執筆者プロフィール

澁谷 遊野(しぶや ゆや)
その他 : 東京大学大学院情報学環准教授塾員

澁谷 遊野(しぶや ゆや)
その他 : 東京大学大学院情報学環准教授塾員
はじめに
ソーシャルメディア(以下、SNS)は、友人や知人との連絡手段にとどまらず、ニュースや娯楽、さらには政治情報の主要な流通経路となっており、いまや私たちの生活を支える情報流通において社会的役割は極めて大きい。選挙の局面においても影響は大きく、有権者の投票行動や世論形成がSNS上の言説と密接に結びつく状況は、新聞やテレビが主たる媒体であった時代とは質的に異なる段階に入っている。
他方、SNSは誤情報(結果として誤っている情報)や偽情報(意図的に誤らせる情報)が短時間で広がる土壌にもなる。投稿や視聴の履歴に応じて表示内容を最適化するアルゴリズムは、利用者の関心に即した提示を可能にする一方、真偽の不確かな情報を増幅させる副作用を伴う。
欧米では、こうした構造が選挙過程に具体的な影響を与えたとされる事例が相次いだ。2016年米国大統領選挙では、ローマ教皇が特定候補を支持したとする誤った情報が拡散し、後にバチカンが否定する事態となった。英国のEU離脱国民投票でも偽情報が意思決定に影響したと指摘され、フランスの2017年大統領選ではマクロン候補の租税回避地利用をめぐる偽情報、ドイツでは移民関連事件に便乗した虚偽の結び付けが拡散した。これらはSNSの構造的特性が拡散を助長し、外国政府の関与を含む情報操作の可能性が現実的であることを示している。また、偽情報の拡散力を高める基盤として、プラットフォームによる行動ターゲティングの存在を無視できない。2016年米国大統領選におけるCambridge Analyticaの事案はその象徴である。流出した利用者データをもとに心理的脆弱性を突く政治広告配信が行われたとされ、この出来事は世界的な関心を集め、プラットフォーム事業者による自主的な対策も取られるようになった。
他方、日本では欧米ほど深刻な事態は確認されていないとの一般的認識がある。ただし、選挙時に偽情報が問題化した事例は存在し、2018年の沖縄県知事選では候補者を批判する真偽不明情報が特定サイトから拡散した。外国政府による大規模介入は顕著ではないにせよ、国内の分断や候補者評価への操作リスクは看過できない。しかも近年はSNSを主要情報源とする有権者が増加しているため、欧米に類似した事態が起こる可能性は十分にある。
日本で何が見えてきたか──2024年衆院選と兵庫県知事選
2024年にはSNSを基盤に支持を広げる候補や政党が目立ち、情報流通の主戦場としてのSNSの性格が一層鮮明になった。中でも兵庫県知事選は、候補者に関する真偽不明の主張がYouTubeや他のSNSで拡散し、「切り抜き動画」が波及速度を加速させた点で示唆的であった。報道機関が公平性配慮から報道量を抑制しがちな選挙期間には、いわゆる「ニュースの空白」が生じやすく、出所や検証が十分でないコンテンツが可視性を得やすい。SNS上の情報の存在感が増した背景には、この空白がある可能性が高いことが指摘されている。
YouTubeでは何が起きたのか
筆者らの研究チームは、2024年の兵庫県知事選と衆院選の公示日から開票日までを対象に、選挙関連のキーワードを含むYouTube動画をAPI経由で収集・分析した。その結果、意外かもしれないが、再生数の上位を占めたのはショート(60秒以内)ではなく長尺動画であった。特に兵庫県知事選では、特定候補の公式チャンネルや政治系の人気チャンネルが強い影響力を示し、それらが発信する長尺動画の再生が伸びた一方、伝統メディアの公式チャンネルは再生数の獲得に苦戦した。これは、視聴者が短く刺激的な断片に反射的に反応していたというより、自己の関心に合致した情報を腰を据えて摂取していたことを示唆する。
このユーザーによる能動的選択には裏面もある。ユーザーは自身の関心に適合するチャンネルや類似コンテンツ動画に滞留しやすく、その結果として異質な意見に触れる機会が狭まる。フィルターバブルやエコーチェンバーの形成は、対立の固定化と分断の増幅に結び付く。加えて、長尺動画の視聴増は、報道の空白を代替的に埋めた可能性を示すが、それが検証負荷の高い内容の拡散と結び付くなら、別種の脆弱性を生むことにもなる。なお、同じYouTubeでも、衆院選では伝統メディアの動画が一定の視聴を得たのに対し、兵庫県知事選では同様の傾向は弱かった。選挙の性格、地域文脈、出演者や話題設定の違いが、アルゴリズムと視聴行動を通じて流通の様相を変えた可能性がある。
