登場者プロフィール
若杉 隆平(わかすぎ りゅうへい)
新潟県立大学学長・理事長1971年東京大学経済学部卒業。88年東京大学経済学博士。横浜国立大学経済学部教授を経て、2004年~07年慶應義塾大学経済学部教授。17年より現職。京都大学名誉教授。専門は国際経済学、産業経済学。
若杉 隆平(わかすぎ りゅうへい)
新潟県立大学学長・理事長1971年東京大学経済学部卒業。88年東京大学経済学博士。横浜国立大学経済学部教授を経て、2004年~07年慶應義塾大学経済学部教授。17年より現職。京都大学名誉教授。専門は国際経済学、産業経済学。
藤山 知彦(ふじやま ともひこ)
国立研究開発法人科学技術振興機構研究開発戦略センター上席フェロー1975年東京大学経済学部卒業。卒業後三菱商事入社。97年同企画部企画室長、02年同中国総代表補佐、08年執行役員国際戦略研究所長等を経る。16年より現職。92年~3年慶應義塾大学非常勤講師を務める。
藤山 知彦(ふじやま ともひこ)
国立研究開発法人科学技術振興機構研究開発戦略センター上席フェロー1975年東京大学経済学部卒業。卒業後三菱商事入社。97年同企画部企画室長、02年同中国総代表補佐、08年執行役員国際戦略研究所長等を経る。16年より現職。92年~3年慶應義塾大学非常勤講師を務める。
滝田 洋一(たきた よういち)
その他 : 日本経済新聞編集委員法学部 卒業法学研究科 卒業塾員(昭54法、56法修)。卒業後日本経済新聞社入社。経済部編集委員、論説副委員長、米州総局編集委員等を経て現職。2008年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。テレビ東京ワールドビジネスサテライト キャスター。
滝田 洋一(たきた よういち)
その他 : 日本経済新聞編集委員法学部 卒業法学研究科 卒業塾員(昭54法、56法修)。卒業後日本経済新聞社入社。経済部編集委員、論説副委員長、米州総局編集委員等を経て現職。2008年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。テレビ東京ワールドビジネスサテライト キャスター。
深作 喜一郎(ふかさく きいちろう)
経済学部 特任教授塾員(昭50経、52経修)。1983年英国サセックス大学大学院博士課程修了。GATT事務局経済研究分析部、経済協力開発機構(OECD)開発センター研究科長、同参事官を経る。専門は国際経済学、開発経済学。
深作 喜一郎(ふかさく きいちろう)
経済学部 特任教授塾員(昭50経、52経修)。1983年英国サセックス大学大学院博士課程修了。GATT事務局経済研究分析部、経済協力開発機構(OECD)開発センター研究科長、同参事官を経る。専門は国際経済学、開発経済学。
清田 耕造(司会)(きよた こうぞう)
研究所・センター 産業研究所・大学院経済学研究科教授塾員(平8経、13経博)。2001年横浜国立大学経営学部専任講師、同准教授を経て13年より現職。専門は国際経済学。2015年度日経図書文化賞受賞。
清田 耕造(司会)(きよた こうぞう)
研究所・センター 産業研究所・大学院経済学研究科教授塾員(平8経、13経博)。2001年横浜国立大学経営学部専任講師、同准教授を経て13年より現職。専門は国際経済学。2015年度日経図書文化賞受賞。
2018/08/06
歴史に見る自由貿易と保護主義
本日はお集まりいただき、有り難うございます。今日は「自由貿易のゆくえ」をテーマに議論をしていきたいと思います。
トランプ米大統領による政権獲得以降、保護主義的な動きが広がり、世界経済に大きな影響を与えています。先のG7サミットにおいても、米国と他の先進各国間での通商政策について溝が深まり、また米中間においても貿易摩擦が深まっており、目が離せない展開を見せています。長年、肯定的な価値を持って語られてきた「自由貿易」が揺らいでいるように見える今日、歴史的な観点も見ながら、現状とそのゆくえを考えていければと思います。
最初に私のほうから、19世紀から20世紀初頭までの自由貿易と保護主義をめぐる歴史的な潮流をお話ししたいと思います。19世紀から第一次世界大戦勃発までの時期、ちょうどナポレオン戦争終結からベル・エポックの頃までが最初のグローバリゼーションと言われています。グローバル化の要因は2つあり、1つは輸送コストの低下、つまり蒸気船や鉄道が発達したこと。もう1つは自由貿易の進展で、19世紀の後半に自由貿易の理念がイギリスからヨーロッパ大陸へと波及しました。
イギリスでは保護貿易の支柱である穀物法および航海条例の撤廃に動きます。その背景をもって、大幅な関税改革が実施され、750品目におよぶ輸入関税を撤廃し、自由貿易に舵を切りました。その流れがヨーロッパ大陸に広がっていくことになります。
1873年から96年にかけて、英米を中心に不況が起こり、1890年代には自由貿易から保護主義へと戻るような動きがありました。この不況を境にアメリカを含む西欧諸国は自由貿易と保護主義の間を揺れ動く形になります。このような動きは今日にも通じる部分があると思います。すなわち、輸入産品との競争に晒される国内産業が保護を訴える一方、輸出の恩恵を受ける産業は自由貿易を促すという構造です。
さらに20世紀に入ると、1929年にニューヨーク株式市場の大暴落が起こり、各国で失業が拡大します。同じ頃、日本では金解禁が実施され、深刻なデフレに陥ります。世界恐慌を背景に、国際貿易が急速に縮小していきました。
貿易縮小の要因の1つは各国が保護主義に向かっていったことにあります。つまり国内産業の保護のために関税を引き上げていく。覇権国となっていたアメリカでは1930年にスムート・ホーリー法が施行されて、輸入品への関税が記録的に引き上げられます。欧州各国もその動きに追随して、ブロック経済化につながっていきました。
