環境情報学部/大学院政策・メディア研究科 徳田英幸教授
2016/06/13
神奈川県の湘南エリアにひろびろとした敷地を有する慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)。ここに、総合政策学部、環境情報学部、看護医療学部、大学院政策・メディア研究科、健康マネジメント研究科が設置されています。今回は、慶應義塾大学のスーパーグローバル事業の中核を担う3つのクラスターのひとつ、「創造クラスター」分野の研究で第一線に立つ徳田英幸教授に、その研究内容やSFCにおける教育について聞きました。
徳田研が見つめる未来
私の所属する徳田研は、徳田・高汐・中澤研究室の略で、学生たちは、研究会や大学院プロジェクト科目を履修する形で参加しています。私は分散コンピューティングという分野を研究テーマとして博士号を取りました。現在は、創造クラスター研究プロジェクトの一環として、Internet of Things (IoT)、Cyber-Physical Systems (CPS)、ソーシャルビッグデータの利活用やスマートシティサービスなどユビキタスコンピューティングや知的情報環境の研究開発を進めています。これは、あらゆるモノがインターネットに繋がったときにどのような情報環境が提供でき、人、企業、コミュニティや都市などのエンパワーメントができるのかということを研究するものです。
たとえば、自分の手の位置情報を感知できるセンサーシステムを部屋に設置すると、自分の手をあるところに置くだけで、部屋のライトがONになり、別のところに置くとOFFになるといったように、センサーシステムとコンピューターを連動させれば任意の空間にスイッチを設定することができます。
このように現実のさまざまなモノをインターネットに接続し、センサーなどで収集したデータをサイバー空間内に流通させ、それらのデータを分析/処理し、結果を実世界にフィードバックすることで、より新しい価値が生まれる環境をつくり上げようという、まさに「創造クラスター」の先端的研究を行っています。
教室からリアルな街へ
このような技術を応用して、今、スマートな街づくりのためのサービスやアプリケーション開発を実際に行っています。私たちの研究室が目指すのは、情報のコアな技術やデータ収集などに重点を置いたエンジニアリング的な部分だけではありません。むしろ、その上で実行されるサービスやアプリケーションを含め、実社会の課題が解決できるのかを目指し、現場に行き、実証実験を行って社会実装を評価するところまで追究しようとしているのです。
さらに、世界中のさまざまなセンサーを共通のフォーマットで流通させることのできるセンサーデータプラットフォームを実現しています。実際にいろいろなアプリケーションを作りたい人が、私たちの情報基盤を使うことによってよりスムーズに成果を出せるようにするのが理想です。
ひとつの事例としては、藤沢市と合同で進めている「スマイルウェーブ」という実証実験があります。お年寄りに、スマートフォンを使っていただき、毎日ご自身の周囲の方々の笑顔を見てもらい、自分自身も笑顔を撮ってそのコミュニティに投稿し、笑顔の輪を伝えていくというものです。笑顔を見ることにより自分の心が和み、笑顔を伝播させることよって気持ちも上向き、身体的にもよりアクティブになりやすいだろうという仮説のもと、現在9名を対象に実験をしています。
一方で、このような個人に関わる研究には倫理的な問題も発生しますので、倫理委員会を通したり、住んでいる方の地域を実際に訪ねてインタビューをしたりと、プライバシーの保護に十分配慮しています。
今後は「長寿クラスター」や「安全クラスター」の研究とも連携し、あらゆる分野の“知”を結集して、新しいコンピューターと社会、コンピューターと人の関係を生み出していきたいと考えています。
湘南藤沢キャンパス(SFC)とは
慶應義塾大学のなかで理系分野の研究を行っている部門は数多くありますが、SFC(総合政策・環境情報学部)の大きな特徴は、文理融合のアプローチが主流であること、そして学生が自ら進んで学ぶことを特に推奨していることです。
また、SFCのカリキュラムは非常に柔軟にできているので、PBL(Project-Based Learning)を基軸に、学生たちが、研究会でのプロジェクトを通じて問題発見・解決の方法論や多様な専門性を身につけることができます。
