慶應義塾

【特集:大学院教育を考える】小方直幸:大学院教育の陰陽

執筆者プロフィール

  • 小方 直幸(おがた なおゆき)

    香川大学教育学部教授

    小方 直幸(おがた なおゆき)

    香川大学教育学部教授

2022/10/05

21世紀の大学院政策を振り返ると、2003年に専門職大学院が制度化され、2005年の答申「新時代の大学院教育」を受けた「大学院教育振興施策要綱」に基づいて、COEプログラムや大学院GP等の施策が打ち出された。また2011年の答申「グローバル化社会の大学院教育」を受けて、「博士課程教育リーディングプログラム」も開始した。しかし、大学院制度やそれを前提とした諸施策に対しては疑問や批判の声も後を絶たない(例えば天野2011や金子2013等)。それだけ大学院制度は様々な課題を抱え、種々の施策もそれを打破する妙薬とはなり得ていない。以下では、大学院を考える基礎資料である各種の統計・調査に立ち返り、2000年以降の大学院問題を博士課程にフォーカスしつつ、卒業後のキャリアや奨学金等の支援の観点から考えてみたい。

1. 入口の需要 ──博士課程は低下に歯止めかからず

まずは志願状況から(図1)。修士課程への需要は、学士課程の求人動向に左右される──景気後退期に進学者が増加、という調整弁的な役割もあり、志願者数=需要といえない面もあるが、2010年代以降に増減の変化はありつつも12万人前後で推移している。専門職学位課程は制度発足後、志願者が4万人を超える時期もあったが、2010年代半ばにかけて急減し、その後は2万人前後で推移している。これは、法科大学院制度への期待と挫折によるものである。博士課程はどうか。2003年の22,550人をピークに減少傾向に転じている。2021年の志願者は17,729人で、ピーク時の79%の水準にまで落ち込んでいる。修士課程修了者の博士課程への進学率も、2000年には17%であったが低下を続け、2021年には10%を割り込んでいる。

図1 大学院の志願状況の変化  出所:学校基本調査

続いて入学者である(図2)。修士課程は一時8万人を超えたがほぼ7万人台で推移し、入学志願者を入学者で除した値(『志願倍率』と表記)は1.5~1.7倍である。専門職学位課程は2008年の9,468人をピークに減少に転じ2014年には6,638人まで落ち込むが、その後は回復傾向にある。『志願倍率』は法科大学院の状況に応じて大きく変動したが、ここ数年は2.3倍付近で安定している。博士課程の『志願倍率』は1.2倍前半で推移するも、2004年の18,232人をピークに減少傾向にあり、2007年に1万7千人、2011年に1万6千人、そして2016年には1万5千人を割り込み、入学者の減少に歯止めがかかっていない。

図2 大学院の入学状況の変化 出所:学校基本調査

2. 博士課程の出口需要──就職先が多様化し長期的には改善するも

まずは進学者を含む就職進学者・率である(図3)。就職進学者数は2010年過ぎまで増加後は安定的に推移し、ここ数年は再び増加傾向にある。2000年を起点とすれば、2021年の就職進学者は1.6倍で、以前と比べて博士課程修了者は何らかの職に就くようになっている。このことは、就職進学率の上昇からも確認でき、2000年代半ばまで五割後半の低い水準で推移したが、2008年以降は6割台に上昇しその後も緩やかに上昇している。確かに、出口状況は長期的には改善傾向にあるものの、就職進学率の水準自体は決して高いとはいえない。

図3 修了後の状況(博士課程) 出所:学校基本調査

加えて、入学者が減少する中での出口改善という点にも留意がいる。「就職状況が好転し入学者も拡大」というサイクルではないのである。文科省科学技術政策研究所「日本の理工系修士学生の進路決定に関する意識調査」(2009)でも、出口問題への不安・不満は依然として大きい。「博士課程に進学すると修了後の就職が心配」(「そう思う」70%)に加え、「博士課程進学のコストに対して生涯賃金などのパフォーマンスが悪い」「大学教員などの仕事に魅力を感じない」に過半数が「そう思う」と回答している(それぞれ62%と52%)。博士課程進学を検討する際の重要事項(上位3つを選択)に対しても、「民間企業などにおける博士課程修了者の雇用の増加」を挙げた者は54%に達する。「賃金や昇進が優遇されるなど、博士課程修了者の民間企業などにおける雇用条件の改善」や「博士課程修了者がアカデミックポストへ就職する可能性」も、それぞれ41%、32%が重要と回答している。

続いて就職先である。博士課程修了者の多くは専門・技術職に就くため、産業別就職者に注目する。かつて博士課程修了者の就職先はアカデミアが主であった。サービス業のカテゴリーで高等教育を含む「教育」就職者が、1970年には59%、1980年でも58%と高かった。ただしこの値は1990年に41%、2000年には33%と、既に30年前から減少していた。当時とは学校基本調査のカテゴリーも変わり単純な比較はできないが、「教育・学習支援業」と「学術研究、専門・技術サービス業」への就職動向を確認しておきたい(図4)*1。

図4 産業別就職者の状況(博士課程) 出所:学校基本調査

まず「教育・学習支援業」への就職者は、2003年の2,563人から2021年の4,091人まで拡大を続けるが、その後は減少傾向にある。全就職者に占める割合は3割台に留まるが、依然として最大の就職先である。続いて「学術研究、専門・技術サービス業」である。こちらも2003年の929人から2014年の1,531人まで拡大するが、その後は減少に転じている。この間、2つのカテゴリーが全体に占める割合は4割台で推移し大きな変化はない。なお、2つのカテゴリー以外で就職者が多いのは「医療・福祉」の中の医療業・保健衛生である。全体に占める割合に変化はないが、一貫して20%台半ばから後半で推移している。

