執筆者プロフィール

鈴木 均(すずき ひとし)
その他 : 国際文化会館地経学研究所主任研究員塾員

鈴木 均(すずき ひとし)
その他 : 国際文化会館地経学研究所主任研究員塾員
100年前の自動車
自動車産業は「100年に一度の変革期」。
この言葉は2018年7月にトヨタ東富士工場の閉鎖が発表された年に、豊田章男(当時社長)が『アニュアルレポート』の冒頭に記したものだ。センチュリーやジャパン・タクシーなどトヨタの最高峰を作る工場とは異なる最高峰への転換を宣言したのが、静岡県裾野市の用地を使ったウーブン・シティ構想だ。本年9月25日に開業したばかりのウーブン・シティを豊田会長は「ヒト中心の街、実証実験の街、未完成の街」としている。
100年前は、どのような時代だったか。自動車に関していえば、クルマが庶民の生活に不可欠なツールとなり、国家の経済・産業の根幹を変えた。そして自動車産業を取り巻く環境は、国境を超えたヒトの往来が現在よりも自由、活発であり、移民の流入によって米国が大国となり、帝国が軍事力と経済力を競い合う、世界大戦の時代だった。
1908年に米国で登場したT型フォードは、初めて大量生産された自動車として世界史に名を刻み、1927年に生産を終えた。この変化は、4つの意味で重要だった。多くの労働者が(外国も含む)農村から都市部の工場に流入し、豊かになった。遠距離移動や大量輸送が庶民のものになり、蒸気機関や電池性能の低い電動車は退場した。一度もモデルチェンジせず陳腐化したT型の退場により、クルマは個性やステータスを魅せるための文化コンテンツに育ち、欧州各国が競って追った。自動車産業の強弱が、国家による戦争の勝敗を決する存在に成長した。人口構成や文化の変化、輸送(動力)の革新、国際秩序の変化が、全て同時に起きた時代だった。
「100年に一度」の変化を考える
これら「100年に一度」の変化は、今どのように描かれるか。
顕著な共通点は、①動力革命だ。ガソリン車が量産されはじめたさらに100年前は、欧米で蒸気機関が効率化して海運と鉄道輸送が飛躍的に発展した。モーターと電池の仕組みも発見された。電動車(EV)が現在、特に中国市場で伸びる中で米欧メーカーが苦戦するのは歴史の皮肉であり、帝国に植民地化された国の逆襲ともいえる。
中国も乗り出す水素技術は、1960年代に米英で軍事・宇宙技術として発展し、今はEV用の発電や内燃エンジンの燃料として脚光を浴びる。水しか排出しない水素は宇宙空間に適した技術であり、100年前にはなかった「脱炭素」という旗印によって舞台中央に出てきた。環境規制の厳しい欧州連合(EU)や米カリフォルニア州が生み出した国際規範の側面、市場での競争やニーズよりも国家・政府主導の側面があり、100年前と異なる。
次に、②ライフスタイル、文化については、100年前と同等以上の変化が訪れている。
スマートフォンの世界的普及、5Gなど通信の発達と人工知能(AI)の劇的な進化は、サブスクなどクルマの機能、使い方、求められる利便性の定義を変えてきている。アプリやソフトウエアの投入と同時に、半導体の劇的な計算能力向上と小型化、省電力化など、ハード面の進化が同時に織りなす変化であり、ハード、ソフト両方を自国内に確保しないと劣後する競争である。
2009年に米国を抜き世界最大の自動車市場となった中国では今、BYDやNIO、シャオミなど自国ブランドのEVを求める若者(Z世代)が増え、ベンツやポルシェなど伝統ブランドの売上が低迷する。Z世代が求めるシームレスなデジタル生活体験、いかに(半)自動運転のクルマと車内体験、買い物や移動を含めた実生活をスマホで高度に連動させるかで販売実績が決する。米バイデン政権、トランプ政権が共に半導体・製造装置の対中輸出規制を厳格化しても、どこ吹く風だ。
100年前と最も対照的な側面が、③ヒトの移動である。
米トランプ政権は「米国に製造業を取り戻す」と気勢を上げながら、働き手を減ずる施策にまい進する。現代自動車とLGの合弁バッテリー工場の建設現場で移民労働者の大量「摘発」を当局が行ったばかりだ。中国も反スパイ法によって流入を減じる反面、海外進出した自国企業の現場に自国労働者を大量に送り込み、タイでは「ゼロ・バーツ工場」と問題視される。
米中ともに、規模の経済を後押しするヒトの移動を後退させ、100年前よりも逆行する。これは文化の伝播力、ソフト・パワーの後退ともいえ、移動の鈍化は、自動車の進化を鈍化させる。国産車の開発に燃えた明治・大正の偉人たちは、米国視察や北米勤務の帰国組が多かった。実体験ではないSNS視聴では、モノの良さや体験、肌感覚が充分に伝わらない。中国トレンドの中で、スマホと連動した車内カラオケなど文化面はガラパゴスに終わろう。だが電池技術など、文化コンテンツやモノ、ヒトを運び、伝える技術面の要素は、国境を超えてこよう。電池に必要な重要鉱物の採掘と精錬は世界中が中国に重く依存しており、電池技術の開発とともに、地経学的な競争が激化しよう。
自動車の地経学
最後に、④国際秩序、自動車の地経学としての側面はどうか。
