慶應義塾

【特集:裁判員制度10年】裁判員制度は刑事手続を変えたか

執筆者プロフィール

  • 亀井 源太郎(かめい げんたろう)

    法学部 教授

    亀井 源太郎(かめい げんたろう)

    法学部 教授

2019/10/05

1 はじめに──平野龍一の展望

かつて刑事法学の泰斗である平野龍一は、わが国の刑事裁判は「かなり絶望的である」と「診断」した(平野龍一「現行刑事訴訟法の診断」平場安治ほか編『団藤重光博士古稀祝賀論文集〔第4巻〕』(1985年)、407頁以下)。

平野は、「くわしい、裏づけのある自白が要求される」、「しばしばわが国の裁判は『調書裁判』であるといわれる」、「わが国では、書面を通じての事実認定の審査が〔上訴審において〕平然として行われている」等、刑事手続の各段階につき批判を加えたのである。

平野は、「このような訴訟から脱却する道があるか、おそらく参審か陪審でも採用しない限り、ないかもしれない。……わが国の刑事裁判はかなり絶望的である」と結んだ。「絶望」を吐露しつつ、「参審か陪審」に希望の光を見たのである。

後年、平野は、陪審制度よりも参審制度の方が「わが国においては妥当」だとし、次のように述べた(平野「参審制の採用による『核心司法』を──刑事司法改革の動きと方向」ジュリスト1148号(1999年)、5頁)。

「参審制度のもとでは、裁判官も参審員も公判廷に顕出された証拠だけで心証をとらなければならない。……公判廷での朗読だけから心証をとるようにするほかはない。そのためには捜査記録も、要を得た、そして事件の核心を突いた短いものにする必要があるであろう。それは、ひいては、取調べのやり方、身柄拘束の長さにも影響を及ぼすかもしれない。また公判での証人尋問、反対尋問も、精密なものではなく、核心的なものになるかもしれない」。

平野は、参審制度が刑事手続の各段階を改革すると展望したのである。

裁判員制度は参審制度とは異なる。しかし、国民と職業裁判官が共働し一定の事項を判断するという意味では通底する。

本稿では、国民の司法参加により刑事手続全体を変容させるという平野の展望がどの程度実現されたのか、裁判員制度10年にあたり最高裁判所事務総局が公表した総括報告書(最高裁判所事務総局「裁判員制度10年の総括報告書」(2019年)。以下、特に断りなく頁数を記した場合、同報告書の該当頁を意味する)を概観し検討する。

2 第一審に対する影響

総括報告書によれば、従来の刑事裁判は「精密司法・調書裁判などと言われる……在りようであった」が、「この10年間で、核心司法、すなわち、刑事裁判の目的である犯罪事実の有無及び量刑を決する上で必要な範囲で審理・判断を行うという考え方」が概ね共有されるに至り、また、公判中心主義の理念に基づき、「公判審理は劇的な変化を遂げた」(6頁)。

同報告書は、公判準備につき、「当事者の主張(証明予定事実記載書、予定主張記載書面)も必要なポイントに絞ったものとすることが意識されるようになった」こと、「整理された争点を判断するために最良の証拠(ベスト・エビデンス)は何かという観点からの証拠整理の必要性も意識されるようになった」ことを指摘する(7頁)。

このように公判準備段階が変化したとすれば、その影響が時間的に後の公判手続にのみならず、時間的に先行する捜査段階に及ぶことも期待される。公判準備段階でポイントを絞った主張が要求されるのであれば、それに先行する捜査段階でも、後にポイントを絞った主張するために必要な限りでの証拠収集を行えば足りるはずだからである。

公判については、「連日的開廷による集中した審理が実施されている」こと、「簡潔な冒頭陳述を行う運用が広がりつつあること」、「犯罪の主要部分について人証中心の立証が行われている」こと、「書証の厳選ないし大幅圧縮の試みは、完全に定着した」こと(平成23年には83.4分であった自白事件における犯罪事実立証のための書証取調べ時間は、平成30年には62.9分まで減少)、「論告・弁論においては……評議・判決を見越して公判前整理手続で整理された判断枠組に即した主張が展開されるようになった」ことが指摘されている(8頁以下)。

人証中心の立証や書証の厳選・大幅圧縮は、平野が批判した従来の証拠調べ(精密司法)が、目指すべき核心司法へと変容してきたことの証左である。

評議については、裁判員と裁判官の実質的協動のため、量刑につき「行為責任を基本とする量刑判断の枠組みがより明確にされ」、量刑以外の点につき「責任能力の判断枠組みや殺意等の法律概念について、本質に立ち返った整理が提言された。……こうした法律概念の理解が必要な事件においても、裁判員が実質的に意見を述べられる環境が整えられつつある」とされる(13頁以下)。

判決については、量刑へ国民の視点・感覚が反映され、「裁判官裁判時代と比べると、軽重の双方向で量刑判断の幅が広くなっていること」、簡明な判決書が増加したこと、総花式の量刑理由の記載が珍しくなり、「具体的な刑を導くプロセスを表すことに意を用いていることがうかがわれる」とされる(17頁以下)。