自国製品の競争を回避するため、各国が保護に向かうという傾向は現代にも通じる部分があると思います。ただ、世界恐慌の後、各国の経済は不況に直面しましたが、少なくとも現在のアメリカは景気がよく、失業率も下がっているという点が大きく違います。
ともあれ、各国のブロック経済政策が第二次世界大戦を招いた遠因の1つであるという反省から、大戦末にブレトン・ウッズ協定が結ばれ、通貨の安定とまた自由貿易の振興が図られていきます。さらに戦後になるとGATT(関税及び貿易に関する一般協定)が締結されていくわけですが、このあたりからの戦後の動きについては、深作さん、お願いします。
GATTからWTOへ
私は1983年4月にGATT事務局に奉職し、7年半ほどおりました。GATTを発展的に改組してWTO(世界貿易機関、1995年発足)が設立されたわけですが、GATTというのは国際協定であり、一方、WTOはマラケシュ協定によって法人格が付与された国際機関です。
WTOは、IMFや世銀、あるいは国連とも異なるユニークな組織だ、ということをまず押さえる必要があります。WTOの決定に関しては、その加盟国は「契約上の義務」を負う。他方、他の国際機関は、その加盟国に対しては最大努力を促すだけという違いがあります。
ボブ・ドールという、アメリカの大統領候補にもなった人が「WTOは初めて牙を持った」と言っています。GATTにはそれがなかった。WTOでは紛争処理の時に出すパネルレポートや上級委員会レポートは、ネガティブ・コンセンサスがない限り自動的に採択されてしまう。アメリカが中心になってWTOをつくったのだけれども、後から考えると自分の国益を損なう可能性もあることに気付いた。国際機関というのはあまり強すぎるとアメリカのような国はコントロールできなくなるので嫌なんですね。
WTO交渉について簡単に申し上げますが、最初の95年から2001年のドーハでの閣僚宣言までのおよそ6年間はいろいろ失敗するわけです。ようやく2001年にドーハで閣僚宣言に合意し、ここからいわゆるドーハ・ラウンド、すなわちドーハ開発アジェンダ(DDA)に基づく多国間交渉が始まります。
DDA以前の段階でも、WTOはかなり重要な決定をしています。例えば、情報技術協定に関する閣僚宣言を採択し、情報技術関係の製品の関税をゼロにすることが決まった。その後のドーハ・ラウンド交渉は交渉をやっては失敗し、の繰り返しで、最終的に2011年12月の8回目の閣僚会議で部分合意を認める新たなアプローチへの転換をはかり、9回目と10回目の閣僚会議では重要な成果を出すことができた。
その間の10年ほど、なぜDDAが漂流したかというと、先進国はWTO以外にFTA(自由貿易協定)を締結するなど別のツールを持ってしまった。それから、農業と製造業の交渉に見られるような、先進国対途上国の大バーゲンという考え方が機能しなくなった。さらに、これは重要なことですが、途上国の間で何が自分たちにとって一番いい貿易政策なのかは国によって異なるからです。途上国は一様ではないのです。
最後にこれはあまり言われていないのですが、私が大事だと思うのは、DDAの交渉を終結させる誘因がないことです。ウルグアイ・ラウンド(1986~94)では、交渉を終結させ、WTOをつくるという、強いインセンティブがあった。けれども今回はない。
それから、164の加盟国が交渉を行って一括合意するのは至難の業なので、結局、部分合意になっていった。だから、ラウンドの成果はどうしても低くならざるを得ない。
国際機関としてのWTOは2017年12月の第11回閣僚会議の失敗によって重大な岐路に立っているというのが私の認識で、それについては後でお話しできればと思います。
台頭する保護主義
今までの話を受けて、若杉さんはこのような世界経済の流れをどのようにご覧になっていますか。
戦後の世界経済を振り返ると、かなり長い期間にわたって成長と貿易の拡大が相乗効果をもって実現してきた。その背景にはブレトン・ウッズ体制下で、自由貿易が大事であるという、確固とした理念による支えがあったのだと思います。
1960年代、70年代初頭は、自由貿易がどんどん広がっていく、非常によい時代だったと思います。その後、オイルショックの結果、先進国を中心にして経済成長が低下していく。そうなると、どうしても保護主義的な潮流が出始めます。
オイルショックの結果として、産業構造の変化が各国の経済構造に大きな変化を与え、それに対応できる国と対応できない国とが生まれ、両者の間で貿易摩擦が非常に大きくなってきた。そこで深刻化した貿易紛争を国際ルールに拠って克服すべきだという合意が生まれ、ウルグアイ・ラウンドを経てWTOができあがりました。
この経過の中で見えたのは、自由貿易というのは経済全体としては利益になる。ただ、必ずしもあらゆる人が等しく利益を受けるわけではなく、得る者もいれば失う者もいるということです。自由貿易の拡大と同時に、時として不利益を受ける側から反自由貿易、保護主義といったものが出てくる。
貿易が拡大すれば、摩擦が拡大するといったことはあり得るのですが、これまで多くの国々は戦前の苦い教訓を踏まえ、自由貿易が全体としては利益をもたらすということを理解して、保護主義を何とかコントロールしてきたのだと思います。
しかし、ここにきて残念ながらアメリカのトランプ政権では、自由貿易に反対する側が政策を左右し始めていることは否めないと思います。保護主義へと振れていく時代に入ってきたことが非常に危惧されます。
先ほど、清田さんがスムート・ホーリー法の話をされましたが、当時は経済状態が非常に悪く、農産物の価格低下に苦しむ農業者保護から保護貿易が始まったわけです。しかし、農業保護にとどまらず工業品の保護に広がり、アメリカと欧州の間で関税の引き上げの報復合戦が始まった。
