執筆者プロフィール
倉田 敬子(くらた けいこ)
その他 : 国立国会図書館長その他 : 名誉教授塾員(1981政、84文修、87文博)。2001年より慶應義塾大学文学部図書館・情報学専攻教授。2021~ 23年、文学部長。24年4月国立国会図書館長就任。
倉田 敬子(くらた けいこ)
その他 : 国立国会図書館長その他 : 名誉教授塾員(1981政、84文修、87文博)。2001年より慶應義塾大学文学部図書館・情報学専攻教授。2021~ 23年、文学部長。24年4月国立国会図書館長就任。
インタビュアー池谷 のぞみ(いけや のぞみ)
文学部 図書館・情報学専攻教授ミュージアム ミュージアム・コモンズ機構長インタビュアー池谷 のぞみ(いけや のぞみ)
文学部 図書館・情報学専攻教授ミュージアム ミュージアム・コモンズ機構長
2024/11/15
青天の霹靂だった館長就任
──このたびは国立国会図書館長へのご就任おめでとうございます。私たち専攻一同も大変驚きましたが、受けられた時はどんなご感想をお持ちになられましたか。
お話を初めていただいたのが3月中旬。国会の事務局の方からの突然の連絡で「館長をという話が出ております」と言われ、一瞬、何を言われたのだろうというぐらい、全くの青天の霹靂でした(笑)。
国立国会図書館長というのは、図書館情報学をやっていれば、もう何か違う世界というか、長尾真先生や羽入佐和子先生など、外から館長になられた方も皆、国立大学の学長経験者の方です。だから、私に話が来ることは全く想像していませんでした。
それに、定年退職したら自分の研究をやっとやれると思っていましたし。
──文学部長をされていましたから。
そうですね。自分に務まるのかと悩みました。女性館長は既に羽入先生がなっていらっしゃいましたが、図書館情報学研究者の館長はこれまでいませんでしたので、めったにある機会ではなく、私が断ってしまったら後進の道をふさぐことになるとも思い、意を決して翌日には承諾しました。
──研究者から国立国会図書館(以下NDL)の館長になられるところで、こういうことは考えようとか、何か思いはございましたか。
研究者と館長では役割がまったく違うということは入る前からわかっていました。ですので、そう簡単に私が今まで研究してきたことがそのまま生かせることはないだろうとは自戒も含め思っていました。
では何ができるのか。少なくとも図書館情報学を研究してきた身として、NDLに何が貢献できるのかはすごく大きな課題だなと思いますし、それを期待する声がないわけではないので、どう応えられるかは厳しいけれど、やっていかねばなりません。
国会図書館としての役割
──実際に入ってみて、やはり想像と違う部分はありますか。
はい。外からNDLを見ていた時は、国立図書館として見ていたので、学術研究だけに特化できないことはわかっていました。しかし、入って実感したのは「国会図書館」だということです。ここは国会所管の立法府の図書館であり、国会議員への立法補佐活動が第1の役割であることが、初めて感覚的にわかりました。行政府ではなく立法府であるので、予算も定員も含め衆議院、参議院の議院運営委員会にご相談しながら、進めていかないといけないという大きな枠組みがあります。
──でも、ウェブサイトを拝見すると、いろいろな催しもやっていらっしゃいますね。
そうですね。昨日、一昨日と、こども霞が関見学デーということで、小中学生の参加者が館長とお話しするという時間がありました。特に上野にある国立国会図書館国際子ども図書館は非常にたくさんのイベントをやっています。
東京本館のほうは満18歳以上の方しか利用できません。展示会や講演会などはやっていますけれど、イベントとしていつもやっている感じではないです。2年に1回大きな展示会をやっていて、今年も秋に絵巻物をテーマに開催します。
──展示はデジタルでもかなり見られるのですよね。
そうです。デジタル展示(電子展示会)にはかなり力を入れています。NDLの現在の1つの大きな柱がデジタル化なのです。例えば「近代日本人の肖像」という日本近代をつくった人たち1000人以上の肖像写真を集めたり、「NDLイメージバンク」という形で、著作権が切れている浮世絵などの画像を集めたりして公開しています。これらは研究者ではない、一般の方にも利用していただけるのではないかと思います。
デジタル化の課題
──ここ数年、情報リテラシーということで、様々な人が親しめるようなデジタル基盤をつくり、それをどう利用してもらうかということが話題になっていますね。
当館には4700万点以上の所蔵があり、そのうち約418万点をデジタル化しています。利用者登録すれば、200万点を超えるものが館外からインターネットで見られるようになっています。
最初は明治期の刊行物から始まったので、見る方は専門家に限られていたと思いますが、現在1990年代後半までデジタル化が進み、身近なものまで「国立国会図書館デジタルコレクション」で読めるようになっています。
──デジタル化をしたことで情報基盤整備がかなり進んできているということですね。
