慶應義塾

物語をゼロから紡ぎ出すエネルギーは 心の中に明確なメッセージを持つことから

卒業生 栗田優香君(文学部卒)

2026/01/15

栗田優香(くりた ゆか)/演出家・脚本家

2014年文学部美学美術史学専攻卒業。在学中より演劇サークルで演出や脚本づくりに意欲的に取り組む。2014年4月に演出助手として宝塚歌劇団入団。同時に生まれ育った東京を離れて関西に移り住む。2021年の宙組バウホール公演でオリジナル脚本『夢千鳥』で脚本・演出家デビュー。2023年にはオリジナルのレビュー『万華鏡百景色』で大劇場公演演出家としてデビューした。同年から約1年半の産休・育休を経て2025年に現場復帰。気鋭の若手演出家として今後の活躍を期待されている。

“エンタメ”好きの母の影響で 宝塚歌劇の魅力を知る

-栗田さんが宝塚歌劇に関心を持つようになったきっかけはなんですか。

栗田 初めての宝塚歌劇体験は小学校3年生のときに母が借りてきた『エリザベート』初演のビデオでした。あまりに面白かったので、その後、劇場に連れて行ってもらって見たのが『凱旋門』と『デパートメント・ストア』です。それまでも漫画やアニメには触れていましたが、私にとって「生身の人間」が演じている物語に触れたのはそれが初めての体験で、それ以来、どっぷりとハマってしまいました。その後、テレビドラマや映画、他の演劇作品などにも広く関心を持つようになりましたが、あらためて振り返ると私の原点はやっぱり宝塚歌劇だったと思います。

-『エリザベート』は塾員で文学部の先輩でもある小池修一郎さんの演出でした。

栗田 はい。小池先生には入団面接試験で初めてお会いしました。お忙しい方なので入団してから再びお会いしたのはそれから1年半後ぐらいのことだったのですが、私を見るなり「あれっ、あんた髪切ったね?」と言われて(笑)。面接で一度会っただけの私のヘアスタイルをよく覚えていらしたなとびっくりしました。やはり一流の演出家、舞台人ともなると人間観察力と記憶力がすごいんだなあと思いましたね。

-いつ頃から栗田さんはエンターテインメント業界への憧れを持たれるようになったのですか。

栗田 憧れはありましたが、自分はあくまでも受け取って楽しむ側だと思っていました。小学生の頃は部活もなく時間だけはたっぷりありましたから、新しく始まるテレビドラマの初回はすべてチェックして、その後面白いと感じたドラマだけを見続けていました。特に宮藤官九郎さんの作品が大好きで、彼のドラマは全て見ています。同じくドラマ好きの母が見ていた山田太一作品など、古いドラマも一緒に見ていましたね。ちなみに祖父は洋画やオペラが大好きだったので、エンターテインメント好きの血筋なのかもしれません。

-その頃は将来自分が舞台の演出や脚本の仕事をすることになるとは考えていなかったのですか。

栗田 全く考えていませんでしたが、演劇や映画の脚本を読むのは好きでした。高校生の頃、私には全く違う夢があり、パティシエになりたかったのです。当時ケーキ作りにハマっていて、高校卒業後は製菓学校に通いたいと思っていました。しかし親からは「大学は行っておきなさい」と言われ、将来パティシエ修業でフランスに行くことを踏まえてフランス語を勉強できる大学に行こうと、いくつかの大学のフランス文学科を受験しました。その中で慶應義塾の文学部だけが、2年生にあがるまで専攻を決める猶予があり、パティシエの夢にも少々迷いがありましたから、猶予期間のある慶應義塾に進学したのです。

就職活動の絶望の淵で 「宝塚」と奇跡の再会

-大学入学後は、演劇サークル「創像工房 in front of.」で活動をされていました。

  栗田 150人ほどが所属し、年間約10公演も上演する大所帯なサークルで、一つの劇団というよりは複数の演劇ユニットが緩やかにつながっているような団体でした。夏には1年生が先輩方から音響・照明・舞台装置などのスタッフワークを実践的に学ぶワークショップ公演という機会があり、みんながそれぞれ自分のセクションを決めていく中、私はなかなか選ぶことができず、気づけば残っていた枠は脚本のコンペ枠だけでした。今にして思えば、脚本は書いてみたかったけれど自信がなく、恥ずかしい気持ちのあった自分を、ぐずぐず決断しあぐねることで書く側に追い込んでいったのだと思います。生まれて初めて書いた脚本でしたが、ビギナーズラックとでも言いましょうか……幸いにも選ばれ、上演されました。  

早稲田大学演劇倶楽部(通称:エンクラ)の公演に客演として出演した際の一幕(前列中央が栗田さん)

-それが栗田さんにとって初めて上演された脚本作品になったわけですね。

栗田 はい。慶應義塾職員で演劇ファンの方のブログでほめていただいたりして、それまでの自信のなさや恥ずかしさが薄れてゆき、演劇にのめり込んでいきました。その後は早稲田や青年団など学外の演劇団体でも活動したり、映画を撮ったりもしました。とはいえ将来の仕事としてエンタメの世界を具体的に考えていたわけではなく、あくまでも目の前の公演を良いものにしたいと夢中になっていただけでした。学部は結局フランス文学ではなく、美学美術史学専攻に進み、内藤正人先生のもとで日本美術について学びました。

