術の原理は単純にいえば和差算で、数学的にはアダマール行列というものです。アダマール変換をロボットに使ったのは世界初の試みかもしれません。和差算の和の部分が付け加わると、機械が急に柔らかくなります。この原理に気がつき、数式にクリアにフォーカスできると、あとは数式が饒舌に語りだし、応用の道筋が広がっていきました」と大西教授は語ります。

「原理の萌芽は34年前です。基本の基本から積み重ねてきた緻密な厚みの上に完成した技術の集大成で、研究室の卒業生は約300人。その一人でも欠けていたらできなかった発明でした。こうした最先端の技術を社会にどう組み込んでいくか、技術がよりよく社会に入っていく未来を考えることは、30年、40年先の世代に対する私たちの責任ですし、その技術をどう支援していくか解を出すのも我々総合大学の使命であると思います」

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ポテトチップスを割らずに掴む

奥右側マスター側のレバーを操作すると、手前左側スレーブ側のアームが動きポテトチップスを掴みます。すると、ポテトチップスがたわむ微妙な感覚が、まるで素手で持っているかのようにレバーを持つ手に伝わってきます。この感覚を伝えることこそがハプティクス技術です。

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2つの波形を録る

スレーブ側の位置情報の僅かな変化だけで力量を測ることができるというのが大西教授の特許。それを証明するマスター側とスレーブ側の2つの力の変化の波形表示がこちら。1万分の1秒単位で位置情報の変化を計測しています。現在10万円程度かかっている製作コストを最終的に1万円ほどで実現させることを目指しています。

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3本の指がバランスをとって風船を掴む義手

人がするような滑らかな指の動きと力加減を再現する義手。左手親指(マスター側)で右手義手(スレーブ側)を操作し、風船を掴んでみる実験では、力覚の作用により、義手の親指・人差し指がそれぞれ対象物を捉えていき掴みとると、さらに中指が勝手に動き支えを添えます。3本の指がモノの形に倣って自分で包み込む形を調整していき、締め付けることなく把持。この触覚義手は、理工学研究科修士1年の福島聡君が、修士論文の研究テーマとして取り組んでいるものです。研究を始めてわずか2カ月半で仕上げた試作機を、さらに改良を加え、体に装着する制御機器の重さを1.5kgから400gに、製作コストを200万円から数十万円にと、サイズ、コストとも大幅ダウン。現在もシステムデザイン工学科の野崎貴裕助教とともに、より実用に即したデバイスを作ろうと日夜研究開発に没頭しています。

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画面の向こうの風船を割る

モニターに映るのは、遠く離れた理工学部キャンパスにある大西研究室。ビデオオンライン通話Skypeを使い、マスターロボットと大西研究室にあるスレーブロボットをネットワークで結んだ状態で遠隔操作する実証実験。スレーブ側のアームがつかんだ風船を、別の場所のマスター側の操作ハンドルから自由に押し、その柔らかさ、反動、反力を確かめることができます。強く力を加えると、モニターの中の風船が押され、やがてパチンと割れる瞬間の様子も手と目と耳で同時に実感できます。

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大西公平

1980年東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。工学博士。同年慶應義塾大学工学部電気工学科助手。1996年より理工学部システムデザイン工学科教授。

2001年IEEEフェロー、2004年EPE-PEMC Council Award、IEEE Dr.-Ing Eugene Mittelman Achievement Award、2008年電気学会業績賞、2011年電気学会フェロー、2012年日本学術会議会長賞、福澤賞などを受賞。2008~2009年IEEE Industrial Electronics Society President、2015~2016年電気学会第102代会長などを歴任。2014年より日本学術会議会員。

専門は電気電子工学。特にパワーエレクトロニクス、モーションコントロール、ロボティクス、ハプティクスなど。

※所属・職名等は取材時のものです。