慶應義塾

奥山由之:生みの苦しみを重ねて 映像表現の第一線へ

登場者プロフィール

  • 奥山 由之(おくやま よしゆき)

    その他 : 写真家その他 : 映像作家法学部 卒業

    塾員(2013 政)。写真、映像の分野で表現活動を展開。今年、12年間におけるクライアントワークのみをまとめた写真集『BEST BEFORE』を発表。

    奥山 由之(おくやま よしゆき)

    その他 : 写真家その他 : 映像作家法学部 卒業

    塾員(2013 政)。写真、映像の分野で表現活動を展開。今年、12年間におけるクライアントワークのみをまとめた写真集『BEST BEFORE』を発表。

  • インタビュアー竹内 熙一郎(たけうち きいちろう)

    その他 : NHK秋田放送局

    塾員

    インタビュアー竹内 熙一郎(たけうち きいちろう)

    その他 : NHK秋田放送局

    塾員

2022/10/17

自分だけに見えている側面を撮る

──奥山君と僕は慶應普通部からの同窓で、塾高では映画を一緒に自主制作したりしましたが、キャリアの出発点は写真家としてですね。写真を撮り始めたきっかけを教えてください。

奥山

写真に関心を持ったのは大学時代です。映画用の絵コンテを描くためにロケ地の風景を撮るようになったのが最初です。写真を切り取る瞬間の想像力がつくり出す余白や、見せすぎない部分があることで見る人の捉え方が変わるところに面白さを感じました。

──今年は、デビューから12年間のクライアントワークをまとめた500ページを超える写真集『BEST BEFORE』を出版しました。クライアントワークとはどのようなものなのでしょうか。

奥山

個人の制作に近い少人数でつくる写真やアート作品、広告のような商業写真までさまざまです。この12年はこうした仕事をおもに手がけてきました。フィールドが一つでないことは、自分にとっていい状態だと思っています。まるでいろいろなキャンバスに囲まれながら、1枚1枚に少しずつ色を塗り足していくイメージです。すると「前はどう描いてたっけ?」と、いつも新しい気持ちで挑戦できます。

──NHK大河ドラマ「麒麟がくる」のメインビジュアルのような鮮烈なイメージとは対照的に、『BEST BEFORE』や写真集『BACON ICE CREAM』(2016)ではさりげない風景を切り取ったような写真が印象的でした。普段、どういうタイミングでシャッターを切るのでしょうか。

奥山

例えば、ポストカードになるような美しい夕日やきれいな街並みは、世界を一面的に捉えたもののように感じます。ただ、僕たちが「きれい」と感じるのは、「きれいじゃない」という真逆の現象があるからこそです。おいしいステーキには、その一方に牛が殺されているという背景がある。世の中の全てのものは表があれば必ず裏があり、その間に奥行きをつくると側面が現れ、次第に多面的になっていきます。僕が撮りたいのは、その中に現れる「自分にしか見えていない側面」です。その側面が僕にだけ垣間見えたと感じられた瞬間にシャッターを切ってきました。

写真集の愉しみ

──『BEST BEFORE』までに18冊もの写真集を出版してこられましたが、奥山君自身も2000冊以上の写真集を収集するコレクターだそうですね。

奥山

もともと写真集を見ることが好きでした。写真の魅力は1枚ずつ見ていくことにもありますが、編集の手が入ると流れや構成が生まれ、1冊にまとまることでその流れ全体を感じ取る楽しみが生まれます。

僕には写真で表現することと写真集をつくることは全く違う仕事という意識があります。自分でレイアウトするのも好きなので装丁のアイデアも極力自分で出します。本というものは残しておきたくなる不思議な物体です。自分の写真集を数年後に見返した時に、写真が持つ本質的なメッセージに初めて気付くことも少なくありません。自分の作品を写真集で残しておくことはちょっとしたタイムカプセルみたいな感覚です。

本をつくっている時は写真の選び方、配置やデザイン全てに自分の中で理由が付かないと決断できません。ですが、「理屈ではわからないけどこれだ!」というものも残るのです。このわからない部分を残しておくことが大切。次の作品をつくる時に、前の作品を当時とは違う感覚で見てみると「こういうことだったのかも」という客観的な気付きがあったりするからです。そこで「自分はこういう作家なのかも」とそれまで気付いていなかった自分らしさに思い至ったりします。

──そこには不意に当人の生き方みたいなものが現れますよね。

奥山

そうですね。他方でつくることばかり追求していると、〈人生=つくること〉になってしまいます。この2つが近づきすぎると精神的なバランスが維持しづらくなる。自分と作品を一体化させてしまうと、つくったものが伝わらなかったり、批判されたりした時の苦しさは大きいです。

じつは『BEST BEFORE』が完成した時、自分を囲んでいるキャンバスの中でも“クライアントワークにおける写真”というキャンバスには新しく塗り足す余白があまりないなとも感じました。

──それはやり尽くしたという感覚でしょうか?

