慶應義塾

目前に迫った100m・9 秒台。 2020 年東京五輪に向けてベストな走りを追究するトップアスリート

卒業生 山縣亮太君(総合政策学部卒)

2019/05/17

山縣亮太(やまがた りょうた)/陸上選手

2015年総合政策学部卒業。同年4月セイコーホールディングス株式会社入社。高校時代から国体や世界ユース選手権で活躍。慶應義塾大学体育会競走部時代にロンドン五輪に出場。卒業後のリオデジャネイロ五輪では100m準決勝で五輪日本人記録の10秒05、さらに4×100mリレーで銀メダルを獲得した。2017年に日本歴代2位タイとなる10秒00を達成。2018年のジャカルタ・アジア大会でも男子100mで10秒00の記録で銅メダルを獲得し、4×100mリレーで金メダルに輝く。

自分としっかり向き合うことが直面する課題解決の糸口に

- 2018年、山縣さんは8月のジャカルタ・アジア大会で見事に銅メダルを獲得したほか、日本選手権や国体といった国内の大会では負け知らずでした。安定した強さを見せたシーズンをご自身で振り返ってみていかがでしたか?

山縣:確かに2018年はけがもなく安定した走りができ、自分でも成長を実感できたシーズンでした。しかし満足はしていません。春の時期は記録的に足踏み状態が続いていましたし、日本人2人目の100m・9秒台の記録も持ち越しになり、少し残念な思いが残りました。

- それでもジャカルタ・アジア大会では、前年に続いて自己記録タイの10秒00をたたき出しました。

山縣:同じ100分の1秒でも、10秒50から10秒49に縮めるのと、10秒00から9秒99に縮めるのではまったく意味が違います。後者はいわば人間の生理的限界への挑戦で、コンディションや運を含めてすべてを持ち合わせていないと絶対に到達できません。そう考えると日本人で初めて9秒台をマークした桐生祥秀選手はやはりすごい。彼の存在はいつも意識しています。ただ、100m走は結局自分との闘い。ライバルを意識することも大切ですが、それより自分にしっかり向き合えるかどうかが、結果を左右すると思います。

- 今回アジア大会で日本選手団を率いる主将となって感じたことは?

山縣:主将に指名されたことは大変光栄なことでした。ただプレッシャーは感じましたね。周囲の人々は気にするなと言ってくれましたけれど、勝負前のアスリートは結果が出るまではどうしても不安にさいなまれるものです。準備はしっかりできていたので、結果を出すことができてホッとしました。世界陸上や東京五輪に向けても良い経験ができたと思っています。

- 9秒台を目指す練習メニューはどのように工夫されているのですか?

山縣:学生時代から長らく自分で練習メニューを考えていましたが、2015年より、フィジカルトレーナーの仲田健氏の指導のもとで練習に取り組んでいます。運動生理学の見地から考えた練習メニューのおかげで、トレーニング効果が格段に高まり、日本歴代2位の10秒00の記録を出すことができたと思っています。

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- 練習の走りはマネージャーの瀬田川歩さんが毎回動画で撮って、それをグラウンドでも繰り返し見ていますね。

山縣:ええ、動画では走りの変化に注目しています。自分にとっての「いい動き」のイメージを持つことはとても大切で、常にそれを意識するためには動画撮影が有効です。1回見ただけではわからないことも、何度も繰り返し見ているうちにちょっとした変化に気づき、修正点が見えてくるのです。瀬田川とは競走部の同期でもう8年ぐらいの付き合いになり、旅行なども一緒に行く友人でもあります。私はセイコー初の社員アスリートだったこともあり、練習のサポート、試合のエントリーや取材対応など信頼して任せられるパートナーが必要でした。

- 普段の練習はお二人が学生時代を過ごした日吉のグラウンドなのですね。

山縣:在学中の友人や後輩は全員卒業してしまいましたが、競走部の後輩たちと仲良くなって話すのが楽しいです。実は競技の話はそれほどしておらず、音楽やテレビ番組とか大学生がするような世間話ばかり(笑)。もちろん競技に悩んでいる後輩には自分の経験を踏まえたアドバイスをすることもあります。

- 山縣さんは世界トップレベルのスタート技術に定評があります。

山縣:もともと身長のハンディを克服するためにスタート技術を磨いてきました。それこそ子どもの頃から「いいスタートってどうすればいいんだろう?」と自分なりに研究してきたという自負はあります。今も常にベストコンディション時のスタートのイメージを頭の中に置いて走っています。スタートしてからゴールまでの間は、主に自分の状態や気象条件などを踏まえたレースプランを考えています。スタートから30m、30mから60m、そしてゴールまで……。それぞれ良いタイムが出たときの感覚との差など、10秒の間にほんとうにいろいろなことを考えています。

