慶應義塾

【特集:公園から都市をみる】座談会:公園がそこにあり続ける意味とは

登場者プロフィール

  • 竹内 智子(たけうち ともこ)

    その他 : 千葉大学大学院園芸学研究院准教授法学部 卒業政策・メディア研究科 卒業

    塾員(2008政・メ博)。1994年東京大学大学院農学系研究科修士課程修了後、東京都庁に勤務。東部公園緑地事務所工事課長等を経て2020年より現職。博士(学術)。専門は都市緑地政策、公園の再生整備等。著書に『林苑計画書から読み解く 明治神宮一〇〇年の森』(共著)等。

    竹内 智子(たけうち ともこ)

    その他 : 千葉大学大学院園芸学研究院准教授法学部 卒業政策・メディア研究科 卒業

    塾員(2008政・メ博)。1994年東京大学大学院農学系研究科修士課程修了後、東京都庁に勤務。東部公園緑地事務所工事課長等を経て2020年より現職。博士(学術)。専門は都市緑地政策、公園の再生整備等。著書に『林苑計画書から読み解く 明治神宮一〇〇年の森』(共著)等。

  • 深澤 幸郎(ふかざわ こうろう)

    その他 : 株式会社コトブキ代表取締役社長商学部 卒業

    塾員(2006商)。2007年に公園遊具等の老舗製造業、株式会社コトブキ入社。ICTを活用した遊具点検システムの構築等に携わり、12年より現職。「パブリックスペースを賑やかにすることで人々を幸せにする」をスローガンに、ハード・ソフト・サービス三位一体で事業を率いる。

    深澤 幸郎(ふかざわ こうろう)

    その他 : 株式会社コトブキ代表取締役社長商学部 卒業

    塾員(2006商)。2007年に公園遊具等の老舗製造業、株式会社コトブキ入社。ICTを活用した遊具点検システムの構築等に携わり、12年より現職。「パブリックスペースを賑やかにすることで人々を幸せにする」をスローガンに、ハード・ソフト・サービス三位一体で事業を率いる。

  • 石川 初(いしかわ はじめ)

    環境情報学部 教授

    1987年東京農業大学農学部造園学科卒業。株式会社ランドスケープデザイン等を経て、2015年より現職。登録ランドスケープアーキテクト(RLA)、博士(学術)。専門は造園学。著書に『思考としてのランドスケープ 地上学への誘い』等。

    石川 初(いしかわ はじめ)

    環境情報学部 教授

    1987年東京農業大学農学部造園学科卒業。株式会社ランドスケープデザイン等を経て、2015年より現職。登録ランドスケープアーキテクト(RLA)、博士(学術)。専門は造園学。著書に『思考としてのランドスケープ 地上学への誘い』等。

  • 長田 進(司会)(おさだ すすむ)

    経済学部 教授

    塾員(1991経)。2001年ロンドン大学大学院政治経済学院(LSE)地理環境学部博士課程修了(Ph.D)。京都大学経済研究所COE研究員等を経て2012年より現職。専門は都市地理学、都市経済学。著書に『ジオメディアの系譜』(共著)など。

    長田 進(司会)(おさだ すすむ)

    経済学部 教授

    塾員(1991経)。2001年ロンドン大学大学院政治経済学院(LSE)地理環境学部博士課程修了(Ph.D)。京都大学経済研究所COE研究員等を経て2012年より現職。専門は都市地理学、都市経済学。著書に『ジオメディアの系譜』(共著)など。

2021/06/07

「三種の神器」の移り変わり

長田

今日は「公園から都市をみる」をテーマにご専門の皆様からいろいろ教えていただきたいと思っています。公園は多くの人に利用されるもので、子どもの遊び場であったり、高齢者の集まる場所であったりします。最近では開園時にはあえてつくり込まず、地域のコミュニティのために整備の余地を残しておく例もあるようです。

まず最初の話題ですが、今、公園からブランコのような古典的な遊具がどんどんなくなって、より安全なものへと置き代わり、それにともない子どもの遊び方も変化しているように思います。株式会社コトブキ代表としてベンチや遊具をはじめ、公園の案内マップやサインなどの製造を手掛けている深澤さん、公園遊具の変化はどのように推移しているのでしょうか。

