登場者プロフィール
𣘺本 尚久(はしもと なおひさ)
その他 : (国研)産業技術総合研究所 情報・人間工学領域研究企画室研究企画室長環境情報学部 卒業政策・メディア研究科 卒業塾員(2000環、02政メ修、05政メ博)。05年産業技術総合研究所入所。米国在外研究、経済産業省出向、モビリティサービス研究チーム長等を経て現職。筑波大学連携大学院准教授、東京理科大学連携大学院准教授。
𣘺本 尚久(はしもと なおひさ)
その他 : (国研)産業技術総合研究所 情報・人間工学領域研究企画室研究企画室長環境情報学部 卒業政策・メディア研究科 卒業塾員(2000環、02政メ修、05政メ博)。05年産業技術総合研究所入所。米国在外研究、経済産業省出向、モビリティサービス研究チーム長等を経て現職。筑波大学連携大学院准教授、東京理科大学連携大学院准教授。
青柳 直樹(あおやぎ なおき)
その他 : newmo株式会社代表取締役CEO総合政策学部 卒業塾員(2002総)。ドイツ証券投資銀行部門を経て、グリー株式会社取締役CFO、株式会社メルペイ代表取締役、株式会社メルカリ上級執行役員等を歴任。24年タクシー・ライドシェア事業のnewmo株式会社を創業。
青柳 直樹(あおやぎ なおき)
その他 : newmo株式会社代表取締役CEO総合政策学部 卒業塾員(2002総)。ドイツ証券投資銀行部門を経て、グリー株式会社取締役CFO、株式会社メルペイ代表取締役、株式会社メルカリ上級執行役員等を歴任。24年タクシー・ライドシェア事業のnewmo株式会社を創業。
加藤 真平(かとう しんぺい)
その他 : 株式会社ティアフォー 代表取締役 執行役員 CEO理工学部 卒業理工学研究科 卒業塾員(2004理工、06理工修、08理工博)。自動運転のオープンソースソフトウェア「Autoware」を開発し、15年ティアフォーを創業。自動運転開発事業を展開。東京大学大学院工学系研究科特任准教授。
加藤 真平(かとう しんぺい)
その他 : 株式会社ティアフォー 代表取締役 執行役員 CEO理工学部 卒業理工学研究科 卒業塾員(2004理工、06理工修、08理工博)。自動運転のオープンソースソフトウェア「Autoware」を開発し、15年ティアフォーを創業。自動運転開発事業を展開。東京大学大学院工学系研究科特任准教授。
五百木 誠(いおき まこと)
システムデザイン・マネジメント研究科 准教授三菱電機(株)にて数多くの人工衛星のシステム設計を担当。一般財団法人宇宙システム開発利用推進機構を経て14年より現職。専門分野はシステムズエンジニアリング、イノベーティブシステムデザイン。
五百木 誠(いおき まこと)
システムデザイン・マネジメント研究科 准教授三菱電機(株)にて数多くの人工衛星のシステム設計を担当。一般財団法人宇宙システム開発利用推進機構を経て14年より現職。専門分野はシステムズエンジニアリング、イノベーティブシステムデザイン。
大前 学(司会)(おおまえ まなぶ)
環境情報学部 教授1995年東京大学工学部卒業。2000年同大学院工学系研究科博士課程修了。博士(工学)。専門は機械工学(機械力学・制御、自動車工学)。自動運転や隊列走行の車両制御技術を研究。SFC内で実証実験を行う。
大前 学(司会)(おおまえ まなぶ)
環境情報学部 教授1995年東京大学工学部卒業。2000年同大学院工学系研究科博士課程修了。博士(工学)。専門は機械工学(機械力学・制御、自動車工学)。自動運転や隊列走行の車両制御技術を研究。SFC内で実証実験を行う。
自動運転はどこまで来たか
今日は特集「未来のモビリティ社会」の座談会ということです。現在、自動運転システムの進化、実用化、またエネルギーシフトによる自動車の変容など自動車と自動車を取り巻く社会の変化は著しいものがあります。
その中で、本日は自動運転にかかわる技術、またサービスやビジネスにかかわる方々にお越しいただきました。この座談会では日本における自動運転の現状、これからの可能性と問題点について主にご討議いただきたいと思います。
自動運転の歴史を振り返ってみますと、1980年代の冷戦期には、無人偵察等の軍事的なニーズによりマシンビジョンを使った自動運転車などが開発されていました。冷戦後の1990年代は、交通容量の拡大を主目的とした隊列走行の研究や、積極的に道路と協調する自動運転の開発や実証が進められていました。1990年代後半から、自動運転ではなく運転者を支援することを目的とした技術の実用化が始まりました。
2000年代に入ると、運転支援技術の研究開発、実用化は活発に行われましたが、自動運転の実用化を積極的に進める動きは起こりませんでした。その後、Google 社による自動運転車開発の宣言や自動運転車への公道免許交付(米国、2012年)等など、海外における自動運転の社会導入に向けた動きが活発化していきます。このような海外の動きのきっかけも軍事的なニーズです。米国議会は、2001年度に、2015年までに地上戦闘車両の3分の1を無人化するための技術開発を命じ、その議会命令に基づき、アメリカ国防高等研究計画局による自律自動運転車のレースが実施されました。
ここでは、周囲環境の精密なセンシングと高度な情報処理により複雑な環境下での自律走行ができるシステムを開発するチームが活躍し、現在の自動運転技術の基礎を作りだしていきました。Google 社の自動運転車はこの流れを汲むものです。こうした動きに背中を押され、我が国でも自動運転に関する検討会が設置され、政府が2013年に発表した成長戦略に自動走行システムが挙げられるようになりました。その後、様々な自動運転関連プロジェクトが推進されるようになりました。