-就職活動はどのように行ったのですか。

栗田 大学3年で就職活動を始めた際、将来何をしたらいいのかわからずモヤモヤした気持ちでいました。それでも業種にはこだわらず50社ぐらいの企業を受けましたが、エントリーシートを書こうとした段階で「自分は演劇か、ドラマか、映画の世界でしか頑張ることができない」ことに気付いてしまいまして……。そんな調子でしたから、なかなか内定をもらえない日々が続きました。最終面接まで唯一残ったテレビ局から不採用通知が届いたときは「自分は社会から必要とされていないのか?」とすっかり落ち込んで、一晩泣き明かしました。翌日の朝、なんとか気持ちを切り替えてパソコンで就職情報サイトを検索していたら、なんと私の原点だった宝塚歌劇団が演出助手を募集しているではありませんか! しかも書類提出締め切りは翌日……悩む暇もなく一気呵成にエントリーシートを書いて提出しました。書類審査をパスした次は、宝塚大劇場での上演を想定したオリジナルミュージカル脚本という課題が与えられました。最後に面接試験に進み、採用が決まりました。入団試験では演劇への思いや脚本を書く能力だけではなく、人間力やコミュニケーション能力なども問われていたように思います。

-宝塚歌劇団には演出助手として入団したのですね。

栗田 はい。演出助手は、演出家の意図をくみ取りながら稽古を円滑に進めていく役割を担うとともに、演出家の仕事をそばで見ながら学んでいく修業期間でもあります。入団して3年ほど経つと、宝塚と東京でそれぞれ1日だけ上演される新人公演の演出を任されます。そして8年目くらいになると若手スターが主演するバウホール公演で脚本・演出家デビューすることになります。さらに数年後には、トップスターが主演する大劇場での本公演を任されるようになるというのが、当劇団演出部の一般的なキャリアの流れになっています。

サブスク全盛の時代、 宝塚の魅力を発信していくために

-栗田さんは9年目の2023年に月組『万華鏡百景色(ばんかきょうひゃくげしき)』で大劇場デビューされました。

栗田 宝塚歌劇の本公演は一幕が芝居、二幕がショーという2本立て構成が基本となっており、『万華鏡百景色』はショー作品です。ショー作品は歌と踊りが中心で、ストーリーがないことが多いのですが、この作品は幕末から現代までの東京を舞台に、そこで生きる人々の人生を万華鏡になぞらえたストーリー仕立てのショーでした。稽古場に入る前の準備段階からひたすら楽しく、上演後にはお客さまからの手応えも感じることができ、最高の大劇場デビューになりました。その直後から1年半の産休・育休期間に入りまして、今年演出部へ復帰しました。来年は大劇場での芝居作品の演出を担当します。

栗田さんによる脚本・演出の『夢千鳥』ポスター(2021年、宙組)

-それは栗田さんによるオリジナル作品ですか。

栗田 はい。私は2021年にバウホールで宙組(そらぐみ)『夢千鳥(ゆめちどり)』、翌年に大阪・東京でやはり宙組『カルト・ワイン』の脚本・演出を担当して以来、会社からオリジナル作品を期待されていると感じています。そのこと自体はうれしいのですが、実際にゼロから新しい作品を創り出すのはとてもエネルギーが必要な作業で、実は今、古代中国を舞台としたオリジナル脚本づくりで苦しんでいる最中です。宝塚歌劇で作劇する上での最重要課題は、なるべく多くの出演者たちの魅力を引き出せる脚本にすることと、お客さまが求める宝塚的要素を満たすことだと思っています。とはいうものの、やはり自分の中から湧き出るテーマが芯に一本通っていないと、1時間半以上の物語を紡ぎ出すことは難しいと感じています。

オリジナル脚本に取り組むたびに強く思うのですが、演劇に限らず小説でも漫画でも、オリジナルの物語をゼロから生み出す創作者の方々には、深い敬意を覚えます。私は宝塚市にゆかりのある手塚治虫氏の大ファンなのですが、幅広い人々を楽しませる娯楽性を備えながらも、作家の強い思いやメッセージがにじむ作品の数々に、尊敬の念が尽きません。

-今後、宝塚歌劇団の演出家として目指していることはありますか。

栗田 近年はサブスクなど、質の高い作品を自宅にいながらにして楽しめる環境が当たり前になっています。そんな時代に宝塚歌劇団としてどのようにお客さまに満足していただける作品を生み出していくかが大きな課題で、私自身も模索中です。

1年ほど前から、歌劇団員を対象に演劇ワークショップを月に数回開催させてもらっています。所属する組や学年を超え、少人数で即興演劇や脚本読解に取り組み、どうすればもっと自由に、かつ集中して演劇を楽しめるのか、試行錯誤する場です。それから、脚本をチームでつくっていくなどの試みも、いつか挑戦してみたいことの一つです。伝統を大切にしながらも、同時に少しずつ変革を繰り返していくことで、宝塚の魅力をもっともっと世の中へアピールできるのではないかと思っています。

-最後に塾生へのメッセージをお願いします。

栗田 私は在学中、演劇しかやってこなかったのですが、今になって「もっと幅広く興味を持ち、積極的に授業を受けていれば……」としばしば反省しています。先ほどお話しした脚本・演出家デビュー作『夢千鳥』は竹久夢二の物語なのですが、卒論で取り上げた蕗谷虹児(ふきやこうじ)という同時代を生きた挿絵画家について調べた経験がきっかけとなりました。とことん何かに打ち込んだ大学生活に悔いはありませんが、思いもよらないところに将来芽を出す種が隠れているのが学生時代だと思います。興味を広く持ち、自分の可能性を広げる時間にしてください。

それともちろん、一人でも多くの塾生に宝塚歌劇を見ていただきたいです。豪華なセットと華麗な衣装、そして世界で類を見ない男役・娘役という存在……きっとご満足いただけると思います。東京宝塚劇場のチケットは、一番安い席だと3500円とお求めやすい価格設定となっております。ぜひ一度、劇場でご観劇いただけたらうれしいです。

-本日はありがとうございました。

この記事は、『塾』AUTUMN 2025(No.328)の「塾員山脈」に掲載したものです。