3. 大学院生の生活実態──奨学金受給者の減少とその意味

奨学金は大学院進学や進学後の生活を少なからず左右する。居住形態や設置形態によりその様相は異なるが、平均的には次のようになっている(表1、2)。奨学金受給額は、修士課程より専門職学位課程、専門職学位課程より博士課程で高い。修士課程と博士課程では1.7-2.0倍の差があり、奨学金の持つ意味は博士課程でより大きい。奨学金が収入に占める割合も、博士課程の方が修士課程よりも3-9%ポイント高い。注目したいのはこの間の変化である。奨学金受給額は、修士、専門職学位、博士のいずれの課程でもいったん上昇した後、その後は急速に減少している。ピーク時の額と比較すると、修士課程では15万円、専門職学位課程では47万円、博士課程では28万円少ない。並行して収入に占める割合も減少し、2012年以降の落ち込みが特に大きい。ピーク時と比べ修士課程では8%ポイント、専門職学位課程では17%ポイント、博士課程では15%ポイントも少ない。

表1 奨学金の受給額と収入に占める割合
表2 奨学金の受給者及び必要としない者の比率

この変化は、大学院生の生活状況がより厳しくなったことを意味するのか。まずは奨学金の受給比率から検討すると、いずれの課程でも低下している。ピーク時と比較した変化は、修士課程では11%ポイント、専門職学位課程では26%ポイント、博士課程では15%ポイントの減少である。逆に奨学金の受給は必要ない、という比率は上昇している。奨学金の受給額や収入に占める割合低下の背景の1つには、奨学金の受給を必要としない大学院生が増えたことが挙げられる。ただし、奨学金問題は解決方向にあると単純に解釈することはできない。想定し得るシナリオは2つ。シナリオ①は「奨学金を必要としない有職者の社会人が増えた」、シナリオ②は「非有職者であっても家計に余裕のある者が増えた」である。

博士課程に着目し部分的ながらこのシナリオを検証してみたい。表3は、収入に占める家庭からの割合の減少と定職他の割合の増加を示している。背景にあるのが有職学生の増加である。実際、博士課程の社会人入学者は2018年まで一貫して増え続け(図5)、現在博士課程入学者の四割は社会人である。奨学金受給者減少の一端は、シナリオ①で説明が可能と思われる。だが表3では、アルバイト収入の占める割合も2012年以降再び増加傾向にある。社会人学生の増加は、リカレントやリスキリングという点からも歓迎すべきである。だがその傍らで、博士課程を断念する非有職者やアルバイトを余儀なくされる者の増加、という可能性も否定できない。「日本の理工系修士学生の進路決定に関する意識調査」(前掲)によれば、「博士課程に進学すると生活の経済的見通しが立たない」に76%が「そう思う」と回答し、博士課程進学の際の重要事項として24%が「博士課程在籍者に対する経済的支援の拡充」を1位に挙げている。博士課程の6割を占める非社会人学生を中心とした経済支援問題は、解決されたわけではない。その結果シナリオ②が仮に招来しているとすれば、それは博士課程での学びの機会の剥奪とも言い換えられる。

表3 奨学金以外が収入に占める割合(博士課程)
図5 社会人入学者数と全入学者に占める比率(博士課程) 出所:学校基本調査

4. 大学院教育の行方──政策レベルの陰陽と現場レベルの陰陽

大学院教育の充実に向けた政策は今なお継続している。例えば科学技術・イノベーション基本計画(2021)では、2025年までに生活費相当額を受給する博士課程学生を3倍に増加(修士課程からの進学者数の7割)、産業界の理工系博士取得者採用数も1,000名(65%)増加、⼤学等教員の職務に占める学内事務等の割合を半減といったことや、将来的に40歳未満の教員の割合を3割以上にすること等を数値目標に掲げている。裏を返せば、描いたとおりの大学院の改革や拡充が進んでいないことの証左でもある。

一方で、大学院卒の所得効果の高さ(島・藤村2014、下山・村田2019等)は指摘されてきたが、サンプル数の課題等もあり、博士課程の所得効果には頑強な結論が得られていない。また仮に効果があったとしても、大学院生の肌感覚としては認識されていない。正確な情報提供は不可欠である。でも人は統計をみて行動するわけではない。今回のような日本全体の動向を提示されるより、目の前の先輩の実態や指導教員の話が説得力を持つ。必要なのは、個々の大学院の現場で生活支援が充実しキャリア展望が開ける経験である。それに向けて各大学院は企業等とも対話しながら自らの博士課程をどう位置づけようとしているのか、そして政策は個別大学院の文脈に即した後押しができているのか。そこがズレていれば、制度も政策も迷走を続けることになる。

〈注〉

*1 「教育、学習支援業」には学校教育(高等教育を含む)とその他の教育・学習支援業が、「学術研究、専門・技術サービス業」には学術・開発研究機関(各種研究所を含む)、法務・財務等の専門サービス業、広告業、獣医学や土木建築等の技術サービス業が含まれる。

〈参考文献〉

天野郁夫(2011)「大学院答申を読む」『IDE』532、8-14頁。

金子元久(2013)「大学院の現実」『IDE』552、4-11頁。

島一則・藤村正司(2014)「大卒・大学院卒者の所得関数分析─大学教育経験・学習有効性認識・自己学習投資に注目して─」『大学経営政策研究』4、23-36頁。

下山朗・村田治(2019)「大学院進学の経済的収益─就業構造基本調査を用いた賃金プレミアムと内部収益率の推計─」『生活経済研究』50、1-17頁。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。