執筆者プロフィール

昔農 英明(せきのう ひであき)
その他 : 明治大学文学部准教授塾員

昔農 英明(せきのう ひであき)
その他 : 明治大学文学部准教授塾員
「ドイツの移民政策は失敗した」のか?
21世紀最大の人道危機とされた2015年の難民危機では、アラブの春をきっかけとして欧州、とくにドイツに多くの難民が流入した。トルコの海岸に打ち寄せられた難民の子どもの遺体の写真は世界中から難民に対する共感と同情を生み、欧州の難民受け入れの中心地であるドイツでは、当時のメルケル連邦首相が多くの難民を受け入れる決断を行った。そうした難民受け入れについて、ある緑の党の政治家が「歓待のワールドチャンピオンだ」と自負したように、ドイツの寛容性と人道主義をドイツ内外に示すものであった。
ところが、そうした寛容性を後退させるような事態がその後相次いで起こった。難民を受け入れた数カ月後の2015年末に大都市ケルンを中心に、大規模な性的暴行・強盗事件が発生し、移民・難民の関与が問題となった。さらに2016年の年末には、首都ベルリンにおいてトラックが暴走し、多くの死傷者が出る事態となった。同事件の犯人であるアニス・アムリはドイツで難民申請を行ったチュニジア人であり、移民と犯罪との結びつきが改めて議論された。その後もドイツ、あるいは隣国フランスなどでも移民・難民による犯罪が相次いだことにより、移民受け入れに対する懐疑と反発はますます強まった。
そうした事態とともに、排外主義を掲げる勢力もドイツ社会に大きな影響を及ぼすようになった。右翼政党のドイツのための選択肢(以下AfD)が、2017年の連邦議会議員選挙で多くの議席を獲得して国政に進出し、その影響力は年々増大している。
こうした欧州で高まる排外主義は日本にも重大な影響を及ぼしている。すなわちドイツの移民受け入れは、結局のところ、福祉国家負担の増大化、国内の治安悪化につながり、さらに極右政党の台頭をもたらすなど、社会の混乱に帰結することから移民政策は失敗したのだという言説の影響である。こうしたドイツの状況を受けて、日本ではしばしば政治家や知識人などが日本は移民政策を講じるべきではないと主張することがある。しかしながらこの「ドイツの移民政策は失敗した」という論調を無批判に受け入れていいのだろうか。ドイツは排外主義が優勢となり、移民政策は破綻したのだろうか。本稿ではドイツがどのように移民問題に取り組んできたのかの歴史的経緯と現状を検討し、日本社会で流布される言説を批判的に再検討したい。
右翼によるリベラルな価値を盾にしたイスラーム批判
2024年に社会民主党(以下SPD)、緑の党、自由民主党の連立政権は政権内部で対立が深まったことで崩壊し、2025年2月に連邦議会議員選挙が行われた。その選挙では、SPDに代わり、中道保守のキリスト教民主・社会同盟(以下CDU/CSU)が第一党に返り咲き、さらにAfDは得票率およそ21%と第二党に躍進した。
AfDは2013年に、経済リベラルと国民保守との2つの集団からなる政党として結党された。結党当初のAfDはユーロやEUの経済運営に不満を持った人々を中心とする政党であった。しかしながらその後AfDは、党内対立や相次ぐ離党者を出しつつ、反EU、反ユーロのみならず、排外的ナショナリズム、反イスラーム、ジェンダーの主流化やリベラルな教育への反対など、反リベラルな政策的主張を前面に押し出した。
AfDはファシズムやナチズムとの断絶を強調し、伝統的な極右政党とは異なる主張を展開した。ドイツはナチズムの反省をふまえて、第二次世界大戦後、リベラルな価値を柱とする民主主義社会を形成し、「戦う民主主義」のもと、排外主義勢力の拡大を抑えてきた。ナチの残党により1949年に結成されたものの、1952年に連邦憲法裁判所により禁止処分が下されたドイツ社会主義帝国党、1964年に結成され、多くのネオナチを取り込み、勢力を伸ばそうとしたドイツ国民民主党、1990年代に勢力を拡大したドイツ民族同盟や共和党などの極右政党は、いずれも州議会での議席獲得には成功したものの、連邦レベルで議席を獲得することはできなかった。そうしたことからリベラルな価値が政治的コンセンサスとして定着したドイツにおいて、右翼政党のAfDが全国レベルで台頭することは衝撃的だった。
