慶應義塾

【特集:スポーツとサイエンス】仰木 裕嗣:スポーツに潜むサイエンス──猫とハードル選手と宇宙飛行士

執筆者プロフィール

  • 仰木 裕嗣(おおぎ ゆうじ)

    政策・メディア研究科 教授環境情報学部 教授

    仰木 裕嗣(おおぎ ゆうじ)

    政策・メディア研究科 教授環境情報学部 教授

2024/07/05

はじめに

筆者の専門は、スポーツにおけるヒトの動作をニュートン力学で読み解くスポーツバイオメカニクスである。本稿を依頼された時、「スポーツとサイエンス」という特集を組むということに対して若干の違和感をもったのは、「スポーツ」と「サイエンス」が別物であるかのような心象を受けたからである。筆者にとっては「スポーツのサイエンス」がよりしっくりとくる。筆者はサイエンスの表象の1つがスポーツであると考えているからである。

スポーツは身体運動の1つであるが、立ったり座ったり、あるいは手を伸ばして物を摑んだりといった日常生活の中での身体運動と比べてみると、極めて静的に見受けられるアーチェリーなどの競技を除いて、一般的にスポーツの身体動作はダイナミックであることが多い。すなわち「素早い」動作であることが多く、また移動範囲が広大であったり、道具を身体部位よりずっと高速で振り回したりすることも多い。この素早い動作ということが決定的に我々の動作を規定するのであるが、それはニュートン力学のおかげで読み解くことが可能である。

しかしながら、「読み解く」というのは観察者側からの視点であり、コーチングを受ける側である選手にとっては「読み解く」ことよりも「獲得する、体得する」ということの方が重要であって、「読み解いたことを、体得することに活かす」ことができて初めて、サイエンスの知見がコーチングに活かされたと言える。このサイエンスの知見を活かしたスポーツコーチングは、アカデミアにおいてスポーツ科学を標榜する研究者であれば疑いなく目指したいところであろう。しかしながら、「わかる」と「できる」は異なる。そこで「わかったことをどう教えるか?」というその中間にあるコーチングという学問領域がスポーツ科学には存在するが、いまだにコーチングは経験則によって行われていることも事実である。

ここまで書くとやはり、スポーツとサイエンスは別物であって、サイエンスの知見をスポーツに活かす、という考え方に基づいているように聞こえる。ところが、選手の声に耳を傾けるとそこには非常に面白く、そして奇妙とも思える物理現象がスポーツ選手のパフォーマンスやフォームに隠れていて、これをきちんと観察し、聴き取り、その言葉の後ろに潜む物理現象の本質、サイエンスを読み解くこともまた、スポーツバイオメカニクス研究者の役割であると考えている。

選手の言葉が持つ意味

私の研究室に在籍する体育会競走部主将の豊田兼君は本稿を執筆時点で、2024年パリオリンピック出場を目指す陸上110mハードル・400mハードルの選手である(編集部注:豊田君は6月29日の日本選手権で400mハードルで優勝し、同種目のパリオリンピック代表に内定した)。世界的にみても両方の種目に取り組む選手は過去から現在に至るまで非常に少ない。世界歴代で「13秒49以内&48秒49以内」を達成したのは彼が史上6人目であり、期待の新星である。ハードルの跳び越え方には一流選手のなかでも様々なフォームが存在し、世界チャンピオンレベルであってもその差異は著しい。すなわち、どんなフォームが良いのか選手もコーチも判断できない。「誰の動きを真似れば速くなれるのだろうか?」という単純な問いに対する解答がおそらく観察だけからは見つからない。特にハードルを跳び越える空中局面におけるフォームの違いが著しい。早くゴールに辿り着けば勝ちなのは当たり前なので、どんな動きでもそれが個人に固有のフォームならそれでもいいではないか? と片付けてしまうと身も蓋もない。絶え間なくフォームの改善を試みる選手に対しては、何らかの示唆を与えてあげたくなる。