現在、自動運転の技術開発、実用化は2つの流れで進行しています。1つは、自家用車(オーナーカー)の自動運転です。これは、運転支援技術を高度化し、支援できることを増やしていく流れです。現在は、限定された条件下であれば、運転者が前方を注視しなくてもハンドル、アクセル、ブレーキ操作を行ってくれるレベル3自動運転の機能が実用化されています。
もう1つは、移動サービスとしての自動運転(商用車の自動運転)です。少子高齢化社会における人の移動手段、物の輸送手段の確保のために自動運転が有効、そして、走行範囲や経路が限定されていれば自動運転の実用化は比較的容易である、という考えで、自動運転カート、自動運転バスなどの移動サービス、自動運転トラックによる輸送の技術開発や実証実験が活発に行われるようになりました。海外では、無人タクシーによる移動サービスが始まっています。
まず、自動運転の現状について、技術を開発されている加藤さん、海外の状況も含めて宜しくお願い致します。
海外における自動運転の進化で一番わかりやすいのは、やはりサンフランシスコでGoogle 系列のウェイモ(Waymo)が完全無人サービスの自動運転タクシーを始めたということ。その他に、テスラの最新のFSD V13という、人は乗らないといけないのですが、ほぼ自動で走れるものが出たことだと思います。
ウェイモは商用車・サービスカーで、テスラは乗用車・オーナーカーですが、究極の自動運転に向かっている道半ばという感じではないでしょうか。これは世界で10年ほど前に描いていた絵がかなり現実のものとなっていると言ってよいと思います。五合目は少なくとも超えていると思いますし、お金をかければ完全自動運転ができることはもう示されたので、あとはコストを下げて事業性を高めていくところに来たと思っています。
移動サービスのほうは、ウェイモなどが世界的に先進的にやっています。彼らは、お金をかければ技術的には自動運転はできるということを証明してくれたように思えます。
そうすると、それがビジネスとして持続的に成立するかどうかという話になりますね。加藤さん、ビジネスとしては成立しそうですか。
これは自動運転という領域をどう捉えるかにもよります。タクシーや乗用車は数ある領域のうちの1つですが、一番難しいのはやはりこのタクシーや乗用車です。なぜなら一般公道で複雑な環境を走るからです。
その少し手前にバスやシャトルがあります。これらは一般公道を走りますが、ルートが限定されていたり、用途が限られていたりします。また高速道路のトラックには違った難しさはありますが、基本的にはまっすぐ走る技術なので多くのシナリオに対応できます。
そして、一般公道外に行くと、農機や建機、工場内の搬送、大きなトレーラーなどいろいろあります。この領域での課題解決は進んでいます。そう考えると、モビリティ全体としては事業性、経済性が成り立つと思います。しかし、バスやタクシーだけを見た時にどれだけ事業・経済が成立するかはこれからわかるのではないでしょうか。私はそれぞれの領域でも経済性が成り立つと思っています。
事業としてみた自動運転の可能性
タクシー事業者の視点から青柳さんいかがでしょうか。
加藤さんのお話にも重なりますが、アメリカや中国においては自動運転タクシーの実用化が進んでいますね。一般の乗用車に近い複雑な状況において、いわゆる実証を超えて、限定されたエリアと環境ではありますが、一般の方が乗れる商用サービスをやる事業者が出てきている。ここにまず1つ可能性を感じます。
一般のタクシーサービスと同じように、皆、運賃をウェイモや他の中国のサービスにも支払っている。サンフランシスコの配車アプリ市場の中では、ウェイモの規模は2位のLyftを超え、1位のUberに迫りつつあります。社会受容が進んだ地域においては、実際に運行され、事業として成り立っている、というのがここ数年の大きな変化かと思っています。
私が経営するnewmoでは自動運転領域の研究開発を大前さんやティアフォーさんとご一緒しながら、技術的なキャッチアップを目指しています。同時にタクシー会社の経営をして、大阪で現在1000台ほどのタクシーを運行しているのでオールジャパンの様々な知恵や経験を結集し、自動運転タクシーの導入が日本の公共交通サービスでもできるのではないかと、まさに今トライしている段階です。私自身は非常に可能性を感じていて、技術的な観点で言えば、大きな投資をすればできそうだ、というところは見えています。
やはりこれからの日本は明らかに人手不足になるという問題があります。タクシー、バスといった交通サービスだけではなくて、介護などを含めて公共サービス全般に明らかに担い手が減少していく中、移動の足、生活のインフラを保っていかなければいけない。その中で、できるだけ自動化し、限られた労働力が他の産業と取り合いになる中、それを抑えていく必要がある。今必死にインフラを支えている公共交通とどうやって共生・共存していくか。ビジネスモデルとして成立させる前にまず社会受容をどうやって形成していくのかというところが、事業者として向き合っていく課題ですが、これを乗り越えられるとすごく可能性があると思っています。
地域による違い
𣘺本さん、いかがでしょうか。
