執筆者プロフィール

安田 菜津紀(やすだ なつき)
認定NPO法人Dialogue for People 副代表/フォトジャーナリスト
安田 菜津紀(やすだ なつき)
認定NPO法人Dialogue for People 副代表/フォトジャーナリスト
作り出された「外国人問題」
2025年7月の参院選は、「外国人問題が作り出された」選挙だったと言ってもいい。「外国人が生活保護で優遇されている」「外国人の増加で治安が悪くなっている」——そんなデマが溢れかえり、議席を伸ばした参政党は、「日本人ファースト」という、命に序列を持ち込むスローガンを盛んに掲げた。
「早く選挙期間が終わりますようにって、こんなに願ったのは初めてだった——」
日本生まれ、外国籍の友人が、「毎日外に出るのが恐かった」とメッセージを送ってきたのは、参院選の投票締め切り直後のことだった。本来選挙は、民主主義を支える大切な仕組みの1つのはずだ。けれどもその選挙期間中になぜ、怯えて暮らさなければならない人々がいるのか。
日本の外国人人口は2004年時点では197万人(短期滞在を含む)、2023年には377万人となり、20年間で大幅に増えた一方、刑法犯で検挙された外国人は同期間で3割以上減少していることが、法務省の「犯罪白書」で示されている。
それでも外国人が「社会の脅威」かのような「イメージ」がばらまかれ、選挙運動がヘイトとデマの拡声器と化している中、友人は外国籍であるために、投票を通してそれに「NO」と示すことができない。選挙を通して意思表示をすることが困難な人々に、選挙を通して差別の矛先が向けられる——この非対称性こそ暴力的だった。
それは参政党だけの問題ではない。10月に行われた自民党総裁選で、後に首相となる高市早苗氏は、総裁選所見発表で「奈良の鹿への暴力」と「外国人」を結び付けて語り、さらには「警察で通訳の手配が間に合わず、外国人を不起訴にせざるを得ないとよく聞く」という根拠不明の主張も展開した。いずれも現場や関係者からの反論が報道されたが、発言が撤回されることも、改められることもなかった。
首相就任後、高市氏は「一部の外国人による違法行為やルールからの逸脱に対し、国民が不安や不公平を感じる状況が生じている」と、関係閣僚会議において外国人に関わる制度の「適正化」などを指示した。しかし繰り返しになるが、外国住民の増加に伴って外国人による犯罪も増えているといった事実は、統計上見当たらない。
「違法行為やルールの逸脱」は国籍問わず対処をすべきことだろう。高市氏は「排外主義と一線画す」というが、「外国人による」とわざわざ強調した時点で、排外的なメッセージとして伝わる「効果」は生まれてしまう。こうした政府の姿勢こそがむしろ、不要な不安を煽っているのではないか。
もしも「不安や不公平」を問題とするならば、その漠然とした「不安」がヘイトスピーチやヘイトクライムにまでつながらないための言動が政治家からも必要なはずであり、これまで自治体や民間に丸投げしてきた、言語支援や地域社会での共生のための後押しを、国としてどう実行できるかに知恵を絞らなければならないはずだ。しかし政府の態度はそれとは真逆だ。
差別の現場から考える
こうしている間にも、「外国人が抱えている問題」は置き去りのままだ。2021年6月、公権力による差別と、市民からのヘイトスピーチの問題が、同時に降りかかる事件が起きた。被害者は都内に住む南アジア出身のムスリム女性Aさんと、当時3歳だった娘だ。後にAさんが起こす裁判の訴状などによると、Aさんが近所の公園で娘を遊ばせていたところ、突然園内にいた男性B氏が長女に近づき、「(Aさんの長女に)息子が蹴られた」などと主張してきたという。
Aさんは「長女は蹴っていない」と一貫して主張したものの、B氏は「外人は生きている価値がない」「外人は帰れ」「ゴミ」等、大声でヘイトスピーチを繰り返した。
その後、B氏の通報で6人もの警察官が公園に駆けつけたが、警察はB氏ではなくAさんと娘を警察署に連行した。そしてなんと、幼い娘がAさんから引き離され、1人で複数の警官から聴取される場面もあった。Aさんや娘はこの日、昼前から公園におり、聴取を終えてようやく自宅に戻ったときには、夜8時近かったという。
Aさんが署を後にする前、警官は、Aさんの連絡先をB氏に提供することを承諾するよう求めた。Aさんは同意していないが、結局、警察側はAさんの氏名や住所などをB氏に伝達した。それも、B氏の自宅までわざわざ、警官自ら出向いて渡しているのだ。警察側はその理由について、B氏がAさんに対して民事訴訟を起こすと言っていたから、と説明しているが、わざわざ警察がその訴訟に先回りをして一方の便宜をはかったのはなぜなのか。
ヘイトスピーチを繰り返すB氏が、いつAさんの自宅に押し掛けてきてもおかしくはない。Aさんはあまりの恐怖に、引っ越しを余儀なくされた。
警察官の違法・不当な職務執行があったとして、2022年9月、Aさんと娘が原告となり、都に計440万円の慰謝料などを求める訴訟を東京地裁に起こした。けれども2024年5月、東京地裁は、原告の訴えを棄却した。
