登場者プロフィール
森 裕之(もり ひろゆき)
その他 : 独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)理事・エネルギー事業本部長法学部 卒業塾員(1991政)。大学卒業後石油公団(現JOGMEC)入団。総務部総務課長、エネルギー開発金融部長等を経て2024年より現職。
森 裕之(もり ひろゆき)
その他 : 独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)理事・エネルギー事業本部長法学部 卒業塾員(1991政)。大学卒業後石油公団(現JOGMEC)入団。総務部総務課長、エネルギー開発金融部長等を経て2024年より現職。
インタビュアー 藤田 康範(ふじた やすのり)
経済学部 教授インタビュアー 藤田 康範(ふじた やすのり)
経済学部 教授
評価されたメタン排出削減の取り組み
──森さんは、昨年、米国『TIME』誌の「2024年気候変動に最も影響力のあるリーダー100名」に選出されました。日本人として初めての選出という快挙ですが、どういう点が評価されたと思われますか。
一言で言えば、気候変動問題についてエネルギー産業の自助努力を促すように現場に根ざした支援活動を行ってきたことが評価されたと思います。
特に脱炭素、低炭素化の流れの中で、日本企業をはじめアジアの様々な企業の方々と技術協力や技術開発をしたり、日本のLNG(液化天然ガス)購入者の皆様との関係を構築したりといった、JOGMECのLNGバリューチェーンにおけるメタン排出削減に向けた努力を評価していただいたと思います。これは同僚のハードワークの賜物なので感謝しています。
──メタン排出削減の取り組みは、よく言われる再生可能エネルギー推進と比べて、どのような点で優れているのでしょうか。
気候変動問題というのは、20世紀の終わり頃から、大気中に放散される温室効果ガスが地球温暖化につながるということで、非常に深刻な問題と認識されてきました。主要な温室効果ガスには二酸化炭素(CO2)やメタン(CH4)がありますが、これらは化石燃料と言われる石油、天然ガス、石炭などの利用時に排出されます。
そこで、これらをエネルギー源として使うのは適切ではないという見方がされるようになり、21世紀になってからは太陽光発電や風力発電などの、いわゆる再生可能エネルギーの導入が世界各地で行われるようになりました。
さらに2015年に開催されたCOP21でパリ協定が締結され、各国が2050年頃までにカーボンニュートラル、要するにCO2の排出を実質ゼロにすることに合意したわけです。
ところが2022年2月にロシアがウクライナ侵攻を始めました。これによってロシアに天然ガス輸入を依存しているヨーロッパを中心にエネルギー供給の不安定さが浮き彫りになり、多くの国でエネルギー安全保障の重要性が改めて認識されるようになりました。
さらに、最近、生成AIが急速に発展しています。AI向けのデータセンターは大量の電力を必要とすることから、世界中で電力需要が伸びているのです。このようなことから、再生可能エネルギーだけで安定かつ十分な電力を補うのは、まだ難しいと思います。
温室効果ガスを除去する技術
──再生可能エネルギーだけでは難しいと。
はい。当面は天然ガスなど既存のエネルギーに依存せざるを得ない状況が続くと考えられています。今年2月に閣議決定された第7次エネルギー基本計画では、再生可能エネルギーの重要性を再確認する一方で、温室効果ガスの排出が比較的少ないと言われている天然ガスについても、カーボンニュートラル達成後の重要なエネルギー源に位置づけられています。
日本は天然ガスを液化し、LNGとして輸入していますが、今後も天然ガスを利用し続けるのであれば、LNGのバリューチェーン、すなわち製造・輸送過程での低炭素化が必要になります。そのための具体的な手段として、メタンの排出削減や、CO2を回収・再利用するCCUS(Carbon Capture, Utilization and Storage)という技術が注目されています。なお、CO2を再利用せずに回収・貯留する技術はCCS(Carbon Capture, and Storage)と呼ばれます。
気候変動問題に対応していくためには、温室効果ガスを出さない再生可能エネルギーの拡大と同時に、どうしても化石燃料から出てしまう温室効果ガスを生産工程からどうやって減らしていくかを考えなければいけません。メタン排出の削減や、CCUSといった取り組みは、現実的な低炭素化の戦略の柱になると考えています。
──CCSやCCUSの課題はどういったところでしょうか。
今のところCO2自体は価値を生まないので、そのコストを誰が払うのかというところがなかなか難しい。昨年、「CCS事業法」という法律が成立したのですが、具体的にどういう公的支援をしていくかを今、政府の中で議論しています。また、地下にCO2を埋めるというと、地震との関係を懸念される方々もいらっしゃるので、社会受容性の促進も課題のひとつです。
さらに、日本ではこれまでCCSに関する技術リスクを減らすために実証的な取り組みが行われており、技術面の課題は徐々に克服されつつあると思いますが、コスト削減も課題です。
