登場者プロフィール
赤根 智子(あかね ともこ)
国際刑事裁判所(ICC)所長、判事1980年東京大学法学部卒業。82年検事任官。横浜、津、名古屋、仙台、札幌地検検事、東京高検検事、函館地検検事正、最高検察庁検事、法務省法務総合研究所所長などを歴任。2018年国際刑事裁判所(ICC)判事。24年より同所長に就任。
赤根 智子(あかね ともこ)
国際刑事裁判所(ICC)所長、判事1980年東京大学法学部卒業。82年検事任官。横浜、津、名古屋、仙台、札幌地検検事、東京高検検事、函館地検検事正、最高検察庁検事、法務省法務総合研究所所長などを歴任。2018年国際刑事裁判所(ICC)判事。24年より同所長に就任。
五十嵐 文(いがらし あや)
読売新聞論説副委員長上智大学外国語学部卒業。1990年読売新聞社入社。政治部首相官邸キャップ、ワシントン特派員、中国総局長(北京)などを歴任。国際部長、『中央公論』編集長を経て現職。
五十嵐 文(いがらし あや)
読売新聞論説副委員長上智大学外国語学部卒業。1990年読売新聞社入社。政治部首相官邸キャップ、ワシントン特派員、中国総局長(北京)などを歴任。国際部長、『中央公論』編集長を経て現職。
三上 洸(みかみ ひろし)
その他 : 弁護士その他 : ニューヨーク州弁護士法学部 卒業法務研究科(法科大学院) 卒業塾員(2013法、16法務修)。2017年弁護士登録。渥美坂井法律事務所・外国法共同事業所属。24年New York University School of Law (LL.M. in International Legal Studies)修了。25年ニューヨーク州弁護士。24年10月より1年間国際刑事裁判所にて客員専門家として研修。
三上 洸(みかみ ひろし)
その他 : 弁護士その他 : ニューヨーク州弁護士法学部 卒業法務研究科(法科大学院) 卒業塾員(2013法、16法務修)。2017年弁護士登録。渥美坂井法律事務所・外国法共同事業所属。24年New York University School of Law (LL.M. in International Legal Studies)修了。25年ニューヨーク州弁護士。24年10月より1年間国際刑事裁判所にて客員専門家として研修。
フィリップ・オステン(司会)(Philipp OSTEN)
法学部 教授塾員(2002法博)。1999年ベルリン・フンボルト大学法学部卒業。2002年同大学法学博士。04年ドイツ弁護士。03年慶應義塾大学法学部専任講師。准教授を経て、12年より現職。専門は刑法、国際刑事法。
フィリップ・オステン(司会)(Philipp OSTEN)
法学部 教授塾員(2002法博)。1999年ベルリン・フンボルト大学法学部卒業。2002年同大学法学博士。04年ドイツ弁護士。03年慶應義塾大学法学部専任講師。准教授を経て、12年より現職。専門は刑法、国際刑事法。
画像:国際刑事裁判所(ICC)(オランダ、ハーグ) [Wikimedia Commons より]
高まる国際刑事法への関心
お忙しい中、三田にお越しいただき有り難うございます。本日は、国際刑事裁判所(ICC)所長の赤根智子さんをお迎えして、特集座談会を行いたいと思います。
2024年6月に慶應義塾はICCと基本合意書(MoU)を締結しました。それを踏まえて、慶應では塾生をICCへインターン生として送り込むための派遣プログラムを作り、昨年度は2名、今年度は4名の学生をICCにそれぞれ推薦しています。
またこうした協力関係を踏まえて、昨年11月に「ICCアジア太平洋学術フォーラム」という大きなシンポジウムを、ICCとの共催で三田で開催しました。そういった形で、様々な協力と連携がICCと慶應義塾との間で行われている中、この座談会を開催する運びとなりました。
本日は広い視野でICCの役割、その現状と課題、またICCを支えるために日本から、あるいは大学等研究教育機関からどのような協力や支援を提供することが可能なのか。ひいては力による支配へ世界が逆戻りしないように、世界における法の支配を強化するためにどうしたらいいのか、等を縦横に議論いただければと思います。
私自身と国際刑事法との関わりは、ICCがまだ存在しない時代に始まりました。私の学生時代、1990年代に旧ユーゴとルワンダの紛争で発生した戦争犯罪や大虐殺を訴追・処罰するために国連安保理によって設立された、いわゆるアドホック法廷(旧ユーゴ国際刑事法廷・ルワンダ国際刑事法廷)が活動を開始しました。
しかし、こうした国際的な刑事裁判所の常設化に向けた動きはまだほとんど出ていませんでした。私は慶應義塾とドイツのベルリン・フンボルト大学で法律学を学ぶ中、国際刑事司法の原点とも言うべき東京裁判、ニュルンベルク裁判に関心を持つようになり、そして、東京裁判に関する法律学的な視点から書かれた研究がほとんど存在しないことに気付きました。
歴史学や政治学、国際関係論といった立場で書かれた先行研究は充実している一方、法律学の理論的、法解釈論的な視点に基づく検討は、皆無に等しい状況であることにとても驚きました。残念なことに、その状況は今でもほとんど変わっていません。
東京裁判がその後の国際刑事法の展開にいかなる影響を与えたのかという問いに関しては、国際法学界でも刑事法学界でも、全くといっていいほど研究されていませんでした。しかし、実は戦後直後には東京裁判に関する非常に熱心な法的議論があったのですね。東京大学の刑法の大家である団藤重光博士など日本を代表するような法学者による論文も発表されています。その他にも刑法や国際法の大家たちが、様々な視点から東京裁判についての法律論を展開していました。それが、1950年代に入ってからは残念ながら止まってしまっていた。
一方、法規範の形成という意味では、戦後、世界ではいろいろな重要な動きがありました。ジェノサイド条約というものができて、ジュネーヴ諸条約、それから侵略の定義に関する国連総会決議も合意されました。しかし、実際にそれを適用するような、国際的な刑事司法機関は長らく存在しませんでした。
その状況が変わったのは1990年代に入ってからです。アドホック法廷に続いて、1998年にローマ規程が採択され、2002年にICCが設立されたことによります。国際刑事法に日が当たらない時代が長く続きましたが、特にここ数年で、とりわけロシアによるウクライナ侵攻のあたりから、がらりと状況が変わってきています。
私が慶應に着任した2003年当初は、学生に、まず国際刑事法とは何ぞや、というところから説明しなくてはいけませんでした。しかし、今はロースクール生であれば「ICCとはこういうものだ」とある程度わかっています。ゼミ生や将来法曹を目指す若い人も、国際刑事法に関心を持つようになっており、大きな変化を感じます。
