慶應義塾

【特集:SFC創設30年】創設30年を迎えたSFC──新しい文明の先導を目指す

執筆者プロフィール

  • 國領 二郎(こくりょう じろう)

    その他 : 常任理事総合政策学部 教授

    國領 二郎(こくりょう じろう)

    その他 : 常任理事総合政策学部 教授

2020/10/05

画像:2019年ドローンによる撮影(武田圭史研究室提供)

2019年、湘南藤沢キャンパス(以下SFC)に新しい時代の到来を印象づける出来事が2つあった。1つは総合政策学部、環境情報学部という創設と同時に立ち上がった2学部の学部長が両方とも60歳台から40歳台に若返ったことである。もう1つは創設時から、日本のインターネットの父としてキャンパスのイメージ形成に決定的な影響力を持ってきた村井純教授が定年でキャンパス執行部(政策・メディア研究科委員長)から外れたことである(同教授は現在、大学教授として慶應義塾大学に残り同サイバー文明研究センターの共同センター長をしている)。折しもキャンパス創設30年、ここで過去を振り返り、未来を構想する良いチャンスだろう。SFCは単に慶應義塾だけではなく、日本の大学改革全体の象徴であり続けてきた。何が達成されて、何がやり残されたかを振り返ることで、これから果たすべき新たな使命を考えなければならない。

石川塾長の創立125年時のビジョン

石川忠雄塾長によって、SFCの基本構想が初めて公に語られたのは1983年、慶應義塾125年記念式典の場であったとされる。新キャンパスを開くとの明言があったわけではないが、確かに今日にいたる基本コンセプトが語られている。式辞が『三田評論別冊 創立125年記念誌』に掲載されているので、そこから抜き出してみたい。

まず、基本的な問題意識として、「工業化が、我々の周辺に大きな問題を様々に提起」しているとし、「複雑で、流動的で、不確定な時代は、我々が過去に経験しなかった新しい現象が、後から後から起こってくる時代」の到来を告げた。そして、それに対応するためには「学問のあり方もいろいろな意味で変化」し、「かつて我々が対象としなかった領域の研究」や「学問分野と学問分野の間の交渉領域の研究・教育も重要」となるとした。教育の面では「新しい現象に対して、自分の頭でものを分析し、推理し、判断し、構成する力、ここに教育の重点が移されてこなければなりません」そして「これまでの大学の研究・教育体制では、決して十分でない」とした。続いて国際的交流も掲げられている。「学問は世界共有のもの」であり、「慶應義塾は、国際的な評価に耐えうる学塾」に発展しなければならないと締めくくっている。これらは、ほぼ40年後の今日でも新鮮さが失われていない。

石川塾長のビジョンの具現化として、SFCが掲げてきた理念の中で、最も重要なのが「問題発見・問題解決」をキーワードとする、学問領域ではなく、解決しようとしている問題領域を中心にさまざまな専門を持つ研究者が結集する学際的アプローチである。単なるキャッチフレーズを超えて、教員組織も「プロジェクト」という流動性を前提とし、学問分野とは無関係の研究対象を軸として作られている。それは問題が時代によって変化するにつれて組織も変化していくことを意味する。もっと生々しいレベルで言うと教員の新規採用においても「後任者の補充」という考え方を捨てて、キャンパス執行部が次の時代に行わなければならない問題解決に最も貢献しそうな者を探し、任用することになる。そして採用基準には多様な分野の研究者と連携してアウトプットができる能力も含まれる。多様性こそが力になるという思想が貫徹しているのだ。

このような人事ができる理由として、学部長選挙が終了した直後に、人事を含む学部意思決定の多くを委任される「運営委員会」方式があることも付言しておきたい。学長や学部長を選挙で選ぶ制度への批判も多い昨今だが、メリハリの効いた運営と、研究者の主体性を尊重した運営は両立しうることをSFCは示してきた。

SFCが始めた様々な仕組み

多様な知を結集させる方法論も発達させてきた。学際チームを烏合の衆にさせないためには、それなりのノウハウが必要だ。SFCでは、自然言語、プログラミング言語、(制度なども含む)システムデザイン言語、(統計なども含む)データサイエンス言語など、全ての分野に共通する言語体系を共有することによって、分野を超えて結集した研究者同士の「言葉が通じる」状態を作ることに腐心してきた。まだまだの面もあるが、世界を見渡しても、SFCほど学際研究が自然に出来ている大学を私は知らない。

SFCが始めた入試改革のシンボルであるアドミッションズ・オフィス(AO)方式入試もすっかり定着した。一般教科中心の入試ではないため、当初、いろいろな誤解に基づく揶揄もあったが、元々の志である「多面的な評価基準によって多様な学生を迎える」という本質を忘れないで運営を続けてきたことで本質が理解されるようになってきた。今や日本全体の大学改革の基本路線と認識されつつある。現場感覚でいうと、AOで多様な学生を受け入れることで、一般入試で入ってくる学生まで刺激されて型を破った発想で活躍し始めてくれる。

