執筆者プロフィール

白木 信一郎(しらき しんいちろう)
その他 : あけぼの投資顧問株式会社代表取締役塾員

白木 信一郎(しらき しんいちろう)
その他 : あけぼの投資顧問株式会社代表取締役塾員
2019/11/05
インドの成長の軌跡
世界2位の人口13億人を抱えるインドが、市場関係者の注目を集めている。世界1位の14億人を抱えて高成長を成し遂げた中国経済は近年、米国との貿易摩擦や国内の不良債権問題によって綻びが目立つ。その中国と比べて、インドは30歳未満が人口の半分以上を占めており、労働人口増加という人口ボーナスによる追い風を受けやすい環境にあることから、今後の経済成長の潜在力では勝っているように思われる。2019年5月の下院総選挙では、モディ首相率いるインド人民党が前回2014年の結果を上回る議席を獲得して大勝した。経済改革の推進を看板に掲げて政権運営を担ってきたモディ政権の安定的な継続は、イ ンド経済にとってもプラスに働く。
1991年秋、塾経済学部の大島通義ゼミに所属していた私は、インドにおけるODAの実態調査という、ゼミの内容とはかけ離れた理由で、比較的長期のインド旅行を敢行した。北部を中心にバックパックで各都市を訪ね、インドの世俗、人々の暮らしぶりを目の当たりにし、多様な文化が入り混じるインドの魅力を存分に楽しんだ。その頃のインドの人口は8.6億人、GDP総額は約29兆円であった。2018年には人口が13.5億人、GDP総額が約293兆円と、経済の急成長ぶりが窺える。その間、主要都市には高層ビルが立ち並び、自動車道が整備され、幾つかの地方都市も急成長を遂げた。
高度人材の国際進出
91年当時、英語が公用語の1つであることからインドのビジネス成長の可能性を予見する向きもあったが、紙幣に印刷してある公用語、準公用語が17もあることから分かるように、地域による文化の差は大きく、州によって制度もインフラもバラバラであった。また、1950年に憲法17条によって禁止されたはずのカースト制度に基づく差別も根強く残っており、雇用面も大きな問題を抱えていた。そのため、インドの優秀な人材は米国、英国をはじめ海外に流出し、IT業界、金融業界を中心に頭角を現していた。その頃には、日本に進出していた外資の金融機関のシステム部門にも多くのインド人が働いていた。
最近、私たちの投資候補案件の中にもインド国内のIT企業や不動産関連企業を見かける機会が増えた。外資誘致に積極的なモディ政権は、投資規制緩和、法人設立手続きの簡素化、インフラ整備等を進めてきた。中国におけるコスト上昇の影響もあり、国際企業の中にはインドへの製造拠点の移転を検討するところも増えていると聞く。
また、米国株式市場の時価総額上位を軒並みIT企業が占める中、大手IT企業におけるインド出身の従業員の比率が高まるのと合わせて、インド系CEOの誕生も目立つようになっている。マイクロソフト、グーグル、アドビ等の米国を代表する企業のCEOはインド系である。
ベンチャー投資市場の課題
このように、隆盛が目立つインド経済だが、国内のベンチャー投資に焦点を絞ってみると、少し別の景色が見えてくる。ベンチャーキャピタルからベンチャー企業への投資は、2015年にピークをつけて以降、減少傾向にあり、2017年にはピーク時の半分程度に落ち込んでいる。特に顕著なのが、スタートアップ企業に対する投資の減少だ。
その理由を私なりに考えてみると、(1)インドでのITビジネスは既に中国などで確立されたビジネスモデルの移植が多い。他国の競合相手もインド参入を虎視眈々と狙っていたため、自国スタートアップには厳しい状況である。(2)中国と異なり、インドは英語が公用語であるため、中国(韓国、日本)のような自国の言語を差別化要因とした囲い込みが難しく、他国企業に先行を許しやすい。(3)インドマーケットが巨大であるため、海外に目が向きにくい傾向があった。(4)米国では収益・利益が計上される前のスタートアップ企業であっても、大手IT企業による買収や資本提携が日常茶飯事である。それに対して、インド企業は情報開示に消極的なことから、外資による買収が起こり難い等、ベンチャー投資家にとっての出口戦略が限られてしまう。
ちなみに、私どもが個別で見ているインドのITベンチャー企業の中で、最近業績が好調に推移しているのは、中国国内市場のシェアの切取りに成功した企業である。競争の激しい業界において、今後はますますクロスボーダーでの売上げを念頭において事業を考える必要がある。
もっとも、世界に類を見ないほど多様な文化に裏付けられるインド市場を網羅的に理解することはほとんど不可能であろう。しかし、大国となる運命にあるインドに対する投資機会は、今後増加することはあっても減ることはないと考えられ、知らないではすまされない。そして何より、インドは面白いのである。
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。