私は大前さんの研究室から産総研に入り、20年ぐらい働いています。去年までモビリティサービス研究チームのチーム長をしていたのですが、今はもう少し全体を見る研究企画室の室長をしています。今日は産総研の立場ではなく個人的な立場で発言させていただきたいと思います。
自動運転の技術は、おっしゃる通り、お金をかければある程度できるということが実証されつつあると思います。ティアフォーさんもレベル4を取られて日本で先進的に進めていらっしゃっていると思います。日本では自動運転移動サービスについて、政府は2025年度に50カ所程度、2027年度100カ所以上という目標を掲げていますが、思ったより実現が進んでいないというのが現状です。
なぜあまり進んでいないのかを考えなくてはいけないところですが、自動運転サービスがまず入っていくところを考えると、2つパターンがあると思っています。1つは、先ほど青柳さんがおっしゃった、大阪のビジネス街などには需要のある「ロボタク」(ロボットタクシー)みたいなものが入って、本当に競争になると思っています。ここは民の間の競争なので強いところが勝っていくと思います。
もう1つは、地方の市街地以外のところです。一昨年アメリカに行ったのですが、地方では、UberやLyftすら呼んでも来ないという地域があります。そういうところではどうやって移動手段を確保していくかが課題になると思います。さらに運転手不足ということもあります。現在、日本国内でも様々な地域でバスが減便になってしまっています。公共交通をどう維持していくかということから、運転手不足の解決のために自動運転が入っていく可能性があると思います。地方と都市部をどのように考えていくか、両方とも自動運転というオプションは重要なキーワードだと思っています。私もできればこの分野で貢献できないかと日々思っています。
「目的」と「手段」の明確化
いろいろな切り口がたくさん出てきました。
まずは難易度のようなところで、先ほど加藤さんからお話がありましたが、トラック、経路を走るバス、どこでも走るタクシー、ドライバーが勝手にどこでも走る乗用車、といったレベルがある。
また、地方と都会で言えば、地方が儲からないことは目に見えていますし、都会は何とかなるのかなとも思いますが、一方で外資に飲み込まれそうだという危惧もありますね。そういったあたりも踏まえて、五百木さん、いかがでしょうか。
私は今、慶應のシステムデザイン・マネジメント研究科(SDM)という、働きながら通う社会人の比率が高い大学院で教員をしています。ここでは、単一の専門分野を深めるのではなく、複数の分野を横断して総合的な課題解決ができる人材を生み出すことを意識しています。私たちは「横串の専門性」と呼んでいます。
私は、システムズエンジニアリングという、対象をシステムだと捉えて設計するための体系的なやり方を講義で教えています。もう1つ、前例に捉われずにイノベーティブに考えるにはどうすればいいかということを教えています。社会人は経験が豊富になってくると、前例や自分の経験を重要視してしまい、それを打ち捨てて新しいことを考えることが難しくなってくるという傾向がありますので。
私がSDMの講義の中で言っていることの1つが、「目的」と「手段」を取り違えないようにということです。目的と手段がいつのまにか入れ替わってしまって訳がわからなくなるということがしばしば起こります。そして目的を決めると通常は複数の手段が存在します。この場合に手段が1つしかないと思い込んで進めてしまうと、わざわざ解きにくい解き方で具体化を進めるようになる。これを回避するため、何かをデザインする時は、いつも上位の目的は何か、それを実現する手段に他の選択肢はないのかということを学生に考えてもらっています。
実は自動運転の周辺については、大前さんが委員長を務めておられる政府の委員会に入ってから直接知るようになった程度で、皆さんと比べるとこの分野の経験年数は長くありません。
自動運転を追求することは社会にとって絶対に必要だという確信は、もちろん私にもあります。その一方で、自動運転を手段の1つだと位置付けた時、それはどんな世の中をつくって誰にどんな価値を提供するためなのかという目的は、様々な選択肢があるのだろうと思っています。そのように考えると自動運転を「誰に」「どのように」「どこまで」提供するのかという議論が出てくるのだと思います。
私は当事者ではないので、少し外側から見た時、自動化を追求することで世の中はどう変わるのか、という目的の設定に関心があります。
社会の中で自動運転技術がどれほど必要なのかが、まだまだきちんと世の中に伝わっていない側面があるような気がします。人手不足なので自動運転が不可欠なのだというロジックの少し外側には、もっと重要な、社会を変える目的があるに違いないのに、そこが一般の人には伝わっていないのではないかということです。それをいつも考えているのですが、なかなか答えに辿り着いてはいません。今日は当事者の皆さまに、そのあたりのお考えを聞かせていただければと思っています。
自動運転の普及への道筋
おっしゃったことは非常に重要なことですね。確かに今、自動運転にはいろいろな側面があり、本当にいろいろな手段があります。昔はもう少し自動運転も単純で、例えば軍事的なニーズでは、なるべく兵員が死なないようにしましょうということから、無人化みたいな話もありました。
