慶應義塾

本当に好きなことを求め 渡米してメイクアップアーティストに

卒業生 松下里沙子君(文学部卒)

2023/04/27

松下里沙子(まつした りさこ)/メイクアップアーティスト

2010年文学部美学美術史学専攻卒業。大学卒業後は富士通株式会社で営業職として4年間働く。その後、メイクアップアーティストの道を志し、会社を退職。単身ニューヨークに渡り、アシスタントなどを経てフリーランスのメイクアップアーティストとして活動開始。COACH、MARC JACOBS、MARNIなどのブランド広告撮影、「ELLE」「Harper’sBAZAAR」「marie claire」といった一流ファッション誌の撮影などに携わり、ファッションや美容の最前線で活躍してきた。2021年より東京に拠点を移し、講演活動やメイクレッスン、SNSでの情報発信など旺盛に活動領域を広げている。

好きなことを求め、一般企業からメイクアップアーティストの道へ

-松下さんは海外で生まれた帰国子女だったとか。

松下:父の赴任先である米国・ニューヨークで生まれました。9歳でカナダ・トロントに転居したのですが、通うことになった小学校に日本人は私一人。その環境になじめず、1年間ほど独りぼっちで過ごす日々が続きました。そんな孤独から私を救ってくれたのがイマジネーションと物作りでした。絵やマンガを描いたり、パソコンで架空のストーリーを記事にした雑誌を作って家族に読んでもらったりしていました。頭の中でイメージやストーリーを作り出したり、手を動かして物作りをすることが好きだったんですね。

卒業式にて。右が松下さん

-慶應義塾大学文学部に進学されたのはなぜですか。

松下:進学先の大学を探していると、慶應義塾大学文学部には「美学美術史学専攻」が設置されているのを発見。他大学にはあまりない専攻ですし、「ここに行きたい!」と迷わず志望先に決めました。

大学の授業は期待以上に面白くて、一生懸命勉強していましたね。在学中には学芸員資格も取得しました。

ただ当時、私にとって美術はあくまでも自分の趣味の範囲で、将来の職業と結び付けて考えてはいませんでした。富士通株式会社に入社したいと思ったのは、人事担当の方が、面接で私という人間そのものをしっかりと受け入れてくれる印象があり、「世のため、人のため、自分のための3つがそろって初めていい仕事ができる」という言葉に共感を覚えたからです。幸いにも入社試験に合格し、それから4年間は営業職としてスーパーコンピュータを海外に拡販する仕事に従事しました。出張でさまざまな国に行き、人にも大変恵まれ、仕事自体にもやりがいを感じていました。ただ、忙しい毎日を過ごす中で、「人生で仕事をしている時間はこんなに長いのか」という気付きがあり、次第に「それであれば好きなことを仕事にしたら、もっと幸せなのでは」と思うようになりました。それからは、好きなことで、かつ仕事にできることは何だろうといろいろ考えていたのですが、当時仕事の合間に趣味で美容ブロガーの活動を行っていて、化粧品やメイクがとにかく大好きだったこともあり、メイクアップアーティストという職業に興味を持ちました。

そこで早速、専門学校が開催している「一日メイク体験」に参加してみました。そこで初めて自分以外の人にメイクをする経験をして、「技術」として学ぶメイクに魅せられました。「人がキレイになる」ということに一種の芸術性を強く感じて、心が震えた瞬間でした。人をメイクで幸せにすることで、自分も幸せになれる仕事だと感じ、私にとってはこのメイクアップアーティストこそが「世のため、人のため、自分のため」の3つを満たせる仕事だと確信して、絶対にこの道に進むと心に決めました。

-そこからメイクアップアーティストとしての第一歩を踏み出したのですね。

松下:はい。会社で働きながら、専門学校のヘアメイク日曜コースに1年間通って、メイクの基礎を身に付けました。その後、会社を退職し、業界的にはスタートも遅かったので、とにかくスキルと経験を積みたいと思い、大きな撮影やファッションショーがあるニューヨークに行くことにしました。ニューヨークではMAKE UP FOREVER ACADEMYという学校に半年間通って、ビューティ/ファッション、特殊メイク、ボディペイントなどメイクに関わる技術を幅広く学びました。それと同時に、現地のフォトグラファーに手あたり次第に連絡をして、作品撮りも頻繁に行っていました。納得できる作品が増えてきたら、次の段階として自分が憧れているアーティストに連絡し、作品を見せてアシスタントとして採用してもらいました。また、メイクの学校で知り合った仲間で仕事をシェアすることも多く、個人で受ける仕事もたくさんしていましたね。とにかく経験を積みたかったので、プロのモデルの撮影だけでなく一般の方への出張メイクの仕事もしていました。10代から70代まで、幅広い年代の方がいらっしゃいましたし、バックグラウンドも多様で、お肌の状態や悩み、メイクの好みなどもさまざまだったので、大変勉強になり、技術向上に大いに役立ちました。そして2017年からアーティストマネジメント事務所に所属して、主にファッションブランドやファッション誌などの撮影の現場やファッションショーのメイクに携わってきました。