深澤

都市公園の歴史は明治政府の太政官布達までさかのぼりますが、公園遊具自体は1956年に制定された都市公園法の中で、児童公園への設置が義務づけられたブランコ、すべり台、砂場の「三種の神器」があります。このうち遊べる人数を限定しない多様性に優れる砂場は、依然として特別な存在のように思います。

一方で砂場の代わりに鉄棒を入れたものを「定番の三種類」とすると、これにイノベーションが起きたのは、今、公園によく置かれている複合遊具が登場した時だと思います。これらは最初に米国でつくられ始め、私たちもしばらく輸入していましたが、そのうち自社で製造し、進化させていきました。旧来の定番の三種の神器は1つあたりの使用人数が決まっていたのに対し、複合遊具は平方メートルあたりのキャパシティを指標に効率化を図れる点が特徴です。都市の人口が過密になり子どもが多かった時代は、遊具1台あたりの遊べる人数を増やすことが目指されていました。

今はどうかというと、健康遊具が登場し、さらに「インクルーシブ・プレイグラウンド」と呼ばれる新しい潮流も生まれています。東京都では「インクルーシブ」ではなく、「みんなが遊べる」という言い方をしますが、誰にとっても使用することができるように、遊具にも分断を解消するという意味を持たせる時代になっています。

例えばハンデキャップの有無、貧富の差などにかかわらず遊べるということです。このように現在の公園遊具は、キャパシティが増える時代から、いろいろな目的に対応できるようにセグメンテーションが進んでいる。1つ1つの公園が“エッジを立てようとする”、つまり特色を出していく時代に入っていると僕は捉えています。

長田

うちの近所の児童公園でも遊具が入れ換えられ、自分が子どもの頃とは公園の姿もずいぶん変わりました。遊具1つとっても多くの変化が起こっているのですね。昨年まで東京都の造園の専門職として様々な公園に関わってこられた竹内さんはこの変化をどのように見られていますか。

竹内

都立公園でもこの数年、とても多くの遊具の改修を行いました。朝は高齢者が集まり、昼間は子どもが賑やかに遊びまわっていて、同じ空間でも時間によっていろいろな人が使えるのが公園の特徴です。

深澤さんの言うように、小さな公園では「ブランコ・すべり台・砂場」が三種の神器とされてきましたが、数年前に新聞で、新しい三種の神器は「カフェ・バーベキュー・コンビニ」だという記事が出ました。でも私は、現場のニーズを聞いていると、「洋式便所・四阿(あずまや)・健康遊具」かなと思います。これらは最近、特に高齢者からの要望が増えています。

洋式便所は、以前は公衆トイレの便座に座るのは汚くてイヤという声が多かったので、必ず1つは和式の個室を残していたのですが、和式を必要としない高齢者が増え、最近は全て洋式にして温かい便座にしてほしい、という声が聞かれるようになりました。

四阿も最近は夏が酷暑なので、陽射しが強い季節や豪雨に備える場所としてのニーズが根強く、高齢者だけでなく子ども連れの利用者からも、四阿を設置してほしいという要望があります。健康遊具は、私は最初、誰が使うのだろうと疑問に思っていたのですが、いざ置いてみると背伸ばしをしたり、ベンチプレスみたいなことをやったり、利用者がとても多い。日比谷公園でも背広姿の人が昼休みに鉄棒にぶら下がっていたり、とても人気があります。

長田

近所の公園を通りがかるといろいろな利用者を見かけますが、竹内さんの言うとおり、公園という場所はいろいろな世代に使われています。

石川さんはランドスケープデザインを手掛ける中で、どのような点に配慮して公園の設計に取り組んでこられたのでしょう。

石川

ゼネコンの設計部にいた時は都市公園を設計する機会はあまりなかったのですが、集合住宅や商業施設に付属する比較的小規模の提供公園(マンションなどに付属する一般利用可能な公園)をいくつもつくってきました。提供公園を設計する上で何が大事かというと、“公園のように見える”こと、つまりパッと見でいかに公園に見せるかということもデザインの課題でしたので、複合遊具の出現は歓迎でした。あれが1台あるだけで一目で公園に見えます。

当時はこうしたことが公園の意匠としては大事なのだと思っていましたが、自分に子どもができて気づいたことは、子どもは遊具ではないところでも遊び回るんだということです。遊具があることで安心するのは、実は親なんですよね。子どもにとって複合遊具と錆びた鉄棒との違いはあまりない。その後登場した健康遊具も、子どもがそれを占領して遊んでいるのを見ると本当に面白い。普通はそう使わないでしょうみたいな遊び方をしますから。

