慶應義塾

塾生の空腹を満たす、二大・三田グルメ

山食とラーメン二郎

2017/05/29

慶應義塾大学三田キャンパスには、文学部の2~4年生、経済・法・商学部の3・4年生、文学・経済学・法学・社会学・商学・法務研究科の大学院生が学んでいます。育ち盛りとも言えませんが、とにかく食欲旺盛な若者たちだけに、三田キャンパス界隈での食事事情をレポートしてみました。

三田の歴史とともにある「山食」

三田キャンパス内にあって、最も古い歴史を持つ食堂が1937(昭和12)年創業の「山食」です。今年で創業80年。数あるメニューの中でも塾生のみならず、教職員、塾員(卒業生)まで数多くのファンを魅了する学食カレーの王道といえば“山食カレー”です。

「三田キャンパスで授業を受けた方で、カレーを食べたことがない人はいないでしょう(笑)」。そこまで塾生に愛される秘訣とはなんでしょうか?三代目社長の谷村忠雄さんに話を伺いました。

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「カレールー自体からここで作っているからでしょうか。業者から買ったルーではなく、自家製の味で、ここでしか出せないオリジナルな味になっているのです。それと、ボリュームもしっかりと出してあります」

谷村さんは1955(昭和30)年から60年以上もの間、山食の厨房に立ち、塾生や教職員のお腹を満たしてきました。その味はいまや三田キャンパスの歴史の一部となっています。また、ボリュームを求める塾生たちには、カツカレーも人気です。

「カツもここで揚げているのでサクサクです。そのほかのメニューもすべて手作りです。肉でも魚でも市場から直接仕入れてここで調理しています」

そこまで徹底した手作りだからこそ、多くのファンを魅了しているのでしょう。山食カレーを求めて三田キャンパスを訪れる卒業生はあとを絶ちません。2015年には慶應義塾公式グッズとして、レトルトカレーも登場しています。

「塾員(卒業生)の方々に喜んで購入していただいています。わざわざ海外の塾員に送ってあげる人もいるそうです」。

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そんな山食カレーのパッケージには、“金曜日の味”とあります。これはいつからか山食を愛する塾生たちが使い始めた言葉だそう。

「カレーは前日に仕込んで、一晩寝かせます。そこに毎日少しずつ足していくとコクが出てきます。そのコクが一番出たのが“金曜日の味”だったのでしょう」

卒業生の結婚式に出席したこともあるという谷村さんは、調理服を脱いで歩いていても卒業生に声をかけられるといいます。数々の逸話をともなう“山食カレー”はこれからもあつあつの湯気とともに、塾生たち、そしてかつての塾生たちのお腹と心を満たし続けます。

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「山食」に通う人々には“愛”がある

山食で食事をとっていた塾生にも話を聞いてみました(※所属・学年は取材時のものです)。

「すき焼き丼が好きです」という商学部3年・川谷尚大君。山食の手作り感が川谷君の胃袋を刺激しているようです。

経済学研究科修士課程2年・山尾忠弘君は「とにかくボリュームと他にはない味に惹かれます」といいます。「カレーは多いと週3回は食べています」という山食ファンです。

「週に最低2回は来ます」という法学研究科博士課程3年・横山寛君。山食カレーにたっぷりとチーズをかけて食べるという、オリジナルな味をさらにオリジナル化する強者。

誰もが授業の合間に、部活の終わりに、ゼミの打ち合わせを兼ねてなど、さまざまな使い方をする山食は、三田キャンパスに欠かせない存在です。

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塾生・塾員とともに育った聖地「ラーメン二郎 三田本店」

昨今のラーメンブーム以前から聖地とされ、今も行列が絶えない名店「ラーメン二郎 三田本店」は、三田キャンパスから徒歩数十秒の場所に位置します。店主の山田拓美さんは、慶應義塾との深い関わりを語ります。

「もともとは、都立大学で創業しました。そこには日吉キャンパスに通う塾生が多く訪れていましたが、その店が立ち退きになり、店を閉めようと考えていたところ、常連の塾生から三田キャンパスの横の店が空くというので、塾生に呼ばれる形で三田にやってきました」

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そこから慶應義塾との関係はさらに深まります。

「山下大輔(元プロ野球選手・1974年商学部卒)君が活躍しだした頃から應援指導部の塾生たちが来るようになり、塾生新聞とも懇意になりました。その頃は塾生と一緒によくいたずらをしたものです」

三田キャンパスに通う学生たちに欠かせないものとして定着していったラーメン二郎に、1990年代前半、またもや危機が訪れます。立ち上がったのは、またもや塾生たちと、かつての塾生である、塾員たちでした。

「その後、道路拡張でまた立ち退きになった時、キャンパスの学食に入れようという話が持ち上がり、署名運動まで起こりました(笑)。大学当局もまじめに検討してくれましたが、キャンパス内への移転は見送りとなりました。その時、また運よく現在の場所のオーナーが店を閉めることになったと柔道部の連中が教えてくれて、契約まで手伝ってくれました。その頃、家内が交通事故にあい、その時から應援指導部や体育会の学生がアルバイトで手伝いに来てくれるようになりました」

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その味もまた、塾生とともに完成されていきました。

「最初は和食的な味だったんですが、塾生からもっとこってりしてくれという要望があり、研究を重ねて今の味になりました。醤油も麺もオリジナルなものを探して今の味になりましたが、それも塾生の要望に応えたようなものです。量も当時の1.5倍ほどになっちゃいましたね(笑)」

その後「ラーメン二郎」の味は、お弟子さんたちにより全国に広められていきました。現在はラーメン二郎を愛する人たちを指す「ジロリアン」という用語も存在し、ラーメン通の間で知らない人はいないほどの有名店です。2017年4月には京都にも開店。開店日には、全国から多くのラーメン通が押し寄せました。それほどまでに愛されている、「ラーメン二郎」と「ラーメン二郎 三田本店」。その人気の秘訣は、味だけでなく、“親父さん”の人柄ともいわれます。

二郎でのアルバイトの経験は人生を豊かにする

「ラーメン二郎」で学生時代にアルバイトをし、その後も食品関係の企業に就職した、相撲部OB・飯塚大河君(2015年総合政策学部卒)も久しぶりに「ラーメン二郎」を訪れました。

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「大学2年の時からアルバイトを始めました。バイト代もよく、部活の後にもう一つ部活があるような感じでした。アルバイトは應援指導部と体育会、それとなぜか文学部のゼミ生が伝統的にやっていました。楽しかったし、エピソードも数知れず。毎日事件が起こっていました(笑)」

お客さんとアルバイトと店側と、すべてが一体となる感じだったとか。

「今の仕事に就く面接の時も、二郎でアルバイトをしていたというと、面接官が驚いていました。今も営業で話のきっかけになったりします。一言でいえば、ラーメン二郎を通して繋がりができたというのが大きな財産です。今でも、二郎の親父に会いに来るOBが多くいるし、近況報告にやって来るというのが、塾生・塾員の習わしにさえなっています。僕たちの学生生活の一コマとして欠かせないものなんです」

「山食」と「ラーメン二郎」。いつまでも塾生、塾員の記憶に残る味を守り続けてほしいものです。

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