奥山

どの写真もいろいろな人との共同作業でつくってきたものでした。その都度、描き方、画材や道具も色々変えてきたつもりでしたが、その結果、クライアントワークの写真表現においてはひととおりのものは描いたと思えたのです。

三谷幸喜作品の衝撃

──奥山君は写真の仕事とともに、米津玄師さんや星野源さん、小沢健二さんといった著名アーティストのミュージックビデオ(MV)も手がけてきました。

奥山

今は来年出版する写真集づくりとともに、MVなどの制作も行っています。『BEST BEFORE』を出版した後の半年ほどは自分へのご褒美として、見たかった映画を見たり、読みたかった本を読んだりして過ごしていたのですが、インプットしたらやはりアウトプットしなければいけないという本能的な感覚がありました。

最近は映像(動画)をつくるほうが面白いと感じていますが、それは写真よりも関わる人数が多いからかもしれません。わからないことが多い分、衝突もあり、もがくことも多いのですが、写真を始めた頃に感じていた“人生の実験”に再び挑んでいる感覚もあります。

ものをつくるのは人とのコミュニケーションの中での作業です。インプットが必要なのは、直接アウトプットにつなげるというよりも、誰かがつくった創作物を見ることでコミュニケーションの補助線とするためです。インプットの中には、人と人がものをつくっているという前提があります。

──奥山君とは塾高時代からともに映画をつくったりしていましたが、当時から映像への興味が強かったのでしょうか。

奥山

そうですね。中高生の頃はMTVをよく見ていました。90年代前半から2000年代前半にかけて、後にMTV世代と言われるスパイク・ジョーンズ、ミシェル・ゴンドリーやジョナサン・グレイザーなど、作家性の強い監督がつくる作品に刺激を受けていました。つくり手の創意工夫が演出から垣間見えるのが面白かったのです。

でも、竹内君や塾高の仲間と実際に映画をつくり始めたきっかけは三谷幸喜さんの作品ですね。竹内君は覚えている?

──影響を受けたのは舞台版『笑の大学』(1996年)の映像ですよね。

奥山

そうですね。それから当時、香取慎吾さん主演の「HR」というシットコム(シチュエーション・コメディ)が深夜に放送されているのを国語の大森康雄先生が授業で見せてくれたのも大きかったと思います。これほど緻密に劇を考える人がいて、しかも本人は出演しない。なんてかっこいいんだ!と衝撃を受けました。

──僕たちの憧れの的でしたね。

奥山

その影響を受けて僕たちもワンルームのシットコムをつくりました。その一つが架空の部活動をいくつも設定して、その部室で起こることを5編計30分程度のストーリーにまとめた短編集『ワッショイ!』でした。コンクールに出したりもしましたね。

──当時の映画製作で何が一番印象に残っていますか?

奥山

『ワッショイ!』が映画甲子園でグランプリをいただいたことでしょうか。『ワッショイ!』を撮ったのはたしか夏休みでした。教室の撮影許可が下りず、蝮谷の部室棟で撮りましたよね。男子校のむさ苦しい部室に、10人くらいで汗だくになって。楽しかったけど、あの頃に戻りたいかというと……。

──もう同じことはできませんね(笑)。

奥山

塾高ではその後も「ワンルーム」ものをつくり、僕は大学でも漫画家のオフィスを舞台にした『パニック・コミック』という長編のドタバタ喜劇を撮りました。振り返るとずっと同じことをやっていますね(笑)。

知らない感情とどう出会うか

──現在の仕事にもコメディの要素は織り込まれているのでしょうか。

奥山

映像にも写真にもユーモアの要素が入っていると思います。写真の場合は、一瞬を切り取るので物語性がないと思われがちですが、その瞬間の前後を感じさせるイメージを追求すると、映像以上に突飛な表現ができます。中高生の頃にのめり込んだコメディの“ウケる”要素は、「こういうことがあったら面白いな」というユーモアの感覚として残っているように思います。

その点でちょうど今つくっている新しいMVは、僕らしいものになっていると思います。今まで日本人がとくに苦手としてきた表現に、ようやく挑戦できるのではないかという高揚があります。

──そういうユーモアの要素は、依頼主でもあるアーティストともある程度共有しながらつくるのでしょうか?

奥山

最近は完全に任せてもらえることが多いです。もちろん、対話を重ねる中で「ここはこうしたい」とリクエストを受けることはありますが。

写真や映像の仕事を始めた当初は、提案もなかなか通らず、周りから怒られることばかりでしたが、5、6年経った頃から次第に意図を汲み取ってもらえるようになりました。一度共通認識ができると逆に任せられる機会が増えていき、それはそれで今は自分との闘いになっています。

というのも、それ以前は前作を超えるようなものをつくろうという時に、意見が対立する相手は他者だったからです。そういう場合は、相手が何を考えてそう言ったのか、自分は経験則で決めつけていたかもしれないといった反芻がありました。そういう衝突が次第になくなると対話の相手は自分になっていきます。ですが、それではなかなか成長できないので、今は新しいチャレンジができる場所に向かっていくようにしています。

例えば、今取り組んでいるのは映画製作です。僕はまだ商業映画の世界では作品がない新人なので脚本づくりに何年もかかっており、周りの人たちもとにかくうなずいてくれません。それはすごく悔しいのですが、この状態が続いたほうが幸福という気持ちもあります。