設計者にとっての課題は、公園に来てほしい人や利用者のためにどこまでデザインで表現しなければいけないかということがあります。例えば、最近話題のいわゆる排除型ベンチは、設置する側が使い方を決めている例ですよね。発注者が望む使い方と、使う人が使い方を選べる自由とに折り合いをつけて形にすることが設計の課題です。

都市と自然の中間領域を演出

石川

三種の神器に代わり、最近の公園における三大最終兵器は何かというと、私は「“スタバ”とデッキと芝生」ではないかと思うのです。

長田

それは、おいしいドリンクを持って芝生にゆったり寝転がったり、緑を見てリラックスしたりする空間というイメージでしょうか。

石川

ええ。学生と話していて気づいたのは、公園は海の家と構造が似ているということです。公園は都市の中でくつろげるように、スタバのような人工物との中間にデッキがあり、その向こうに自然がある、という形でデザインされています。海の家もそれに似て、都市部からやって来た人たちがそこで着替えて砂浜や海に触れ、また戻ってきて帰っていく。都市と自然を媒介しているんです。

長田

ある種、舞台を切り換える役割を果たしていると。

石川

そうです。デッキというのは芝生が象徴する自然と都市との中間にあるもので、手足を汚さずに自然に触れられる場所を仲介する存在です。そういう目で見ると、ベンチもまた小さいデッキ、あるいは縁側みたいなものとして、スタバと芝生を仲介する装置になっています。

長田

縁側に見立てるのは面白いですね。ベンチの面白さは休憩場所としてだけでなく、一度腰かけて会話を始めるとそこが別世界になり、見立て方によっていろいろなことが起こる場所でもあるところですね。

一口にベンチといっても、公園によってどこにどのように置くか、ということも場のデザインですよね。深澤さんはベンチの持つ役割をどのように考えていますか。

深澤

モノには人の行動を制限する部分がありますし、それは必要なことだと僕は思っています。公園のベンチの場合、背付きのものと背無しのもののどちらを置くかという議論がありますが、ゆったり座ってもらうことを考えれば背付きのほうがよい。でも部材が多いのでコストは上がりますし、座面の高さも背無しより1.5倍ほど高くつくられています。

それでも住宅に囲まれた公園などでは、隣の敷地に利用者の視線が向かないために背付きのベンチのほうがふさわしい。このように公園のデザインでは、景観のデザイン上、視線を遮ったり、誘導したり、使う人の行動をコントロールすることがあります。

僕はよく「ベンチはサインです」と言うのです。石川さんがデッキのことを自然と人工的な空間の間の中間領域とおっしゃいましたが、それに近い例で言うと、コトブキでは東日本大震災の時、仮設住宅団地に大量のベンチを寄贈しました。仮設住宅の中は私的な空間ですが、その外側は誰の空間でもない。そこで区切られてしまい、コミュニティが分断されてしまっていたのです。そういう場所が災害直後に多くの団地で生まれました。

そのような団地の中にベンチを置いたのです。それは、もちろん高齢の被災者に休憩してもらうという目的がありましたが、それとともに“ここはみんなの場所”という目印をつくりたかったのです。

長田

ベンチが公共空間の中で「座る」という機能性と「座ってもよい、みんなの場所だから」という記号性の両方を担っているのは興味深いですね。

深澤

かつての定番の三種の神器の遊具より、今、ベンチのほうが記号性は高いのです。震災以降、コトブキでも公園の防災機能を高めることに力を入れており、先日は滋賀県で発電用のプラントを公園に設置しました。プラントといっても、大きめの屋根にソーラーパネルを付けた四阿の進化版といったものですが、そこでは充電も給電もでき、Wi-Fiも飛ばせて夏場はミストも出せるようにしました。

コロナ禍と公園

長田

東京都では公園と言っても大きなものから小さなものまであり、規模の違いによって役割も様々なのだと思います。

竹内

かつて都市公園法の中にいろいろな条項が定められ、規模に応じて機能が分けられていましたが、今は地域ごとに住民の方々も違えば、自然環境も違いますし、使い方もそれぞれです。自治体の職員が互いに工夫して、各所で独自の公園づくりを行っているのが実状ではないかと思います。

