慶應義塾

北林 康弘:生成AI時代の水危機に、デジタルでどう挑むか

公開日:2026.07.30

執筆者プロフィール

  • 北林 康弘(きたばやし やすひろ)

    Fracta Leap株式会社代表取締役法学部 卒業

    2008法

    北林 康弘(きたばやし やすひろ)

    Fracta Leap株式会社代表取締役法学部 卒業

    2008法

気候変動、人口増加、産業発展などを背景に、2050年には、世界人口の半数以上(50億人超)が、水不足に直面すると予測されています。それに伴って、水資源をめぐる対立や紛争もすでに深刻化しており、Pacific Instituteのデータによれば、水関連紛争は2010年から2024年にかけて約20倍に増加しました。例えば直近でも、米国とメキシコの間では、国境沿いを流れるリオ・グランデ川の水資源をめぐる対立が発生しています。


とはいえ、こうした巨大な水課題について説明されても、なかなか実感が湧かない方が多いのではないでしょうか。実は私自身、10年ほど前に水の仕事に携わり始めるまでは、こうした課題を十分に理解していたわけではありません。私はもともと水の専門家ではなく、経営コンサルティング会社などを経て、水道管劣化予測AIの米国スタートアップに参画し、現在は、水処理産業のデジタル変革を担うスタートアップFracta Leapの代表を務めています。つまり、生粋の業界関係者とは異なる視点から水課題を見つめ、デジタル技術による解決を目指している人間です。


本稿では、そういった異業種出身者としての視点も踏まえつつ、水課題の実態と、それに対してデジタル技術が果たし得る役割について、ご紹介したいと思います。

日本人は実は「大量の水」を使っている

まず、水課題の現状についてですが、いきなり大きな視点からお話しするよりも、出発点として、日本で暮らす私たちの生活を、水資源がどのように支えているのかという観点から考えてみたいと思います。


そこで、皆さんに質問です。日本に住む一人ひとりが、1日に必要とする水の量は、何ℓでしょうか。


正解は、一人当たり3000ℓ以上です。家庭で使用する生活用水だけで見れば、1日当たり約300ℓです。しかし、それ以外にも、私たちの暮らしを支える国内の産業や農業において大量の水が使われています。さらに、輸入製品の生産過程で海外において消費された水、いわゆる「仮想水」まで含めると、必要な水の総量は生活用水の約10倍に達します[図1]。


3000ℓ、つまり3トンもの水が1日に必要だと聞くと、意外に感じる方も多いのではないでしょうか。その意外さは、水資源に恵まれた日本では、水を不足する資源として意識する機会が少ないからかもしれません。


ここからは、3つの示唆が得られます。


①まず、この規模感を踏まえると、家庭で数ℓを節水するだけでは水課題への対策としては十分ではなく、社会全体の水利用や水インフラのあり方そのものを見直す必要があるということです。


②次に、日本は水輸入大国であるということです。食料自給率の低い日本は、食料輸入に伴う「仮想水」の純輸入量が世界最大級とされます。つまり、日本は海外の水資源に大きく依存しており、ある意味では世界の水課題を加速させる側面も持っています。


③そして最後に、「仮想水」もそうですが、生活用水よりも、産業用水や農業用水の需要が圧倒的に大きいということです。

図1 日本における1日・1人当たりの水使用量概算 / 出所:国土交通省WEBページ「水資源の利用状況」などからFracta Leap分析)

世界では、生成AIブームが、水課題を一段と深刻化させる

産業用水と農業用水が水需要の大半を占めるという構造は、世界全体で見ても同様です。実際、OECDによれば、2050年においても水需要の中心は産業用途(製造業・発電)と農業用途(灌漑・畜産)であり、特に産業用途は2000年比で約400%増加すると予測されています[図2]。


その背景には、近年の生成AIなどのデジタルサービスの台頭に伴う、半導体産業、データセンター産業、そして、それらの駆動に不可欠な発電産業の急成長があります。しかし、これらの産業が膨大な量の水を必要としていることは、あまり知られていません。


実際、微細化が進む半導体製造の現場では、洗浄工程において「超純水」と呼ばれる極めて高純度の水が大量に使用されます。また、大量の熱を発するサーバーを抱えるデータセンターや、熱を電力へと変換する発電設備においても、冷却のために大量の水が必要となります。2030年には、データセンターの電力供給に伴う水消費量が年間9.3兆ℓに達し、サハラ以南のアフリカの約13億人が1年間に必要とする生活用水量に匹敵するとされています。


