執筆者プロフィール

上鹿渡 和宏(かみかど かずひろ)
その他 : 早稲田大学人間科学学術院教授その他 : NPO法人家庭養育支援機構理事長塾員

上鹿渡 和宏(かみかど かずひろ)
その他 : 早稲田大学人間科学学術院教授その他 : NPO法人家庭養育支援機構理事長塾員
虐待対応3つの段階
私はかつて児童精神科医として児童相談所で仕事をしていました。虐待を疑われた子どもに一時保護所への入所の話をした際に「あんなところに行くくらいなら家で叩かれていた方がマシ」と言われたことがあります。その子はこれまでにも虐待から守るためと説明され、家族から引き離され一時保護となり、児童養護施設に措置されたことがありました。他にも安全と安心を確保する場として大人や社会が子どもに約束したにもかかわらず、そうではなかったことを、子どもから教えられることが何度もありました。
子ども虐待に関する児童相談所への相談件数は毎年最多を更新し続けています。虐待により亡くなる子どもは1週間に1人ほどで、特に多いのが乳児、生まれたばかりの赤ちゃんです。このような事態を防ぐために児童相談所が早期発見・介入し、必要な場合には親から分離して子どもの安全を確保することが求められてきました。
しかし、虐待対応については、一般に知られている早期発見・介入だけでなく、その前と後があります。早期発見・介入前の対応は、親による養育が虐待となってしまわないよう親を支援し、家庭を維持する予防的対応です。増え続ける虐待は早期発見・介入では減らせません。虐待となってしまう手前、上流での対応が必要です。また、早期発見・介入後の対応としては、安全確保のため、家族や親から分離して別の場所を子どもに保障する社会的養護があります。現在42000人ほ どの子どもが養護下にいます。近年、社会的養育という言葉が使われますが、これは社会的養護だけでなく、予防的対応も含み、対象はすべての子どもです。
日本の社会的養育2つの課題
社会的養護の当事者からは「もっと早く親を助けてほしかった」や「一緒に生きてくれる人を失った子どもにとって、一緒に生きてくれる人がいる場であってほしい」といった声があります。日本の社会的養育に必要とされているものが何か、これらの声が示しています。
「親を助けてほしかった」の声は家族であり続けるための支援の不足を示しています。母親自身が育っていないまちで子育てをする「アウェイ育児」が7割、母親の6割は子どもを預かってくれる人がいないという調査結果があります。さらに、22万件を超える児童相談所への虐待相談のうち、社会的養護の対象となるのは2%であり、残りの98%の子どもは家に戻っています。家で何とか生き抜こうと頑張っている子ども、アウェイ育児の中で頑張り続ける親が多くいることも想像されます。日本の社会的養育の1つ目の課題です。
「一緒に生きてくれる人にいてほしい」社会的養護について、親やきょうだい、学校の友達や先生からある日突然引き離された子どもはその後どうなっているのか、一般にはあまり知られていません。社会的養護は施設養護と家庭養護の2つに分けられます。施設養護には乳幼児対象の乳児院と、それ以降を対象とする児童養護施設等があります。家庭養護としては里親やファミリーホームがあり、養育者の家で子どもを養育します。里親が養子縁組と混同されることも多いのですが、里親は子どもとの間に法的な親子関係はなく、実親と暮らせない子どもを一時的に養育します。親の代わりに子どもを育てる代替養育であり、手当や養育費が支給されます。養子縁組では養親と子どもとの間に法的な親子関係が成立し、手当てはありません。
日本は施設養護の割合が諸外国の1~5割に比べて非常に高く、以前は9割、今も8割近くが施設養護です。諸外国もかつては施設養護が主でしたが、1960、70年代以降、子ども(特に乳幼児)の育ちの場としては家庭養護への移行が推進されました。国連からもエビデンスに基づき、特に乳幼児については家庭養護を推奨するガイドラインが2009年に示されました。一方で、家庭養護割合が低い状況が続いているのが日本の特徴であり、社会的養育の2つ目の課題です。
2つの課題を同時に解決する方法
2016年に児童福祉法の大改正がありました。戦後の子ども・家族の変化や1994年の子どもの権利条約批准以降もなかった大きな改正でした。第1条と第2条で子どもの権利について、また、第3条で家庭養育優先原則が示されました。国連ガイドラインとも合致する世界の標準を日本の子どもに保障する内容です。2017年には新しい社会的養育ビジョンが示され、以降日本の社会的養育の2つの課題に取り組む動きが加速しました。特に2022年の児童福祉法改正では「親を助けてほしかった」に応じる家庭支援事業が新設・拡充され、さらに「一緒に生きてくれる人」を保障するべく里親支援センターが創設されることになりました。2023年にはこども基本法、こども家庭庁が動き始め、新たに設置されたこども家庭審議会には多くの若者や社会的養護当事者が委員として参画するようになりました。今後の子ども施策の方向性を具体的に示す「こども大綱」には、これからの社会的養育について2つの課題を解決する内容が記載されています。