AfD台頭の背景としては、さまざまな要因があげられる。第1に、従来、福祉の再分配などを重視してきたSPDが新自由主義的な政策を打ち出したり、文化保守的な立場のCDUがリベラルな政策を策定するなど、そうした政治的変容に不満を抱く人々がAfDを支持した面がある。第2にAfDの支持率が高いのはとくに旧東ドイツ地域であり、ドイツの東西分断とその再統一のプロセスによって、旧東の人々が抱く政治疎外感や社会的格差も関係しているといわれる。これらの問題についてはここでは立ち入らないが、第3として移民・難民問題の影響はやはり無視しえない。AfDは、政府による開かれた国境政策によって、適切な境界管理がなされず、中近東やアフリカからの「窮乏移民」がドイツに殺到し、限度を超えた財政負担、治安の悪化、社会保障制度や住宅市場に深刻な影響を及ぼすなど、社会経済的な影響の深刻さを指摘する。AfDはこうした福祉排外主義に加えて、イスラームがリベラルなドイツに不適合だとしてムスリム排除の議論を展開することでも支持を集めてきた。
現代欧州におけるムスリム移民に対する批判は、伝統的な極右勢力による移民批判の論理とは異なっている。現代社会においては、人間の生物学的・遺伝的な特徴によって集団をカテゴリー化し、集団間の優劣を決することは科学的根拠のない人種主義だとして完全に否定された。そのため現代の右翼は、ドイツ社会の根幹となっている民主主義、人権、政教分離、男女平等などのリベラルな価値を口実にしてムスリム移民を排除している。実際のところ、現在ドイツでは、多くのムスリム移民がリベラルな価値を内面化し、ドイツ社会に適応している。そうした実態にもかかわらず、メディア報道や政治家の発言によって、イスラームにはスカーフ着用の問題、強制結婚、名誉殺人などのジェンダー平等に反する後進的な文化があるという根強い批判があり、右翼は、ムスリム移民はドイツ社会のリベラルな価値の共有が困難だとムスリム移民を排除している。しかしながら前述のように、AfDはジェンダー主流化に反対し、フェミニズムに対しても批判的な立場にあり、伝統的な家族主義の論理を主張している。そうした点で右翼勢力こそが反リベラルな価値を有する集団であるにもかかわらず、AfD自身の反リベラルな主張を棚上げし、ムスリム排除を正当化するのである。
ただこうしたムスリム排除の問題は右翼の問題であるだけではない。リベラルな勢力からも、ムスリム移民を、逸脱文化を有する集団だとする批判も出ている。こうしたことからムスリム移民の排除にどのように対抗するのかという問題は右翼だけではなく、リベラルなドイツ社会自体が抱える課題である。
このようにドイツにおいてはAfDの影響が重大となり、移民・難民に対する排外主義が深刻化している。しかしだからといって、ドイツが全体として右傾化し、排外主義が優勢となったと結論付けるのは早計である。実際のところ、ドイツ社会においては移民に対する実利的、現実主義的な態度があり、多くの場合、移民統合が支持されているからである。
移民統合の実際とドイツ社会の移民に対する意識
以下では、ドイツにおける移民統合の現状の一端を検討する。ドイツでは2004年に移民法が成立し、移民のドイツ語習得、教育、就労促進を後押しする移民統合政策が実施されるようになった。ドイツでは、外国人に加えて、出生によるドイツ国籍保持者など、外国にルーツを持つドイツ人も多く存在し、外国人とそうしたドイツ人をあわせて「移民の背景を有する人」(以下では移民と表記)とこれまで呼んできた*1。移民は全人口の3割にも上っている*2。
