執筆者プロフィール

平田 麻莉(ひらた まり)
その他 : 一般社団法人フリーランス協会代表理事総合政策学部 卒業経営管理研究科 卒業
平田 麻莉(ひらた まり)
その他 : 一般社団法人フリーランス協会代表理事総合政策学部 卒業経営管理研究科 卒業
2024年11月にフリーランス法が施行されてから1年が経過しました。まだ法令遵守の課題はありますが、新法成立により今まで無法地帯で泣き寝入りを強いられがちだったフリーランスの契約トラブルは減少していくことが期待されています。時を同じくして、すべての職種のフリーランスが労災保険に特別加入できるようにもなりました。
職種や地域を超えて誰もが参加できる日本初のフリーランス当事者団体として、非営利でフリーランスの共助と環境整備に取り組むフリーランス協会は、今年で10年目になります。この9年間で、フリーランスを取り巻く環境は大きく変わってきました。本稿では、その変遷を振り返るとともに、フリーランスの働き方の課題と求められる対策について広く知っていただく機会としたいと考えています。
1.フリーランスの定義と多様性
フリーランスとして働く人は、文化芸術や広告メディアなどの業界では昔から存在していましたが、その概念が日本社会で広く浸透したのは実は最近のことです。
私が当協会を設立した当時は、これといった「フリーランス」の定義がなく、その存在の輪郭は曖昧で、フリーランス(事業者)とフリーター(非正規労働者)が混同されて語られることも珍しくありませんでした。
法制度を含む環境整備のためには、まずは対象の定義を明確にしなければなりません。そこで、フリーランスを「特定の企業や団体、組織に専従しない独立した形態で、自身の専門知識やスキルを提供して対価を得る人」と定義しました。端的に言えば、雇用ではなく業務委託や自営で働く人々です(図1)。
個人事業主や一人社長のような独立したプロフェッショナルも、日中は会社員として組織に属しながら業務時間外で副業を行うパラレルワーカーも、すべて自律したフリーランスであるというメッセージを込めて、私たちは「一般社団法人プロフェッショナル&パラレルキャリア・フリーランス協会」として活動を開始しました。
フリーランスの輪郭が浮かび上がってくると、政府においても対象規模の把握が進められるようになりました。内閣官房の推計によれば国内のフリーランス人口は462万人にのぼります。フリーランス向けの保険や福利厚生を提供する当協会の会員総数も年々増加し、14万人を超えました。
ただ、輪郭が見えたとはいえ、あくまで働き方や契約形態の話であって「会社員」の対義語のようなものですから、業界も職種も幅広く、その内訳は非常に多様です。同じフリーランスの話をしているようでも、人によって頭の中に描いている「フリーランス像」が異なるために話がうまくかみ合わないこともあります。
そこで、会員を対象とした実態調査を毎年「フリーランス白書」として公開し、可視化された多様性を大切にしながら、データに基づく政策提言を行うのが当協会の活動の柱です。「小さな声を大きな声へ」をスローガンとし、これまでに例えば、保活(子どもを保育園に入れるための活動)における不利の是正、コロナ禍の持続化給付金やベビーシッター補助、インボイス制度の負担軽減措置、そしてフリーランス法(特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律)の制定や労災保険の特別加入対象拡大などを実現してきました。
なお、フリーランス法で取引適正化の対象として整理された「特定受託事業者」は、個人事業主だけでなく、1人社長や副業従事者も含みます。法的なフリーランスの定義への反映をもって「プロフェッショナル&パラレルキャリア」の枕詞も一定の役割を終えたということで、昨年11月に「一般社団法人フリーランス協会」へと社名変更しています。
2.口約束と反故が横行していた無法地帯
フリーランス法が成立した背景には、フリーランスが長年置かれていた「無法地帯」とも呼べる厳しい取引実態がありました。中小企業の発注者は下請法の対象外であることが多く、立場の弱いフリーランスは報酬の未払いや一方的な減額、ハラスメントなど理不尽な扱いを受けても泣き寝入りせざるを得ませんでした。また、業界によってはギャランティや契約条件を事前に尋ねたり、書面に残そうとしたりするだけで、「信用できないのか」「細かくて面倒なやつだ」と一蹴され、敬遠されることも珍しくありません。
当協会が2019年に行った調査では、発注者との契約トラブルを経験した人が45.6%、そのうち45.5%がその時の契約形態は「口頭」だったと回答しています。
こうしたフリーランスの実態を受け、多くの関係者が尽力してくださったおかげで、取引条件の明示や、60日以内の報酬支払い、ハラスメント対策などを義務化する新法の成立に至りました。
施行から1年が経過し、現場ではポジティブな影響が出始めています。「取引先から報酬額や納期が事前通知されるようになった」「業務開始前に単価を決めてほしいと伝えやすくなった」といった声や、支払いサイトの短縮、ハラスメント相談窓口の案内など、遵法意識の高い企業による対応改善が報告されています。また、当事者からも「トラブルがあった時に法律を根拠に交渉できる余地ができた」という反応が寄せられています。