その一方で、その中心にあるICC自体が、現在、大国から脅威にさらされ、存亡の危機にあるとも言われるぐらい、かつてないほど難しい局面に直面している時代でもあります。そのことは後ほど多角的な視点からご議論いただきたいと思います。
では、まず三上さんから自己紹介も兼ねて、国際刑事法、国際刑事司法との関わりについて簡単にお願いいたします。
私は父親の仕事の関係で小学校から中学校まで海外で暮らしていたこともあり、もともと国際政治には興味を持っていました。日本に帰国して慶應義塾高校に入り、受験勉強を気にしないユニークなカリキュラムでイスラム法史など、普通は勉強できないような世界史なども勉強でき、その中で第二次世界大戦後の旧ユーゴスラビアの現代史について学ぶ機会がありました。それが思えば最初の国際刑事法との接点だったかと思います。
高校卒業後は法学部法律学科に進学しました。法律の中でも国際法の授業をたくさん取り、その中でオステンさんの国際刑事法の授業も取らせていただきました。ロースクールも慶應に進学し、そこでも国際法、国際刑事法の授業をたくさん取りました。日本の司法試験の特徴として憲法、民法、刑法などの必須科目に加えて選択科目というものがあります。その中の1つに国際公法の科目もあり、私はこれを選択しました。
その後、弁護士として働き始めましたが、私の事務所は比較的外国のお客さんが多く、外国人の依頼者や会社を代理する機会は多かったです。ただ、それはどちらかというと国際私法の分野でした。それとは別に刑事弁護も好きだったので、日本人や外国人の刑事弁護にも積極的に取り組みました。
日本の大手法律事務所の弁護士は大体5年目前後にアメリカのロースクールに留学することが多く、私はニューヨーク大学に一昨年留学しましたが、そこでも国際法学専攻というコースで勉強させていただきました。
その後、実際の実務も見てみたいと思い、2024年の10月から1年間、ICCの裁判部で客員専門家として研修をさせていただき、昨年10月にその任期を終えて戻ってきたところです。
国際法が脅かされる世界情勢
では五十嵐さん、お願いできますか。
私は本日の座談会の参加者で唯一の法律の門外漢ということで、恐縮しています。ICCとの関わりは、3年前、『中央公論』の編集長を務めていた時に、知人の紹介で赤根さんに直接お目にかかったのがきっかけです。その時はまだ所長になられる前でしたが、2023年10月号で「プーチンに逮捕状を出した日本人裁判官が問う 日本は「戦争犯罪」への備えはあるか」というタイトルで、赤根さんとオステンさんの対談を企画し、掲載しました。
その後、読売新聞に戻り、今は論説委員会で社説の執筆や編集を担当しています。データベースで確認したところ、この1年半ぐらいの間で、ICCや、ICCに関連した社説を、10本近く手がけておりました。いずれもICCの存在や、ICCが守ろうとしている法の支配の重要性を指摘する内容です。
私は新聞記者としてのキャリアでは政治部に在籍していた時期が長く、永田町や霞ヶ関を拠点に取材をしてきました。また、海外ではワシントンと北京にそれぞれ駐在する機会にも恵まれました。日米中のそれぞれの首都で政治の現場を取材する中で、政治と法律の関係性について考えさせられる機会がしばしばありました。
アメリカにいたのはブッシュ(子)政権の時で、イラク戦争がアメリカ社会にもたらした傷跡や分断が生々しく残っていました。イラクに対する武力攻撃は、国連との関係や国際法の観点からみて正当だったかどうかが、繰り返し議論されていました。
それから20年以上が経ち、トランプ大統領は年明けにベネズエラを急襲し、「私には国際法は必要ない」と発言しました。今となってはブッシュ時代のアメリカは、武力行使に際して法的な根拠をとりつくろおうとしたという点で、まだ誠実だったと思えるくらいです。
一方、中国では幹線道路沿いなど目立つ場所に、「社会主義核心価値観」の看板が掲げられているのをよく目にしました。国家が守るべき価値観、社会が守るべき価値観、人民が守るべき価値観というものがそれぞれ4つずつ、計12あり、その中に自由、平等、公正などと並んで「法治」があります。
ただし、中国が言う「法治」は、日本や西洋的な考えに基づく法治とは異なることが次第にわかってきました。特に印象に残っているのが、2016年7月にオランダ・ハーグの仲裁裁判所が、中国の南シナ海における主権の主張を否定する判決を出した時の反応です。判決について、中国側は「ただの紙くずだ」と言って無視を決め込みました。中国は日頃から、国連憲章をはじめとする国際法を重視する立場を強調しているだけに、実際の行動との乖離には改めて驚きと失望を禁じ得ませんでした。
その後、日本に戻り、国際報道を統括する国際部長の職にあった2022年2月に、ロシアのウクライナ侵略が始まりました。国際法を踏みにじり、他国を公然と侵略するような事態が現実に起き得るのかという衝撃が、『中央公論』での赤根さんのインタビューにつながっていきました。
戦後の世界が国際法というルールに支えられてきたのだという事実を、国際法に従わない軍事大国の出現によって意識せざるを得ない状況が生まれています。特に日本は、米国とは同盟国として密接な関係にあり、かつ中露に隣接しています。こうした軍事大国による国際法違反によって、19世紀のような弱肉強食の世界に戻りつつある中で、国際情勢をフォローする日本の新聞記者としても法の支配は非常に身近な取材テーマになっています。
ICCの判事になるまで
政治と法の関係性や諸外国での捉え方、ロシアのウクライナへの侵攻の波及など、国際刑事法の脆弱性とも言うべきこと、それから政治性とも言うべき課題について、重要な問題をご指摘いただきました。
赤根さんには自己紹介をしていただくまでもないのですが、簡単に今までの歩みをお願い致します。
今、お話を伺っていて、むしろ私が一番国際法と縁遠い人間だったかなという気もします。私は大学を出て司法試験に通ってから、ずっと国内の検事をしていました。その間、国際法には一切関わったことはないのです。その中で、いわゆる旧ユーゴスラビア国際刑事法廷(ICTY)に検察官から判事として赴任していた多谷千香子さんが任を終えて帰ってきた時、ICTYについてのお話を伺ったことが初めての接点だったかと思います。
すでにICCはできていて、「将来ICCの判事になったらどう?」みたいなことを多谷さんから言われた記憶があります。その時に私は「そんなはずがないでしょう」と(笑)。
20年ぐらい前ですか?