ハードル走がランニングと違う点はハードルを跳び越えるために途中で左右非対称動作を採り入れなければならないという点である。手脚の動きも左右非対称だし、空中では胴体が大きく側屈するが、これは側屈させたくなくてもそうなってしまう。何故か? という選手の疑問が興味深い。身体がハードルを跳び越える空中局面では重力以外の力は働かない。元々持っている勢い、正確には運動量はそのまま保持され、選手の重心は放物線を描いて落下し、回転の運動量は跳び出した状態を維持する。ただし、この回転の勢いを表す角運動量は維持されるものの、「身体の角速度」は変わりうる。手足、胴体含めて姿勢を変えることで身体部分、それに全体として回転する速度が変わるのである。選手はこれを「補償動作」と呼んでいるようである。「どんな補償動作がいいのか?」という自らの疑問に答えるため、豊田君自身、オリンピックを目指す傍らで、卒業研究でこの難題に取り組んでいる。

豊田兼君のハードリング

猫とハードル選手と宇宙飛行士

彼がフォーム改善のために意図して腕の振りを変えたり、脚を折りたたんで試行錯誤すると、実は空中では「彼の意図しない動き」が生じる。力学的にみて面白いのはこの点である。体操、トランポリン、飛込などの競技での見事な回転技にもこの現象が現れることは広く知られていて、ヒトが回転の勢いをもって空中に跳び出したあとで、ある軸での捻(ねじ)りを起こそうとすると元の回転の軸、自分が今まさに起こそうとした回転の軸、この2つの軸ではないもう1つの軸周りの回転が結果的に起こってしまう、というものである。

物理では角運動量保存則に基づくジャイロ効果などとも呼ばれるが、高速で身体の四肢が回転運動するスポーツでは様々な場面でこのジャイロ効果が認められる。トランポリン選手が前方転回しながら跳び出して身体の長軸、頭からつま先を結ぶ軸まわりに捻りたい場合(これを捻りと呼ぶ)、その軸で捻ろうとしては駄目で、自分の顔面の面上に回転するべく腕を振らなければならない。これを体得するには幼い頃から経験を積んで身につけるようなコーチングが主流である。

かつて筆者が大学院生だった1990年代にNASAが世界中のバイオメカニクス研究室に要請を出し、宇宙飛行士の船外活動の際に無重力空間でどのようにして姿勢を変えればよいのか? その具体的な案を研究してくれ、ということがあった。

無重力空間で全く命綱がない状況では外力が働かないので後ろを振り向こうにも簡単にそれは達成できない。しかしながら猫は生まれ持って、猫ひねり、という神技を身につけており、高い場所から両手両脚を持って、全く回転もしてない角運動量ゼロの状態から逆さまに落としても見事に着地することができる。猫は宇宙飛行士よりも賢い。

そこで猫ひねりの技を宇宙飛行士が体得しなければならないわけである。現在でもJAXAの研究者が同様の研究を続ける最先端の話題であり、複雑な物理学の1つの事例である。しかしながら、複雑な物理の原理を知ることが目的ではなく、ここでは宇宙飛行士が自分の意思で任意の姿勢に身体をもっていくことが期待されているのである。猫を尊敬しつつ、ハードル選手と宇宙飛行士は共に理想の動きを体得しなければならないという共通点がある。しかしながら、ハードル選手と宇宙飛行士との違いは前者が跳び出した瞬間には、踏み切った足が作り出す前まわりの角運動量(左右軸まわりの運動量)を相当持っているのに対して、後者の場合、ほぼ回転をしていない静止している状況にあることだ。しかもハードル選手は空中にあるわずかな時間の中で自分自身の姿勢制御をしなければならないので、間延びしたような動きの宇宙飛行士よりも難易度が相当高いと言える。

宇宙飛行士ブルース・マッキャンドレス2世、初の無拘束宇宙遊泳(1984年)(出典:Wikimedia Commons)

