慶應義塾

【特集:「多死社会」を考える】山田 慎也:多死社会と葬送儀礼の変容──葬儀はどう変わっていくのか

公開日:2026.02.05

執筆者プロフィール

  • 山田 慎也(やまだ しんや)

    その他 : 国立歴史民俗博物館副館長・教授

    塾員

    山田 慎也(やまだ しんや)

    その他 : 国立歴史民俗博物館副館長・教授

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1 多死社会と言われる現状

厚生労働省『令和6年人口動態統計月報年計(概数)の概況』によれば、死亡者数は160万5298人であり、ついに160万人を超えることとなった。今後も死亡者数は増加しつづけ、2040年には年間死亡数は166万余と最多となり、その後も2070年まで160~150万人台で推移しつづけることが予想されている(『令和5年版高齢社会白書』)。

そして死亡者の圧倒的多数は高齢者であり、75歳以上の後期高齢者の割合は80%、65歳以上の高齢者の割合となると92%であり、死亡者のほとんどが高齢者であることがわかる。

また高齢者を含む世帯の中で、一人暮らし、夫婦のみの世帯がそれぞれ3割をしめており、さらに近親者のいない高齢者も増加している。こうした個人化の進んだ高齢社会において、どのように死を迎え送られているのか、まさにいまどのように葬儀を行うのかについては社会的な課題となっている。こうした状況についてまず整理し、その背景と今後の課題について考えていきたい。

2 葬儀の小規模簡略化

さて現在の葬儀は、基本的に小規模簡略化が進行し、全国的にひろがっている。とくにコロナ禍によって多少は元に戻っている地域もあるが、基本的にはその状況が進行していることは否定できない。

葬儀の小規模化は、1990年代後半より喪家が親族以外の会葬を辞退するようになることで始まっていった。当時、こうした一般会葬者を避けるため訃報を出さずに近親者だけで葬儀を行うことを「密葬」と称していた。しかしその呼称はネガティブな感覚もあり、2000年頃に「家族葬」という呼称が誕生すると、ポジティブなイメージを伴ったため急速に広まっていった。ただしイメージのみが先行して定義がないため、参列の範囲も曖昧でいまだ混乱している感もある。

また簡略化も進み、多様な形態も選択されるようになる。2000年代より火葬のみで儀礼を行わない「直葬」を一般の人が実施するようになり、とくに東京では現在葬儀の2割から3割を占めるといわれている。また通夜をせず葬儀・告別式を行う「一日葬」もコロナ禍後かなり認知され広まっていった。また葬儀時間内に初七日法要を組み込んだ、「繰込初七日」も関東を中心に広まりつつあり、どのような形態をとったらいいのか困惑する喪家もみられる。

図1 無宗教式の一日葬(2015年千葉県)

3 肥大化する高度経済成長の葬儀

こうした葬儀の小規模簡略化は、全国で一般的な葬儀形態であった告別式中心の葬儀に対する人々の負担感や違和感に対する帰結であった。従来の告別式は、戦後高度経済成長期に全国に普及していったものである。かつて葬儀の中心的儀礼であった葬列に替わり、さまざまな関係の人が一定の時間に一同に参列し礼拝できる点で、多くの人々を等しく対応できる極めて合理的な儀礼であった。それは、遺族親族から、故人や遺族の職場関係者、地域住民や友人といった、関係の濃淡に関わりなく、一同に会して祭壇前に安置された棺と位牌、遺影に対し、焼香や献花をして故人と告別し、遺族は弔問を受け、謝意を述べればよいもので、多数の参列者への対応が可能であった。

高度経済成長期以降、葬儀は社会的威信を示す場として肥大化していった。葬儀形式も、家制度が廃止された戦後も変わらず仏式葬儀を行っており、都市に出てきて菩提寺がない場合には、新たに近隣の寺院の檀家となったり、葬儀社から紹介を受けた僧侶を導師とした。そして社会的地位や威信を示すため院号など高位の戒名を受けることも行われた。本来、高位の戒名は寺院との日頃の関係性や貢献で決まるものであったが、今まで関係のない新規の人の場合には布施による貢献でしかなく、それが戒名料の問題ともなっていった。