今の深澤さんのプラント付き四阿は、これからのコロナの時代にふさわしい施設だと思いました。災害時でなくても、公園の中にちょっとした屋根があって、テーブルやベンチがあり、Wi-Fiも飛んでいたら、私も外で仕事をしたくなってしまいます。

私の住む横浜の港北ニュータウンでは、コロナ禍で外に出る人が多くなり、平日昼間でも小学生の男の子とパパのキャッチボールが多く見られます。朝昼晩と公園の調査をしていると、まず午前中は未就学児の子ども連れの人たちがやってきて、午後になると授業が終わった小学生が集まってくる時間があり、夕方には大体決まった時間に高齢の方、5、6人が四阿に集まってくるコミュニティが生まれています。場所によっても違いがあり、緑道には健康志向の中高年ランナーが走っていたりします。

こういう利用のされ方を見た時、公園をつくる側として何が提供できるのかと言うと、極端な話、屋根と電源のある広いスペースさえあればいいのではないかと思います。中学生が勉強したり、サラリーマンが仕事をしたりと普段家の中でやっていたことをみんなが外で実際にやり始めている。そういう受け皿になることがこれからの公園に求められるような気がします。

昨年の第1回の緊急事態宣言時、東京都では、密になるといった苦情が届いたので都立公園の全ての遊具に立ち入り禁止のテープを貼って使用禁止にしました。でも、横浜市にある港北ニュータウンは禁止にしていなかったのです。

深澤

それは自治体の方針の違いでしょうか。

竹内

都立公園は東京都で意思決定し、指定管理者がいる公園もすべて遊具の使用を禁止にしました。横浜市の場合、市の方針かどうかわかりませんが、港北ニュータウンは緑道があるせいか、子どもたちが遊具に集中して密になっている姿はまったく見られませんでした。

緑地で虫捕りをしていたり、水辺でザリガニを釣っていたり、緩やかな芝生の斜面を自転車で下ってみたりと、思い思いの遊び方をしていて、なかなか面白い様子が見られました。

深澤

私たちも緊急事態宣言以降に自治体の対応についてアンケートをとりましたが、これまでに業務で関わった全国333の自治体のうち、遊具を利用停止にしたのは51の自治体だけでした。それ以外の自治体では注意喚起する貼り紙を貼るだけに留めたということで、自治体レベルでは意外と柔軟な対応がとられたようですね。

石川

統計的なエビデンスも重要ですが、私は個別の公園で実際にどのようなことが起きていたかに関心をもって見ていました。調布市でも遊具に使用禁止のテープが貼られましたが、実は、その前に何が起きていたかというと、子どもたちが学校に行けなくなると、これまであまり使われることのなかった街区公園が児童公園のように賑わったのです。調布市内の多くの公園でかつての団地のような風景が見られ、公園も久しぶりに子どもたちに遊んでもらえるのを喜んでいるようでした。

そうしたら、次に「公園で遊んではいけない」ということになりました。子どもたちが近所のお年寄りに「家にいろ」と怒られる。私もさすがにそれはどうなのかと思いましたが、すると、住宅地の中で袋小路になっているような場所が子どもたちの遊び場へと変わったのです。

アスファルトの路面が黒板のように落書きだらけになり、市の公園用地になっているような空き地にも子どもたちがあふれていきました。公園の利用が禁止されると、街の中で公園代わりになる場所が現れたのです。

長田

それは興味深いですね。

「そこにあること」の価値

石川

先ほど竹内さんから、公園は時間帯によって利用者も違えば、時代に応じて使う人も変わっていくという話がありましたが、こうした「使い回せる」ことの最大の条件は公園が「そこにあること」だと思うのです。

かつて公園の価値を測るために、利用者数を指標にしていた時期がありました。使われていない公園はまるで価値がないかのような扱いを受け、自治体の人たちも賑わいを創出することに奮闘していました。でも、市民の側からすれば、賑わなくてもよいところに公園の特権があると思うのです。たとえ一見無駄に見えても、公園はそこにあり続けることに重要な価値があるのではないかと思います。普段は役に立っていないように見えても、街の中にオープンスペースが確保されているのは公園にしかできない芸当です。

コロナ禍で路上や空き地が遊び場に変わったのも、きっかけは近所の家庭がピクニックチェアと小型のテントを持ち出したことでした。それらが置かれた途端、そこに「遊んでもいい感」みたいなものが生まれたのです。ちょっとした装置がその場所に意味を与えるのはベンチの記号性と似ています。