または人間の運転では、一車線あたり2000台/時間ぐらいしか走行させられないので、隊列を組んで車間距離を詰めて走れば、3倍ぐらい交通容量を増やせるというような話もありました。しかし、最近は人手不足とか地域交通を救うといった目的も出てきて、様々な目的が錯綜し、何のための自動運転なのかわからなくなっている面があるかもしれません。
特に地方では自動運転でお年寄りを病院に連れていく、みたいな考え方もありますが、遠隔医療でそもそも病院に行かないでも診療を受けられるようにするという話もある。地域の課題を解決するにしても、自動運転ではないアプローチもあるので、何が最適なのかは、本当に難しいとも思います。
実証実験などをやっていても、なかなかそこから普及に弾みがつかないということもありますね。サーカス巡業団があちこちにバスを走らせて終わり、みたいな感じになっているようにも見えます。都会の儲かる地域であれば、ウェイモのロボタクみたいなものでもペイする可能性があると思うのですが、地方の少子高齢化が進んでいるところなどの公共交通に代わる自動運転の成功例はあるのでしょうか。
黎明期ですから単体ではまだ難しいと思っています。持続的に運用可能なビジネスとして成立させて、市民がその恩恵を享受している場所はまだないんじゃないでしょうか。
イノベーションの理論で言えば、最初のイノベーターが数パーセントでアーリーアダプターが約15パーセント。このアーリーアダプターを超えていくと、ようやく経済が回っていくことになる。今、自動運転は世界中のどの地域、どの業種でも15パーセントに達していない。だから補助が必要になるのですが、おそらくアーリーアダプターを超えて普及期に入る絵を描けている人が少ないので、補助をしようと考える人が少ないのだと思います。
そのため先細りになってしまう。これは都市のモビリティだけではなくて、工場内の搬送や高速道路など、多くのことに言える事柄だと思います。
私が2年ほど前にnewmoの起業を決意したのは、地方の公共交通がかなり弱ってきているという現状を見たからです。
タクシー事業者をやっているとわかるのですが、「公共交通が足りない」と言っても、東京や大阪は事業者が乗務員さんの給与をちゃんと上げながら頑張っている。東京では1人大体、年収600万円とか、大阪でも1人450万円ぐらい、タクシーの運転手になると稼げると言われ、ちゃんと生活が成り立つ仕事になっています。
ただ、同じタクシー業界を見ても、タクシー乗務員がコロナ禍から戻っている地域と、全く戻っていない地域に完全に分かれてしまっています。
自動運転普及の順番としては、実証から社会実装をしやすいのは人口密度もあり経済的な需要もある都市部からかもしれないですが、どうやってその道筋をつくるかということは存在意義とともに問われると思います。
今年ゴールドマンサックスが中国のロボタクシーについてのレポートを書いています。それを読むと、現時点では、北京や上海、広州など、中国で言うティアワンシティーでようやく事業として成り立つかという感じです。今はまだ人が遠隔監視をして、限られた台数で、かつ状況によってはセーフティードライバーと呼ばれる方々が乗る形で運行されている。
これだとなかなか経済性が合わないのですが、今後の予測では、2020年代後半にはティアワンシティーではおそらく事業が成立するようになる。さらにその先の2030年代の予測では、自動運転の車両の価格やセーフティードライバーの要否、遠隔の監視の効率性などが変わってくると、中国のティアツーシティーと呼ばれる都市でも成り立つようになるとのことです。
中国は公共交通サービスの値段が3ドルくらいと日本よりも安いのですが、それでも成り立つのではないかと。私は今後10年単位で見れば、日本もその道筋を辿れると思っています。
日本で高齢化の問題が深刻になるのは2030年代と言われており、全国で本当に公共交通の担い手がいなくなる。中国の例のように、最初はおそらく経済性が成り立たないと思いますが、ハードルを順番に越えていけば、もうタクシーもライドシェアも難しいという地域に、自動運転車を導入する体制をつくることができるようになるのかと思っています。今まで暗闇だったところに少しずつ道が見え始めてきたのかなと感じています。
普及を妨げているものとは
それをnewmoでやればいいという話ですね。それができる会社を持っているわけですから。そういった意味からも僕自身は日本ではあまりハードルがなさそうには思えるのですが、今、課題として感じられていることは何でしょうか。
技術的にはいい方向に進んでいると思います。一方で、導入の手法で言えば、先ほど「サーカス団になっている」とおっしゃったことが、まさに表面化されている課題だと思います。なぜサーカス団になってしまうかというと、共通仕様や標準モデル、明確な基準というのがまだないため、各地域や各自で導入しようとしても、やり切れる人たちとやり切れない人たちが出てくる。
そして、やり切れない人たちは次の場所に移っていき、またやり切れずに移っていくためサーカス団になってしまうのです。共通仕様や標準モデルがあれば、約1700の自治体が1700通りの自動運転をやるのではなく、数種類の自動運転サービスという形に収まってくる。そうすると壁がなくなるのではないかと思います。
このままでは効率が悪いため、コストがかさむ。共通仕様や標準モデルができると、モビリティの領域は大きく進展すると思っています。
私は制度面もまさに議論がちょうど進んでいるので、整いつつあるタイミングかと理解しています。