JOGMECの役割
──森さんが理事をお務めのJOGMECとはどういう組織なのですか。
独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)は、2004年に設立された経済産業省の傘下にある日本のエネルギー政策の実施機関です。
設立当初の主な業務は、石油・天然ガスや金属鉱物資源の探鉱・開発、資源備蓄、金属鉱害防止事業などでしたが、2012年に再生可能エネルギーである地熱事業等が追加されました。また、カーボンニュートラル社会の実現を見据え、最近では水素等の製造・貯蔵及びCCSに対する支援業務、洋上風力発電のための調査といった新たな役割も追加されました。
エネルギーは手ごろな価格で安定的に調達する必要がありますが、同時に気候変動問題にも配慮した持続可能なエネルギー開発も非常に重要です。低廉かつ安定的な供給と、環境に配慮した供給―業界用語ではこれをエネルギーの「トリレンマ(Trilemma)」と呼びますが、この3つをバランスよく達成していかなければいけません。
日本では、経済産業省が「S+3E」を基本理念にエネルギー政策を展開していますが、これは、Safety(安全性)を大前提に、Energy Security(安定供給)、Economic Efficiency(経済的効率性)、Environment(環境適合)を同時に実現するという考え方です。JOGMECもこの原則に基づき、日本国内外のプロジェクトを支援しています。
──理事・エネルギー事業本部長というのはそれらのプロジェクトを統括するのですか。
本部長の仕事は、石油・天然ガスから脱炭素化にかかる水素等、CCSに至るまで、エネルギー支援事業全体を統括することです。支援には出資・債務保証などのファイナンス支援、地質調査や事業評価、技術開発などの技術支援、情報収集・発信などのインテリジェンス支援が含まれます。
理事というのは普通の会社で言えば、いわゆる役員に相当するものですね。理事長が社長です。独立行政法人は法律上、理事が役員です。
メタン排出削減の重要性
──重い責任を負っていらっしゃると。米国『TIME』誌にはメタン排出削減の取り組みを評価されたということですが、この過程について、少し詳しくお話しいただけますか。
天然ガスの主成分であるメタンは温室効果ガスの一つですが、大気中に排出されるとCO2よりも温室効果が高いとされています。したがって、地球温暖化防止に向けては、天然ガスの生産・流通の過程で排出されるメタンの漏えいをいかに低く抑えるかという対策が非常に重要です。
ところが、メタン排出の測定は結構難しい。工場内の設備一つひとつにセンサーやモニターを設置していては、相当なコストがかかってしまいます。一方で大事なのは、適切に測定し、それを適切に報告し、適切に認証してもらうこと。このプロセスをMRV(Measurement、Reporting、Verification)」と言いますが、メタン排出削減には、何よりもまずMRVの確立が必要不可欠です。
MRVの国際的な標準化に向けた取り組みは、IMEO(国連環境計画国際メタン排出観測所)を中心に行われています。標準化というと欧米主導で議論されがちですが、JOGMECとしては、気象条件が欧米とは異なるアジアの風土に根ざした主張をしっかりしていくことが大事だと思っています。
JOGMECは、日本企業と協力して、アジア各国の国営石油会社と共同で、メタン排出の測定技術の開発に向けた取り組みも行っています。具体的には、操業現場での測定、漏えい箇所への改善提案といった技術コンサルテーションなどです。
また、アジアの著しい経済成長を支えながら脱炭素を目指す枠組みとして、日本が提唱したAZEC(アジア・ゼロエミッション共同体)の一環として、「CLEANイニシアティブ」という取り組みも推進しています。CLEANは、Coalition for LNG Emission Abatement toward Net-zero の頭文字を取ったもので、日本語では「ネットゼロに向けたLNGからのメタン排出削減のための国際連携」と訳されます。これは、LNG購入者がLNG生産者に対して、LNGプロジェクトごとにメタン排出削減対策に関する情報公開を依頼し、JOGMECが事務局となって収集された情報を取りまとめ、プラットフォーム上で公開するというものです。世界初となるプロジェクト単位でのメタン排出量や削減の取り組みの情報公開、LNGのバリューチェーンのクリーン化に向けた消費国側のアプローチという新たな視点が米国『TIME』誌でも評価されたのではないかと考えています。
日本の「使う責任」
──JOGMECは経済産業省や環境省のような役所でも、民間企業でもない。独立行政法人としての立場はどうプラスに作用しているのでしょうか。
独立行政法人は、政策実施機関という役割を担いながら、政策当局と緊密に連携しています。また、プロジェクトの推進においては、民間企業とも一体となって取り組んでいます。
JOGMECがファイナンス、技術、インテリジェンスという3つの機能を合わせ持っているという点は、公的機関の中でも非常にユニークであると思います。日本のエネルギー政策と現場のビジネスを繋ぐ「触媒」として、3つのサービスを顧客に提供していくわけです。
