商学部 上村佳孝准教授
2018/10/18
慶應義塾大学には幅広い分野の第一線の研究者が多数在籍しています。その中の一人、商学部に所属し、日吉キャンパスで生物学などの授業を担当する上村佳孝准教授は昨年、ユニークな科学研究に贈られる「イグ・ノーベル賞」を共同受賞しました。上村准教授は「シンプルな研究から、新しい発見は生まれる」と話します。
オスとメスが逆転!?昆虫の不思議
受賞したのは、ブラジルの洞窟に生息する「トリカヘチャタテ」という昆虫の研究です。上村准教授は北海道大学の吉澤和徳准教授の声かけで2012年からこの研究に参加しています。通常の昆虫では、オスが交尾器をメスの体に入れて精子を送り込むところ、「トリカヘチャタテ」はメスがオスの体に交尾器を差し込み、精子と栄養物質を受け取ることを明らかにしました。
「トリカヘチャタテは、ブラジルの洞窟内に生息する3 mm程度の小さな昆虫です。2016年に現地を訪れ、ヘッドライトの光を頼りに探し回り、実物とご対面してきました。彼らの生息する洞窟内は食物も乏しく乾いた環境です。コウモリのフンやネズミのフンなどに依存して生活しています。オスはおそらく、自分のとった栄養の一部を精液物質として、メスに提供しているのでしょう。そのプレゼントを手に入れるため、メスが交尾に積極的になり、オスとメスの交尾器の形が取り替わる現象が起きたのではないかと予想します」
生き物好きが高じて研究者に
生物随一の多様性を誇る昆虫は、日本国内からだけでも約3万種が報告されており、それでもなお、いまだ発見されていない虫たちが多く生息しています。「外見はよく似た種類が多い昆虫も、交尾器の形を見れば見分けられることが多いです。交尾器の形は進化が速いからです。なぜ、進化が速いのか? その謎を追っています」と語る上村准教授は、近所の川で泳ぐ魚や庭で見つけた虫など、子どものころから生き物が好きだったといいます。ハサミムシ類の子育てに興味を持ち、そこから彼らの不思議な交尾器の形の研究に“ハマった”そうです。「今でも多摩川などの近所でよく昆虫採集しています。身近な昆虫の形にも、未解明の謎がたくさんあります」
「イグ・ノーベル賞」の研究は授業でも
日吉キャンパスで開くセミナー形式の授業では、商学部に所属する1~2年生が英語で書かれたイグ・ノーベル賞受賞論文を読みこみ、研究内容についてお互いに発表、議論しています。
「英語原著論文を読むことは世の中にあふれる知の源泉に触れることです。初めはハードルが高いですが、受賞研究は一般的に見て“面白く”、専門でない学生も興味深く読める論文が多いです。まさか自分がその『イグ・ノーベル賞』をいただくとは思っていませんでした。ユーモア、面白いと感じることはとても大事で、そこから自分の卒業研究へのアイデアが湧くこともあるでしょう」
慶應の学生に感心するところは、幅広い交友関係だといいます。「例えば授業で、学生が自主的にアンケートをとってきたので見せてもらうと、ものすごい数の友人に協力してもらっている。本当に驚かされますし、いざという時のチームワークの良さも慶應らしさではないでしょうか」
昆虫の進化 人間界の変化
「人間だけを見ているよりも、昆虫をはじめとする生き物を見ることで、逆に人間への理解が深まることはたくさんあります。交尾器の形の進化が速いのは、オスとメスとのせめぎ合いによるものと言われています。せめぎ合いによる変化は、僕らの世の中にもあります。価格競争で企業が競り合う、入学試験で受験生がしのぎを削る……世の中はせめぎ合いで溢れています。昆虫の進化同様、こうしたせめぎ合いが、世の中を動かす大きな動力であり、生物学と共通した手法が社会・経済の分析に威力を発揮しています」と語る上村准教授。
「僕の関わる研究の多くは、大きな装置や大量のマンパワー・資金を必要としません。顕微鏡観察やシンプルな実験で成り立つものです。どんな分野でも、シンプルな疑問、シンプルな研究から、新しい発見は生まれると確信しています」
上村 佳孝(かみむら よしたか)
1999年東京都立大学理学部卒業。2001年同大学院理学研究科生物科学専攻修士課程修了、2003年同博士課程単位取得退学。2004年同大学博士(理学)取得。
立正大学地球環境科学部助手、北海道大学大学院農学研究院助教などを経て、2008年〜慶應義塾大学商学部専任講師、2013年より同准教授。
2012年日本昆虫学会学会賞、日本昆虫学会若手奨励賞受賞。2017年イグ・ノーベル賞生物学賞共同受賞。
専門は、進化生物学。昆虫学。著書は『昆虫の交尾は、味わい深い…。』(岩波書店、2017年)など。
※所属・職名等は取材時のものです。