実証の域をなかなか出ていないところに対してですが、ウェイモでさえもサンフランシスコで相当な時間をかけてやってきました。いろいろな壁があったと思うのですが、必要な学習量を蓄積して、それを越えてきた部分があるのだと思っています。
ウェイモなどは、例えば同じ都市エリアの中を今まで累計1億キロくらい走ってきているわけです。そのようにして学習が進んだ時、より複雑なシチュエーションや様々なエッジケースに対応できるようになるということが示されています。これは一事業者だけではできないことも多いと思っていて、複数の事業者が競う部分もあるし、一緒に学んでその知を結集させるところは必要かと思っています。
逆に日本だからできるという部分で言えば車両でしょうか。日本の産業の根幹はやはり自動車産業ですので、各社が中心になっていただき、しっかり自動運転の車を増やしていくことは本当にオールジャパンでやらないといけないと思っていますし、日本には可能性があると思っています。
何が妨げているかというと全部ではないかと僕は思っていて、技術もそうですが、やはり法制度もまだきちんと対応できていないと思います。現在、ようやく関係省庁が進めているところですが、日本は外国の状況を見てからやるようなところもあるので、そこはちょっと遅いなと思っています。
「どこまで対応したらいいんですか」と聞いても、個別具体的な答えをもらうのが難しい。細かい部分については事業者さんがやっていくしかないのが状況です。日本は安全に対しては厳しく、アメリカみたいにやってみて何かあったらルールを作る、または直せばいい、という社会ではないので、自動運転には難しいところだと思っています。
中国とアメリカは似ていて、日本とヨーロッパが似ているとよく言われます。そういう意味では、ヨーロッパでも自動運転サービスはまだあまり進んでいないですよね。
ルールだけでなく、技術はもちろん、受容性などやはり全部のことを少しずつやっていくしかないと思います。実は中国の車はすでに日本で走っていますし、ウェイモも、東京で走っているような状況です。日本としては、最終的に全部外国のロボットタクシーになってしまうと、あまりよろしくないと思いますので、ここを何とかすべて取られないようにしてほしいといつも思っています。
「何かがあった時」どうするのか
五百木さん、課題に関しては何かございますか。
課題を言い出すときりがない、まさに全部課題なのだと思います。テクノロジーの部分は大体解決できていて、あとは小さくビジネスを始めて突き進んでいくことで、実現可能である場合でも、やはり何かがあった時、「それを考えていなかったのか」と後から言われるということがずっと続いている。
おそらく事前にきちんと調整をして納得してもらった上で始めるだけで済む世界ではないので、そこはイテレーティブというか、やってみて何かがあったら対処するというサイクルをやり続けないと、とは思うものの、いつかはガツンと大きな壁にぶつかるわけです。言い方は悪いですが、日本で最初に自動運転車で重大な人身事故が発生する日が来ることは絶対に避けられない。
それに対して何か備えておくことはできるのかということですが、保険でカバーするという動きは保険会社がいろいろなことを考えていると思います。一方で社会受容のほうもいろいろな活動はしていると思いますが、まだできていないものに対して、単に情報発信するだけで社会受容が進むとは到底思えないので、やはり動かしてどうなるかを見てもらうことが必要です。
だとしたら、やはり事業者の皆さんが覚悟を決めて先に進める以外にないのだけれど、その時にサポートは誰がして、誰が先に進めるための弁護役を務めるのか。何かがあった時に保護をする役割を持った人ができればいてほしいなと思うのです。そうでないと、どこかでガツンと壁にぶつかって大変になるのではないかという気がします。
例えばアメリカは有人宇宙飛行を進めていく際、人が死ぬことが避けられないということを最初から織り込み済みなのです。米国のケネディ宇宙センターには亡くなった人の名前を書く巨大な記念碑があります。そこに25人の名前が書いてありますが、まだ広いスペースが残っています。このように安全性の確保に最大限の努力をする一方で、ある程度のことは覚悟の上でやるのだという意思が、アメリカの有人宇宙開発の世界では表明されています。
自動運転がそうだと言っているわけでは必ずしもありませんが、明るい未来に向かって開発をどんどん進めていきながら、悪い話にはなかなか触れにくいものです。「何かがあった時に誰がどう守るのか」という話がもっとあってもいいのではないかと思います。この話はすごく持ち出しにくく、しかも事業者が言い出すこともできないとしたら、他の誰かが言わないといけないのではないかという気もします。
社会のほうにもうちょっと寛容性があったほうがよいということでしょうか。その通りだと思うのですが、まだそれほど世の中不便だと思っていないということなのかな、とも思います。石油もなくなると言いつつ、みんな無駄遣いしている。本当になくなったらなくなった時の対応があるのかなと。
自動運転も社会として「必要です」と言うけれど、まだそこまで深刻な状況になっていないから、自動運転で事故があると軽微な物損事故でも厳しく追及される空気がある。本当に必要でそれがないとどうにも世の中が成り立ちませんという状況になったら、もう少し違うのではとも思いました。