図2 ホテルでの社葬(1999年東京都)

また、参列者が増加していく。従来の地域共同体が弱体化する一方、故人や喪主等の職場関係者が積極的に葬儀に関わるようになる。企業は日本的経営によって、社員の葬儀に積極的に関与し、多数の職場関係者が葬儀に参列し時には葬儀を取り仕切った。社内LANで訃報が回るなどで会葬者は増加し、故人を直接知らずに義理での参列も次第に増えていった。

そして多数の参列者に対応するため葬儀の外部化も進み、自宅から葬儀会館へ移っていく。それは住宅の個室化が進み、多数の弔問客を受け入れることが物理的にも感覚的にも困難となったからでもある。地方では、モータリゼーション化により、駐車場が必要なために葬儀会館に移行していった。

図3 自宅告別式(1994年和歌山県)

4 露呈するひずみ

このような葬儀の肥大化が進むなかで、義理での参列や接待の増加など、参列者にとっても喪家にとっても負担となった。こうして既存の告別式に対する疑義が生まれ、参列を辞退し小規模化が進んでいく。そしてバブル経済の崩壊により、終身雇用制も崩れ非正規雇用が増加する中で、職場関係者の参列がなくなり小規模化が進行していった。

さらに死亡者のほとんどが高齢者ということからも参列者は減少していった。例えば80歳以上で亡くなると、故人の兄弟や友人等も高齢で参列は困難であることが多い。また少子化によって、甥や姪、孫などの下位世代の親族も大幅に減少している。故人の子どもなど遺族もリタイアしている場合も多く、職場関係者の参列もない。こうした状況も、葬儀の小規模化の要因となっている。

こうした参列者の減少により、世間体など周囲の評価を考慮する必要がなくなっていく。こうして故人や喪主の選択により簡略化を進めやすくなった。また介護や医療の長期化により経済的に疲弊し、葬儀費用を負担に感じるケースも増えている。

以上のように、戦後の家制度の廃止と核家族化により社会構造自体は変化していったが、葬儀と墓に関しては、依然として家的葬儀を選択し、また家墓を建てるという選択肢しかなかった。だが高度経済成長による収入の増加で、そのひずみを補完することが可能であった。しかし、1990年代になり、少子高齢化とグローバル経済化の進展によって、そのひずみが露呈し、もはや経済的にも疲弊しており、葬儀の急激な変容に至ったのである。

5 個人化の進行と課題

現在、家族観も変容し、未婚の人や結婚しても子どものいない人、もしくは離婚や再婚などによって子どもがいたとしても関係が薄れている人なども多々見られるようになっている。また性自認の多様化により、多様なパートナーシップも生まれている。

こうした状況でこそ、従来の血縁以外の人間関係が重要であるが、葬儀の執行は家族だけに限定されるようになり、喪主となる子どもがいない場合には、その実施は極めて困難になっている。例えば、甥や姪がいたとしても、遺体や遺骨を引き取らない場合も増加するなど、葬儀だけはいまだ血縁だけにこだわるようになっている。

こうした状況の中で、社会問題となっているのが引き取り手のない死者の増加である。2025年には、厚生労働省の委託事業において引き取り手のない死者が年間推計約4万人以上いることが報告された。身元は判明しているものの、葬儀を実施する近親者がいないため、市区町村が火葬し遺骨を保管している。こうした死者が都市部を中心に1990年代以降増加しており、新たな対応を迫られている。しかし現行の法制度では、死者への対応はあくまでも近親者が行うべきものとして、行政の対応は引き取られるまでの仮の対応である。つまり例外的な対応とされてきたため、急速に増加するこうした死者に対し混乱が生じ、社会問題化しているのである。