2000年までに出た国内の図書を全部デジタル化する、という目標でしたが、目途はついてきました。ただ、ここからが難しいですね。
2000年以降に出版された本は、電子書籍もありますし、紙で出版されていてもデジタルデータを各出版社がお持ちの場合もあります。将来的にデジタルでの販売も想定されるとすると、NDLが納本された出版物をデジタル化し、提供することに対して、各出版社の懸念が強くなることが想像できます。
NDLは日本で刊行された出版物を網羅的に収集し保管する役割があります。紙の出版物の場合には、著者や出版社にも一定の理解を得て進めてこられましたが、紙とデジタルが入り混じる中で、デジタルを保管しその利活用を進める際に、出版社や書店の利益を阻害しない形でどう進めていくのかが大きな課題です。
──そのあたりが、学術情報流通の話とかなり違う部分ですね。
そうです。学術情報流通全体がオープンアクセスになることは、ほぼ決まったといって過言ではないと思いますが、一般の図書や新聞は違います。NDLは知の基盤の構築のために、全ての出版物を収集し、将来の利用のために永久に保管する必要があります。
これまでの紙の出版物の収集、保管に、デジタルな資料が加わったわけです。どのような形態であれ、将来の利用者のために、知の基盤を継承し維持していくことは、NDLとしての大きな使命だと思います。
──そこに例えば大学図書館とか公共図書館がどのようにNDLとかかわっていくのでしょうか。
公共図書館、特に都道府県立図書館などの大きな図書館とは今までも様々な協力関係があり、NDLにそれなりに期待されていると思います。
資料提供は別にして、大学図書館とはこれまで直接的な協力関係はあまりなかったように見えます。研究者や学生という利用者層を持つ大学図書館と、NDLはもう少し積極的な連携が模索できるのではないでしょうか。大学図書館関係者には多少知り合いもいるので、何かできないかと考えています。
情報技術の進展と変化する役割
──大いに期待しています。文化資源をどのようにアクセス可能にしていくかという大きなビジョンについて、特にこだわっていらっしゃることは何ですか。
文化資源へのアクセスのあり方については、新しい情報技術進展への対応は避けて通れないと強く感じます。今までは図書館は「物」という形で情報を集め、その「物」へのアクセスを保証してきたわけです。でも、今はアクセスという概念自体がもう変わっています。
紙の時代、情報にアクセスするためにはまず記録されているものを集めないといけなかった。しかし、情報がデジタルで流通している場合、アクセスが可能かという点では、必ずしもすべてを保管する必要がありません。極論すれば、「どこにあるか」を知っていればいい。そして、それが使える状態になっていればいいわけです。
これまでの図書館は所蔵することが力になっていました。所蔵数1万冊と5000万冊の図書館とでは歴然とした差がありましたが、アクセスできるかどうかだけの勝負になれば、両者が逆転する可能性もあるわけです。
生成AIやブロックチェーンに限らず、今後情報技術はどんどん発展してくると思います。デジタルなデータ全体がネットワーク化されていく中で、どのように信頼に足る知の基盤を使っていくのか。おそらく現状では想像できない世界に足を踏み入れることになると思います。
「物」をたくさん集めれば知的基盤になるという時代は終わったと思います。デジタルが進展していくという方向を見据えて今までの図書館の常識に縛られない形が必要だと思います。
──なるほど、そういうことですね。
NDLは今まで、網羅的に集めた出版物をすごく丁寧に整理して、1つ1つ積み重ねてきました。日本の全出版物に関する全国書誌を作成しているという気概とプライドを持っています。
──それがNDLの重要な役割ということですね。
そうです。それは重要な役割で、やめることはできない。全国書誌作成をやめるべきだと言っているのではなく、これまで通りに「きっちりやる」だけではなく、情報の多くがオープンになりネットワーク化され、デジタルが中心になる時代に向け、このままでいいのかと問い直さないといけない時期に来ていると思います。
現在の紙の資料に基づいたシステムを、デジタルで出版されるものの整理も含めた形で、どのようなシステムを構築していけるかは、簡単ではないですが、早い時期に考えていかないといけないのではと思います。
──もう1つ、NDLとして大事な役割が、そうした情報にアクセスしやすくすることだと思います。それを実現する国立国会図書館サーチ(NDLサーチ)は最近かなり充実してきたように思います。
NDLサーチはNDLの紙の資料の所蔵だけでなく、デジタルコレクションやWARP(国立国会図書館インターネット資料収集保存事業)、さらには全国の公共図書館、大学図書館の所蔵も検索できるので便利になったと思います。信頼できる国内の情報の検索という意味では素晴らしいのですが、大学図書館のディスカバリーサービスのように、海外の論文等のデータベースの情報もまとめて検索できるわけではありません。国内に限っても、インターネットでアクセスできるものに関して、少し目配りが足りないと思っています。