でもそこまでは待つべきではないですよね。
それはそうですね。
高機能のAIは必要か
さて、次の話題です。今、自動運転はAI、GPUを大量に積んでいる。何となく今、自動運転には高機能のAIが絶対に必要だみたいな空気がつくられていますが、そういうことが得意な会社の土俵に乗せられているのでは? という気がするのです。
私見では、AIを使わなくてもレベル4はできるように思えるのですが、加藤さんはどう思いますか。
自動運転は領域が広いです。難しい部分だけを見ると、投資が必要となるのでリターンは少ない。しかし全体で見ると、今の技術でもできることはかなりたくさんあります。
例えば製鉄所内のタンクローリーは1台の価格がとても大きいので、そこに数百万円の自動運転システムを足しても成り立ちます。また、工場内は基本的に巡回することが主なので、高機能AIの必要性は限られます。それに対し、タクシーや一般乗用車などは難しさがあります。数百万円の車両に数百万円の自動運転システムを載せると、そこだけで価格のインパクトがありますし、さらに難易度の高い運転が必要になる。
高機能AIはそういった分野においてはやはり必要だと思っています。最近多くの人が共通の認識を持ち始めていると感じますが、自動運転の課題は安全性と可用性のトレードオフに挑むことです。ティアフォーではレベル4の認可・許可を取っているので、特定条件下であれば衝突を確実に回避できるようになってきました。
しかし、これを実世界に投入すると動かなくなる場面が出てきます。衝突しないように設計されているため、少しでも障害物などがあると、「動かない」という選択肢を取ってしまう。今言われているAIの導入は、この動かない状況を「少し動いてもいい」と判断するためのものです。AIが人間の常識に即して、「白線をまたぐけれど、行っていい」と判断してくれると動けるようになってくる。AIがあると安全性と可用性のトレードオフが解きやすくなることは間違いなくあります。
今の技術でもぶつからないことは担保できますが、スムーズに走れるかというと、難しいところがたくさんあります。これは必ずしもAIである必要はなくて、人間が遠隔で助けたり、インフラ側で助けたりすることもあります。このようにすでに安全な走行を行うことはできるようになっているので、さらに可用性を上げる1つの手段としてAIがあると思います。
素晴らしい示唆をいただきました。つまり車を止める技術ではなくて車を進ませる技術ということですね。これは自動運転を開発した人でないとわからないことですね。普通にやると止まりまくって使いものにならないので、それにゴーサインを出すのがAIだと。
AIのコモディティ化によるチャンス
ウェイモの例ばかりで恐縮ですが、ウェイモがやってきたことは、カメラのビジョンだけではなく、様々なセンサー類を組み合わせたサービスカーを作ることへの資本投下です。高性能のGPUがあるコンピューターを活用して今までだと解けなかったケースを組み合わせて解けるようにしたということです。
ただ、彼らは累計で1兆円ぐらい投資をしています。これをある意味模倣した形でやってきた中国の主要プレイヤーも数千億円ぐらいの規模でこれまで投資をしてきている。
それに対して私がAIの活用で可能性を感じることは、2つあります。実際に都市交通では渋滞などが起こると、どういうルートを通っていくべきかという判断がありますし、救急車両など事故が起きた時に、どういう行動をとるかという判断が想定されていないことがあります。また日本だと工事をたくさんやっている道もある。こういったものを学習させていくことにおいて、AIの活用で今までのやり方を補うことができるのではと思っています。
もう1つ、1兆円も必要なのかというところです。開発や実際の商用化までのスピードを上げていくことで、転用できる部分が出てきたのではないか。これはまさにAI活用が2020年代に様々な領域で進んできたことの恩恵で、米中の先行したプレイヤーはある種資本力でやってきたのですが、後発ゆえに日本はAIの恩恵を活用した形の投資ができるのではないか。実用化への道を早く効率的に行けるのではないかと思い、私はAIによる学習の高速化が劇的な可能性として出てきたのではと感じています。
コモディティ化ということだと思います。これは大きなチャンスです。青柳さんがおっしゃったように、最初に取り組んだ企業は1兆円を投資しています。コモディティ化直前に取り組んだ企業は1000億円です。コモディティ化の後に取り組めば「100億円いかずに済んだ」となる。日本はここで勝てるといいですよね。
今、AIというと多くの方が生成系のAIを思い浮かべますが、AIは3種類あります。人間があらかじめ設定したルールや条件に基づいて動作する、従来のルールベースのAIと、予測系のAIと生成系のAIです。予測系のAIはティアフォーが自動運転を始めたころにはなかった。ディープラーニングという言葉がなかったのです。そのため、物体を検出することすらままならなかった。しかし、今は予測系のAIがコモディティ化しているのでお金をかけずにこれができている。
そして今、生成AI系も様々な企業が数兆円かけて取り組んでくれたので、たくさんモデルが出てきています。ここから費用を抑えながら進めていくことが勝ち筋かなと思います。
むしろ有利な面のほうが多いということですね。
国産化はなぜ必要か