とはいえ、今後50年先もつくり続けることを考えると、毎朝「あのシーンどうしよう」と考えることになる。それは決して楽しくないわけではないのですが、つくる過程は本当に大変です。依頼をいただくのは有り難いことですが、「またあの感じを味わうのか」とも思います。

でも無難なものをつくった時のほうがよほどつらい。それはただ体力と時間の消耗でしかないからです。そういう時は「自分の人生って何だろう」と考えてしまう。やはり、本気で向き合って知らなかった感情に出会えることが人生だろうと思うんです。多くの人と関わり他者と向き合って、どれだけの感情に出会えて人生を終えられるかが、僕のテーマです。

根本の着想源を共有する

──広告やMVの他に、近年は国内ファッションブランド「Mame Kurogouchi」のコレクション映像も手がけていました。どのようなコラボレーションだったのでしょう。

奥山

デザイナーの黒河内真衣子さんからは「こういう考えでコレクションをつくった」という説明を受けて僕も彼女が影響を受けた根本にあるものを同じように感受し、表現してみようと考えました。

「窓」をテーマにした2021秋冬コレクションでは、着想の元となったという堀江敏幸さんの『戸惑う窓』を読んでイメージをつくりました。「ゼラニウム」という、アンドリュー・ワイエスの作品について書かれた文章に着想を得ています。「霧」をテーマにした2022春夏コレクション映像のために、黒河内さんの地元長野の景色を見に行ったり、お寺へ読経を聴きに行ったりしました。どういう映像をつくるにせよ、デザイナーのメッセージとずれないよう、根本のコミュニケーションを間違えないようにしています。

重要なのは“何を撮りたいか”

──奥山君は今も写真をフィルムで撮り続けていますね。フィルムの良さはどのような点にあるのでしょう。

奥山

デジタルには撮った写真をすぐに見られるメリットがありますが、それによってフレームの中だけを凝視してしまい、写っている物事に囚われてしまうデメリットもあります。人間の視野は四角ではないのでフレームの外にある別の可能性を除外してしまうと目の前で起きている生身の出来事を見ていないことになってしまいます。

紙面からは撮影現場の温度感が伝わらないので、写真家も訴えたいことをその場の空気感で判断しないほうがいいと思うのです。その点、フィルムは現像などの時間が入ることで、冷静な状態で見直すことができます。デジタルでもフィルムと同じ効果を再現するのは技術的に可能ですが、僕にとってそれはどうでもいい。重要なのは「何を撮りたいか」です。機材選びも同じで、目指しているものを撮るために三脚を使う場合もあれば、インスタントカメラで撮る場合もあります。

──映像ではどうでしょうか。

奥山

映像は編集が肝なのでデジタルのほうが適しています。僕の頭の中のイメージを大勢のスタッフと共有することは難しいので、今僕らは何を目指して撮っているのかという共通認識を持つことを大切にしています。それが仕上がりの強度につながるからです。映像現場は時間がかかるので、不安が募ると適切な演出を引き出すのが難しくなる。その点でも、映像はデジタルのほうが向いていると感じています。

──スタッフと共通認識を持つために、どのようなことを心掛けていますか。

奥山

まずはとにかく、僕がその作品をどれだけ魅力的に思っているかを切実に説明します。関わる人たちが自ら楽しんで積極的によくしたいと思ってくれることが大切だと思うからです。そのために、人数が多い現場でも撮影前に自己紹介してもらい、1人1人の名前をできるかぎり覚えるようにしています。全員に参加している意識を持ってもらうこと。それからどんな窮地でも、楽しそうにすることですね。

──イライラすることはないですか?

奥山

逆にそういう状況も楽しむようにします。するとスタッフも、「この人、とりあえず楽しそうだから、しょうがないな」と難しい注文にも応えてくれることがあります。そういうことがないと、現場で奇跡は起きません。

強い思いを少数の視聴者に

──今、取り組んでいる映画づくりは長編作品になるのですか?

奥山

そうです。6年ほど前から準備していますが、なかなか納得のいく台本ができず苦心しています。

──台本もご自身で書いているのですね。

奥山

プロットや原案まではつくり、そのプロットをロングプロットにしていく過程で脚本家の方に入ってもらいました。脚本家やプロデューサーと打ち合わせを繰り返し、どうすればよくなるかと練り続けています。今、ようやくセリフを付けていく段階です。

──僕もTV番組をつくる仕事をしていますが、今後、どういうコンテンツが増えると世の中にとって良いと思いますか?

奥山

逆説的ですが、制作の中心にいる少数の人たちの強い思いやどうしてもこれを伝えたいという熱意が、少数の人に向けてつくられた作品が増えるといいなと思います。そういうものこそ、結果的に多くの人の心に伝わると思うからです。

僕が昔見ていたMTVの映像からは、これ絶対素敵だと思うからつくるんだ!という作家たちの強い思いが伝わってきました。僕はそういうものに人生を変えられたので、これからもそういうものが増えるといいなと思いますし、僕自身もそういう作品をつくり続けたいと考えています。

──本日は有り難うございました。

(2022年8月6日、オンラインにより収録)

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。