今がそれと違うのは、アメリカ経済が良いにもかかわらず、全体の利益にならない保護主義の動きが政治的に発生していることです。保護主義をどうコントロールしていくかが非常に重要な局面になってきたと思っています。
藤山さんは海外ビジネスの経験も豊富ですが、自由貿易をめぐる現状についてどのようにお考えですか。
商社などにいると、エネルギーや資源の確保、それから自由な輸出市場の確保ということで、自由貿易は国益に適うという感覚は常にありました。日本にとって自由貿易が非常に重要であると認識しています。
ただ、もちろん国によって、場面によってはモノカルチャー型の生産構造が固定化されてしまうとか、比較的競争力のある国であっても、食料とエネルギーの安全保障の問題など保護主義の誘惑は必ずあるのです。
それから、成長産業にしたいと目論んでいる産業に対して一時的に保護を与えるという考え方があります。総合商社などは、基本的に自由貿易を標榜しているわけですが、実は保護主義が出てきそうになったり、保護主義から自由貿易に変化する場面でわれわれは商機を摑むということがあるので、そのあたりの感覚は非常に研ぎ澄まして見ていました。
自由貿易というのは相対的に競争力のある産業を持っているところが、自国の国益につながるということで主張することなので、アメリカも競争力が強いと判断した時には自由貿易の旗手になっていく。ところが今回、アメリカが非常に古典的な保護主義を言い出しているのに、どうも競争産業に転化するだけの国内産業政策を準備していないように見えるところが大きな問題です。
一方、中国は自由化と保護主義の問題ということを長い歴史的スパンの中で考えていて、トランプ政権が保護主義を出してきたタイミングを捉えて、「一帯一路」を宣伝しながら、あたかも自由貿易を推進する旗手であるかのような発言をし始めているという興味深い状況があります。
私は自由貿易だけが揺れているのではなくて、今の市場原理のテーゼそのものが揺れているのではないかと考えているのです。近代をつくっている科学技術と市場原理と民主主義の3つが複雑に絡み合いながら、ここ300年間でグローバリズムをつくってきた。このグローバリズムそのものの規範が揺れている中に、「自由貿易のゆらぎ」というのを位置付けて考えないといけないのではないかと思います。
米中関係の推移
滝田さんは、長年アメリカを記者として取材されてきました。
記者をやっていて印象に残っているのは、1990年代以降の世界の変化です。ちょうど1989年にベルリンの壁が崩れたわけですが、1990年代以降のグローバリゼーションはパクス・アメリカーナ(米国の覇権)・パート2という色彩が強いのではないか。
やはり90年代以降に、モノと金融を両方とも上手くコントロールするシステムを、アメリカがつくったということが大きいと思います。ITを含めた技術進歩も、アメリカにとって都合がいい仕組みをつくった。さらに、ウォールストリート・ワシントン・コンプレックス(複合体)のように、意思決定の仕組みもつくり替えていきました。
一方、中国もまさにWTOに加わることを1つの目標にして、その受益者として存在してきたのだと思います。
では、アメリカと中国の関係がどのようになっていたのかと言えば、いわば「割れ鍋に綴じ蓋」みたいな関係だったのではないか。典型的なのは2000年代、リーマンショック以前の米中関係です。アメリカで住宅バブルが起こり、非常に個人消費が活発になり、アメリカ経済が消費主導で活性化した。そのアメリカ人が消費するものを盛んに輸出することができたのが、WTOに入った中国でした。
つまり、2000年代前半は、アメリカ主導の世界経済の活性化と、そこにモノを供給して経済のテイクオフを成し遂げた中国の関係が、ミラーイメージ(鏡像関係)だったと思います。
さらに重要なのは、中国を含めたアジア諸国が貿易で稼いだお金を基軸通貨であるドル、つまりアメリカ国債に再投資した。そして、アメリカの金融市場、資本市場が活性化して、それをアメリカのファンドが世界に再投資する。お金のメカニズム、貿易のメカニズムが、アメリカを軸として成立して、それが上手く回っていたのが、2008年のリーマンショック以前です。
ところが、リーマンショック以降、その仕組みの立て直しが迫られている。それが今日までのフェーズです。
アメリカFRB(連邦準備理事会)のQE(量的緩和政策)が最たるものですが、世界の中央銀行が、無理をして金融主導で世界の経済を下支えし、リーマンショックから10年経ってみると、実体経済の指標はかなりいいところまできた。しかし、社会の中にある格差という矛盾はなかなか解決しないまま残ってしまっている。その不満が対外貿易、対外取引のほうに向かっているというのが現状なのではないでしょうか。
中国への違和感
若杉さんの、自由貿易というのは国全体には利益をもたらすが、その中を見ると損失を被る人も利益を得る人もいる、というお話と、滝田さんの社会の格差が残っている、という話は関連がありそうですね。
アメリカの今の経済状況を見ると、十数年ぶりに失業率が4%を切っている。経済成長率も高い。量的金融緩和の効果が出ており、リーマンショックで病んだアメリカ経済はよくなってきている。世界をリードする新しい産業が生まれ、自由貿易の中で伸びているという状況があるわけです。
それにも拘らず、保護主義を求める意見が非常に強くなっている。その原因の一つには自由貿易によって受益する人とそうでない人の間に格差が生まれ、不平等を緩和する機能がうまく働いていないことがあるのではないかと思います。
それから、WTOに加盟して一番利益を得たのは中国だと思います。順調な貿易の拡大とともに中国経済全体が成長していった。だから、自由貿易が大事だと中国が言うのはよく分かる。しかし、自由貿易というのは、市場での自由な経済活動をベースに行われるという大前提があって然るべきです。