はい。思いもしなかったことが起きてしまったのですが、自分でもこれは運命としか言いようがないと思います。その時は特にICCに興味を持ったわけでもなく、まったく違った世界の刑事裁判なのだ、というイメージしかなかったのです。
私がICCの判事になるくだりは文春新書の『戦争犯罪と闘う』に書いていますが、ICCがどんなことをしているか全く知らない状態で判事選挙に出ることになってしまい、「さて困った」と。もちろん外務省の方々から「これを勉強したほうがよい」などと言われて勉強を始めたのですが、最初はちんぷんかんぷんでした。
いわゆる国際刑事法なるものを勉強している人も周りにいなかった。そのような時、たまたま野口元郎さんというカンボジア特別法廷の裁判官をしたことがある元同僚(検事)から「オステンさんに教えてもらったらどうか」と言われたのですね。そこでオステンさんにいろいろと教えてもらい、少しだけですがいわゆる国際刑事法というものを知った上で、ICCに行けたのがよかったと思っています。
ですから本当に素人の状態から始まりました。そして裁判をする中で、いわゆる国際法ではなくて国際刑事法という専門分野が必要なのだと痛感しました。例えばICCで出た判例について、これからは、刑法あるいは刑事訴訟法の観点から、学術的な分析を行っていくこと自体が求められるのだと。
それはもちろんICCの現時点での法体系や解釈だけではなくて、オステンさんがおっしゃったように、ニュルンベルクや東京裁判から脈々とつながってきているもの、その歴史的な発展の上にICCのローマ規程がある。そういった歴史を踏まえた刑事法的な検討が必要なのだと思っています。
もう1つ、ICCというのは刑事司法を国際的な分野で行う裁判所で、司法の分野に属する仕事ですが、常にジオポリティカル(地政学的)なものに囲まれている。できた当初から現在までそれに翻弄されてきたわけです。周りに政治的な要素が多くある中で、裁判所として独立した活動を続けていくためにはどうしたらいいのか。裁判官の独立や裁判所の独立、その大本にある法の支配を追求し続ける機関であり続けなければいけないのだ、ということに思いが至りました。
そういった思いが強くなったのは、2022年にウクライナへの侵攻が始まったことが大きいです。こんなことが起きていいのか。また、こんなふうに世界で法の支配の理念が後退しようとしているとすれば、もしかすると最終的に日本の法の支配にも影響する可能性があるのではないか、という視点が生まれました。
ですから、もちろんICCの目の前にある仕事をすることも大事ですが、世界全体の法の支配や日本の法の支配ということを最終的に守っていくということを、日本の国民とともに考えていく必要があるのではないかと今は考えています。
他方、アカデミックな部分での発展も非常に重要で、それも加えて国民からの支持を得られるような裁判所であり続ける必要がある。そのことが法の支配を守り独立して運営していくことに不可欠だと気付かされています。
転換点となったウクライナ侵攻
大変重要な問題提起をしていただきました。赤根さんと初めて三田キャンパスでお目にかかり、お話しさせていただいてから、もう10年が経っています。日本政府から指名を受けて裁判官候補として正式に任命され、選挙で当選されてオランダのハーグに行かれたのが2018年ですね。
その後、私もたまたま在外研究の機会があり、ドイツに1年間いた際にはハーグでお会いして、大学院生を連れて、現地での見学や裁判官たちとの意見交換の機会を設けていただいたことは、慶應義塾とICCとの交流という上でも非常に重要なことでした。あの頃はまだ比較的平和な時代でしたね。
コロナの前のあの時期が私のICCでの黄金時代でした。
司法本来の任務に一番専念できる時代でしたね。その時代のICCの活動は、アフリカ諸国の内戦に関する事態を主に扱っていたこともあり、若干の地理的な偏りがあると批判もあったわけです。しかし、ちょうどその頃から、アフガニスタンやコロンビアなど様々な地域にも捜査が及ぶようになり、次第にヨーロッパ、中南米、中東、東アジアとその射程を広げ、ついには指導者の責任追及も視野に入れるようになりました。そして現在ではロシアの大統領、あるいはイスラエルの首相といった国家元首までにも逮捕状を発付するまでに至っています。
今では地域的な偏りはだいぶ解消され、独立した、不偏不党な国際司法機関として、重大な犯罪の不処罰を許さないという姿勢を鮮明に打ち出してきたと言えると思います。
ところが、そうなった途端、様々な政治的な軋轢が生じたことも事実です。しかし、これはある意味ではこの裁判所に対して、設立の当初より国際社会から期待された本来の役割を果たそうとしているということに他ならないと思います。その結果、ICCは現在、非常な困難に直面している。
五十嵐さん、メディアの観点から、ICCを取り巻く変化といったものはどのように映っているでしょうか。
まさにウクライナ侵攻が1つの大きな転換点になったかと思います。多くのメディアが、日々の戦況を報道するだけでなく、侵略戦争が法の支配に基づく国際秩序に与える影響について手厚く報じるようになりました。今回のような侵略が許されるようでは他の地域でも同様の事態を誘発し、戦後の世界を支えてきた法の支配 が崩れてしまう、といった論調です。
しかも本来であれば国際的な平和と安定に主要な責任を負うべき、国連の安全保障理事会の常任理事国であるロシアが公然と侵略をしたわけです。ロシアの軍事侵攻は、どうみても戦争犯罪や侵略犯罪に該当すると思われるのに、ロシア国内でプーチン大統領が罪に問われ、裁判にかけられる可能性は今の体制では考えられません。プーチン氏の犯罪を前に、世界は手をこまねいていてよいのか。そうしたもどかしさを多くの人や国が抱えていた時に、ICCがプーチン氏に逮捕状を出し、その存在が大きく注目されるようになりました。