多様な学生の受け入れという意味では2011年に開始した、英語による授業で入学から卒業までできるGIGA(Global Information and Governance Academic Program)も順調に育っている。2019年9月には79名の入学者が集まるプログラムとなった。他のプログラムへの留学生を含めると30カ国から学生が集まる国際キャンパスになっている。GIGAプログラムは、タイトル自体が文理融合かつ統治という問題解決志向となっていることに注目されたい。問題発見・問題解決を起点とする大学の学際的組織化は、近年、国際的にも大学ランキングなどでも、重要な評価ポイントとなっている。例えばSDGs(持続可能な開発目標)はその言葉が生まれる前からSFCの中心テーマだった。慶應義塾大学はその部門(THE Impact Rankings)において、2019年には世界トップ100大学入りを果たしており、SFCの活動への評価が大きな要因となったことを誇らしく思っている。

イノベーションとベンチャーの創成

問題発見にとどまらず、問題解決にまで関与する姿勢もSFCの特徴として定着した。これは産業界や官庁などと連携して、研究成果を具体的に社会の中に埋め込む作業に関与していく姿勢ということになる。「発見(discovery)」が原理を解明することで、「発明(invention)」が新しい技術を開発することで、「イノベーション(innovation)」が発見を具体的な社会システムに組み込んで持続的に価値を生み出す仕組みづくりのことである、と理解した時に、SFCは単なる発見や発明に留まらず、イノベーションを起こすところまでコミットする。

イノベーションの1つの形態がベンチャーの創成だ。いま、日本の中で活躍しているベンチャーでSFCの卒業生の姿が見えないものは少ない、といっても過言ではないほど、多くの起業家を輩出している。学生のうちから立ち上げる者が目立つが、そればかりではない。実は卒業時の進路だけ見ると大多数は慶應義塾の他の学部とそれほど変わらない。違いがあるとすると、卒業してしばらくして力を付けてからベンチャーに身を投じる者も多いことだ。初期の頃は、転職する者が多いことが何か悪いことのように言われることも多かったが、最近は世の中のほうが変わってきた。この間、SFCでは先輩たちの背中を見ながら、イノベーションを起こすことを特別なことではなく、やって当然の自然なことと考える文化が定着した。石川塾長の予言された不確定で変動する世の中において、時代の変化に合わせながら自らの力でキャリアを作ることのできるSFC卒業生たちのタフさには驚かされることが多い。

多くの起業家を輩出した基盤となった大きな要因がインターネットの一大拠点としてのSFCだろう。グローバル化の進展や、問題の相互依存性や結果としての不確定性の拡大など、石川塾長の指摘した世界の進化を加速させたのはインターネットだったと言えるだろう。また、問題解決に向けた「あたらしい研究方法」を多く生み出してきたのもインターネットで、その分野においてリーダーシップを発揮できたことの価値は大変大きかった。いま、キャンパスの運営に当たっている新リーダーたちは、インターネット進化の最先端を経験してきた層であって、良くも悪くも情報化の意味を肌身で分かっている。ますます進化のスピードを加速させているデジタル社会にしっかり対応した舵取りをしてくれるだろう。

新たな「文明論之概略」の編纂のために

以上、SFCの成果を並べたててしまったが、ここでまた石川塾長が「過去の歴史と栄光を讃えればよい、というものではありません」と戒めていることにも立ち返りたい。構想しながらできなかったことも多ければ、新たに浮上している課題も多い。

各論を語りだせば様々に課題が残っているが、最大は石川塾長の語った、工業社会以降の新しい社会の姿についてしっかりしたビジョンを描き切れていないことのように思う。情報化の進展により我々はいま、福澤先生が東洋に導入した近代文明を支える工業社会が大きく変質する局面にある。物質的な財を生産し、金銭を媒介として交換しながら価値生産を行うプロセスを、財産権や市場などの制度によって統治する社会から、AI、クラウド、IoTなどの技術を活用したデータの集積(共有)が生み出す価値を、社会への貢献度などによって分配していく社会への転換である。そんな大雑把な姿が見える一方で、具体的にその社会を統治するメカニズムが見えない。たとえばデータの管理をめぐっては、それを社会のものと考える東洋的な考え方と、あくまで個人に帰属するものであると考える西洋的な思想の間でいま文明の衝突ともいうべき思想の対立がみられ、議論が全くかみ合っていない。

近い将来、人類は対立を超えて新しい時代状況に適合した「サイバー文明」の夜明けを迎えるだろう。新しい文明を迎え入れ、良いものとしていくことは慶應義塾の世界史的使命と言っていいのではないだろうか。慶應義塾として新たな「文明論之概略」を編纂しなければならない局面が来ている。東洋において西洋文明を深く理解し民主主義のもとで繁栄を果たした日本には橋渡し役として世界からの期待も大きい。その使命を実現していくのに最も近いところにいるのがSFCのはずだ。福澤塾の一員として日本を、そして世界を次の時代に導いていきたい。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。