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広島で育った少年が100m走で日本一を目指すまで

- 陸上競技との出会いはいつ頃ですか。

山縣:小学4年のときにたまたま広島市のスポーツ大会の100m走に参加したことが陸上競技との出会いでした。そのとき、他の選手がスパイクで走っていたのに、私はスニーカー履き。ところがそれでも優勝してしまった。すぐに地元の陸上クラブから声がかかり、本格的に短距離を始めることになりました。翌年には日清食品カップという小学生の全国大会で8位になり、おそらくその頃から日本一になりたいと思うようになっていました。実は一時期、ハードル競技もやってみようと思ったことがあります。クラブで試しに走ってみたら、コーチからほめられたからです。家でそのことを父に言ったらなぜか無茶苦茶怒られまして(笑)。当時は私より父の方が100m走にこだわっていたのかもしれません。

その後、広島の中学・高校と陸上競技を続け、高校1年生のときに出場した大分国体で念願の日本一になることができました。うれしかったですね。実は翌年に骨折してしまい、手術後の復帰までは大変苦労したのですが、日本一になったという喜びがあったからこそ乗り越えることができたのではないかと思っています。

- 慶應義塾大学を選ばれたのはなぜですか?

山縣:大学進学が迫ってくるにつれ、「自分はどのように大学で競技に取り組みたいのだろう」と本気で考えるようになりました。その結果、私は自由にのびのびと勝利を目指せる大学ではないとダメで、そうした自由があるのは慶應義塾だけだとわかりました。そこから一気にスイッチが入って慶應義塾一本に絞って、AO入試に臨みました。Webの合格発表で合格がわかったときは自分の部屋のパソコンの前で思いっきりガッツポーズをしたことを覚えています(笑)。

- 入学後は期待通りにのびのびと競技に取り組んだのですか?

山縣:ええ、期待通りでした。1年生から練習メニューも自分で考えてずっと自由にやっていました。1年生では自己ベストを更新し、翌年のロンドン五輪では10秒07のタイムを出しましたが、それが大学時代のピークでした。その後、けがで腰を痛めてしまい、結局、社会人1年目まで腰痛に悩まされました。復活できたのはその翌年で、リオデジャネイロ五輪の100m準決勝では10秒05(五輪日本人記録)という結果を出すことができたのです。

- 競技以外にも大学時代の思い出はありますか?

山縣:よく思い出すのは瀬田川を含めた競走部の同期の仲間たちと、愛知県岡崎市まで自転車旅行をしたことです。岡崎には仲間の一人の実家があったのです。途中、箱根の山越えでは雪が降ってきてほんとうにきつかったけれど、そんなバカをやったことが今では忘れられない思い出になっています。部活動以外では、村林裕先生のスポーツビジネスのゼミですね。スポーツイベントの集客について考えたり、子ども対象のスポーツ教室で実際に指導してみたり、とても貴重な経験ができました。高校生ぐらいだと言葉で技術を伝えられるけれど、小学生にしっかりと教えるのはほんとうに難しいということが実感できました。

セイコーゴールデングランプリ陸上2018 大阪でのレース

世界トップレベルに負けない自負がある

- 期待が高まる2020年の東京五輪に向けた抱負をお聞かせください。

山縣:多くの日本国民が注目する中で期待以上の結果を出したい。そのために心身ともに充実して競技と向き合っていく自分なりの青写真を描いています。まず、2019年2月より温暖な米国フロリダで1カ月トレーニングを行い、9月末からのドーハ世界陸上に向けて技術的な向上を図ります。目指すのはもちろん9秒台。まずは決勝のスタートラインに立つことをイメージして練習に取り組みます。日本人はベース=身体の部分で世界トップの選手に劣っているかもしれませんが、技術的に緻密な走りをすることで、きっとその差を埋めることができるはず。競技には「心・技・体」の3つの要素があり、技術に関しては世界トップレベルにも負けない水準だという自負があります。心=メンタル面は、自分のベストの走りのイメージを持つようにしています。あとは試合中にどれだけ集中できるかですね。

- メンタルコントロールも大切な要因ですが、山縣さんなりの気分転換法はありますか?

山縣:社会人になってから始めた釣りでしょうか。もともと魚好きで、子どもの頃から父が釣った新鮮な魚を食べていました。上京してからなかなか新鮮な魚を食べられなかったのですが、あるとき「だったら自分で釣ればいい!」と思いつきまして。オフシーズンなどに東京近郊に釣りに行き、釣った魚を自分でさばいて料理しています。特にけがをしてつらかったときには釣りと料理が何よりの気分転換になりました。

- 最後に塾生へのメッセージをお願いします。

山縣:自由であることは自分ですべての責任を引き受けることでもあります。私は学生時代に自分のパフォーマンスやけがの原因を掘り下げて深いレベルまで考える習慣が身につき、そのおかげで現在の自分があると思っています。スポーツに限らずどのような分野でも「自分で責任を引き受ける」「自分で考える」ことを通して人は成長できるのではないでしょうか。塾生の皆さんも慶應義塾の自由な環境を満喫しながらも、自分にしっかりと向き合い、自分が直面している問題についてとことん考え抜いてみてください。きっとその先に自分が進む道が見えてくるはずです。

- 本日はありがとうございました。

(2018年12月取材)

撮影:佐藤 公治

この記事は、『塾』2019 SPRING(No.302)の「塾員山脈」に掲載したものです。

※所属・職名等は取材時のものです。