ICCはかつてアフリカ諸国などの「捕まえやすい」政治指導者ばかりを訴追していると批判されてきましたが、ウクライナ侵略に続き、ガザ紛争でも「大物」の元首の責任を問おうとした途端、これまでとは比較にならないほどの圧力にさらされるようになりました。日本のメディアでICCが大きく取り上げられるようになったのは、ICCを取り巻く国際情勢の変化に加え、赤根さんがその裁判所のトップに就いた影響も大きいと思います。
一方で、今の状況は、ICCという1つの組織にとどまらず、法の支配そのものが存亡の危機にさらされているという点で、非常に深刻だと感じています。それはとりもなおさず、ロシアだけでなく、国際法に基づく国際秩序を牽引してきたはずのアメリカが、秩序の担い手から破壊者へと変貌を遂げたことによってもたらされた危機だと言えます。
1月2日から3日にかけてベネズエラを攻撃したトランプ大統領は「私には国際法は必要ない」と述べ、正統性をとりつくろおうともしませんでした。トランプ氏のこうした言動によって、日本もまた重大な試練の時を迎えています。というのも、日本は外交・安全保障の一方の柱として日米同盟、もう一方の柱として国連中心主義を掲げてきました。国連中心主義は、多国間協調や法の支配の重視を意味します。日米同盟と法の支配、この2つをどう両立させるのかという命題を突き付けられ、非常に難しい立場にあると思います。
日本の対応に感じること
現在の日本や日本政府の反応についてはどう思われますか。
最近の日本の立場や対応には、物足りなさを感じています。ベネズエラ攻撃について、高市首相は支持も批判もせず、官房長官や外務報道官も、一般論として「従来から法の支配といった基本的価値観や原則を尊重してきた」と述べるにとどまりました。
日本が同盟国であるアメリカを正面から批判できない事情があることはよくわかります。ヨーロッパの多くの国も同様です。今、ウクライナ支援からアメリカが手を引いてしまえば、ロシアの思うツボですから、アメリカを批判しにくい。むしろイタリアのように、アメリカの攻撃によってマドゥーロ独裁政権が崩壊したことを評価した国もあります。
それでも、例えばフランスは、マクロン大統領が「ベネズエラ国民は独裁者から解放された」と前向きな発言をする一方で、フランス外務省は米国の攻撃について「武力行使を禁じた国際法に違反する」という見解を示して立場を使い分け、苦悩をにじませました。
日本政府の今回の対応は、仕方がないと思う反面、もう少しやりようがあったのではないかと思ってしまいます。同時に、政府が表立ってアメリカを批判できないからこそ、メディアが法の支配を尊重する重要性を指摘することは理にかなっているし、民主主義が機能していることを内外に示すことにもなるのだと思っています。
読売新聞をはじめ、朝日、毎日、日経の主要紙はいずれも、ベネズエラ攻撃を受け、国際法が無視されたことについて憂慮や懸念を示す社説を掲載しました。一方、ニューヨーク・タイムズは社説で、今回の攻撃は憲法やアメリカ国内法に反しており、賢明ではない、と論じましたが、国際法という言葉は1回も使いませんでした。アメリカのメディアより、日本のメディアの方が国際法を強く意識していることをうかがわせました。
日本ではメディアに加え、多くの研究者や専門家も、国際法に照らしてアメリカの行動の問題点を指摘しています。
それは日本が戦後、法の支配や自由貿易といった国際的なルールの恩恵を受けて発展してきたという認識が社会に広く共有されているからだと思います。そうしたルールが崩れ、大国が力ずくで覇権を競う帝国主義のような世界に逆戻りしつつある中で、日本が声を上げていくことはますます重要になってきていると感じます。
ICCの現場を経験して
貴重なご指摘を有り難うございます。
さて、ICCがそうした非常に厳しい局面を迎える中、そこにあえて飛び込んだのは三上さんです。輝かしいビジネスロイヤーとしてアメリカの大手の渉外事務所でのインターンシップではなく、あえてICCを選び、ビジティングプロフェッショナル(客員専門家)という形で1年間の長期にわたってICCに身を置いてその現場を経験されたわけですが、なぜでしょうか。
それは国際法全般の中でも特にICCに関心があったからです。私は大学時代に国際武力紛争法・国際人権法のゼミに所属しており、これらは国際刑事法に非常に近い分野です。同時に、国際公法の世界で国際裁判所と言われるものは実はあまり多くなく、ハーグにあるICC、国際司法裁判所(ICJ)、ドイツのハンブルクにある国際海洋法裁判所(ITLOS)の3つくらいです。現実問題としてインターンなどを受け入れている人数が、ICCは100名以上と応募しやすい、ということもありました。
また、自分は日本では刑事弁護人としても働いていたので、業務に親和性があるだろうと思いました。さらに国際刑事裁判所ですので、刑事の分野にフォーカスしていても、総論的な条約の解釈は国際法の一般原則に忠実に従って行われます。そこはICCにとどまらないプラクティスを身に付けられると思いました。
実際に入ってみて一番思ったことは、「思った以上に事実認定や手続きを細かくしっかりとやっている」ということでした。普段、教科書で勉強していることは前提として必要ですが、そこにとどまらない、より細かい日々の手続的な論点などを、裁判所の職員の方のもとで理解できたことは非常に有意義でした。
ICCの中の配属先は上訴裁判部でしたか。
そうです。ICCの中には裁判部、検察局、書記局と大きく3つのセクションがあります。全体の職員数が900名ぐらいで、裁判部は100名ぐらいと3つのセクションの中で一番小規模な部署です。その裁判部の中でさらに予審裁判部、第1審裁判部、上訴裁判部と3つに分かれていて、私は上訴裁判部に配属されました。
