落語研究会
2019/01/17
毎年11月に開催される慶應義塾大学の学園祭「三田祭」で、約3000人という屈指の観客動員数を集める「慶應寄席」。公認学生団体の「落語研究会」が主催するこの寄席では、落語をはじめコント、漫才、大喜利など、部員の塾生たちによる多種多様な笑いの演目が終日繰り広げられ、好評を博しています。
1954年創部と言われる落語研究会は、慶應義塾大学公認学生団体の中でも歴史の長いサークルとして知られ、当初はプロの落語家を招く落語鑑賞会を開催していました。その後まもなく、塾生たち自身も実演を行う活動を始め、OBには立川談慶などプロの落語家も輩出。年2回の学園祭(三田祭、矢上祭)をはじめ、全国各地の小学校や老人ホーム、地域のイベントなどからの依頼も多く、現在では30名の部員たちで年間100件近い口演を行いながら、その芸や笑いのセンスを磨くべく、研鑽を積んでいます。
そもそも落語とは、室町時代の大名に話し相手として仕えた「御伽衆(おとぎしゅう)」をルーツに、江戸時代にはその話芸で銭を得る職業落語家が誕生し、現代に伝わる伝統芸能のひとつになったと言われています。最大の特徴は、噺の最後に「オチ」がつくこと。身振り手振りを交えながら、巧みな話術で一人何役も演じながら、「人情噺」や「滑稽噺」などのストーリーを展開していきます。
たった一人、話術一つで、聞き手に物語のすべてをイメージさせることができる。代表として落語研究会を率いる「20代目道楽」こと松井彰吾君は、これこそが落語の醍醐味だと言います。
「僕は元々、映画や小説、漫画など物語のあるものが大好きで、落語だったらこれらの要素をすべて一人で表現できると思い、落語研究会に入会しました。コントでは舞台設定を一度決めると変えられません。でも、落語なら『いま地球にいますが、そうこうしている間に宇宙に着きました』と言うだけで、場面転換ができてしまいます。映像化できないことや、ありえない展開もすべて物語にできるのは落語だけ。そこが強みであり最大の面白さです」(松井君)
ウケるもスベるもマクラ次第
落語の基本構成は、マクラ→本題→オチ(サゲ)。マクラとは本題の前に、客席を温め、本題の世界へ引き込むために、世間話や本題に関連した小噺をします。内容は演者によってそれぞれ異なりますが、プロの落語家においてはマクラの良し悪しで、その人の腕が分かるとも言われる、重要な要素です。
「僕はメンバーの中でも特にマクラにはこだわってきた自負があります。落語はただ話が耳に聞こえるのではなく、伝わることが大切です。マクラで自分のキャラクターや世界観を伝えて、その話が面白いと感じてもらえた時、ようやく聞き手がその世界に入り込むことができ、落語として成立します。情報ではなく、頭の中で映像になることが、4年やってきた今でも一番難しいところです。そのためには、落語の本を読んだり、好きな芸人さんの話し方を研究して自分流にアレンジしてみたり、とにかく試行錯誤してきました」(松井君)
このマクラの難しさと重要さをいま最も噛みしめているのが、1年生の山口百合花君。今年の「三田祭」で「5代目風子(ふうこ)」として襲名披露の高座に上がるにあたり、選んだ噺は「堪忍袋」という長屋で起こる夫婦喧嘩を題材にした人気演目。約1か月半をかけて行ってきた練習会では、セリフの言い回しやテンポ、間の使い方、所作やキャラクターの演じ方など、さまざまな角度から先輩たちの指導を受けながら、自分なりの落語を探してきました。中でも、マクラのネタ選びは試行錯誤を繰り返し、本番目前で思い切って変更したと言います。
「高座に上がりさらっと噺を始めるだけでは、お客さんが遠く感じてしまいます。どうしたらお客さんに上手く近づき、笑っていただけるかが、実際に落語をやっていて本当に難しいところです。今回のマクラも、いかにお客さんに近づけるかを考えた末、当初考えていた家族のネタをやめ、私が田舎から来た弱い人間だという下げた目線から入るようにしました。さらに、風邪で声もろくに出ないという設定から、いきなり怒鳴り声で本題が始まる構成にしたことで、初めてマクラで拍手をいただきました(笑)」(山口君)
笑いが個性を生かし、個性を育む
1年生とは思えない堂々たる話芸と、明るく元気なキャラクターにぴったりの演目で、襲名の舞台を立派にやり遂げた山口君ですが、実は落語研究会に入るまで、落語は一度も聞いたことがありませんでした。そんな彼女が入会するに至った一番の決め手が、個性豊かなメンバーたちの存在でした。
「見学の時、初めて観る落語の独特の世界観と面白さに惹かれたと同時に、メンバーそれぞれがこれまで出会ったことのないような、ずば抜けて個性が強い人ばかりで、これは面白そうだなと直感しました」と言う山口君。同様に、松井君もまた個性豊かな先輩たちに惹かれて入会したと言います。
「僕たちは、落語研究会は“エンターテインメントの実験場”だと思っています。学生落語の特権は、プロやテレビの世界ではできないような、タブーや枠を超えたことができるところにあります。お客さんを楽しませるためであれば、面白いことは何でも試してきました。僕は2年生の時、落語の中にフリースタイルラップを入れてみたことがありますし、去年の三田祭では『落語には蕎麦をすする所作というのがありまして……』と言いながら、本当に高座で蕎麦をすすった人もいたぐらいですから(笑)」(松井君)
そんなユニークな人材を輩出してきた落語研究会は卒業生との交流も盛んで、新入生歓迎会や早慶戦をはじめ、「落楽会(らくらくかい)」というOB・OG会では80代の卒業生と出会えることも歴史があればこそ。また、「三田祭」で行われる1年生の襲名披露では、かつてその高座名を継いできた歴代の卒業生が駆けつけ、口上を行うのが習わしとなっています。今年行われた山口君の襲名披露では、「3代目風子」を名乗っていた6歳年上となるOGが口上を述べました。
「『3代目風子』さんの落語は動画で何度も観ていますが、普段のユニークなキャラクターを生かした話芸は本当に面白いです。私も先輩のようにすぐにお客さんとお近づきになれるような演者にいずれなりたいです」(山口君)
「落語研究会では、かなり歳が離れた先輩方と話す機会が多く、その経験から得られたのは“行儀よくふざける”こと。こちらが虚心坦懐に接することで先輩方と良いコミュニケーションが取れ、より多くのことを学ばせていただけると感じました」(松井君)
プロにはできない、学生ならではの笑いを追求し続ける。半世紀以上の時をかけ脈々と受け継がれてきた、落語研究会ならではの挑戦へのスピリットが、今日も未来もまた、多くの人たちを笑顔にしていくでしょう。
※2018年三田祭慶應寄席最終日のトリをつとめた女遊さんの演目動画を以下からご覧いただけます。なお、音声の一部が聞き取りにくい箇所があります。「干物箱」14代目 女遊(めいゆう)(YouTube)落語研究会(Webサイト)