例えば官公庁の報告書は、NDLサーチで紙版は出てきますが、官庁のウェブサイトで公開されているPDFは出てこないものもある。新しい技術をもっと積極的に使って何かできないのかとは思います。
図書館・情報学専攻に入り直した理由
──倉田さんは、法学部政治学科を卒業された後、図書館・情報学専攻に学士入学されましたが、いつごろから図書館情報学に関心をお持ちになったのでしょう。
関心は全くなかったです(笑)。私が大学を卒業する時、当時はまだ男女雇用機会均等法以前なので、4年制大学を出た女性の就職先は基本的にほぼゼロです。当時女性の4年制大学卒を採ると言っていたのは、有名な企業では数えるほどでした。
その時、慶應義塾が図書館・情報学科の卒業生に限って4年制大学卒の女子を採るということでした。図書館員は重要だと認められていて特別扱いだったのでしょう。そこで、図書館の仕事は面白そうだったので、学士入学をしました。図書館情報学自体に興味があったわけではないんです(笑)。
──入られていかがでしたか。
津田良成先生を中心に学術情報関係のプロジェクトがあり、上田修一先生、田村俊作先生が若手として活躍されており、他にも細野公男先生や高山正也先生もいらして、大変豪華な体制でした。授業で、公共図書館の定量データの分析があり、法学部時代にコンピュータの基礎はやっていましたが、自分でプログラムを組んで結果を出すのは初めてで、新しくて面白いことができそうだなと思いました。もう大学は卒業しているのだから大学院に来たらとおっしゃっていただき、卒業せずに大学院を受けたのです。
──学士入学したけれど1年で大学院に行かれた。大学院でのご研究は?
当時から学術情報で、政治学分野の研究者の成果発表を定量的に分析することをやりました。でも定量的といっても、当時、データ自体があるわけではないので、カードに貼り付けて数を数え、コンピュータは最後に使うだけという時代です。
修士論文は手書きで、博士課程になった時、初めて大学に巨大なワープロが入りましたが、1人1時間しか使えませんでした。プログラムは全部カードで書き、そのカードを大型コンピュータに読ませ、データ自体は磁気テープで回してという時代です。アウトプットは山のように紙が出てきます。
慶應のコンピュータは使い勝手がよくなくて、筑波大学のコンピュータを電話でつないで使わせてもらいました。でも、筑波の手前で電圧が変わるせいなのか、電話が切れて切れて。そのたびにまた最初からやり直しという感じでした(笑)。
図書館・情報学専攻への期待
──それは大変。その後、教員になられて長く過ごされたわけですが、印象に残っていることは何でしょうか。
図書館学科(当時)は文学部の中では新しく、戦後になってからできた学科です。アメリカの図書館協会からの支援を受けて慶應につくられた、ある意味では異分子なんですよね。
──1951年にできたジャパン・ライブラリー・スクール(JLS)ですね。
開設時は文学部の中にはあるけれど、かなり独立した日本図書館学校として機能していました。その後、文学部の中の一学科となるべく努力していたわけですが、私が教員になった頃も、まだその途上という感じがありました。
専攻の先生方はコンピュータにも事務的なことにも強い方が多く、文学部の重要な仕事を任されることが続きました。新人だった私は、学部の仕事は絶対に断ってはいけないと言われ、後輩たちにもそのように伝えてきました。
──私もいろいろなお話を断らないほうがいいと言われてきて、KeMCo(ミュージアム・コモンズ)のお仕事をお引き受けしたところもあります(笑)。
そういうことを経て学部の中で図書館・情報学専攻が認めていただけたのだと思います。私が学部長に選ばれたのも、そういった今までの積み重ねの中で、たまたまそういう巡り合わせになったのだと思います。学部長になった時、もうお辞めになった先生方が大変喜んでくださいました。
──図書館・情報学専攻については、大学をお離れになったところで、改めてどのようにご覧になっていますか。
私は、図書館・情報学専攻は図書館員を養成する役割だけではなく、大学生全員の情報リテラシーを涵養する役目があると思っています。もちろん、一専攻が慶應義塾の全学生を直接教育することはできないので、情報を扱うスキルや批判的思考の養成を推進していく体制やカリキュラムの検討に際して、図書館・情報学専攻がもう少し支援できれば望ましいのではないかと思います。
今、池谷さんもやっていらっしゃる大学院共通科目の「リサーチ・スキルズ」のようなものは、より力を入れてほしいと思います。実際に研究データをどう扱うかとか、その検索の仕方だとかを教えることを支援できればよいと思います。アメリカの大学図書館は当たり前のようにデータに関する教育支援をウェブ上でやっていますので。
──後進への期待は何かございますでしょうか。
図書館・情報学専攻の中で、学術情報流通の研究は絶えないようにしていただきたいというだけです。
──今日は有り難うございました。ますますのご活躍を期待しています。
(2024年8月9日、国立国会図書館内にて収録)
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。