赤根さんも所長であられると同時に、現在も、上訴審の5名の裁判官の1人ですので、時々ご一緒させていただくこともありました。
必要とされる日本の人的貢献
長期のビジティングプロフェッショナルとして実務研修を経験された中で、後輩たちにアドバイスをするとしたら何があるでしょうか。
前提としてやはり英語力はとても大事だと思います。ただ、一方で裁判所ですので専門的な用語も多く、きっと万全の準備はできないと思います。アメリカのロースクールなどに留学する時はTOEFL100点が必要だと言われますので、できればそれぐらいのレベルまで準備して、そこから先は実際に裁判所で日々、生の英語に触れるしかないのかと思います。あとは最低限、国際法の基本書は1冊、読まれたほうがよいかと思います。
キャリア設計のどの段階で行くのか。様々な考え方があると思います。三上さんのように日本の法曹資格を取ってから行かれるパターンもあれば、在学中にインターンとして数カ月だけ行く形もありますね。
インターンをされているのはヨーロッパの20代前半の若い方がすごく多いです。一方でアジアから来ている人は、各国の裁判官・検察官・弁護士などが客員専門家として来ている人が多いようです。
弁護士の立場から考えると、やはりある程度日本で実務経験を積んだ上で来たほうが、より発見や学びもあるのではないかとは思います。ただ一方で、国際機関で正規職員として採用される道の1つのJPO派遣制度は、35歳が応募年齢のリミットです。それに間に合わせるためには、30代前半ぐらいにインターンなり客員専門家としてICCなどで経験をして、35歳より前に戻ってきて、JPOに応募をするのが、確率としては1つ良いルートなのではないかと思います。
三上さんは次のステップはどのようなビジョンを持っているのですか。
私は年齢的な意味で言うと、来年の3月まで応募できます。せっかくICCで経験を積ませていただいたので、経験を生かしたいとは思っています。ただ私のような弁護士の場合、例えば外務省などで任期付きの公務員として働いたり、あるいは難民事件の裁判等に取り組むこともできるので、悩んでいます。
赤根さんからご覧になって、日本から来ている若い法律家はどういった強みがありますか。
三上さんのような人が「最強」で、そこまでの人はあまりいない。実際に三上さんが帰られてから、上訴審のスタッフから「次は本当に正規の職員として帰ってきてほしい」という声が聞こえるぐらい優秀でした。
ただ、絶対にそのレベルでないと客員専門家やインターンができないかというとそうでもありません。だからもう少し若くて経験がない人、司法試験に通っていない人でも結構です。特にインターンの場合、大学学部の4年生、あるいは修士の1年目という時期でもいいのかと思います。
ただ、インターンをしたからといって、ICCに入れる可能性が高まるかというと、必ずしもそうではなくて、結局は自分の努力次第だと思います。日本人の方は皆さん熱心で、かつ貢献して帰ってくれますので、私はもっと来てほしいと思っています。
おそらく日本は今後ますます人材面での貢献が、ICC側からも期待されていると思っています。
そういうこともあり、昨年11月に慶應でやっていただいたような学術フォーラムなどで、もっとICCの特に実務のことも知ってもらう機会が増えると、少しハードルが下がる可能性があるかと思います。
また、以前からICCのアジア事務所的なもの(捜査や訴追のために置くのではなく、広報や締約国を増やすため等の 活動を行うための事務所)が日本にあればいいなと思っています。アカデミアとの協働も、その事務所があれば、そこが主体になってやることができますから。アカデミアの中でのネットワークを広げ、その中で国際的なアカデミアとの連携やICCとの連携を広めていただくことも非常に重要だと思います。
ICCを支援するために
今言われた通り、ICCをより身近に感じてもらうためには、日本国内にICCの事務所、あるいはICCをアカデミアの側から支えるような学術的なネットワークを形成する試みが必要との考えから、昨年の11月にICCアジア太平洋学術フォーラムを行いました。
慶應と同じようにICCと協定(MoU)を結んでいる大学は他にもアジア各地にあります。日本は5つ、韓国は4つ、モンゴルは1つ、合わせてこの10の大学が三田で一堂に会して、ICCと今後協力して、アカデミアの側からどのように支援していくかという議論を行いました。
このフォーラムを今後もより体系だった形で継続していくためのアジア地域全体の統括役についても議論され、本塾大学がご指名をいただき、今後、アジア太平洋地域のアカデミックネットワークのとりまとめ役のような形で支えていく役割を担う方向性が合意されました。
このフォーラムはICCと各大学との今までの協力関係に加えて、アジア各地にある大学同士の協力関係をも強化していくためのもので、人材育成や、アジアにいながらも国際刑事司法を学習・経験するためのカリキュラムも協働して立ち上げます。
例えば韓国とモンゴルの学生を慶應に呼んでセミナーを開いたり、両国と日本の実務家が一緒にハーグの短期研修プログラムに行くといった構想が話し合われました。そうした具体的な協力で、アジアからICCへのより大きなコミットメント、そしてアジアからの国際司法へのより主体的な関与を強化していくことを試みています。
一方、先ほど赤根さんからお話があったのは、ICC自らが広報拠点として設置する地域事務所という構想です。そういった構想の今後の展望についてはどのように考えればよろしいですか。