もう1つ聞きたかったのは、昔の8ビットPCの頃は、いろいろなパソコンがありましたが、いつの間にか皆ウィンドウズマシンになっています。携帯も様々な端末がありましたが、今やiPhoneとアンドロイドの2択になってしまいました。地理情報サービスも大体グーグルマップに食われている。皆最初はいろいろな人たちがいろいろな取り組みをしているのですが、結局、最後は海外の巨大な会社に飲み込まれているという感があります。
ただ、それがけしからんというよりは、日本人は安価に高品質なサービスを使えているという面もあって、不幸になっているわけではないという気がします。自動運転においてもウェイモなどが日本に乗り込んできて席巻しても、「安くタクシーに乗れるようになって良かったね」みたいな感じで、案外当たり前のように使うような日が来るのではないかと考えることもできます。
ただ、それは日本人にとっては不幸なことなので、やはり日本として頑張らないといけないみたいな考え方もありますね。そのあたりはいかがでしょうか。
自動運転はいろいろな見方ができると思います。社会的価値・産業的価値・学術的価値として見たらどうなのか。それぞれでおそらく見え方が違うのではないかと思います。
社会的価値で見た時、利用者が安全と可用性をしっかり享受できるならば、必ずしも国産の自動運転サービスでなくてもいいという可能性もあると思います。しかし、そのリスクとしてデジタル赤字というものに10年後に陥る可能性もある。
おそらく一番大きいのは産業的価値です。なぜ多くの企業が自動運転をやろうとしているかというと、産業になるからです。そのため産業的価値を出せないと、日本の自動車産業がハコモノになってしまう可能性があります。
学術的価値はどなたが取り組まれてもいいところです。自動運転はフィジカルなAIの代表的なものなので、研究者の方々は楽しんで研究されていると思います。
PCやスマートフォンの例のように、私は自動運転の分野でも似たようなことが起こると思っています。日本からLinuxやアンドロイド、ディープシークというオープンソースを生み出せる可能性があると思っています。
現に加藤さんの「Autoware」はそうですね。
私たちが開発している「Autoware」というのは、まさにその立ち位置を取ろうとしています。
様々な海外の技術を取り入れていくということは、この領域を前に進めていくために必要不可欠なのだと思います。
同時に自動運転は様々なプレイヤーや様々な技術との組み合わせで成立するものです。先ほどから話にあがっているウェイモも自動車はジャガー製ですし、そこに日本の産業が関与できる余地もあります。センサーについても日本のソニーなどが、一番難しい部分を担っていたりする。iPhoneも部品は日本製みたいなこともありますが、その中でどうやって役割を果たしていくかということもあります。
また、昨今の不安定な国際情勢や経済安保、データの保全やセキュリティというテーマとこの自動運転交通の領域は不可分です。やはり国内にも持続可能な選択肢を持つことが大事かと思います。
代替の選択肢があるとか特定の国に依存をしない、といった選択肢があることが安心につながります。選択肢を増やしていくということは、最終的には一般の利用者さんの利益とも重なる部分があるのかなと思います。
やはり日本は自動車産業が強いので、そういう中でこれを輸出産業にできる部分があると思います。やらないと全部飲み込まれてしまうので、是非やらなければと思います。
これは違う視点で2つあると思っています。1つはデジタル赤字がそうですが、もう1つ、一度シェアを取られてしまうと取り返すのは難しいですよね。ウィンドウズを覆すとか、iPhoneやグーグルマップもそうです。だからウィンドウズレベルになってしまうと、今からウィンドウズに代わるものを作りますか、と言うと技術的にも相当厳しいです。
また、1つのものが独占すると、そこで商売をするしかなく、コスト的に、さらに厳しくなると思っています。
一方で最初に五百木さんがおっしゃっていたことを踏まえて自動運転はそもそも手段だと考えると、デジタル赤字の問題などを考えず、皆の移動をハッピーにする手段ということで言えば、海外の安いもののほうがいいのかとも思えて悩ましいです。
日本は和魂洋才と言って、まさに慶應義塾ができたころに開国し、海外の仕組みや技術が入ってきたわけですが、やはりかなりの部分は日本の新しい事業家が相当デザインして今の日本の礎を作ってきたと思うのです。だから、ここは企業人の立場でもそうですし、ある種、国の在り方みたいなところでも、どうやって貢献していくかということは必要かと思います。
その意思は持ちながら、固く閉ざすということではなくて、そこに海外のテクノロジーなども取り入れる一方で、自分たちでそれを自分たちの技術にしていくという部分はあると思います。
社会との議論の場の必要性
五百木さんは何かございますか。
自動運転をどう実現していくかということに最大のプライオリティーが置かれている、そのもう1つ外側の話をすれば、テクノロジーが徐々に完成度を上げ普及が進むという中で、人々の暮らしもニーズもどんどん変わっていくのだと思います。その両方が動きながら社会が変わっていくということです。
地方の高齢者が病院に行けなくて困っているから自動運転が要るという話がありましたが、その技術が実際に使われるようになるまでに、例えば5年近くかかると、その間に社会や人々の暮らしがどう変化していくのか。また、人々の暮らしを取り巻く様々な技術がどう変わっていくのか。両者が並行して動きながら社会がつくられていくとしたら、自動運転の実現に協力的な世の中というものをもう少し意図してデザインすべきだと思うのです。当事者の方々と、社会がどう自動運転に協力的に変わっていくかということの議論の場があってもいいのではないでしょうか。