法の浸透を後押しするのが、行政取り締まりの報道です。法施行前の調査では、行政に対して「違法・取り締まり事例の公開」を求める声が最も多く寄せられていました。これに応えるように、公正取引委員会は積極的に違反勧告を行い、2025年度は9社(3月16日時点)の社名を公表しています。これらの事例公開は、発注企業に対する強力な注意喚起となります。
しかし、課題も依然として残っています。法施行から1年が経過した2026年版のフリーランス白書調査でもなお、フリーランス法について取引先との会話の中に出たと答えた人は約2割に過ぎず、受託者側からは言及しづらいという声も散見されました。さらに、「違反と思わしき経験をした」と感じている人が約3割存在しており、取引条件の未明示や、エンドクライアントの都合を理由とした支払遅延などが報告されています。ハラスメントを相談した結果、逆に契約を終了させられたという悪質事例も依然として見受けられます。法律は作って終わりではなく、現場で真に機能し、法令遵守が当たり前の文化として定着するまで、引き続き地道な啓発活動が必要です。
3.「現在の社会保険制度に不安」が7割
フリーランス法の施行により取引適正化と就業環境整備は前進しましたが、いまだ手つかずのまま残されている大きな壁が社会保険の課題です。フリーランスは事業者なので、安定的な収入が保障されないビジネスリスクは織り込み済みで独立する人が大半とはいえ、健康や出産、介護、年金など全ての人間が等しく背負っているライフリスクのセーフティネットまで脆弱になっているのが日本の現状です。
日本の社会保障制度は、高度経済成長期に構築された「企業と個人を紐づける仕組み」を前提としています。会社員であれば、健康保険組合や厚生年金に労使折半で加入でき、病気やケガ、出産や介護において手厚い保障が受けられます。一方で、フリーランスの多くを占める個人事業主は国民健康保険や国民年金に加入しますが、会社員より高額な保険料を支払いながら、保障が極めて薄いのが現状です。傷病手当金や出産手当金、育児や介護の休業給付金はなく、将来受け取れる年金額も会社員に比べて大幅に少なくなります。遺族年金や障害年金の受給要件も会社員より厳しいものです。
個人事業主であっても労働者性が認められれば社保加入の対象となることはフリーランス法制定時に整理されましたし、法人化すれば労使双方分の保険料を自分で払うことで社保加入できます。しかし、自律的に働く大半の個人事業主は、セーフティネットからこぼれ落ちています。
昨年実施した社会保険に関する意識調査によれば、現状の制度に不安を感じているフリーランスは68.2%もいて、安心している人はわずか6.8%です。困っていることとして最も多かったのは「社会保険料が高い(8割)」で、次いで「将来の年金額が少ない(6割)」、「国民健康保険に傷病手当金がない(4割)」と続きます。自由回答では、「病気になれば即、収入がなくなる」「出産の入院日ぎりぎりまで働き、産後2週間で復職せざるを得なかった」といった切実な声が数多く寄せられています。
また、現行制度は個人間の不公平だけでなく、企業間の不公平も生んでいます。労使折半という仕組みがあるがゆえに、社会保険料負担を免れようとする一部の企業が、実態は指示監督下の労働者であるにもかかわらず、形式上は業務委託契約を結ぶ「偽装フリーランス」を生む要因となっています。これは、真面目に保険料を負担している企業との間で競争条件の不公平を生じさせています。
上述の調査では、96.6%の人が「働き方の違いに関わらず社会保障が提供されることが必要」と答えており、約5割の人が「保障や給付を会社員と同等程度に充実させるために、支払う保険料が増えても良い」という意向を示しています。
今後は、会社員かフリーランスかで格差のない、働き方に中立な社会保険制度へのアップデートが強く求められています。
4.働き方を選べる社会に向けて
「誰もが自律的なキャリアを築ける世の中へ」というビジョンを掲げる当協会が目指しているのは、自分のキャリアの手綱を自分で握れる社会です。
労働人口が急激に減少する中で、かつてのように終身雇用の保障と引き換えに、配属や転勤を含め自分のキャリアをすべて人事に委ねる「御恩と奉公」の関係はすでに成り立たなくなっており、企業が必要十分な優秀人材を囲い込むことは難しくなっています。また、未知の課題解決やイノベーションのためには、プロの知見を持つフリーランスや副業人材を自社の人的資産の構成員として味方につけることが、結果的に時間もコストも抑えて成果を生みやすくなります。
こうした企業側の事情は、働く人材にとっても、自律的で柔軟な働き方を実現するチャンスです。人生100年時代においては、1人の人生の中でも望ましい働き方は変わっていきます。女性や高齢者や障がい者も含めて、誰もが幸せに働き続けるためには、ライフイベントやライフステージに応じて最適な働き方を選択できる(働くことを諦めなくてよい)ことが大切です。「自分の裁量で仕事をしたい」「働く時間/場所を自由にしたい」「より自分の能力/資格を生かしたい」という人々にとって、フリーランスは理想的な働き方になります。
ただし、フリーランスという働き方を安心して選べるようになるためには、社会保険制度における会社員との格差をなくすなど、更なる環境整備が求められます。これからもフリーランス当事者の多様な声を丁寧に集めながら、制度のアップデートに尽力し、働き方の多様性を社会の力につなげていきたいと考えています。
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。