2001年に中国が世界貿易機関(WTO)に加盟し、グローバル自由貿易の時代に入ったかに見えた。しかし現在は「西側諸国」対「中露」、そしてどちらにも付きたくない途上国という、3つ巴の構図で膠着している。植民地支配や奴隷制度がないとはいえ、ルール順守が後景に退いた大国(帝国)間競争の時代に戻った。高関税が課され保護主義が台頭し、グローバルに最適化された自動車生産のサプライチェーンは、コスト高な地産地消に後退せざるをえない。
トランプ政権1期目は国際ルールを守らないことが問題だったが、2期目は、過去に自分が結んだ国際約束すら守らないと揶揄される。同盟国・同志国に厳しく、仮想敵国の指導者に弱腰だ。「ルールなき世界」の中で、日本は信頼、つまり「きちんとルール・約束を守る信頼できるパートナー」、頼れる伴走者であることが「求められるキャラ」だったし、この時代だからこそ、一層期待されよう。日本車しかり、日本企業しかり、国家政府も日本人もしかりである。
モビリティ受難の時代、日本の立ち位置は決して安泰ではない。
国境など様々な境界線を自由にヒトが行き来することが妨げられると、モビリティ市場の需要は盛り下がる。筆者は東京大学先端科学技術センターの理系研究者と共に国際航空のネットワーク分析に取り組んでいるが、世界における米国の中心性と強さと、米欧の強固な結びつきが見えてくる。米欧は同盟を形成する北大西洋条約機構(NATO)と類似の網目状に密につながっており、首都同士のみならず地方同士もつながり、1つの航路が有事によって切れても、短距離の迂回ルートによってつながりが切れない強靭性を有する。
対して日中韓やインドなどアジア太平洋諸国は、米国の主要空港と少数がつながるだけで、米国との同盟の構造と同様に「ハブ・アンド・スポーク」状に過ぎない。有事の際に航路が切れると、迂回ルートは遠距離となってつながりの回復が遅く、1つの便の貨物積載も多い傾向があり、脆弱性を抱える。
世界の航空交通のハブである米国のネットワークは、米国企業の世界的なモノ、おカネの流れの反映であると同時に、米国への移民、移民親族の母国との往復など、米国が移民の流入によって大国になった「強さ」そのものだ。だが米国は今、強さを掘り崩す政策にまい進している。イーロン・マスクやAI関係の中国人、インド人エンジニアなど、移民が米国のイノベーションの先頭を走ってきた。モビリティ受難の「分断時代」に地経学的な難題も重なる時代を生き抜くための次の一手は、何か。
「日本車」の未来は
1つのヒントは、冒頭で紹介したウーブン・シティではないだろうか。
筆者の私見だが、ウーブン・シティは「マイカーとしてのトヨタ車」がない世界を自らの手で意図的に作り出すことで、「つながる、自動化、シェア・サービス、電動化(CASE)」以降の世界を見通すことを目指しているのではないか。
日本車が走っていないのは北極と南極くらいしかないほど、日本車は世界各地で信頼され流通してきた。クルマの開発、生産、販売、アフターケア、全てにおいて最善を尽くしてきた上で、攻略できていない「未来」にトヨタがいま乗り出した意味は何か。クルマが家電のようにコモディティ化すると、個性や精度を今ほどに求められなくなり、自動車メーカーはGAFAMなどの下請けの立場に落ちると言われる。トヨタは、そうした世界を先に作り、自らの役割と「居場所」を探しているように見える。
下手をすれば、100年に一度の「途方もない無駄遣い」になりかねない。未来予想は、仮想世界でもシミュレーションできる。答えは、文系にも理系にも通ずる研究の奥義にありそうだ。ヒトは、予期せぬエラーを起こす。偶然の出会いや、化学反応が起きる。仮想世界では、このような「事件・事故」は起きない。「マイカーとしてのトヨタ車がない社会」での模索は、普段はクルマづくりに直接関わっていない「仲間たち」こそ主役であろう。理系の技術開発であると同時に、文化や伝統、何気ない日常も含めた文系要素も加わる、文理融合の最先端と解釈できる。これはウーブン以外の場所、組織でも日々実践できるし、日本の次の一手を占うことになりそうだ。
豊田大輔氏はウーブン・シティについて合気道を引きつつ、「型をどう打破するかが、これからトヨタが取り組むチャレンジ」とForbes誌に語る。『アニュアルレポート2018』で豊田章男氏も、「前例踏襲ではなくスピードと前例無視」、「根回しではなく「この指とまれ」」とし、このように結んでいる。
「愛車」と呼ばれるように、クルマには愛が付きます。自動車会社出身であるトヨタのモビリティには、必ず愛が付くことにこだわっていきたい。
最先端のテーマが「愛」とは、ナイーブだろうか。豊田章男氏は社長としてかつて「いいクルマを作ろう」と鼓舞した。米国ではリコール問題という「手荒な就任歓迎」を受けるも、数値目標など数年で見通せる程度の指標ではなく、20年後も通用し続ける軸を打ち出した。トヨタに限らず、文系・理系の区別なく、皆がハッピーであるための大喜利に、私たちはどのように答えるか。クルマやオートバイがEVや自動運転になってもワクワクしたいし、運転できず歩くことが困難になっても、私をおぶって買い物に連れて行ってくれるロボは「日本車」であってほしい。筆者のささやかな答えだ。
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。