地域事務所の話は最終的にはICC締約国会議で決まらないといけません。締約国から提案があり、かつ最終的に締約国各国がそれに合意した場合、どこに作るのかという話に移っていきます。
例えば、ラテンアメリカなどはコロンビアとコスタリカが「うちに事務所を置いてください」と言っています。ところが、アジアはどこも手を挙げていない。日本も何も言ってこないので、私は日本政府等には度々「日本から積極的に提案してほしい」と言っているのです。
しかし、「考えていないわけではないけれど、今やるべき時かどうかを慎重に判断します」というようなお返事です。
そうした中でとりあえずできるところからスタートするということで、今回はあくまでアカデミアからICCを支える学術ネットワークのアジア拠点を創設し、その事務局を本塾大学三田キャンパスに置くという計画がまさに今、具体化しつつありますね。
それはすごく重要なことです。1つはアカデミアから「地域事務所が必要だね」という声を高めていただくことにつながると思います。マスコミの助けも非常に重要で、今日本が地域事務所を作らなくて、100年後の日本をどうするつもりなのかと問うていただければと思います。
事務所ができたら、日本の中でよりICCの知識を広めたり、若い人たちの学習意欲を高めるという効果ももちろんあります。最近における、いわゆる多国間の取り組み、あるいは国連を含む国際的な取り組みがなかなか機能しない中、ICCは世界の正義の最後の砦、そして法の支配とは何かということを、実務をもって訴えていく唯一の場所になりつつあります。
そういう役割の重要性を広め、日本やアジアの人たちにそれを担ってもらうためには、地域事務所が最終的には必要だと思っています。そして、広くそういう人たちを育てるアカデミックなネットワークが必要なのだと私は理解しています。
MoUを結んだ大学で、単なる理論のみではなく「事実認定はどうなっているの? その事実認定の上でなぜこういう判例ができたの?」という議論をすることが大事です。そうすることでICCが法の支配を守っているということが体感としてわかる。
ICCを攻撃する国は、「政治的に動いている」と言うけれど、三上さんがおっしゃった通り、実際は「事実認定などの手続きをとても大事にするところ」なのです。
司法機関としてICCが公平性と独立性を維持していることを体感し、その国際社会における法の支配を守るための役割の重要性を認識してもらうということですね。その原点には地道な刑事裁判の実務というものがある。それを経験していただくということですね。
「法の支配」を守る日本の役割とは
今のお話の中でも日本の消極姿勢のお話もありましたが、それは五十嵐さんが先ほどおっしゃった日本のICCへの対応の物足りなさに通じるのかと思います。日本のICCとの付き合い方について、具体的に問題提起ないし提言するとしたら、どういった点がとくに重要とお考えでしょうか。
日本政府の対応に物足りなさがあるのは事実ですが、日本が法の支配を重視してこなかったかと言うと、まったくそうではありません。法の支配は日本外交の重要な軸です。東南アジアなど途上国を対象に法整備支援や人材育成などの地道な取り組みを続けており、現地で高く評価されています。また、ICCについても加盟国で最大の分担金を拠出し、これまでに赤根さんをはじめ3人の裁判官を派遣するなど、支援を続けてきました。
だからこそ、法の支配がきわめて重大な危機にさらされ、国際的な注目を集めている時に限って、日本がさっと気配を消すような対応をして、存在感を示すことができないでいることが残念でなりません。今回のアメリカのベネズエラへの武力行使もそうですし、2025年2月にアメリカがICC関係者への制裁を科した際の対応もしかりです。
アメリカの制裁に対しては、フランスやドイツなど79カ国・地域がただちに連名でICCへの支持を再確認する声明を出しましたが、日本は加わりませんでした。
アメリカの制裁と各国による声明発出は、当時の石破茂首相が訪米してトランプ氏との初の対面による会談に臨むタイミングと重なりました。ある政府高官は「会談に悪影響を及ぼす一切の要素を排除する必要があった」と説明していました。
ただ、この説明をそのまま受け入れるわけにはいきません。トランプ氏は第一次政権の2020年にも、アフガニスタンでの米軍の活動をめぐってICCが戦争犯罪容疑で捜査を始めたことに反発し、ICCの検察官らへの制裁を発動しました。これを非難する共同声明には67カ国が参加しましたが、この時も日本は加わっていません。米国の制裁を真正面から非難しないという意味において、日本の対応は一貫しているのです。
もちろん外交には優先順位があり、日本が不確実性の高いトランプ政権への対処に最優先で取り組もうとすること自体は理解できます。しかし、ICCが政治的な圧力にさらされている中で、日本が無作為でいると国際社会から見られることが続けば、長年積み上げてきた日本の司法外交の資産が一気に目減りしてしまうのではないかと心配です。
外交の優先順位でいえば、ICCの事務所を日本に誘致しようという機運は今のところ政府内になく、優先順位は低いと言わざるを得ません。だからこそ、大学による学術ネットワークが先行して発足することには意義があり、しかもモンゴルが入っていることにも注目しています。
モンゴルは2024年、ICC加盟国にもかかわらず、ICCが逮捕状を発行したロシアのプーチン大統領の訪問を受け入れました。それについては社説で、国際法廷の権威を損なう対応は看過できない、と指摘したことがあります。そういった意味でもモンゴルの大学が加わる意味は大きいように思います。
モンゴルの法務省(司法省)は外務省とは少し違った立場です。「ICCとはずっと仲良くして、貢献していきたい」と言っていますし、最高裁は非常にICCに親和的です。モンゴル国内でも法の支配をいかに守るかが司法の分野からは注目されています。
