慶應義塾

【特集:「多死社会」を考える】藤井 多希子:将来推計からみた"多死社会"の実像

公開日:2026.02.05

執筆者プロフィール

  • 藤井 多希子(ふじい たきこ)

    その他 : 国立社会保障・人口問題研究所社会保障基礎理論研究部長

    塾員

    藤井 多希子(ふじい たきこ)

    その他 : 国立社会保障・人口問題研究所社会保障基礎理論研究部長

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1 人口減少の本質は「多死社会」にある

日本の人口は2008年をピークに減少局面へと転じ、それ以降、一貫して減少を続けている。とりわけ重要なのは、現在の人口減少の原因は、死亡数が出生数を上回る自然減であるという点である。戦後間もない1947年には4.54だった合計特殊出生率は、1974年に人口置換水準(当時2.1)を下回り、それ以降1.5を下回る非常に低い水準で推移してきた。この半世紀以上にわたる超低出生率が、時間をかけて人口構造を変化させてきた結果が現在の人口減少である。仮に、今すぐ合計特殊出生率が人口置換水準まで回復したとしても、人口減少が直ちに止まるわけではない。出生数の増加が人口規模に反映されるまでには、数十年という時間が必要となる。このため、少なくとも今世紀中は、日本は死亡数が出生数を恒常的に上回る「多死社会」であり続ける可能性が高い。これから数十年は人口規模の大きな世代が亡くなっていくことが確実だからである。従って、今進行しつつある日本の人口減少社会の核心は、「死が日常的に大量に発生する多死社会」へと移行していく点にあるといってよいだろう(図1)。

2 2段階で訪れる「死亡の山」

将来人口推計を全国レベルでみると、65歳以上人口の実数は2043年頃にピークを迎える。これはしばしば「高齢者数のピーク」として語られるが、注意すべきなのは、高齢者数のピークと死亡数のピークは一致しないという点である。

今後の死亡数を時間軸で考えると、日本の「多死社会」は少なくとも2つのピークが表れると見込まれている。

第1のピークは、1947~49年生まれの団塊の世代が90歳代前半となる2040年代前半で、高齢者人口のピークよりも2年早い2041年に1年間で157万4千人が死亡する見通しである。高齢者人口のピークとずれが生じているのは、人口規模の大きな1970年代前半生まれが2035年以降続々と高齢層に移行していくが、60歳代後半ではまだ死亡率はそれほど高くないため、65歳以上人口の総数でみると死亡数よりも65歳以上に移行する人口の方が大きいためである(図2)。2040年代前半に亡くなっていく団塊の世代は結婚していた割合が高く、かつ子どもを持つ割合も高い。そのため、この時期には「家族に看取られる死」が社会全体で大量に発生することになる。いわゆる「老老介護」の世帯数が最も多くなるのもこの時期だろう。

【図2】65歳以上人口と65歳以上死亡数の見通し(2021~2070年) 資料:日本の将来推計人口(令和5年推計)

団塊の世代の子ども世代にあたるのは1970~80年代生まれであるが、この世代はそれ以前の世代と比べて未婚者割合が高い。例えば2020年時点で50歳だった1970年生まれの男性は約3分の1、女性でも約4分の1が未婚であることに加え、この世代は結婚していても子どもを持たない夫婦が約1割いるため、自身の親を看取った後には、いわゆる「身寄りのない高齢者」となる可能性が高い。図3は2050年までの推計をもとに、65歳以上単独世帯の配偶関係別割合を男女別にみたものである。男性の高齢単独世帯のうち、2020年時点では約3分の1が未婚、そして同じぐらいの割合が離別の単独世帯であったものが、2050年には約6割が未婚の単独世帯となる。また女性については、男性よりも平均寿命が長いことから2020年時点では約7割が死別であり、未婚は1割強に過ぎなかったが、2050年には死別が半数弱にまで減少する一方で、未婚が3割強にまで増加する見通しである。

男性の65歳以上単独世帯【図3】男女別にみた65歳以上単独世帯の配偶関係別割合の見通し(2020~2050年) 資料:日本の世帯数の将来推計(令和6年推計)
女性の65歳以上単独世帯【図3】男女別にみた65歳以上単独世帯の配偶関係別割合の見通し(2020~2050年) 資料:日本の世帯数の将来推計(令和6年推計)