以上、裁判員裁判対象事件が、裁判員制度導入によってどのように変化したか、総括報告書に基づき概観した。

次章では、裁判員制度が控訴審や裁判員制度の対象でない事件の審理に与えた影響について概観しよう。

3 控訴審・裁判員裁判非対象事件への波及

総括報告書は、「裁判員裁判の取組や理念の波及」との小見出しの下、控訴審や裁判員裁判非対象事件の審理に及んだ影響についても論じている。

すなわち、同報告書によれば、控訴審の事後審としての性格が徹底され、従前より破棄率も、控訴審において事実の取調べが行われた事件の割合も低下している(控訴審が平成18〜20年に終局した事件〔第一審が裁判官裁判〕では17.6%であった破棄率は、控訴審が平成24年6月から平成30年12月末に終局した事件〔第一審が裁判員裁判〕では10.9%に低下した。同様に、事実の取調べが行われた事件の割合も78.4%から53.6%に低下した。21頁以下)。

また、同報告書は、裁判員裁判非対象事件においても、「刑事訴訟法の本旨に立ち返った裁判は、……実現されるべきものである」とした上で、「当該事案における真の争点、すなわち判断の分岐点はどこか、その判断のために最良の手続、証拠は何かという発想」によって、「裁判員裁判のプラクティスの目的を踏まえた上で、非対象事件の事案においてそのプラクティスを活用する必要性・相当性があるのかどうかを十分に吟味することが必要である」とする(23頁)。

さらに、裁判員裁判対象事件においても、(非対象事件も含めた)全事件においても、保釈率が上昇傾向にある。

前者においては、平成18年から平成20年(裁判官裁判時代)においては4.5%であったが、平成24年6月から平成30年12月末(裁判員裁判時代)においては10.7%まで上昇している。また、後者においても、平成20年の14.4%から平成30年の32.5%まで上昇しているのである。

総括報告書は、裁判員裁判対象事件における公判前整理手続につき、「柔軟かつ幅広い証拠開示が早期に行われるようにな〔った〕」とする(7頁。そのような姿勢が現れた判例として、最決平成19年12月25日刑集61巻9号895頁、最決平成20年9月30日刑集62巻8号2753頁参照)。

積極的な証拠開示は、裁判員裁判対象事件についてだけ行われているわけではない。

公判前整理手続は裁判員裁判を実施するための不可欠の前提であって、裁判員裁判対象事件においては必ず行われるが、それ以外の事件については任意的に行われるに止まる。また、刑事訴訟法は公判前整理手続での証拠開示につき詳細に規定するが、公判前整理手続が行われない場合については明文の定めを置いていない。

しかし、「柔軟かつ幅広い証拠開示」は、裁判員裁判対象事件および裁判員裁判非対象事件であって公判前整理手続に付された事件のみならず(すなわち、公判前整理手続に付された事件のみならず)、公判前整理手続に付されなかった事件において行われている(齊藤啓昭ほか「裁判官・弁護士座談会〈特集・近時の刑事裁判実務──裁判員裁判制度スタートから7年経過して〉」LIBRA16巻6号(2016年)3頁〔神山啓史発言〕参照。さらに、同5頁山本衛発言・齊藤発言も参照)。

4 到達点と課題──まとめにかえて

裁判員制度の導入は、同制度対象事件の第一審公判手続を変容させたのみならず、裁判員裁判非対象事件の公判手続、さらには公判手続に先行する捜査・公判準備や後行する控訴審をも変容させた。

その変容は、肯定的に評価できる方向へのものである。国民の司法参加によって刑事手続全体を改革しようとする平野の構想は――平野の主張した参審制度ではなく裁判員制度によってではあるが――現実のものとなりつつある。

もっとも、裁判員制度に伴う課題も存する。擱筆するに際し、同報告書に基づいてこれらの課題を整理しておこう。

公判前整理手続については、その長期化傾向が指摘されている(公判前整理手続期間の平均値は、平成21年では2.8月であったが、最も長期化した平成29年では8.3月であった。38頁)。公判前整理手続期間が長期化すれば、その分、被告人にとって様々な負担が増す。このため、十分な対応が求められる。

長期化傾向は、審理期間や開廷時間、評議時間についても指摘される(38頁以下)。すなわち、平均審理期間は平成21年に5.0月であったものが平成30年には10.1月まで長期化している。また、平均開廷時間は平成21年に526.9分であったものが平成30年には640.3分まで、平均評議時間は平成21年に397.0分であったものが平成30年には778.3分まで、それぞれ長期化している。

これらの長期化傾向のうち評議時間について、総括報告書は、3年後検証で裁判員経験者が評議時間が短かったとする意見が多かったことに照らして「裁判官が長めに評議時間を設定していることが要因の一つと考えられる」、「納得いくまで十分に議論したいという裁判員の事件に取り組む真摯さの表れというべきであって、否定的に捉えられるべきものではない」とする(15頁)。

しかし、これらが長期化すれば、裁判員の負担のみならず、被告人の負担も増大する。また、同報告書も指摘するように、「評議での議論が判断の分岐点以外の点にまで拡散し、そこに時間を費やしているという可能性も考えられないではない」(15頁)。裁判員にとって必要かつ十分な評議時間が、いっそう適切に設定されるべきである。

裁判員候補者の辞退率・出席率の動向もやや気がかりである。現在のところ、「制度施行から今日に至るまで、裁判員の選任に具体的な支障が生じた事例はない」とされるものの、「辞退率の上昇、出席率の低下という傾向」が続いたことも指摘されているためである(2頁以下。ただし出席率は平成30年から好転し始めた)。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。