中国経済を見ると、例えば知的財産権の保護にしても、あるいは政府の様々な裁量、国有企業、補助金の存在にしても、自由貿易を主張する上で、前提となる市場経済の基盤がどこまで整っているかはやや疑問です。多くの国々は、中国の「自由貿易が大事だ」という発言を聞いて違和感を覚えるのではないか。
そのあたりは変わっていないわけですね。
実は中国のWTO加盟と、私の中国赴任には関係があって、総合商社の活動の自由を中国政府に認めてもらうというミッションで行ったのです。その当時、先進各国は、中国がWTOの基本精神やルールを総論では受け取っても、各論ではすべては実行できないということは分かりながら、世界市場の中で孤立させておくわけにはいかないので、中途半端なままで入れてしまった。
そこの矛盾が今現れていて、若杉さんがおっしゃったように、中国では本当に市場の原理が働いているのだろうかという懐疑が生まれている。日米貿易摩擦では、フェアネスについて詳細を極めた議論がされていたのに、対中国の場合、体制的な特殊性といったものが平気で並び立っていて、アメリカも今までは許容してきた。それへの反動ということもあり、現在の米中の姿があるのだろうと感じます。
象徴的だったのは上海市場を止めた時です。あの時「これはやっぱり駄目だな」と思った。為替の管理の仕方も何もかも、「中国だから仕方がない」と許していましたが、どうもそれだけではない。「根本のところが違うよね」というのが、今日の問題の深層にあるのだろうと感じます。
米中貿易摩擦と米の通商政策の背景
アメリカと中国との貿易交渉において、アメリカの主張に対しては、理解できる部分もあるが、そうでない部分もある。アメリカの主張は4つほどあると思います。1つは中国との間の4000億ドルに達する大幅な貿易赤字の問題。これを「2年間で2000億ドルに縮小すべき」と貿易交渉で要求するわけですが、目立った成果は得られていない。
これはある意味では当然で、多角的貿易の下では2国間での貿易インバランスを持ち出すのは元来おかしなことです。さらに、大幅な貿易赤字はアメリカ経済に非常に活発な需要があることが原因です。アメリカの問題でもあるわけです。
もう1つは自国産業の保護です。鉄やアルミに対する関税は自国産業の再生を目的としたのだろうと思います。しかし、それには労働者の生産性を上げるなど、その産業が立ち直るような政策がなければいけませんが、そういった国内政策は見られません。単なる輸入品からの保護にとどまっている。
3番目に、相手国に市場開放と輸入の拡大を求めている。それを履行させるために制裁関税をアナウンスしながら交渉を進めていますが、こうした一方的な措置に中国は納得していないわけです。アメリカは中国に市場制度の徹底を要求しながら、政府の介入を要求するというチグハグなものとなっており、必ずしも理解されていない。
唯一、理解されるとすれば知的財産権の保護の徹底や補助金・国有企業による市場歪曲的な効果を持つ政策の撤廃です。
ただ、それに関しても一方的な制裁関税によって解決しようとすることには疑問があります。WTOではそれは禁止されているから、中国はもちろん反発するし、EUなども望ましいとは考えない。そう考えると、自由貿易の問題には、まさに市場への信頼が非常に大事で、それに基礎を置くEUや日本と共同しながら対応しなければいけないのですが、アメリカの制裁関税は逆効果になっている。
アメリカの通商政策の背景には何があるのでしょうか。
私はトランプ候補が勝ったことが非常にショックでした。なぜそうなったか、十分に理解できなかった。その後、なぜトランプは勝ち、このような通商政策をやってくる背景は何かを考えているのですが、WTOとの関連で言うと、トランプ流米国第一主義は、WTOの機能不全を白日の下にさらすことになったと言えるでしょう。
トランプ陣営はかなり前から、政権を取ったらどういう通商政策を行うかを考えていたのだと思います。特に、ピーター・ナバロ(通商製造政策局局長)、ロバート・ライトハイザー(通商代表)、ウィルバー・ロス(商務長官)の影響力がものすごく大きかった。
2016年9月にナバロとロスが共同で短いペーパーを書いています。それがいわゆるトランプ貿易ドクトリンと呼ばれるようなもので、2017年の一連の大統領令はそれを実行に移している。そのために、ホワイトハウスのいわゆるグローバル派の中心人物であるゲーリー・コーン(国家経済会議元議長)を辞任に追い込んだ。
その背景にあるのは、アメリカはこれまでWTO、NAFTA(北米自由貿易協定)、KORUS(米韓自由貿易協定)でかなりのベネフィットを相手国に与えてきた。しかし、自分たちには見返りがない。「だから、その見返りを今もらいたい」ということだと思います。
WTOに話を戻すと、まず2017年ブエノスアイレスでの第11回閣僚会議において、トランプ政権はDDAの幕引きをしたのだと私は考えています。前2回の閣僚会議と比べてみると、今回は閣僚宣言を出させなかった。それから、DDA関係の交渉は、ごく一部を除きすべて切ってしまった。要するに、アメリカと意見を同じくする国々と一緒に特定の分野について交渉を継続しましょう、というのがトランプ政権の方針ではないか。
問題はアメリカのリーダーシップがない状況で、どうやってWTOの交渉を進めていくのかです。有志国によるプルリ(複数国間)交渉が上手くいくかどうかが今、試されている。昨年のブエノスアイレス以降の作業計画の下での有志国間協力で、リーダーシップの真空状態を埋めることは大変難しいでしょう。
トランプ政権の対WTO政策の中で一番酷いのは紛争処理の分野で、上級委員会人事の停滞を引き起こしていることです。現在、上級委員会には4名の委員しかいない。今年の9月30日にはもう1人辞めてしまい、さらに2019年暮れには1人になってしまう。本当は7人いなければいけないのに1人ではまったく機能しなくなる。アメリカは全部人事をブロックしていて、どういう条件ならば人事を正常に戻すかということについて何も言っていない。これは非常に陰湿なタクティクスだと思います。