公園も必要なものは利用者が必要に応じて取り替えていけばよいだけで、公園そのものが短期的に役に立つ、立たないといった議論はあまりしなくてもいいのだと思っています。

長田

今のお話を聞いて自分の子どもの頃を思い出しました。街の中にもちろん公園もあったけれど、一方で建設資材が置いてあるような空き地を秘密基地にして遊んだりもしていました。わかりやすいイメージが「ドラえもん」ですね。ジャイアンが土管をステージに見立ててそこが公園に変わる。

石川

あの公園は街全体が建設現場だった高度経済成長期の風景ですよね。

長田

今の公園にはあり得ない風景ですが、そこで遊べるとわかると子どもたちは集まってくる。

竹内

今、空き地などで秘密基地をつくると通報されてしまうんですよね。小学生の息子さんが公園の資材を引っ張り出して秘密基地をつくったという理由で友人が学校に呼び出されたのです。それで、お母さんはプレイパークみたいなところでやりなさいと注意したのですが、その子は「それじゃ秘密基地じゃなくなっちゃう」と言ったそうなんです。

石川

その子、いいセンスしていますね。

竹内

そうですね。でも、今は街の中にそういう場所がない。しかも近所の人は直接注意するのではなく、いきなり学校や役所に通報してしまうからますます萎縮してしまう。

「ここにいてもいい感」を出す

長田

いろいろと面白い論点が出ました。皆さんの中でこういう公園がよいといった事例はありますか。例えば、私の住む大田区には、近隣住民があえて遊具などを置かず、自分たちで管理する仕組みを取り入れた「くさっぱら公園」という公園があるのですが。

石川

二子玉川の公園では、完成前から住民が公園クラブを立ち上げ、完成後の維持・管理方法を考えるワークショップをやっていたそうです。こうした事例は最近増えています。地元のお母さんたちが管理する花壇にコスモスが咲き乱れ、看板には「お花は摘んでいいよ」と書いてあることにとても驚きました。看板から伝わってくる「ここにいてもいい感」が素晴らしいと思います。

もう1つ、札幌の大通公園にイサム・ノグチの〈ブラック・スライド・マントラ〉という有名な彫刻作品があります。家族で旅行で訪れた時、あの作品は大人にとって完全なアート作品に見えるので私と妻は30メートルくらい手前で立ち止まってしまったのですが、子どもたちは躊躇なく歩み寄ってすべり台として遊び始めたのです。それはいろいろ考えさせられる体験でした。大人は意味で見てしまうけれど、様々な可能性があるのだと気づかされました。

長田

今の2つの例はどのように見立てるかということと、使い手がどのようにルールを決めるかということがポイントですね。公園内の看板に書かれているのは大体禁止事項なので、ついビクビクしてしまいますが、「どうぞお好きにやってください」と書いてあるととても新鮮に感じられます。

石川

公園は共通のルールや使い方が決まっておらず、むしろそれらを個別の判断に委ねているのです。例えば、キャッチボールを禁止している公園がありますが、その根拠になる法律はなく、現場の運用で禁止しているだけです。すると、結局は現場の裁量なので、逆に、ここではキャッチボールをしてもいいですよ、と伝えるサインがあってもいいはずなんです。

長田

なるほど、臨機応変な判断で利用できるのが公園のよさということですね。私も子どもが小さい頃は、先に来ている利用者の様子をしばらく眺めてどういうルールになっているかを観察していました。そこで例えば、違う学年の子に話しかけられて一緒に遊ばせてもらう。そういう日はいい遊び方ができたなと満足して帰ってきたものです。

「場所」の情報をアーカイブする

深澤

私は、すべての公園にヒューマンドラマがあるのではと思っています。例えば、「愛のひとかけ運動」といって花壇にジョウロを1つ置いて、植物に水を撒いてもらうことを誘発する活動をしている団体があります。

公園というのは例えて言えば高校野球の応援のようなものだと思うのです。大阪桐蔭のような全国レベルのチームを応援する人もいれば、自分の子どもの高校の対戦結果も気になります。高校野球の世界で起こるドラマのようなものが公園1つ1つにあって、コトブキのリサーチは高校野球の取材のように全国各地の公園のドラマを探し求めるものでもあります。