Ⅹ(旧Twitter)のコミュニティノートは役に立ったか
Ⅹに実装された「コミュニティノート」は、誤解を招く可能性がある投稿に、Ⅹユーザーが協力して背景情報を提供することができる仕組みである。協力者はあらゆる投稿にコメントを残すことができ、十分な数の協力者がさまざまな視点から「役に立った」と評価すると、そのコメントが投稿に表示されるもので、不確かな情報に対するファクトチェックの役割を担う可能性が期待されている。Ⅹのイーロン・マスクは「インターネット上で最も信頼できる情報源」と評するが、他方で人手によるコンテンツモデレーションを縮小し、アルゴリズムによる解決への偏重との批判も根強い。実際、米国大統領選挙では、誤った主張や誤解を招くような主張に対抗できておらず、Ⅹのコミュニティノートは十分に機能していないとの研究結果もある。
2024年衆院選を対象とした筆者らの研究チームが行った分析によると、最も閲覧されたノート付き投稿は、国民審査の記入方法、移民政策、ワクチン関連の主張に関わるものであり、明白な誤りの訂正や補足として一定の機能を果たしたことが示唆される。しかし同時に、コミュニティノートを大量に投稿しているユーザーの多くが特定の政党や主張に偏って注釈を付す傾向が確認された他、閲覧上位のノートの多くが少なくとも2つ以上の政党を同時に取り上げて党派的論戦を展開する様相を呈した。結果として、コミュニティノートは中立的ファクトチェックという理想像よりも、党派的対立を可視化する鏡として機能した面が強い。
生成AIと選挙
2024年以降の選挙では生成AIの利用も注目された。生成AIは動画編集や文章生成を迅速・低コスト・容易に実現するため、情報の流通量と速度を格段に高める。現段階では選挙全体を根本から変えるほどの影響は確認されていないとの見方が広まっているが、中長期的には深刻なリスクを孕む。とりわけディープフェイク技術の普及は、候補者の信用を失墜させる虚偽情報の生成と拡散を容易にする可能性を秘めている。
2024年衆院選挙関連のSNS投稿においても、著名政治家が特定政策を支持するかのように見せる生成動画の存在が確認されている。問題は偽動画の有無だけではない。編集や要約の自動化が、メッセージの再生産を加速し、検証を追い越す速度で流通させる点にある。若年層を含む受け手の認知に与える影響、政治的不信の累積効果など、中長期的な視座による検証が不可欠である。
おわりに
選挙とSNSをめぐる課題は、偽情報拡散、社会的分断、行動ターゲティング、生成AIといった要素が複雑に絡み合う多層的な問題である。日本においては欧米ほど深刻な事態は未だ生じていないが、2024年以降の選挙時のSNS上の情報流通の事例は将来的なリスクの現実性を示している。SNSは民主主義を脅かす危険を孕む一方で、有権者が多様な情報に触れ、政治参加を促す契機ともなり得る。重要なのは、この二面性を前提とした多角的な取り組みのための枠組みの構築である。ファクトチェックの推進や、プラットフォーム事業者による広告やレコメンドの透明性の向上、ユーザー向けの情報リテラシー教育や規制の必要性の検討などを多様なステークホルダーによる対話を通じて検討を進める必要がある。同時に一人ひとりのユーザーもまた、自らが接する情報を吟味し、多角的な視点を持つ態度を養わねばならない。生成AIの普及によって情報環境はさらに複雑化し、情報の流通速度は加速するだろう。だからこそ、短期的な現象に惑わされず、中長期的視点から民主主義の健全性を確保するための仕組みづくりが求められる。SNSの力を分断ではなく参加と熟議へとつなげることが、今後の課題である。
なお、筆者ら研究チームは現在、2025年参院選を対象にYouTube上の動画投稿と視聴の動態を分析している。2024年との比較において、投稿戦略や内容構成の変化が観察されつつあり、選挙ごとに情報流通の様式が同質ではないこと、技術進展や社会情勢に応じて流通の回路自体が変容することが示唆される。ゆえに、単一の事例に基づく一般化は避け、継続的なデータ収集と比較分析により、民主主義の健全性を支える実証的知見を積み上げていくことが肝要である。
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* 本稿で紹介した著者らの研究チームによる分析に際しては、住奥響氏ならびに中里朋楓氏にデータ解析をはじめとする作業に多大なご尽力をいただいた。ここに記して深く感謝の意を表する。
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。