慶應義塾

最新の義足テクノロジーで障害者と健常者の区別なく 同じフィールドで走る社会を創りたい

卒業生 遠藤謙君(理工学部卒)

2020/01/20

遠藤謙(えんどう けん)/株式会社Xiborg(サイボーグ)代表取締役社長・義足エンジニア

2001年理工学部卒業。2003年理工学研究科修士課程修了後、マサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボバイオメカニクスグループにて、人間の身体能力の解析や下腿義足の開発に従事。2012年Ph.D.取得。帰国後、ソニーコンピュータサイエンス研究所(ソニーCSL)アソシエイトリサーチャー。2014年に株式会社Xiborgを設立し、アスリート用義足の開発を行う。2012年MITの科学雑誌Technology Reviewの35歳以下のイノベータ35人に、2014年ダボス会議ではヤンググローバルリーダーに選ばれている。

後輩の病気がきっかけで義足の研究開発に取り組む

-遠藤さんは理工学部・理工学研究科を経て、米国マサチューセッツ工科大学(MIT)でバイオメカニクスの研究に取り組まれ、義足エンジニアとしての第一歩を踏み出されています。まず、慶應義塾時代のことから教えてください。

遠藤:そもそも慶應義塾を選んだのは、父と兄が通っていたということがありました。特に兄は機械工学科で前野隆司助教授(当時)の研究室でしたから、少なからず影響があったと思います。研究のきっかけは2000年に本田技研工業がリリースした人型ロボットASIMOの登場です。「これはすごい!」と驚き、ワクワクしました。ASIMOを通して社会に貢献するロボットの可能性を感じ、兄と同じ前野先生の研究室で二足歩行ロボットの研究に取り組みました。

-ロボットから義足の研究に向かったのは、高校時代の後輩が骨肉腫になったことが一つのきっかけになったとか。

遠藤:はい。彼は手術して膝に人工関節を入れ、最終的には片足を切断して義足ユーザーになったのです。世の中の役に立ちたいと二足歩行ロボットを研究していた私でしたが、後輩のために自分の研究が役立てられないことに残念な思いがありました。彼をサポートできるような研究テーマはないかと模索してたどり着いたのが「義足」です。修士課程を終えて2005年にMITに留学したのは、MITメディアラボのヒュー・ハー教授のもとで学びたいと考えたからでした。教授ご自身が両足の義足ユーザーで、自作の義足でロッククライミングにチャレンジされているアクティブな方。人間的にも魅力的でぜひ師事してみたいと思いました。

米国では、日本と異なり修士課程でも多くの授業があり、機械工学科出身だった私は、特に門外漢だったコンピュータサイエンスの授業には苦労しました。でも基礎からコンピュータサイエンスを徹底的に学べたことは、後から考えるととても良かった。実は英語もそれほど得意ではなかったのですが、授業と課題でハードな日々を過ごしている中で否応なく(笑)身についていった感じです。

左: ヒュー・ハー教授に師事したMIT 留学時 右: 理工学部でのロボット研究

-義足のエンジニアとしての基盤もMITで築かれたのですね。

遠藤:そうです。足をなくし、命すら危険な後輩のために何ができるかという一種の悲壮感のような思いを背負って米国での研究生活を始めたわけですが、MITメディアラボでの研究を通して「こんなに面白くやりがいのあるテーマはない」ということに気づきました。障害者をサポートするテクノロジーという研究自体がとてもやりがいがあり、次第にわくわくした気持ちで研究に取り組むようになったのです。それと同時に障害者は決してかわいそうな存在などではなく、私たちと同じふつうに生きる存在であること、場合によっては私たちを上回る能力を持つ存在であることにも気づかされました。

留学中の2008年、北京パラリンピックで金メダルを取った南アフリカのオスカー・ピストリウス選手の走りを見てハッとさせられました。両足とも義足のピストリウスの走りは、障害の有無なんて関係なくとてもかっこよかった。その後、彼はパラリンピックではなく、義足でのオリンピック出場のためにスポーツ仲裁裁判所に提訴し、みごとロンドンオリンピックへの出場を果たしました。日本ではあまり話題にならなかったようですが、米国ではその経緯に注目が集まっていましたね。結局、ピストリウス選手は準決勝で敗退しましたが、義足で力強く走るその姿は多くの人にインパクトを与えました。パラアスリートの記録が向上した今では「アスリート用義足を使ったほうが有利になるのではないか」という見方も広がってきました。

東京大会への準備は万端すでにその次の大会を射程に

-帰国後はソニーコンピュータサイエンス研究所(ソニーCSL)の研究員、そして2014年に起業してトップアスリートの義足の研究開発に取り組まれています。

遠藤:私が義足の研究をしていることを知ったソニーCSLの北野宏明所長から「うちで研究してみない?」とお誘いを受けました。北野所長とは理工学研究科のときから研究プロジェクトを通して関わりがあったのです。ソニーCSLでは自由に研究をやらせてもらえましたが、次第に自分がやりたいことをカタチにするためには起業することがいちばん良いのではないかと考えるようになりました。やりたいこととは東京オリンピック・パラリンピックでのメダル獲得を目標にしたアスリート向け義足の開発です。そのためには私のようなエンジニアだけでなく、トレーナーや選手を含めたチームが必要です。それを会社として実現しようということで、ソニーCSLに在籍したまま、陸上400メートルハードル元日本代表の為末大さんたちと立ち上げたのが株式会社Xiborgです。現在、パラアスリートの春田純、佐藤圭太、池田樹生の日本人選手に、2016年に全米選手権T 44(片下腿切断)100メートルチャンピオンに輝いたジャリッド・ウォレスを加えた4選手が私たちのチームに加わってくれています。

Xiborgが開発した義足を着けて走るウォレス選手

-東京オリンピック・パラリンピックに向けた準備はいかがでしょう?