顧客は日本政府、日本企業、外国政府、外国企業、国際機関と様々です。いろいろな顧客のニーズに合わせて、JOGMECの機能を有機的に組み合わせてサービスを提供していくという意味で、世界的にも珍しい公的機関なのかなと思います。
──なぜ日本がこういった役割を担うのでしょうか。
日本は年間で約7000万トンのLNGを輸入している、世界第2位の大規模なLNG輸入国です。国連の持続可能な開発目標(SDGs)の中に、「つくる責任 使う責任」という目標がありますが、私たちは消費国として「使う責任」を果たさなければならないと考えています。温室効果ガスの排出を伴うエネルギー資源を利用する以上、LNGのバリューチェーンにおけるメタン排出を可能な限り少なくしていく取り組みが不可欠なのではないでしょうか。
地球環境とLNGの両立のために
──森さんがこのような取り組みを始めたきっかけを教えてください。
温室効果ガス排出が少ないLNGを使っていく方向性が必要ではないかと思い始めたのは、10年ほど前です。当時、環境保護とLNGの輸出をいかに両立すべきかについて、環境意識の高いカナダのブリティッシュ・コロンビア州の方々と議論する機会がありました。
同州の豊富な水力発電で得られた動力でLNGを生産すれば、低炭素で環境に優しいLNGとして差別化できるだろうということで議論が進みました。LNGは商品として差別化しづらいですが、環境に優しいLNGにはプレミアムが付くと考えたのです。
このような問題意識がクリーンなLNGや、メタン排出削減に向き合うきっかけとなりました。今後、欧州のメタン排出規制により、低炭素LNGはプレミアムどころかマストになる可能性もあります。時代の流れは速いものですね。
──今後はどういう取り組みをしていきたいですか。
世の中の変化は激しく、また先が非常に見えにくい。先の見えない世の中に対して、公的機関としては、多様なニーズに合うようなメニューをたくさん用意しておく必要があると思っています。
メタン対策のみならず、日本のエネルギー政策をよく理解し、低廉かつ安定的なエネルギー源として石油・天然ガスの探鉱・開発支援も継続していきたいですし、新たな役割として追加された水素等の供給やCCSも促進していきたいと考えています。
これからも、対象とする資源の多様性、提供するサービスの多様性、国内外の顧客の多様性といった様々な多様性をもって、日本への安定かつ低廉なエネルギー供給と持続可能な国際社会の発展に貢献したいと考えています。
大学時代の読書が糧に
──大学時代はどのように過ごされていましたか。
政治学科は、いろいろな勉強ができそうだなと思いました。政治理論とか政治思想とか、あと国際政治も当時から華やかで、それから社会学、マスコミ論、地域研究などなど面白いテーマがとてもたくさんありました。ゼミは鶴木眞先生のマスコミ論の研究会でした。
時間があったので、大学時代は本ばかり読んでいました。例えば山崎正和の『演技する精神』とか、ミルの『自由論』、エーリッヒ・フロムの『自由からの逃走』、ロラン・バルトの『第三の意味』、ジョン・バージャーの『イメージ』、ミシェル・フーコーの『性の歴史』、レヴィ・ストロースの『野生の思考』など。たくさん本を読んでいたことは、社会人になり、いろいろな分析などにとても役に立っていると思います。
──なぜJOGMEC(当時の石油公団)を受けたのですか。
当時、落合陽一さんのお父さんの落合信彦さんのアサヒスーパードライのCMが評判で、あれに油田が出てきてそれが格好いいなと思って(笑)。石油・天然ガス産業には、メジャーズやセブン・シスターズと呼ばれる、日本にはない開発から輸送・精製までを全て手掛ける国際企業があり、そこに魅力を感じました。海外で石油・天然ガス開発に従事する日本企業を支援する石油公団という組織を知りませんでしたが、話を聞いたら面白そうだったので入団しました。
──後輩の塾生・塾員へメッセージは何かございますか。
「自ら調べ自ら考えること」を励行して欲しいということです。最近情報が溢れすぎているなと思います。何が正しいのかよくわからない時代だからこそ、自分で調べて、自分で考え、ニュースでも自分できちんと選択していく。こういうことができるようになる必要があると思います。
この「ニュースの選択」という話は、ゼミの師匠だった鶴木眞先生がおっしゃっていたことです。先生の授業でよく覚えているのが、情報が溢れている中、自分の頭でしっかり考えてニュースは選択していかなければいけない、ということでした。
──そういう姿勢が温暖化対策として再生可能エネルギーがすぐに思い浮かぶ中、メタン排出削減に着目されたことの根本にあるのかもしれませんね。
そうですね。世の中には石油や天然ガスなどの化石燃料に対する厳しい風潮もありますが、本当に化石燃料なしで良いのだろうかと。カーボンニュートラルはもちろん大事ですが、では現実を支えているのは何なのだろうという、職業的な懐疑心というものは、自ら調べ、自ら考える姿勢から来ているのかもしれません。
──今日はお忙しいところを有り難うございました。
(2025年6月24日、三田キャンパスにて収録)
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。