執筆者プロフィール
千賀 達朗(せんが たつろう)
経済学部 准教授専門分野/マクロ経済学、企業行動
千賀 達朗(せんが たつろう)
経済学部 准教授専門分野/マクロ経済学、企業行動
1929年の株価大暴落の直前、経済学者アーヴィング・フィッシャーは「株価は恒久的に高い水準に達した」と公言し、その後の暴落で財産を失った。ところが翌年の著書で彼はこう書いている。「聡明な実業家は常に予測を行っている。大企業や銀行が統計部門を維持するのは、ビジネスの将来を見定めるためだ」。皮肉なことに、将来を見通す力が経済的成功の鍵であるという洞察は正しかった。
では現代の企業において、予測の精度を左右するものは何か。共同研究者とともにこの問いに取り組んだ私たちの答えは、「経営慣行(マネジメント・プラクティス)」の質である。英国の2万社超を対象にした大規模調査データを用い、目標設定の方法やその進捗のモニタリング、人材の評価・登用といった経営の基本動作の質をスコア化した上で、企業が実際に行った自社売上予測やGDP予測の精度と結びつけて分析した。調査はBrexit(欧州連合離脱)交渉の渦中にあった2017年とCOVID-19が直撃した2020年に実施されており、不確実性が極めて高い時期のデータである。
結果は明快だった。経営慣行のスコアが高い企業ほど、自社の売上予測もマクロ経済の予測も正確だったのである。しかもこの関係は、企業規模や業歴、業種といった要因を統制しても揺るがなかった。大企業だから予測がうまいのではなく、規模にかかわらず「経営の質」そのものが予測精度と結びついていた。
さらに興味深いのは、経営がうまい企業は自分たちの予測が正確であることを「自覚」していた点だ。彼らは予測のぶれ幅の見積もりを狭く設定しており、それが実際の精度と整合していた。単に当たりやすいだけでなく、自らの見通しにどれだけ自信を置くべきかを正しく把握していたのである。
2008年の世界金融危機の直後、エリザベス女王はロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)を訪れ、経済学者たちにこう尋ねた─「なぜ誰もこの危機を予見できなかったのですか」。約80年の時を超えて「なぜ先を読めないのか」という問いが繰り返される中で、経営の基本動作の積み重ねが予測力を育てるという知見は、この問いへのささやかな答えの1つになるのではないかと思う。
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。