遠藤:もちろん各選手の走り方に合わせた義足の調整など着々と準備を進めています。今回のパラリンピックでパラアスリートの能力を目の当たりにした日本の人々が、「健常者」「障害者」の垣根を取り払った考え方をしてくれるようになることを期待しています。でも、競技力ということで言えば、実は義足が占めるのは全体の10%程度に過ぎません。やはり競技は選手本人の力がメインなのです。そんなわけで私の視線は東京大会ではなく、すでに2024年開催のパリオリンピック・パラリンピックに向かっています。今後4年間かけてフランスで国民的ヒーローとなるパラアスリートを育成することが現在の目標です。つい先日もパリに行って街並みや交通機関の現状などを視察してきました。パリは古い建物がたくさん残っており、バリアフリーの観点では東京より遅れた街です。その街がパラリンピック開催に向けてどのように変わっていくのか、注視していきたいと思っています。

義足の人たちが当たり前に走る時代を創りたい

-遠藤さんはアスリート向け以外の義足も手がけていますね。最近ですと、乙武洋匡さんの「義足プロジェクト」にも参画されています。

遠藤:私たちが開発した足首にモーターが付いているロボット義足を乙武さんに装着してもらい、二足歩行にチャレンジするというプロジェクトです。多くの人はメディアやネットで乙武さんが義足を着けて頑張って歩く姿を見て、一種の感動を覚えていると思います。しかし、私も乙武さんもそうした「感動」を目的にプロジェクトに取り組んでいるわけではありません。実は両脚大腿部以下が欠損し、両膝がない乙武さんにとって、電動車イスのほうがよほど快適で便利。わざわざ健常者に寄せて二本足で歩く必要などまったくないのです。そんな彼があえて二本足で歩く姿を通して、多くの人に「健常者」と「障害者」の違いとは何かという問いを、パラリンピック開催を控えた日本人に突きつけたい……それがこのプロジェクトの隠された意図です。私たちの事業とテクノロジーが障害者に対する日本人の意識を変えていくきっかけになりたいですし、そのために乙武さんという社会的影響力が大きい人であれば、人々に大きなインパクトを与えることができるのではないかと考えました。

-義足を通した国際支援のお仕事もされているとか。

遠藤:MIT時代の2008年にインターンシップでインドに行き、無償で貧困層の人々に義足を提供しているNGOと関わりを持ちました。インドには義足を必要とする人が2000万~3000万人いるといわれています。その多くは地方で貧しい暮らしをしており、義足というテクノロジーの恩恵を受けることができません。そうした人々に使ってもらうためのコストが安い義足作りを手がけ、その活動を続けてきました。アスリート向け義足や乙武さんのロボット義足は市販すれば一本数百万円の値段がつくものですが、こちらは数千円。そのローコストを実現するのもやはりテクノロジーの力なのです。こうした活動が縁で、ラオスで義足ランナーを指導している日本人ナショナルコーチの羽根裕之さんとも知り合うことができました。羽根さんはご自身も障害者アスリートとして活動している方で、心から尊敬している人物です。今後、私の経験と技術で少しでも支援できればと考えています。

-遠藤さんが活動拠点としている「新豊洲Brilliaランニングスタジアム」内の「ギソクの図書館」とは何でしょうか?

遠藤:多くの義足ユーザーにアスリート用義足で走る喜びを味わってもらうため、2017年に始めたプロジェクトです。アスリート用義足(板バネ)は、航空機などに使われる最高級のカーボン繊維強化プラスチックが素材で一本あたり数十万円もします。なかなか次代を担う子どもたちに試してもらうチャンスはありません。「ギソクの図書館」には板バネ24本のほか、膝継ぎ手や接続のためのパーツも多種取り揃えて、1回500円の使用料金で子どもから大人まで気軽に試すことができます。取り付けと調整には義肢装具士の手助けが必要になりますが、自分で取り換えられるようになれば、自由に来て、走っていただいてもかまいません。楽しそうに走る子どもたちを見ていると、やって良かったと思いますし、社会保障などの制度も含めて義足の人たちが走ることを当たり前にできる時代を創りたいと決意を新たにしています。

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-では最後に塾生へのメッセージをお願いします。

遠藤:一人の技術者として後輩の皆さんに言っておきたいことは「大人の言うことを信じるな」。現在はテクノロジーの大きな変革期で、それ以前の時代を生きた大人たちには対応できない事態が次々に起こっています。私でさえその変革についていくのにギリギリの世代かもしれません。新しい時代に対応できるのは、まさに現在学生である皆さんの世代です。一人ひとりが自信を持って、新しい時代を切り開いていく気概を持って進んでいってほしいですね。期待しています!

-本日はありがとうございました。

参考(動画)

OTOTAKE PROJECT 2019

撮影:日詰 眞治

この記事は、『塾』2019 AUTUMN(No.304)の「塾員山脈」に掲載したものです。

※所属・職名等は取材時のものです。