最近は「文理融合」という言葉が一般化して、まさにSFC的な人材を育てようとしている大学も増えてきました。SFCは1990年の開設当初からすでに文系理系という垣根を飛び越えた新しい学部をつくろうという考えのもと、従来の学問分野型ではない2つの学部をつくり、学際複合型のキャンパスという形でスタートしました。そういう意味では慶應義塾の懐の深さの象徴です。当時の石川忠雄塾長が1980年代のスピーチで、21世紀型の社会的課題を解決するのは、ひとつの学部では無理だろうということをすでに指摘していました。
SFCが目指す人物像
SFCでは、「T型人間」を育てようとしています。視野を広く持ち、同時に興味があるテーマを深く掘り下げてもらおうというものです。私の研究室でも、コンピューター系のものに興味がある人が法律の授業をとっていたり、知的財産権の話題に興味があったら専門家の教員に聞きに行ったりしています。私たちの理想は、いわゆる「I型人間」のようにひとつのことを深く掘り下げるだけの人材育成ではなく、幅が広くて、深さもある人間を育てることです。21世紀の社会的課題は非常に複雑化していて、単一のディシプリンでは解くことができないのです。
実社会に出て行くと、教科書と違って問題が明記されていたり、形式化されていたりすることはありません。複雑な社会的問題があったときに、問題発見と問題解決をひとりで全て担う時代は終わっていて、いろいろなスペシャリストがコラボレーションしていかなくてはなりません。それを学部生の時から実践し、体験できるのは、SFCの強みといえるでしょう。
実社会と関わることで生まれる成果
SFCの研究グループのやり方というのは、どのような分野でも社会に接点を持った形で研究を進めていく方法です。実際に私たちも多くの国家的プロジェクトや世界的なプロジェクトに携わっています。また企業と連携して、個別の委託研究なども数多く進行しています。それらのプロジェクトに学生が実際に参加することによって、社会的課題や人々のニーズをリアルに知る機会が生まれます。大学の中に閉じこもって研究に没頭するというのは、SFCのスタイルではないと言えますね。
たとえば、Internet of things(IoT)とクラウド技術の融合によるスマートな街づくりを目指すという、EUと日本の研究者が協働して進めている国際プロジェクトClouTがあるのですが、このような大きなプロジェクトにも学生に入ってもらい、英語でコミュニケーションをとりながら進めるというトレーニングを行っています。授業だけが学生を鍛える場だとは考えていません。授業はあくまでも知的な体力を増強するトレーニングのひとつと考え、さらに社会との接点を持つ部分に挑戦していくことが重要だと考えています。学生たちにはTA(Teaching Assistant)やRA(Research Assistant) などの機会を得ながら研究できるという道もあり、その意味でも欧米型の大学に近いといえます。
<編集後記>
身の回りのほとんどのことがコンピューターやセンサーで制御されることが当たり前となった社会、そしてそのための情報基盤の構築をめぐる研究を行う徳田教授とその研究室。その情報構築の理論的な開発だけでなく、実践にまで届く研究を行っています。SFCという恵まれた自由な環境の中で、これまでの大学教育からは生まれなかったかもしれない、新しい試みが芽を出してくるのでしょう。
徳田英幸
1975年 慶應義塾大学工学部卒業、同大学院工学研究科修士課程修了。1983年 カナダ・ウォータールー大学数学部計算機科学科博士課程修了。
米国カーネギーメロン大学Research Computer Scientistなどを経て1990年慶應義塾大学環境情報学部助教授に就任、1996年教授。
慶應義塾常任理事(1997-2001年)、大学院政策・メディア研究科委員長(2001-2007年)、環境情報学部長(2007-2009年)、大学院政策・メディア研究科委員長(2009-2015年)などを歴任。
専門は、計算機科学、ユビキタスコンピューティング、分散システムなど。日本学術会議会員。情報処理学会副会長。ユビキタスコンピューティング・コミュニケーションラボ代表。
Ph.D.(Computer Science)
※所属・職名等は取材時のものです。