同時に、GATT21条の安全保障のための例外として、アメリカは鉄鋼及びアルミ製品輸入に対して通商拡大法232条措置をとっている。だから、EU、カナダ、中国、トルコ、ロシアといった国々がセーフガード協定違反としてWTOに訴えているわけですが、それはお門違いでしょうというのがライトハイザー通商代表の考えです。WTO協定の穴というか、欠点を突く、非常に最初から考えられた戦略ではないかと思います。結局のところ、トランプ政権はWTOの弱体化を目指しているのではないかと疑ってしまいます。
アメリカの保護主義を生んだもの
2008年のリーマンショックがやはり、世界の規範に対して揺さぶりをかけたということは非常に大きいのだと思います。市場原理は、モノを相手にしている時は何とか理屈を保ってきましたが、金融市場に対する正当性は、実は現在でもあまり回復されていないのではないかと感じています。
リーマンショックの時に、金融市場主義の原理を見直さなければいけない、という議論が相当にありました。例えば銀行資本の強化、それから産業で集めた商業銀行のお金を投資銀行に流用しないこと、ファンドが公開性を高めることなどは実際に行われましたが、当初課題とされたファンド規制や、格付け機関の再評価、金融市場そのものへの規制などは、ウォールストリートとシティの反対もあって改革できなかった。
また、21世紀に入って、BRICsの成長率が非常に高かったので、グローバリズムを標榜する日米EUの世界経済(GDPの合計)に占める比率が70%台にあったものが、ほぼ50%台の下のほうまで落ち、相対的にグローバリズムが世界をコントロールする力を失ったという背景もあると思います。
アメリカの話を私なりに分析すると、アメリカにおけるものづくり産業は90年代の政策の中で捨て去られたはずだったのに、実はそこに就労している人たちの数はかなり多い。しかも、国内は金融のほうの人たちが力を握っていて、そちらを後押ししている政策によって潤っているけれど、そうではない製造業や農業のほうは潤っていない。
米国内の貧富の格差が大きくなり、いわゆる分裂を生んだ。この分裂こそトランプの保護主義の背景だと言えます。だから、どうしてトランプが出てきたのかが分からなかったのか、と言えば、われわれはアメリカの東西両海岸しか見ていなくて、アメリカの真ん中の人たちと付き合っていなかったということだと思うのです。
アメリカの東と西の両海岸しか見ていなかったというのは、その通りだと思います。3月に出張でニューヨークとデトロイトに行ったのですが、デトロイトでも再開発をしているところはものすごくきれいです。もう完全にリーマンショックの爪痕は消えているという感じですが、昔、自動車をつくっていた廃工場の周りに住んでいる人たちの光景を見ると、おそらく何年経ってもこの状況から這い出せない人たちがいるのだと思います。
いわゆるリベラル(進歩派)をもってするインテリ、メディアが完全に見逃していたのが、そういう声を発することもできない人たちだった、ということを考えると、トランプさんの基盤はとても強いと言わざるを得ません。
先日G7のサミットがカナダで開かれました。ドイツの首相府が発表して話題になった、メルケルさんがドンと立っていて、トランプさんに詰め寄っている写真がありました。あれは歴史に残る写真だと思います。つまり、先進国の中でもいわゆる自由貿易派と言いましょうか、リベラルなポジションをとるメルケルさん。彼女とトランプさんの立場は完全に深い溝をつくってしまった。
安倍さんが真ん中に立っていたことは非常に象徴的です。日本の経済政策、通商政策からすればヨーロッパ、カナダの側にいるのは明らかなのですが、おそらく北朝鮮の問題や、安全保障の立ち位置でトランプさんとの関係を無下にできない。ということで真ん中の位置取りになっています。そして、最後にコミュニケ(共同宣言)がまとまらなくなって、どうしようという時に、トランプさんが安倍さんに「シンゾウ、どう思う?」と聞いたんです。
その時、安倍さんが開口一番「やはり、WTOというのは重要な役割を果たしている」と言って、トランプさんの目が点になったんですが、「シンゾウが言うことだから」ということで「ルールを改善した形でのWTO」というようなものがコミュニケに入った。あれが本当に現時点でのギリギリの着地点で、日本のコントリビューション(貢献)だったと思うのです。
その後トルドーさんが会議が終わった後の記者会見で、ご案内の通り「このようにコミュニケがまとまったけれどアメリカの大統領はけしからん」と言ったので、トランプさんが切れてしまって、コミュニケを蹴とばしたというわけですが。
2国間交渉に傾くアメリカ
皆さんのお話に少し加えると、中国がWTOに加盟する時、OECD諸国は、中国が加盟すれば、中国自身が大きく変わるのではないか、それが中国の発展にも、世界全体にとってもよいことなのではないかと期待したわけです。
しかし、中国は貿易の拡大による利益をたくさん得たけれども、中国自身にOECD諸国が期待するほどの変化があったのかとなると、残念ながら期待外れだったのではないか。
そういうことが、トランプ政権が中国に対して2国間交渉を始める動機になっているのではないか。WTOの下で多国間協議をしても成果が期待できないので、トランプが自信を持っている一対一の交渉で自国の要求を実現しようとしているのだと思います。
深作さんがおっしゃるように、アメリカなしのWTOというのは機能しないと思います。アメリカはGATT・WTOと2国間交渉を使い分けながら、一方的な措置をこれまでもやってきたのです。例えば1970年代から80年代の日米の貿易摩擦が激しかった時に、日本に対して自動車、半導体、カラーテレビ、鉄鋼製品に一方的な措置を要求していました。日米構造協議もそうでした。それに日本は譲歩してきました。