6 新たな対応と別れの形

こうしたなかで、少しずつ新たな対応が生まれつつある。例えば横須賀市では、エンディングプラン・サポート事業を2015年に開始した。この事業は、一人暮らしで身寄りがない困窮高齢者を対象とし、終末期や死後のことについて、その意思を表示し実現するための制度である。リビングウィルや死亡時の届出人の確保、葬儀や納骨のあり方などを、市役所の職員と葬祭業者、法曹関係者なども含めて相談し、生前契約と支援プランを作成する。そしてこの事業の特徴的な点は、市と葬祭業者でその情報を共有し、市役所が対応できない夜間や休日に危篤となった場合、医療機関が延命治療の希望などを葬祭業者に問い合わせて情報が把握できることである。これは葬祭業者は24時間対応をしているからである。こうして近親者がいなくとも当事者の意思を反映できるようになり、少なくとも機械的に無縁の死者となることは避けられるようになった。そしてこの制度は次第に自治体にひろまりつつあり、また厚生労働省も身元保証や葬儀などの死後事務の委任についての制度的検討を行っている。

一方で、葬儀も血縁者以外の人にも新たに関与するようになってきた。葬儀が小規模化していても、社会関係の広い人の場合には、葬儀は家族葬であっても、その後お別れ会と称して、弔辞や献花、飲食などによって故人を追悼する儀礼が行われるようになってきた。とくに団体葬の場合、従来は密葬と本葬という形態で、あくまでも葬儀の形をとっていたが、近年は葬儀は家族葬として、その後団体主催でお別れ会という形態で行われることが多い。

ただし、お別れ会の場合、その主催は遺族だけでなく、故人が所属する組織や友人など様々な人や組織が実施することが可能である点は現代的である。

また葬儀の場も変化することで新たな見送りの場が展開している。それは高齢者施設や医療施設である。こうした施設のなかには、看取りを行った後、施設の職員や入居者も交えて、退所の際にお別れ会を開いたり、また葬儀自体を行う場合も見られるようになってきた。お別れ会では特定の宗教的な儀礼はなく、故人の思い出を語る場であったり、お花紙でつくった手作りの造花を棺に入れたりするなど、その形態は特に定められていない。

高齢者施設によっては、共同の納骨堂や墓を持っているところもあり、施設での葬儀の後に、希望する人はそこに納骨され、また施設でその後の供養などが行われることもある。

7 社会としての対応を

ややもすると、安易に過去の家制度や葬儀の形態への回帰を求める意見も見られるが、社会構造がこれだけ変化しているなかでは、もう昔に戻ることはできない。また一方で、現在、近親者のいない人への対応として、高齢期の身元保証契約や死後事務委任契約の仕組みを構築し契約を促そうとしているが、当事者の自己責任だけに帰結できる問題でもない。

そもそも人間が死を認識することができたのは、他者の死を通してそれが普遍的現象であると認識したことである。ただ死を認識したことにより、新たに悲しみや苦しみを負うこととなったため、その死を受け止めるために葬送儀礼を生み出していったのである。つまり死の認識と対応は社会的な営みとして行われてきたのであり、これからも社会全体として考えていく必要がある。

結局、現在の社会状況を冷静に見据えた上で、人々が安心して死を迎え、尊厳を持って葬送され、追悼する新たな仕組みを、社会全体で改めて考えていく必要がある。

(引用文献)

*厚生労働省令和6年度社会福祉推進事業『行旅病人及行旅死亡人取扱法、墓地、埋葬等に関する法律及び生活保護法に基づく火葬等関連事務を行った場合等の遺骨・遺体の取扱いに関する調査研究事業 報告書』日本総合研究所

*小谷みどり 2017 『〈ひとり死〉時代のお葬式とお墓』岩波書店

*山田慎也 2007 『現代日本の死と葬儀──葬祭業の展開と死生観の変容』東京大学出版会

*山田慎也・土居浩編 2022 『無縁社会の葬儀と墓──死者との過去・現在・未来』吉川弘文館

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。