B氏による「暴言」を、裁判所は認定している。Aさんの3歳の娘をたった1人で聴取したことも、Aさんの個人情報をB氏に手渡したことも、被告である都側は争っていなかった。けれども判決は、警察側の言い分をほぼ鵜呑みにする形で、Aさんがそれらに「同意した」とみなしたのだ。
実は事件発生当時、たまたま通りかかった男性CさんがAさんとB氏の間に入っており、法廷でも証言した。Cさんによると、Aさんの娘に対し警官は激しい口調で「本当に日本語しゃべれねえのか?」「どうせお前が蹴ったんだろう」などと発言したという。しかし判決では、警官がそうした言動をするのは「いささか唐突」「警察官の所為としては不自然」として認定されなかった。
しかし警察による不当な言動は枚挙に暇がない。2024年2月には、埼玉県蕨市でクルド人排斥デモを警備していた警官が、差別に反対する市民たちについて、「ザコども」と発言した。2016年10月、沖縄で基地建設に反対する市民らに対し、大阪府警の機動隊員が「土人」という言葉を用いた。
また、差別や偏見に基づく職務質問など、「レイシャルプロファイリング」の問題を巡っては、訴訟も起きている。その裁判の過程で明らかになった愛知県警の内部資料「執務資料 若手警察官のための現場対応必携 〜君も今日からベテランだ!〜」には、こうある。
《一見して外国人と判明し、日本語を話さない者は、旅券不携帯、不法在留・不法残留、薬物所持・使用、けん銃・刀剣・ナイフ携帯等 必ず何らかの不法行為があるとの固い信念を持ち、徹底した追及、所持品検査を行う》
Aさんはその後控訴し、2025年10月、東京高裁は計66万円の賠償を東京都に命じた。ただ、違法性を認めたのは個人情報の漏洩のみであり、それも東京地裁の判決同様、Aさんが情報提供に同意したという前提となっていた。
「娘は3歳で酷い扱いを受け、不安、鬱、悪夢に苦しんでいます。今も精神的な治療を受け、投薬なしでは眠れません。なぜ裁判官たちは、小さな部屋で警官たちが3歳の少女をひとりで聴取し、脅すことが合法であると信じているのでしょうか」
高裁判決後の記者会見で、Aさんは震える声でこう訴えた。
政府が今、外国人に関わる問題についての「対策」を講じるのであれば、こうした被害に対応するための包括的差別禁止法の制定や、政府から独立した人権救済機関の一刻も早い設立こそが求められるのではないか。公権力の側が差別の主体になりうるという実態を踏まえれば、なおさらだ。
「共生」が育まれる場所
確かに、「共生」と一口に言っても、異なるバックグラウンドやルーツを持つ人々が同じ場を分かち合うためには、様々な試行錯誤が必要だろう。しかしすでに、そうした経験を積み重ねてきた地域もある。
神奈川県川崎区桜本にある、さくら小学校の6年生は毎年、朝鮮料理のひとつ、キムチ漬けを体験している。その「先生」として子どもたちにアドバイスをするのは、朝鮮半島にルーツを持つ、在日コリアンのハルモニ(おばあさん)たちだ。
ハルモニたちは日ごろ、地域から差別をなくすなどの目的で作られた川崎市の公共施設「ふれあい館」に集い、作文を書いたり、人形劇に挑戦したりと、様々な活動に取り組んでいる。古くから暮らす在日コリアンの人々や、中南米、東南アジアなどにルーツを持つ方々など、多様な人たちが暮らす桜本で、「ふれあい館」は年代を超えて地域の人々のよりどころとなってきた。
この日のキムチ作りの前に、94歳になる石日分(そく いる ぶん)さんが、ハルモニたちを代表して経験を語った。
「今でこそキムチは栄養があって、みなに好かれていますが、昔はそうではありませんでした」
植民地支配の歴史に触れ、「学校でお弁当にキムチが入っていると『キムチくさい』『にんにくくさい』といじめられ、差別を受けました。その嫌われ者のキムチを、今はみなさんが好きになって、一緒に漬けるなんて、嬉しくて夢のようです」と声を弾ませた。
調理室ではグループに分かれ、各テーブルで子どもたちがハルモニたちと交流しながら、唐辛子やニンニクなどを混ぜ合わせた調味料、ヤンニョムを白菜の葉の間に練り込んでいく。
「鍋にしよっかな、白いご飯で食べようかな」と、うきうきしながらそれぞれのキムチを持ち帰る子どもたちの姿を、ハルモニたちは目を細めながら見送った。
差別に直面したのは日分さんだけではない。自身の子どもが「キムチくさい」といじめを受けてから、一切食べられなくなってしまったと語るハルモニ、「女に教育はいらない」と、一度も学校に通うことができなかったハルモニ——。そんな彼女たちの経験や言葉を、子どもたちはキムチとともに家庭などに持ち帰る。それは地域の気づきとなり、「ともに生きる」礎となってきた。
桜本は2015年、16年と、ヘイトデモの標的にされた。当時は警察や行政も、「デモを止める根拠法がない」と対応しきれずにいた。それでも「ともに生きる」礎は揺るがなかった。地域の人々が声をあげ、2016年5月には、理念法ではあるものの、国会でヘイトスピーチ解消法が成立する。そして2019年12月、ヘイトスピーチを刑事罰の対象とする、全国で初めてのヘイトスピーチ禁止条例が、川崎市議会で全会派一致のもと可決された。
こうした先例はすでにある。今こそそれに学び、社会の枠組み自体を前に進めるときではないか。
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。