まず統合政策のうち、とりわけ教育面ではどうだろうか。例えば2020年の移民の若者の単科・総合大学進学率は30.8%であるのに対して、全体では35%と移民の進学率は全体平均よりも低い。ただ2005年の移民の若者の進学率は15%程度であったことと比較すると進学率は改善している。
また「統合政策の失敗」の例として挙げられる外国人や移民の福祉依存という問題だが、2023年の失業率を見ると、外国人の失業率は14.7%と全体の失業率6%と比較して倍以上に上る。また貧困率も、2024年で移民の場合が23.7%であるのに対して、非移民の場合には11.8%であり、こちらもおよそ2倍の開きがある。そうした点で移民の労働市場への再統合、貧困率の高さの改善が課題となっている。
ただ移民の就労状況を見ると、就業人口に占める移民の数は年々増加の一途をたどっており、2023年には4300万人の全就業者のおよそ3分の1を移民が占めている。また外国人の就業者の割合を見ても、2024年末で16.1%であり、ドイツが直面する少子高齢化の影響により、2010年からその割合は倍増している。外国人が就業する形態としては、社会保障費支払い義務のある就業形態が大部分を占めている。このように移民統合においては課題が多くみられるが、移民は国内経済の発展に寄与し、福祉国家を支える不可欠な存在となっていることも事実であることがわかる。
こうした現状をドイツの人々も理解していることが窺えるデータがある。難民危機を経たドイツ社会における移民・難民問題に対する人々の見解を扱った、2019年のベルテルスマン財団の調査報告書によると、ドイツの人々の移民に対する見解は肯定、否定が交錯している点を指摘している。同報告書では、調査対象のおよそ2000人に対して、移民がドイツ社会に与える影響として挙げた9つの質問項目のそれぞれに同意するか否かを回答した結果が示されている。それによると、移民の存在がドイツの福祉国家へのさらなる負担や地域住民との軋轢につながるかどうかについて、およそ70%の人々が同意した一方で、移民によってドイツの生活がより魅力的となるか、あるいは少子高齢化対策にとって重要となるかに関して同意する回答割合も65%に及んだ。ドイツで問題となっている労働力不足に関しては、移民の呼び寄せが重要であり、移民はドイツ経済に肯定的影響を与えると回答する人々の割合が多く(65%)、女性などの国内労働力の活用などの意見よりも上回った。また難民の受け入れを厳格化する一方で、移民の語学習得の推進、難民の早期の就労認可など、移民・難民を受け入れる以上は速やかに統合を促進すべきとして統合政策を支持する傾向が見て取れる。
ドイツが移民国へと歩んだ過程から何を学ぶか?
2025年5月に連邦議会において連邦首相に選出されたCDUのフリードリヒ・メルツは、連邦首相就任の所信表明演説で、ドイツは現在においても、また今後も移民国であると言明した。メルツは不法移民対策の強化、難民申請を却下された人々の送還の促進、補完的保護の難民の家族呼び寄せの制限など、難民や非正規移民に対する厳格な対応を主張した。その一方で、労働力不足に対応した高度技能移民の呼び寄せ、移民の統合推進を主張するなど、ドイツの政策内容は必ずしも移民規制一辺倒ではない。
これに対して日本政府の対応はどうだろうか? 2025年の参議院選挙において「日本人ファースト」を掲げて躍進した参政党の主張に呼応するように、政権与党の自由民主党は「違法外国人ゼロ」を主張している。ドイツと日本の移民問題に関する規模や状況は大きく異なり、単純に比較対照できないにしても、そこには、不法移民対策など厳格な出入国管理政策を講じる必要性が主張される一方で、ドイツに見られるような移民統合の推進という対応はほとんど見られず、前者の主張ばかりが目立つ。