こうした状況を受け、世界的にも水資源対策の重要性が急速に高まっています。例えば、米国環境保護庁(EPA)が今年4月に公表した新たな「水再利用行動計画」では、生成AIの普及などを背景に、半導体工場やデータセンターなどの産業分野を強く意識した内容へと大きく舵が切られました。6年前の旧版が主に水道・自治体・農業を対象としていたことを踏まえると、この変化は世界の水課題の構造変化を象徴していると言えるでしょう。

図2 世界の水需要予測(基本シナリオ、2000-2050年) / 出所:OECD Environmental Outlook to 2050

AIで悪化する水課題に、AIで挑む

こうした水課題に対して、テクノロジーは何ができるでしょうか。まず、下水や排水の再生・再利用や海水淡水化で、水の供給量を増やすハードウェア技術自体は、すでに一定程度確立されています。具体的には、水の浄化・再生のための膜などの水処理装置や、それらを組み合わせた水処理プラントです。


より本質的な問題は、こうした水処理技術の世界的な普及や更新には、依然として多くのボトルネックが存在しているということです。具体的には、


①装置の設計・製造(EPC)に、多大なノウハウ・人手・時間・コストが必要となること


②装置の運転・メンテナンス(O&M)に、大量のエネルギー消費などの環境負荷とコストが伴うこと


③装置・薬品などの改良(R&D)に、探索・開発のための膨大な工数を要すること。


これらが経済的・社会的な負担となり、水処理技術の普及が需要に追いついていない、あるいは、十分な水準での導入に至っていないケースも少なくありません。


Fracta Leapでは、これらのボトルネックを解決するため、水処理分野の国内最大手である栗田工業と連携し、以下のようなデジタルソリューションを開発しています。


①設計自動化(EPC向け):設計に必要なノウハウの障壁を下げるとともに、人手・時間・コストを最小化するソフトウェアです(現時点で設計期間・工数を半減)。水プラント需要が急増する中で課題となっている熟練設計者不足の解消にも貢献しており、将来的には、「誰でも水処理プラントを設計できる」世界を目指しています。


②運転最適化(O&M向け):装置運転時の環境負荷低減とコスト削減の両立を実現するAIソリューションです。水再生の中核装置である逆浸透膜の最適化では、コスト4割減、CO2排出量1割減を実現し、オープンイノベーション大賞の環境大臣賞も受賞しました。


③マテリアルズインフォマティクス(R&D向け):水処理薬品などの開発において、従来は人手の制約から数百程度に限られていた探索範囲を、機械学習などによって1万倍規模(数百万分子)まで拡大できる技術です。


このように、生成AIの台頭などによって深刻化する水課題に対し、逆に、AIやソフトウェアを活用することで、その解決に挑戦しています。


なぜAIやソフトウェアによるアプローチが有効なのでしょうか。それは、水処理業界では、ハードウェアやオペレーションの改善が長年積み重ねられてきた結果、従来型の改良余地が限定的になりつつあるためです。一方で、水分野におけるAI活用は、まだ黎明期にあります。だからこそ、この領域に大きな可能性が残されていると、私たちは考えています[図3]。

図3 Fracta Leapの取り組み / 出所:Fracta Leap WEBサイト(https://fracta-leap.com)

水課題の解決に、日本から貢献する

最後に、将来的な展望についてお話ししたいと思います。前述の通り、日本は水輸入大国であり、世界の水課題を加速させる側面も持っています。


一方で、日本はものづくり大国として、水に関するハードウェア技術においても、海外から高い評価を受けています。例えば、半導体製造など、極めて高度な水質が求められる分野で使用される超純水技術では、栗田工業をはじめとする日本メーカーが世界でも高いシェアを誇っています。


こうした技術を海外へ展開し、世界の水課題の解決に貢献しようとした際、特に大きな障壁となるのが、技術を展開・実装するための言語の壁と人手不足です。しかし、技術やノウハウをAIやソフトウェアに落とし込んで輸出できるようになれば、これらの障壁を大きく低減することができます。


つまり、日本の高い技術力をデジタルと掛け合わせて世界へ展開することで、日本は世界の水課題の解決にこれまで以上に大きな役割を果たすことができるのです。実際に、私たちの取り組みでも東アジア・東南アジアを中心に海外展開が始まっています。今後もこうした取り組みを広げ、世界の水課題の解決に貢献していきたいと考えています。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。