アメリカの今回の制裁関税の発表で相手が譲歩するのであれば解決の道はあったのかもしれないけれど、今回はアナウンスしても、力をつけた相手方は譲歩しなかった。そのためにアナウンスしたものを発動せざるを得なくなった。発動すると、今度は相手国が報復措置をとる。それに対してまたアメリカは報復措置を追加する。私は、このような事態は、アメリカにとっても、予想を超えたことになっているのではないかと思います。
特に象徴的なのは、欧州との関税引上げ競争が引き金となって、ハーレーダビッドソンのアメリカ国内の生産の一部が海外に移転する例だと思います。もしかしたらアメリカが自由貿易圏から孤立するのではないかといった懸念が出始めている。報復関税の結果、ニューヨーク市場で株価が下がるというハードランディングのシナリオが予想され始めている。これはアメリカが予想しなかった展開ではないか。
ここで自由貿易の大事さを共有しておかないと、世界経済が予想以上に悪影響を受けることになってしまうのではないでしょうか。
以前、アメリカが一方的な制裁措置の発動に振れた時期がありました。70年代後半から80年代にかけて、日米経済協議の中で半導体をはじめとして様々な産業に対して、アメリカは301条をちらつかせながら日本の譲歩を勝ち取った。
その時と現在とどこが違うのかと言えば、それはやはり相手が日本ではなくて中国だということだと思います。中国はまず安全保障に関して、アメリカに何かを負っているわけではない。だから、譲歩する必要がありません。それから、中国にとって今一番重要なのは、グローバル・サプライ・チェーンの一番利益率の低いところにとどまっているのではなくて、自分たちももっと利益を得るところに行きたい。そのためには知財をうまく使いたいし、国内でもそれをつくりたいし、他からも持ってきたいということで、広い意味で産業政策のあり方が問題になっています。
70、80年代と比較してもう1つ違う点は、その当時は議会が保護主義に走り、それが1988年包括通商・競争力法でスーパー301条をつくり、それをテコとして2国間協議をするという形でした。一方、現在は、議会の共和党主流派は、むしろトランプ政権のやることを抑えようとし、もう一度、貿易政策の決定権を議会に取り戻すような動きも見られる。
あの当時とは違って、大統領のほうが前のめりになっている。トランプ大統領の最大の目的は中間選挙に勝つことであり、「自分は大統領選挙において約束したことを実行しているんだ」ということを選挙民に訴えるという、国内政治向けの通商政策なわけです。
ハイテク分野をめぐる攻防
今おっしゃったことは重要なポイントだと思います。トランプさんがやっていることは、後ろ向きの部分と前向きの部分がある。後ろ向きの部分というのは、要するに競争力を失った製造業、鉄鋼、アルミに代表される部分です。前向きの部分というのは、次世代のハイテク分野でアメリカの主導権を維持しようと思っているところだと思います。
1980年代当時のアメリカの日本に対するバッシングでは、日本の日立や三菱電機に縄をかけた。あれと同じことを今アメリカがやったのが、中国のスマホメーカー、ZTEに対する制裁措置です。これは、アメリカでつくったものを北朝鮮やイランに輸出していたというのは、1つの口実です。
射程をどこに置いているのかというと「中国製造2025」で、2049年の中華人民共和国建国100周年までに「世界の製造大国」としての地位を築くという中国の取り組みです。これはやはりアメリカにとっては大きな脅威になっている。
このハイテク分野での摩擦については、トランプさんは孤立していないどころか、共和党、民主党のかなりオールラウンドの支持を得ながら行動している。米中のハイテクの摩擦は本物だと思わざるを得ない。
今、中国のアキレス腱というのは上海株式市場に表れていると思います。年初来の下落幅がもう20%を超えていますから、かなり中国の株式市場はアメリカとの摩擦をネガティブに捉えている。つまり、実体経済への打撃も織り込んでいるから、ここの部分でもう一押しだという感じはアメリカ側にあるのではないか。
逆にそれが行き過ぎると、ちょうどリーマンショックの時とか、その前のアジア危機とか、ブラックマンデーみたいな格好で、マーケットからのバックラッシュ(反発)を誘発しかねない。そういう意味で非常にリスクの大きいところに来ている感じはします。
まったく賛成ですが、「中国製造2025」の他にも、EUでは「ホライズン2020」、ドイツの「インダストリー4.0」などがありますが、そういう先端的産業政策がアメリカにあるわけではない。
アメリカは政策というよりは、やはり民間のR&Dが活発であるということと、それからもう1つはDARPA(アメリカ国防高等研究計画局)が持つ軍事的な技術の民間転用みたいなことの2つの流れであって、トータルの産業政策がないということはありますよね。
その通りですね。実際に盗んでいるかどうかは別ですが、アメリカはシリコンバレーなどの民間から技術を盗んでいくのはけしからんと言っている。まさにアメリカの対米外国投資委員会(CFIUS)の機能の抜本的強化等と言っているのは、中国は合弁・買収のふりをして技術を盗んでいるという被害者意識が非常に強いからではないでしょうか。しかも、「中国製造2025」みたいな格好で国有企業によって金を流し込んでやっているので はないかと。
私もトランプ政権がとっている一方的な措置の中で支持されるのは、知的財産権、あるいはハイテク技術の保護の問題だと思います。アメリカでは、中国で権利が保護されないために、得べかりし利益が失われているし、不公正に技術が吸収されているのではないかと疑っている。
アメリカは中国に対して市場を開放し、知的財産制度を整えてほしいという立場で貿易交渉をするわけです。だけど、なかなか埒が明かないので、制裁関税を持ち出したわけだけれども、中国が譲らない結果、解決の道筋が見えなくなっている。