モンゴル出身の裁判官が今ICCにいて、彼は本国の最高裁出身です。彼はやはりモンゴル社会に様々な形で浸透しています。モンゴルがICCの裁判官を出したということは大きいと思います。
1月7日に高市首相が、一時帰国中の赤根さんとICJの岩澤所長とお会いになりましたね。首相自らXの投稿で紹介していました。法の支配を守るという姿勢をアピールしたかったのでしょうが、国際司法の最前線に立つお2人と直接対話の機会を設けたことは評価できると思います。その後、茂木外務大臣にもお会いになりましたが、一連の面会は赤根さんから求めたものだったのですか。
そうです。私は日本に帰るたびに首相、外務大臣、法務大臣にお目にかかりたいと常に言っています。それはなぜかと言うと、やはり裁判官として日本に還元するものが必要だと思うからです。ICCの現状をお話しし、引き続き支援をお願いするという意味でも必要だと思いやっています。
普通、首相や大臣が代わったばかりだと、忙しいので会えないと言われることが多いですが、お2人とも会ってくださいました。そういう意味では、サポートしている姿勢を示していただけたと私は高く評価しています。
もう一つの日本(法)の課題
ICCの体制を支えるための様々な取り組みの中には各国の国家レベルでの協力、言い換えればICCが対処している犯罪の国家レベルでの処罰などの形でのサポートも考えられます。各国の役割というのは、国内司法も含まれます。昨今、国内刑事司法の重要性、国家レベルでできることは何なのか、すなわち各国による訴追・処罰を通じてICCの体制を強化していくということがあらためてクローズアップされているのだと思います。
日本はICCの最大の分担金拠出国として大きな財政支援をし、これまで3名のICC裁判官を出してきたことなどで人的な貢献もしているのに、いざという時はあまりプレゼンスがない。実はその背景にはもう1つの日本の課題、つまり国内法の不備があるのではないでしょうか。現在の国内法では、国際刑事司法へのより積極的な取り組み、具体的に言えば、日本が戦争犯罪や人道に対する犯罪などのような重大な犯罪を自ら訴追・処罰することは、現状ではほとんどできないのです。
例えば国際刑事法を象徴する条約であるジェノサイド条約は1948年に採択され、51年に発効しています。1950年代から日本の国会でも議論の対象になっていますが、いまだ日本はこの条約を批准していないし、日本の国内法の体系にはジェノサイドという犯罪もない。他の中核犯罪(ICC対象犯罪)、すなわち人道に対する犯罪も、戦争犯罪の大部分も、実は固有の処罰規定という意味では国内法化されていない。これが日本法の現状です。
そういった課題を克服するためには、メディアからの問題提起、アカデミアによる理論的な取り組みがもちろん必要です。そのほかに、どのような取り組みが必要でしょうか。
やれることは皆やっている気がします。去年の日本刑法学会でも国内法化は絶対に必要と話しました。まさにウクライナの侵攻で私は目が覚めました。日本の近くでそういう事態が起きた時、日本がそれに対して何らかの法的な支援ができるのかと。
例えばウクライナの場合、フランスやドイツなどの国が自国の法律で戦争犯罪を裁くために捜査を始め、将来、戦争犯罪を犯した人が自国に入ってきたら、自国で処罰するという準備を始めています。フランスは今も国内法で捜査をしていますし、ICCの捜査にも協力しています。日本はそもそも法律がないし、経験も裁判例もないのでそういったことが一切できない。それでいいのかということです。
日本の周辺で将来的に何か起きた時、ヨーロッパからの捜査を支援しても日本からは捜査しないのか。あるいは最終的にそういう人たちが日本にこっそり逃れてきた時に何もできなくてよいのか。
ですから政治方面へも、できる限り働きかけて、将来への備えとして国内法制化は必要だと訴えています。これはセーフティーネットとして平和な時だからこそ作るべきです。しかもそれが近い将来、必要になるかもしれない。それから学会などに訴えることも1つの手段ですし、また弁護士会などにも訴えて、弁護士会からもサポートしてもらおうとしています。
このようにやれることはやっているのですが、どうも日本の政府の反応は、外務省、法務省を含めて私の満足のゆくものではありません。「喫緊ではない」「日本の法制度の整合性を慎重に考えねばならない」とか「立法事実がない」とかおっしゃるのですが、本当にそうなのかと疑問に思っています。まさに喫緊の問題として、立法化に向けての動きを活発化してもらいたいと願っています。
法の支配を支える司法機関としてのICCは実は最後の砦であって、本来ならば各国の国内法に基づいて重大な犯罪を訴追・処罰することが必要なのですが、それが国内法の現状ではできないと。
日本の刑法を適用するだけでは、そもそもICCの根底にある補完性の原則を満たしていないですよね。
国内法整備によって広がる理解
実際にはICCの制度の中では国内司法が主役なのですね。本来ならば国内レベルでまず重大な犯罪の処理をしなくてはいけない。このことに関して、三上さんは、法曹実務の経験を踏まえ、どのようにお感じになりますか。
個人的にはもちろん中核犯罪に対する国内法化は必要だと思いますが、弁護士の中にはもしかしたら処罰範囲が広がってしまうのではないかといった懸念から反対する方もいるのではないかと想像します。
検察に関しては、現状維持が強いというか、これまでの日本の刑法体系とは毛色の違うものを入れることに対して、かなり抵抗があるのかと思います。ここはやはり最後は政治がリーダーシップを取らないとなかなか進められないのではないかと思います。