MAKE UP FOR EVER ACADEMYにて。中央が松下さん

-渡米後、メイクアップアーティストとして順調に歩まれてきたのですね。

松下:いえいえ、全くそんなことはありません。最初の2年ぐらいは現地に知り合いもいないので孤独との闘いでした。周囲のレベルの高さにも圧倒されましたし、ホームシックに陥り、本当につらかったです。やがて仲の良い同業の友人もできてくると次第に仕事を楽しめる環境になってきました。また、フリーランスとして独立後は、“アシスタント精神”を捨て、自分のスタイルを確立するために大変努力をしました。

-松下さん自身のアーティストとしてのスタンスを確立するきっかけになった思い出深い仕事はありますか。

松下:やはりニューヨーク・ファッション・ウィーク(NYFW)など大きなショーでメイクのチームを指揮するリードメイクを経験したことでしょうか。モデルやスタッフなど大勢の人間が関わるカオスのような空間の中でチームをまとめていった経験は達成感があり、自信にもつながりました。ニューヨーク、ミラノ、パリ……それぞれのショーでの経験が私の血肉になっていると感じています。

画像

著名な方にメイクをさせていただく機会もあり、それはもちろん素晴らしいのですが、それだけではなく、フォトグラファー、スタイリスト、ヘアスタイリストなど、撮影のクルーから多くの刺激やインスピレーションをもらうことが多いです。撮影ごとにクルーは変わることも多いので、仕事を通して素晴らしい方々にたくさん出会えるのはこの仕事の魅力かもしれません。

-松下さんのメイクアップアーティストとしての個性はどのような点にあるとご自身で感じていますか。

松下:私は繊細さを重視するタイプだと思います。ちょっとしたディテールの違いでメイクの仕上がりは大きく変化します。ブランドのストーリーやクライアントの世界観をしっかり理解して、どのような表現がベストかをクライアントと一緒に追求していきます。求められている結果はしっかり出しつつ、いつも自分自身がワクワクできるようなメイクをしたいと思っていますし、細部まで美しく作り込めるように意識しています。

仕事中の様子

結婚、コロナ禍を機に活動の拠点を東京へ

-2021年からは、拠点を東京に移して活動されています。

松下:夫が東京の企業に転職することになって、私も東京でメイクの仕事をすることに興味があったので、ちょうど良いタイミングではありました。帰国後は東京の事務所に所属し、20代〜30代の女性向けファッション誌やファッションブランドの撮影のほか、語学力を生かして海外ブランドのCM撮影などに参加することが増えました。また、撮影以外では美容に関する講演活動やメイク講師など、活動の幅を広げています。2022年6月には、かつて学んだ日吉キャンパスで新入生歓迎行事として「コロナ時代のメイクアップ」と銘打った講演をやらせていただき、大変うれしかったです。その講演をした際に、在学生の皆さんの中で、見た目に悩んでいる人がとても多いことを知りました。最近はSNSなどで画像の加工やフィルターなどが当たり前になり、そういうものに日々触れているうちに、知らず知らずの間に自信を失ってしまっている人も多いように感じます。私はニューヨークでさまざまなバックグラウンドを持つ人にメイクをしたり、多様なカルチャーの美意識に触れたりする中で、美の基準というものは無数にあると学びました。ですから、一人一人、その人だけが持つ美しさを知ってもらいたいと思いますし、そのためにメイクアップアーティストとしてお手伝いできればと思い、最近は個人レッスンやSNSでのメイク情報の発信にも力を入れています。11月からは事務所を辞めて完全にフリーランスとして活動しています。私は常に前に進んでいないと生きている実感が味わえないタイプなので、メイクに関する仕事なら今後も積極的にチャレンジしてみようという気持ちでいます。

日吉キャンパスでの講演「コロナ時代のメイクアップ」

-最後に塾生へのメッセージをお願いいたします。

松下:「感動する心を忘れないで!」でしょうか。ゼミの恩師からの受け売りの言葉ですが、大切にしています。毎日忙しく過ごしていると、いろいろなことに慣れっこになってしまい、自分の好きなものや心を動かされるものを見過ごしてしまうことがあると思います。ですが、日々の中で「感動したこと」「心から好きなこと」に出会ったときは、その感情を大切にして、流さずに育ててほしいなと思います。私はその中で、今の仕事に出会いましたし、最初にこの仕事に出会ったときの感動や情熱を今も忘れることができません。もうあれから10年になりますが、その気持ちに突き動かされて前に進んできました。そうやって積み重ねた日々や努力が、きっとまた未来の自分を支える糧になると思います。

-本日はありがとうございました。

この記事は、『塾』WINTER 2023(No.317)の「塾員山脈」に掲載したものです。