アメリカにとって思わぬ結果を招きかねないシナリオを回避するために、アメリカはOECD諸国と貿易で対立するのではなくて、フレームワークやルールに関して、国際的に協調しながら、遅れている国々に制度改善を求めるという、国際的な合意を取り付ける方向に行くほうが生産的ではないかと思います。
トランプ政権の保護主義が明確になってから、日本政府はババッと日欧EPA(経済連携協定)の締結を進め、それから、米国が離脱してもTPP11をやりました。僕はこれは今の日本の政権が偉かったと思っているのですがいかがですか。
日本の役割は大きいですね。日本はアメリカにあまり遠慮しないで、一方的な制裁関税に拠らない進め方を要求していけばいいと思います。TPPは非常にレベルの高い自由貿易のルールとして共有するに相応しいものですので、TPP11でとどまらず、多くの国に参加を促し、最終的にはアメリカにも入ってもらい、制度の改善が遅れている国に対するプレッシャーの手段にしたらいいと思います。
そういう意味ではEUとのEPAも非常に良い方向だと思います。
保護主義の問題の根深さ
自由貿易が大事だというのは、国際的にも理論的に見ても正しいと思うのですが、実態面では先ほど言われたように、どのように保護主義をコントロールし、あるいは一部許していくか。それによって、全体としての自由貿易を維持していくということが大切 だと思います。
そこは意外に問題は深刻です。例えばEUは、全体としては自由貿易を維持しようとしています。EU域内で東独やハンガリー、チェコといった第一波がEUに入ってきた時は、ドイツの資本や技術と比較的高度で安価な東欧の労働力という幸福な結び付きができて、ウィン・ウィンでした。しかし、第2波、第3波でルーマニアやブルガリアが入ってきた時にはウィン・ウィン関係はつくられていません。
私は数年前にルーマニアで、いろいろな人に「EUに入ってどう?」と聞くと、「全然よくない」と言う。ルーマニア語はイタリア語系の言葉なので優秀なお医者さんが全部イタリアに行ってしまう。そうすると、緊急手術の時に重病人が飛行機に乗って、イタリアにいる医者のところまで飛ばなければいけない。それから、乳製品も全部国境を越えて外に出て行ってしまい、そこでつくられたチーズは高くてルーマニア人は買えない。
これもある意味では、自由な経済圏みたいなものをつくることがタイミングによっては上手くいかないということを表している。メルケルのドイツはEUの中で、人(移民)・モノ・カネの自由な往来を守るという試練を抱えている。さらに移民の問題を試練として抱えている。そのドイツが突然保護主義になった米国に対して噛みついているのは、非常に根の深いテーマだと思います。
ですから、トランプの保護主義が彼の知性のなさが引き金となって起こったことだから、次の大統領に代われば大丈夫だという考えは安易に感じられます。歴史の底流には市場原理の問題や、民主主義そのもの、ポピュリズムなどに対しての処方箋がないということなどが横たわっているのではないかと感じます。
市場主義が利己的な人間の集団を想定しているという定義で本当にいいのかとも思います。アダム・スミスは『道徳感情論』の中で「共感の原理」ということを言っている一方、『国富論』の中で「神の見えざる手」というのは1回しか言っていない。
経済学というのはアダム・スミスから倫理を取り去っていく方向で発展したのではないかと言う人もいる。市場原理の問題と民主主義の問題というのはパッケージで考えて議論する必要があるのではないかと思います。
最近の経済学では利他的な考え方、相手の状態がよくなることが自分にとってもよいことなのだという考え方を取り入れて議論したほうが、現実を説明できるとする研究が深まっています。
現在、IT、ハイテク、金融が付加価値を生む非常に大きな分野に成長していますが、この分野では、少数の人が分け前を分捕ってしまうようなこともあり得るわけです。アメリカの保護主義化には、そうしたことへの不満が内在しているのではないでしょうか。自由貿易のルールを考えるときに、所得の不平等の問題まで含めて考えていく必要があるように私も思います。
世界経済の中の日本の役割
日本がこれからどのような立ち位置をとっていくべきかをお聞きしておきたいと思います。
1つ注目しているのは、昨年12月のブエノスアイレスのWTO閣僚会議において、日米EUによる三極共同声明が出され、それに基づいて今年の5月末のOECD閣僚理事会で付属的に三極が声明を出したことです。
その内容を見ると、ネガティブではなくポジティブな方法で、中国にどう対抗していくのか。その中でWTOをどう使うか。WTOの近代化、公正化に向けて、三極でやろうと、かなり具体的な内容になっています。それもほかの国と一緒にやるべきだという形ができたのは、すごくポジティブだと私は考えています。
来年はG7サミットの議長国がフランス、G20サミットは日本が議長国ですね。フランスの人と話をしていると、かなり「日本とできることがあったら一緒にやりたい」という感じがあります。日EUのEPAなどはすごくよかったと思いますし、合意できるような感じで地道に有志連合をつくっていく努力が重要だと思います。
深作さんがおっしゃったブエノスアイレスでの三極の握手ですが、アメリカ側はライトハイザー通商代表部代表で、EUの担当大臣とライトハイザーさんは握手もしなかった。それで世耕さん(経済産業大臣)が「握手しているような雰囲気をつくろう」と促した。 そういう日本流の気配りは意外に役に立つのかもしれません。
日本が自由貿易と、市場原理を守ることを先導していくことは重要だと思います。100年間かけて、グローバリズムをまじめにやってきた非白人系の国は他にないので、その過程での痛みも知っている。
つまり、途上国側の人たちの感覚も分かるし、欧米の人たちの考えも分かるので、日本はルールを提案していく役割を担っているのだ、と自覚することが非常に重要だと思います。