このことは、死亡の第2のピークとなる2060年代前半に、看取る家族がいない、あるいは極めて限られる死亡が増加することを意味する。この時期には、今とは比較にならないほどたくさんの「身寄りのない高齢者」が発生するだろう。

3 地域でみると、すでに「高齢者減少社会」に入っている

ここまで全国レベルの推計結果をもとに論じてきたが、これだけでは多死社会の実像は見えてこない。多死社会について論じるときには「いつ」「どこで」という視点が非常に重要である。

地域別将来人口推計によれば、65歳以上人口の人数がすでにピークを迎え、減少に転じている市区町村は858市区町村(45.5%)にのぼる(図4)。とくに地方圏を中心に、すでに半数近くの自治体では65歳以上人口ですら減少局面に入っているのである。これは、「今後一貫して高齢化が進む」という一般的なイメージとは異なる現象かもしれない。これらの自治体では、低出生率に加え若年層の流出による総人口の減少に伴い、高齢者"率"は上昇していても、高齢者"数"そのものも減少しているのである。このような地域では、まさに現在、高齢者の死亡による急速な人口規模の縮小とともに、医療・介護のみならず行政サービスの維持が困難になりつつある。その一方で、都心部を中心とする319市区町村(16.9%)では65歳以上人口のピークは2050年以降になると見通されており、このエリアでは在宅療養ニーズに加え「身寄りのない高齢者」の増加が見込まれることから、施設ニーズもますます高まっていくだろう。なお、今後「いつ」「どこで」という視点で考えると、現在40~50歳代の未婚の単独世帯が多い都心部では2030年代後半ぐらいから、そして現在70~80歳代の親と40~50歳代の子からなる超高齢核家族世帯が多い30km圏を中心とする郊外エリアでは2040年代後半ぐらいから、「身寄りのない高齢者」が急激に増加するだろう。「多死社会」は、全国一律ではなく、地域ごとに異なる速度と規模で進行する現象であり、その差はますます拡大していく。

【図4】市区町村別にみた65歳以上人口のピーク年次 資料:日本の地域別将来推計人口(令和5年推計)

4 今、足元で進行しつつある事例

「高齢化」ではなく「死亡」に着目した場合にクローズアップされる問題としては、死後手続きや葬儀、遺品整理や相続、墓や火葬場不足などの問題などがあるだろう。現在、厚労省では「身寄りのない高齢者等への対応」として、日常生活支援や入院入所手続き支援だけでなく、死後事務支援等を提供する「新たな第2種社会福祉事業」の新設を検討中であるが、筆者が最も重要だと考えるのは、本人の意思決定支援である。例えば、本人の財産は亡くなった後には相続の問題となるが、生きている間は当然、本人の意思による財産処分の問題となる。

この問題を考えるとき、いつも思い出す事例がある。筆者は2018年12月から2023年3月まで中野区役所で高齢者福祉・地域包括ケア推進に関わる仕事をしていたのだが、そのときにあった事例をひとつ紹介したい。

中野区は単独世帯が非常に多く、全年齢でみると単独世帯が62.3%、75歳以上に絞ってみても、世帯主が75歳以上の世帯のうち単独世帯が47.9%を占めており(いずれも2020年国勢調査に基づく)、全国に先駆けて単独世帯化が進行している地域である。中野区の地域包括ケア推進においては最重要課題のひとつに高齢単独世帯への見守り・支えあい体制の構築や地域の居場所づくりがあり、中野区では高齢者会館を中心に様々な住民主体活動が展開されているため、ひとり暮らしであっても新しい仲間を作ることは比較的容易である。

筆者が中野区に勤務していた当時、70歳代後半の女性(仮にA子さんとしておこう)がいた。彼女は未婚の単独世帯であるが、つい最近まで手掛けていた事業が成功していたため、経済的には大変裕福だった。事業を引退してから、地域の高齢者会館に通うようになったのだが、高次脳機能障害があるせいで感情のコントロールがきかず、あちこちでトラブルを起こして出入り禁止になってしまい、居場所を求めていくつもの高齢者会館をさまよっている状況だった。

そのようななか、とある趣味のサークル活動で60歳代前半の男性B男さんと出会い、仲良くなった。A子さんはB男さんと頻繁に出かけるようになったのだが、近くに住むA子さんの弟は、そんなA子さんの様子を不審に感じるようになり、銀行の預金通帳を見たところ、毎月100万円単位のお金が引き出されていることが分かった。問い詰めると、A子さんはB男さんと旅行に行くためにお金を渡しているのだと言う。弟は「B男に騙されている。目を覚まして欲しい」と諭すのだが、A子さんは「私はB男さんと一緒にいると楽しいの。自分で稼いだお金を好きに使って何が悪いの? それに私は高次脳機能障害があるかもしれないけれど認知症じゃないし、自分がやっていることは全部理解している」と言って聞く耳を持たない。