物流の問題もトラックドライバーやタクシーの運転手が足りなくなっているのは間違いないのですが、今の物流があまりにモビリティに依存しているからとも言えます。私たちがペットボトルのお茶を1本買うまでにどれだけ物流負担をかけているのか。その意味で、物流の仕組みが自動化との親和性の影響を受けてこの先でどう変化するか、ということは自動運転側でも議論して、「物流側でここまでやってくれるんだったら、こちらはそんなにやらなくていいな」という話があってもいい。双方が歩み寄る世界観みたいなものが、自動運転の議論の中にもっと出てくると少し状況が変わってくるのではないかと思います。
今、自動運転はものすごく極端なケースを想定して、それでも大丈夫なのかという議論がずっと繰り返されています。そのためにたくさんのセンサーを搭載し、たくさんの処理をしなくてはいけなくなっていますが、もしかしてそこに何か欠けている議論があるのではないか。
そのように社会と自動運転との相互関係の中に、これからもっと議論が進まないといけない部分があるのではないかと、今日のお話を伺っていて思いました。
社会の側でのニーズというのは、すり合わせみたいなことだと思いますが、技術側、事業者側の方々は、社会に対して何か普及に向けて喚起されていることなどありますか。
大阪というフィールドに限られていますが、関西圏の自治体の方々や事業者の方々とお話ししていると、自動運転のソフトウェアや自動運転車両というところに限らず、交通インフラ側や事業者側で社会に対してどう貢献できるかという話になります。バスと違ってどうやって安全に乗客の方に乗降いただけるかとか、渋滞の中でどう共生していくかというテーマは、結構実証もされてきたので、具体的な話ができるようになっています。
われわれのように最近入ってきた事業者としては、そういった議論の蓄積のベースはつくられていると感じており、そこはこれまで加藤さんや日本における先人の方々がまさに切り開いてくださってきたのだと思います。
大阪の各自治体は、ポスト万博の意識もあって、技術をどうやって活用していこうかとよく考えられているので、私はむしろ日本のほうが上手く連携できる自治体やプレイヤーは多いのではないかと感じています。
そういう議論になることは結構あるということですか。
堺市や大阪市と話していますが、皆さん結構早くて、具体的なルートやエリアについてなど、驚くほど具体的な話ができています。地域によって濃淡ありますが大阪はそうですね。
「いつでもどこでも誰でも」を目指して
理想や社会というものは抽象度が高い話なので、どこまで概念として抽象化できるかが重要になると思っています。自動運転の価値で言えば、考え方としてフォアキャスト(未来を予測して考えること)とバックキャスト(未来から逆算で今を考えること)というものがあります。私が自動運転のフォアキャスト的に考えていることは「人にできないことができないといけない」ということ。例えば、絶対に衝突しないことは人にはできません。あらゆる時間に運転することも人はできません。
人にできないことをやることは価値が高いので、フォアキャスト的に考えて大学の教員の立場で言うと、人にできないことを実現していき、企業などが使い方を考える、ということになります。
それを事業者としてバックキャストすると、理想は「いつでもどこでも誰でも」利用できることになります。24時間いつでも走れるサービスで、どんな環境でも機能することが期待できます。また誰でも、というのは、例えば自分の祖母がバスの運転手をやっていたら、これはすごい社会だと思います。
従って、人にできないことを実現できたとすると、行き着く先は「いつでもどこでも誰でも」を叶えるサービスになるのではないかと思います。
やはり未来のことは若い人がどんどん考えていくのが重要だと思います。地方の高齢者の足を救うということは非常に重要ですが、若い人にとっては他人事のように感じ、一緒に考える機会が多くないと思うのです。
若い人がわくわくするようなモビリティがある社会を考えるとすごくいいなといつも思っています。
僕自身、正直に言うと、それほど自動運転は要らないのではないかなと思っているところもあるのですが(笑)、今回学べたことは、自動運転はやはり手段であって、目標に何を設定するかということの重要性です。ドライバー不足解消などだけではなく、やはり日本の国力などいろいろ考えないといけないところがある。皆それをゴチャゴチャに考え過ぎて、まごまごしている部分もあったりするのかなというところもあります。
僕自身は、機械を無人化に使うのではなく、人と協調して手助けをすることで、人が高齢になっても働いて社会で活躍できるようなものとして使うのがいいのかなと個人的には思っているのですが、今回皆様とお話しして、自動運転の方向は明るいのではないか、自動運転はやはり必要なのではないか、実用化したほうがいいのではないかという気持ちになれたかなと思います。
本日はお忙しい中、有り難うございました。
(2025年9月12日、三田キャンパスにて収録)
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。