そして、今アジアでそれをやる時に、日本だけではなくて、韓国にも努力をお願いしたい。日韓FTAがいつまで経ってもできないでいます。日韓であれば市場原理や民主主義の感覚も十分に成熟しているので、TPPに準ずるようなレベルのFTA、EPAができるのに、そこが進まない。
韓国は自分の市場のために中国と先にFTAを結んでしまい、その後、日中間のFTAの話をしようとしている。こうするとレベル自体が下がってしまうので、TPP11と日中間FTAがマージしていくことはなかなか難しくなってきている。
韓国と日本が上手くやっていくことで、TPP11にASEAN、韓国も全部なだれ込ませていく道筋ができる。中国も仕方がないからそれに入ってくる。「一帯一路」では、中国の主導的ルールというのが見え見えになっているので、そうではなくて、どこから見ても公正な一つの理念を重要視したルールをつくっていくために、日韓やASEANの側にもう少し中国を連れてくる努力をするべきではないかと感じています。
トランプの通商政策も、中国の対応もそうですが、これまで国際社会が長年かけて積み上げ共有してきたルールを崩壊させることによって、予想しないようなことが起きることはあり得るわけです。 例えば良好なアメリカ経済に水を差したり、中国の成長が思いがけず低下したり、世界的に株価が下落するといったことで世界経済に大きな混乱を起こす可能性もある。そういったことを回避するために、日本は、発展しているアジア諸国に参加を呼びかけ、貿易のルールを共有していく土壌を作る役目を果たすことが非常に重要ではないか。
自由貿易で重要なのは、ルールをお互いに共有して、その下で効率的で透明な取引をすることだろうと思います。日本がそのことを積極的に働きかける立場にあるのではないかと私は思います。
「根が深い」問題にどう向き合うか
活発なご議論を有り難うございました。最後に、今日お話を伺ったことを私なりに整理させていただきます。今日のキーワードとして私が挙げたいのは存外「根が深い」ということです。
まずそもそもパワーバランスの変化があった。つまり、日米の場合は安全保障上、アメリカとしてもやりやすかった部分がありました。しかし、アメリカとは安全保障関係のない中国が力を持ってきたことによって問題が深刻化している。その意味では根が深い。
中国はWTOに入って恩恵を受けていて、それによって他のWTO加盟国は中国国内も変わることを期待していました。結果として、中国は、経済はよくなったけれど、市場のメカニズムが各国から信任を得られるほどは変わってくれなかった。WTO加盟後も、中国国内はあまり変わっていないという意味ではこれも根が深い。
一方でアメリカで自由貿易でも恩恵を受けた人と受けなかった人がいる。デトロイトの見捨てられた地域のようなところから出てきた、後ろ向きな動きを受けた政策というのが、WTOの穴を突いたような形で表面化している。あたかもトランプさんが出てきて、保護主義的な動きが表面化したかのように考えがちですが、将来、大統領が他の方に代わっても、ひょっとしたらこの動きは沈静化しないかもしれない、という意味で、根が深いのかなと感じました。
それを踏まえて4点ほど申し上げたいのですが、まず1つ目が、過去の日米通商交渉の経験でもそうですが、結局、保護主義的政策によって誰が一番害を被るのかと言うと、国内の消費者です。つまり、保護することによって商品の価格は上昇するため、消費者は高いお金を払うようになります。それに加えて、自国企業が海外に逃げるようなことも起こってきていますので、保護主義は消費者にとってもマイナスですし、生産者にとってもひょっとし たらマイナスかもしれません。保護主義を議論する上で、この点は広く認識されるべきではないかと考えます。
2つ目はこれに関係して、市場原理が本当に機能しているのかという話です。これはすごく大きなテーマだと思いますが、1つの見方としては、これまで前提としていた市場原理とは違った市場原理が働いているのではないかということです。
標準的な国際経済学では、貿易の自由化が起こることによって産業の調整が上手くいくことを前提としています。特にアメリカの労働市場は日本に比べると柔軟に対応できると言われ、それによって調整が働くだろうと言われていたのですが、最近の研究ではそれを否定するような「ローカル・レイバー・マーケット」という話が出てきています。
実はアメリカの労働市場は皆が思っているほど柔軟ではなくて、かなり固定化されている。特に学歴で分断されていて、大学未満の労働者の場合、州を越えての移動が少ない傾向にあるようです。労働者の地域間移動がなく、貿易の利益がその人たちに渡らないということがあるとすれば、それは今後考えていく必要がある重要な問題ではないかと思います。
それと関連して3つ目、配分の問題はこれまで国際経済学では、自由化した後に国内の政策として考えなければいけないと言われていたのですが、両者を切り離さず、パッケージとして議論を深めていく必要があるのかなと感じました。
4つ目は、金融と人の動きです。この部分はモノとは違う対応というか、少し慎重に考える必要があるのではないかと思っています。
最後に日本については、やはりどの方のご意見も、基本的には自由貿易の旗振り役でいいのではないかということでした。一方でTPPや日欧EPAなど、地域レベルでの自由貿易協定を推し進めつつ、もう一方でWTOの近代化にも貢献するような形で推進していければいいのではないか。今後の世界経済や貿易体制を考える上で、ルール作りだけでなく、それを共有できるようにしていくことが日本が果たす重要な役割ではないかと理解しました。
今日は大変示唆に富んだお話をいただき、有り難うございました。
(2018年6月28日収録)
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。