その後、A子さんの弟は地域包括支援センターに相談に行き、このままでは彼女の財産を守ることができないという理由で、医師に診断書を書いてもらい、弟が申立人となって成年後見制度を利用することとなった。なお、後見人はこの弟であり、A子さんは弟の同意なしにお金を引き出すことができなくなった。

筆者はこの事例の直接的な担当者という立場ではなかったため、事後報告という形で知ることとなった。たしかにこれでA子さんの財産は守ることができるようになったのは間違いない。これを弟の視点からみれば、身寄りのないA子さんが亡くなれば、その財産は弟にいくことになるため、A子さんの財産を守ることは自分の相続財産を守ることにもつながる。しかし、A子さんの視点からみれば、自律性が失われることとなった。あのとき、いきなり成年後見制度につなげるのではなく、A子さんの信頼を得ながら伴走型支援でA子さんの意思決定を支援する方法はなかったのだろうか、と今でも考えてしまう。

多死社会としてクローズアップされる問題の中には、本人の生前から始まっているものもあり、本人の意思決定支援はその最たるものだろう。先述の個人の財産処分だけでなく、自営業者や会社経営者の場合における事業継承の問題なども、本人の意思決定支援が非常に重要になる。家族など狭い人間関係のなかで利害関係が絡む場合、誰がどのような形で意思決定支援をすべきなのか、非常に難しい問題である。しかし、2040年代になり、「身寄りのない高齢者」が大量に出現し、一定割合で認知症などにより自分の意思や感情をうまく伝えられない、あるいは状況を的確に把握することが困難な人がこれまで以上に増加することを考えると、医療・介護などと同じように、意思決定支援を重要な専門的な仕事と位置づけ、支援体制を構築することが重要である。

5 「多死社会」を誰がどう受け止めるか

日本では、団塊の世代が75歳以上の後期高齢者となる2025年を1つの到達点として、早くから高齢社会への備えを進めてきた。その象徴が、2000年に創設された介護保険制度である。あわせて、医療・介護・予防・生活支援・住まいを一体的に地域で提供する「地域包括ケアシステム」の構築が進められてきた。

この四半世紀の取り組みにより、医療と介護の専門的なケアについては制度化と連携が進み、かつてと比べれば格段に在宅療養が可能な環境が整いつつある。しかしその一方で、契約行為や様々な手続き、金銭管理などの日常生活の細かな支援、さらには前項で述べたような意思決定の支援といった領域については、依然として家族が担う部分が大きいのが実情である。制度による支援が拡充される一方で、その前提として「家族の存在」が暗黙のうちに組み込まれてきたともいえる。

しかし、単独世帯の増加や未婚者割合の上昇、家族関係の多様化が進むなかで、こうした前提は次第に成り立たなくなってきた。このため2015年頃から、それまで家族が無償かつ包括的に担ってきたインフォーマルなケアを、地域の様々な主体に分散して地域全体で支援が必要な人を支えるという方向へと、大きな転換が図られてきた。「家族ケアから地域ケアへ」というこの流れは、「地域共生社会」という大きな理念のもと、高齢者に限らず、障害者、子ども、生活困窮者など、支援を必要とするすべての人を対象とし、一方的に支える/支えられるという関係性ではなく、時には支え、時には支えられるという地域での支え合いの考え方へと政策の軸足が移されてきたことを示している。

そして、その方向性を確実に具体化する策として、2021年からは重層的支援体制整備事業が始まった。これは分野や制度の縦割りを超えた支援体制の構築を可能とするものであるが、地域の実態に即した仕組みを自治体主導で実施することが求められており、ハードルが高いせいか2025年度の実施自治体数は473(2024年10月時点の調査に基づく実施予定数)と全自治体の3割弱にとどまっている。

「死」はもはや個人や家族だけが引き受ける出来事ではなくなりつつある。多死社会とは、死の数が増える社会であると同時に、死をどのように受け止め、支え、つなぐのかが地域全体に問われる社会でもある。そのなかで、自治体が果たす役割は、これまで以上に広範に、かつ重いものとなっていくだろう。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。