豊田君へのアドバイスとしては、「見たままの現象として空中で起こっている回転は力学原理に従う結果であって、観察される身体(ここでは体軸と彼らが認識している胴体と言い換えてもよい)の傾きは傾けようとして生じているのではなく四肢の動作の結果、引き起こされているもの」というのが今のところ思いつく限りの全てである。残念ながら高速疾走する多リンク構造のアスリートの身体動作の最適制御問題を解ける自信もないし、研究分野を見渡してもこれを解ける研究者は世界にいるように思えない。宇宙飛行士問題が連綿と今でも研究対象になっていることを知って、やはり問題は難しいのだと改めて感じる。

エティエンヌ=ジュール・マレー監督の短編映画「Falling Cat」(1894年)より。この映画で猫がどのように足で着地するかが初めて映し出された。(出典:Wikimedia Commons)

運動は筋活動だけによらない

高速で動くヒトの動きの中にはこの事例のように動かしたいと思って筋力を発揮して関節を動かしても、意思とは裏腹な動作が生じることもあるという事実は面白い。そしてそれを体現するスポーツのトレーニングは反復的に最適解を求める過程とみなすことができる。場合によっては局所最適解に陥ってしまって、よりパフォーマンスがアップする大域的最適解があるにもかかわらず、抜け出せないこともある。つまりフォームを変えることができないスランプに陥ったアスリートも多くいるであろう。多くの筋骨格系の最適シミュレーションでは、発揮する筋活動によるエネルギーが最小、関節まわりに発揮される筋の負荷を最小にする、といった目的関数が用意されるが、いずれにしても筋活動に主眼が置かれている。

ところが100m走のスプリンターが全力で走っている時の筋活動を観察してみると、地面を蹴った足が前に振り戻されて大腿が高く振り挙げられた局面では、大腿部を上に振り挙げる筋群である大腿四頭筋の活動が消失していることが古くから知られている。つまり「太ももが上がっている現象は、太ももを挙げているのではない、筋活動ではない」という事実である。ここでの力学的な原理は太もも付け根である股関節に作用する関節間力がこの動きを司っているということも明らかになっている。骨盤の加速度が股関節に作用することで生じるのである。

昔、農家では脱穀のために唐棹(からさお)と呼ばれる農具を使っていたが、これは2つの棒が関節でつながる構造で片方の棒を往復運動させると先端につながったもう一方がクルクルと回転する、というものである。関節のまわりには筋肉に相当するゴムや動力源がなくとも関節の軸に作用する力だけで、クルクルと先端側を回すことが可能になっていた。まさにヒトの身体も唐棹のような機構になっており、根元の関節に力が作用すれば、先端側はクルクルと高速で回ってくれる。スプリンターの太ももが高く上がっているように見えるのは、「挙げているのではなく上がっている」ということである。

ノーベル生物学・医学賞を受賞したアーチボルド・ヒル博士が、「筋は高速で動かす際には発揮する力をゼロにせよ、力を最大限発揮したければ筋を動かすな」と明らかにしている。したがって、高速で動かしたいときに筋力を発揮せずに「脱力」することは生理学的に見ても理に適っている。そしてすでにスプリンターたちはサイエンスの成果を実践して体現している。

見たままを信じるコーチングの誤解

太ももが高く上がっている事実を目にしたコーチの多くは、「太ももを挙げるトレーニング」をやらせようとする。その結果、本来は筋活動をやめ脱力していなければならない局面であるにもかかわらず力学的にも生理学的にも反したトレーニングを強いられる選手も少なくない。見た現象を選手自身が筋肉の活動で引き起こしていると信じ、サイエンスを理解しないコーチングが陥る過ちである。

色々な知見、研究を知った上でのサイエンスを活かしたコーチングが必要なことは理解するが、むしろ選手の言葉の奥底に潜んでいる物理現象の本質は何か? ということを常に深く考えるコーチング姿勢がサイエンスを活用したスポーツコーチングではないかと筆者は思っている。ただし、繰り返しになるが「わかる」と「できる」は違っており、どう教えるのか? という部分にまだ改善の余地はあり、サイエンスに根差したヒトがヒトを教える行為の奥深さが存在すると言える。この部分はおそらくしばらくAIにとって代わられることはないと信じている。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。