事実上の移民の流入をなし崩し的に認めているにもかかわらず、非移民国的立場をとる日本と同様に、ドイツも21世紀になるまでは長年にわたって移民国であることを頑として認めなかった。高度経済成長期に受け入れたトルコ系などの多くの外国人労働者は帰国した一方で、家族とともにドイツに定住化した人々も大勢いた。そうした定住化した外国人人口の増大に伴い、1970年代後半、ドイツでは移民統合政策の必要性が提言されたにもかかわらず、連邦政府がその提言を採用することはなかった。
そうした移民国としての現実と非移民国的態度との乖離が、統一期のドイツにおいて深刻な排外主義をもたらした面がある。冷戦の崩壊と1990年のドイツ統一期において、東側から多くの移住者が流入し、1992年には難民申請者は年間43万人にも及んだ。統一期のドイツはすでに外国人人口の割合が全人口の6%を超えていた事実上の移民国であった。それにもかかわらず極右勢力を中心に、「ドイツはドイツ人のものだ。外国人は出て行け!」と移民に対する暴力が多発した。難民収容施設の襲撃が相次ぎ、その襲撃の様子を拍手喝采する地域住民の姿があった。またすでにドイツに定住していたトルコ人一家の自宅が放火されるなど、多くの移民・難民が犠牲となり、ドイツ社会は大きく不安定化した。このような排外主義を前に、当時の連邦政府は難民の流入を大幅に規制する法律の改正によって対応したものの、この時も移民の受け入れと統合を推進する包括的な移民政策を講じることはなかった。
こうした当時の状況について考えてみると、ドイツ政府の非移民国的態度と排外主義の深刻化とは決して無関係ではないだろう。ドイツ移民史研究の代表論者クラウス・バーデやドイツを代表する哲学者のユルゲン・ハーバーマスらは、難民流入においてドイツ政府がすべきであったのは、場当たり的な難民の流入規制ではなく、移民国であることを認めて、包括的な移民政策を講じることであったと政府の対応を批判した。そうした苦い経験を経てドイツは、1999年に外国人の国籍取得を容易化する改正国籍法を成立させ、さらに2004年に移民法を制定し、移民の統合政策に本格的に取り組み始めた。多くの移民が定住しているにもかかわらず、市民として認めず、社会的に排除することが、ドイツ社会の亀裂を深め、社会の不安定化につながるという現実的な認識が共有されたからである。
冒頭指摘したように日本では「ドイツの移民政策の失敗」とドイツの現状が否定的に理解され、移民政策を講じることのリスクやコストを案じる傾向が強い。だが日本がドイツから学ぶとすれば、それは事実上の移民国であるにもかかわらず移民政策を講じないことによって生み出されるリスクやコストを考慮に入れることではないだろうか。現状では日本政府は、労働力不足の観点から外国人労働者の流入を認めているにもかかわらず、国民に対して日本は移民政策をとらないのだとメッセージを発している。このような矛盾した態度は現状との乖離を深め、社会に一層の混乱をもたらすだけではないか。現実として対応が迫られている移民への定住支援を自治体や市民社会に委ねて、長期的な視点に立った移民統合政策が講じられていない現状こそ問題とされるべきである。日本が少子高齢化と労働力不足により外国人労働者に頼らざるを得ず、今後とも労働者の流入を認めるならば、移民統合を含む包括的な移民政策を策定することが急務であろう。そうした状況の中で、移民国であることを認めず、公式の移民政策をとらないことがどのようなリスクとコストを生み出すのかをドイツのこれまでの歩みから冷静に考えるべき時にある。
〈註〉
*1 「移民の背景を有する人」とは、①本人が移住したか、②本人の少なくとも一方の親がドイツに移住したか、ドイツ出生時に外国人の場合を指している。こうした移民人口の把握に関して、2023年3月に、新たに「移民の歴史を有する人」という統計上のカテゴリーが導入された。そのカテゴリーには、①本人がドイツに移住したか、②本人の両親がドイツに移住している場合が当てはまる。
*2 註1の新たなカテゴリーだと、移民人口は全人口の25.6%である。
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。