特に私は「パーマネンシー」「アタッチメント(愛着)」「こどもの権利」の3つに注目しています。いずれも、家庭で育つ多くの子どもにとっては当たり前にあると思われているもので、その不足や欠如がどのような困難をもたらすか想像されにくいものです。実際には全ての子どもにおいて、この不足・欠如の可能性があるのですが、それに気づかないまま、当然これは大丈夫だろうとの思い込みから、様々な子どもの困り感、行動、心身の症状等に現れていることの本質が理解されず、表面的な対応に終始していることが多いのではないかと思います。
社会的養護下の子ども、一番困っている子どもの困り感の根底に、当たり前にあるはずの「パーマネンシー」「アタッチメント」「こどもの権利」の不足・欠如があり、これに気づき、これによって生じている子どもの困りごとを根本的に解決しようとし始めたのが、2016年以降の新たな社会的養育実現に向けた動きだと私は考えています。
すべての子どもに必要な「パーマネンシー」「アタッチメント」「こどもの権利」
パーマネンシーは永続性が保障される親子関係や特別養子縁組で実現されると理解されてきましたが、子ども視点で次のような定義もなされています。
子どもがこれからずっと続くと感じられる、将来の見通しを持った育ちの保障である。(…)そこに所属していると感じられ、いつでも戻れる場所であり、いつでも頼ることができると信頼できる1人以上の人との「つながり」である。それは周りの大人ではなく、子ども自身が定義するものであり、社会的・制度的に認められたものである。それはすべての子どもに対して社会が保障すべきものである。*1
アタッチメントについては、子どもが養育者とのやりとりを通して安全と安心の基地を得て、様々な遊びや挑戦を通して育つことの重要性を理解する必要があります。社会的養護の中でも、安全や安心を得ることの重要性は理解されていますが、遊びや挑戦もセットで重要なことまでは理解されていないことが多いと思います。
こどもの権利については、こども基本法や子どもの権利条約の内容があまりにも当たり前で「当然満たされているはず」と思い込んでいる大人や、気づかない大人に対して諦めてしまった子どもも多いのではないでしょうか。社会的養護では、子どもの権利の視点で見直すことで当たり前の経験や関係の不足・欠如に気づくことも多く、この視点で思い込みを見直すことの重要性に気づかされます。
私は社会的養護から学んだこれら3つのキーワードを「大切な大人とのつながり」「安心と挑戦」「自分らしく育 つ子ども期」と言い換えて、見落としてはいけない、すべての子どもに保障されるべきものとして、多くの方に伝えたいと思っています。まずは社会的養護下の子どもにこれを保障すること、そこからすべての子どもに、さらにそのような子ども時代を持つことですべての大人にも保障する取り組みを続けていきたいと思います。
里親養育を突破口として社会的養育を社会化する
日本では社会的養護における子どもの最善の利益の保障が、主に施設養護の枠組みの中で考えられてきましたが、2025年度からの各自治体の社会的養育推進計画では施設から家庭養護への移行だけでなく、親を支援し子どもが家庭で安全安心に自分らしく育つ場を保障することが目指されるようになりました。社会的養育における2つの課題を同時に解決する動きとも言えます。同時に取り組むことで、子どものニーズに合わせた社会的養育を実現できる大きなチャンスでもあります。
これからの里親養育は、親子分離後だけでなく、親と一緒に子どもを育てることが期待されています。具体的には里親ショートステイが全国に広がっています。これは里親家庭で子どもを数日間預かり、親を支援する制度です。中学校区に1家庭を目指してこのような支援の充実を計画する自治体もあります。また、里親が地域で子どもを育てるには専門的な支援のほかに、子どもの通う学校や、共働き家庭の場合は会社の理解や協力も必要です。里親制度について一般にはほとんど知られておらず、社会的養育は未だに社会化されていませんが、今後、里親が地域で「子どもといっしょにいながら親を助ける」存在となるには、これを進める必要があります。社会的養育を社会化することで社会的養護下の子どもだけでなく、すべての子どもや家族にとって生きやすい地域や社会が実現されると私は考えています。
「自分の子どもだったら、自分が子どもだったら」と思い、考えてみてください。私は児童精神科医、子ども家庭福祉の専門家として考え、早稲田大学社会的養育研究所*2やNPO法人家庭養育支援機構*3での研究や実践を続けています。
いっしょに考え、行動する人が必要です。
注
*1 畠山由佳子・福井充編(2023)『パーマネンシーを目指す子ども家庭支援』岩崎学術出版社
*2 https://waseda-ricsc.jp/
https://www.waseda.jp/inst/cro/news/2025/04/23/19232/
*3 https://family-childcare.org/
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。