ICCの地域事務所を招致するのは確かに日米関係との間で緊張関係があり、現状難しい部分があるかもしれません。しかし、日本政府が日本の国内法として日本の領域の中で起きた犯罪行為に対して、国内法を制定することについては、おそらくアメリカもどの国も文句は言わないはずです。そこは政治が判断して進めればいいのではないかと思います。
国内法整備やジェノサイド条約への加入などがあれば、やはり弁護士や法曹実務家の立場から見ても、より身近なものとして感じてもらえることにつながりますか。
やはり実際法律があるかないかは大きいと思います。笑い話になってしまいますが、私が去年、ICCから戻ってくると、「ある国で依頼者が詐欺に引っかかってしまったので、国際刑事裁判所での経験を踏まえてアドバイスをいただきたい」と相談を受けました(笑)。
昔と比べれば関心は間違いなく高まっていますが、まだまだ正しい理解をしていない弁護士も多い。その理由の1つにはやはり国内法がないことが原因ではないかと思います。
独立自尊と「法の支配」
議論の全体を総括すると、すべての論点や課題に共通する基本概念はやはり「法の支配の重要性」ですね。ICCの場合、法の支配、そして被害者の救済といった基本理念は設立以来、何も変わっていません。変わったのはICCを取り巻く国際情勢と一部の締約国の態度だと思います。
この座談会に向けて、『学問のすゝめ』など福澤諭吉の著作を読み返してみたのですが、福澤が活躍していた当時の国際社会には法の支配、法の下の平等という概念がほとんどないような時代で、力が正義だという形で、日本も開国を迫られたわけです。その動乱期に不平等条約という屈辱的な状況に置かれた日本を発展させ、西洋諸国と法主体という意味でも対等な先進国に育てていくためにどうしたらいいのか、ということを福澤は考えていたのだと感じます。
その中で「独立自尊」、個人の主体性と自由を重んじるという考え方を打ち出したのではないか。そこにはまさに法の支配や法の下の平等の基本理念に通ずるものが大いにあると感じています。
つまり、福澤は、「独立自尊」の理念を通じて、今まさにICCに期待されていること、すなわち、21世紀の国際社会における個人と国家の自由と平等を、独立公平な司法の側面から支えていく、その営みに必要な精神的支柱ともいうべき概念を提供したとも言い得るように思われます。
最後に皆様から一言ずつコメントをいただければと思います。
赤根さんが孤軍奮闘されている姿には本当に頭が下がります。ICCを取り巻く状況は極めて深刻ですが、赤根さんを通じてICCの存在が日本でも広く知られるようになったことはよかったと、そこは前向きに受け止めたいと思います。
日本政府は国連をはじめ国際機関における日本人職員数を増やし、各機関のトップも積極的に取っていこうという立場です。ICC、ICJの所長がいずれも日本人という状況は、日本外交に対する国際的な信頼感を反映しているとは思いますが、政府としての後押しが弱いように感じられるのが気がかりです。
メディアには、ウクライナやガザに和平が訪れた後も、戦争犯罪などの法的責任の所在について地道に報道を続けていく責務があると思います。「やった者勝ち」がまかり通る世の中にならぬよう、メディアの一員として微力ながら発信を続け、ICCの活動についても引き続きウォッチしていきます。
法の支配という観点から見ると、国際刑事法の分野以外にも国際経済法などでもアメリカはWTOの上級委員の任命を拒否しています。また、先週アメリカは多数の国際機関から脱退しましたが、その中の1つに、国連国際法委員会も入っていました。
そういうこともあり、今は間違いなく法の支配という意味では厳しい時期だと思います。しかし、必ず振り子は揺り戻すと思うので、是非ICCにはこれからも頑張っていただきたいですし、私も何ができるか考えたいと思っています。
また、弁護士としての立場から申し上げると、これまで日本人でICCの弁護人のチームで働いたりインターンをされた方は1人もいません。またICCの弁護人のリストには現状日本人は800人ぐらいの中で2名しか登録されていません。
なかなか先に立つ人がいないと大変だとは思いますが、逆に言うとすごくやりがいのある分野だと思います。それがもちろん慶應の方だったら嬉しいですし、慶應に限らず弁護士がICCを目指してくれたらとても嬉しいですね。
では最後に赤根さんお願いします。
法の支配が世界中のいろいろなところで危機に瀕している状況は世界中に広がりつつあり、アメリカの行為がそれを助長しているようにも感じます。ICCはその中で唯一頑固に方向を曲げず、法の支配というものを存続をかけて守ろうとしている機関です。
ただ、これは、最終的には日本の中の法の支配というものにも関わりがあることだと思っています。なぜなら、世界において力の支配が当然視されるようになれば、各国もそれにならうようになる。例えば時の政権が裁判を左右したり、裁判官の任免を左右するようなことが横行してしまうことが起きないか心配です。
ですから、世界で起きていることは日本でも起きうることだと日本の方々には感じていただきたいと思います。私たちは目の前にあるICCを守っていますが、最終的には世界の国々における法の支配にも注目していきたいし、日本の方にもそれを注目していただきたいと思っています。
皆さんから最後を見事に締めくくる強力なメッセージを頂戴できたかと思います。
本日はたくさんの貴重なご示唆・ご指摘を頂戴することができ、本当に感謝しています。有り難うございました。
(2026年1月13日、三田キャンパスにて収録)
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。