そこには甲子園優勝を目指すだけが必ずしも高校野球ではないということに似た、地域ごとのエモーショナルな感じもあります。

石川

面白いお話ですね。公園が持つ物語と言えば、この特集にも論考を寄せている進士五十八先生の『日比谷公園──100年の矜持に学ぶ』は日比谷公園の歴史、生き様を描いた本ですが、深澤さんが言う通り、そのような物語や可能性はそれぞれの公園にあるわけですよね。

深澤

最近のSNSはフェイスブックもツイッターもインスタグラムも、すべて人が主体です。これらには場所に紐づけられた情報がアーカイブされる場所がありません。

しかしこの場所でどういうことがあったのか。公園には住民ドラマが起こる舞台として、街の歴史的アーカイブとなるバリューがあるのではと考えているんです。

長田

昔、地理学会で見たリサーチに、ある観光地でツイートされた記事のハッシュタグを集めると、誰がどれくらいの頻度で投稿したかが場所ごとにわかるというものがありました。そうした情報を時系列に重ねると場所の歴史やそれに関係した人々のドラマが蓄積されるというイメージでしょうか。

深澤

そうですね。そういった情報にはある程度の「オフィシャル性」が保たれる必要があると思います。僕らも場所のSNSを国交省と連携しながら運営していますが、ハッシュタグのフィルタリングだけでは否定的な投稿や限られた趣味嗜好の話題も含まれるので、レギュレーションをどこで線引きするかという課題が残りますね。

自分ごととして関われる公園

竹内

私も場所について最近考えていることがあります。それは公園が自分ごとになっている人がどれだけの数いるのかということです。これまで公園の価値といえば、1人当たりの面積や生物多様性、気温を何度下げているかといった条件で測られていましたが、公園を自分ごとにしている人の数というのは大事な指標ではないかと感じています。

昨年、高井戸公園という大規模公園の一部が開園した時、コロナ禍で雨が降っていたこともあってオープンの日に人があまり集まらなかったのです。同様に3年ほど前に善福寺公園の中に「みんなの夢水路」と呼ばれる、区が整備・管理する小さな水路がオープンしました。小学生が入れる川をつくりたいと区長に提案して実現したプロジェクトで、オープニングの日には小学生やそのお母さんたちも大勢参加してとても賑やかで喜んでいました。

工事課の職員たちはどの公園づくりにも一生懸命に取り組んでいますが、高井戸公園の住民説明会では住民の方から「うちの敷地境界の部分はどうなるんだ」とか、「公園ができるのは防犯上心配だ」という苦情・要望しか出てきませんでした。こうした違いは何だろうと思ったのです。

やはり設計や整備の段階から、公園づくりを自分ごととして感じられる人を少しずつ増やしていかなければならないのではないかと思うのです。立地や面積で比較すると高井戸公園の方が地域への貢献度は高いはずですが、周りの人が感じる幸福度はオープン時の瞬間だけをみても全然違うのです。

長田

とても対照的な例ですね。

竹内

深澤さんの「愛のひとかけ運動」の話を聞いて、やはり自分がこの公園に関わっていくんだという意識を高める仕掛けが公園づくりには必要だと感じました。

清瀬市の「(仮称)花のある公園」でも二子玉川と同様、用地買収から完成までの2年間、住民に参加してもらい、公園ができたらこんなことをやりたいという人を育てています。これからの公園づくりにはこうした仕組みを入れないといけないのだろうと感じています。

石川

私は寂しいオープニングを迎えた高井戸公園の担当者を慰めてあげたい。というのも、100年のスパンで考えれば公園が役に立たないわけがないからです。

竹内

有り難うございます。その日は雨の中、赤ちゃんを抱えたお母さんが「楽しみにしていたんです」と声をかけてくれたのが救いになりました。

石川さんのお話の中に「遊んでいい感」とか「ここにいていい感」という話がありましたが、この感覚はとても大事だと思います。私は砧公園にインクルーシブ広場を整備する際に監督を務めたのですが、先ほど深澤さんのお話にあったように、「インクルーシブ」と呼ばず、「みんなのひろば」と名づけ、どんな子も遊びに来ていいというコンセプトを積極的に広報しました。

すると、アンケートで障がいのあるお子さんの保護者の方から「『行っていい』というのがすごく嬉しかった」という声が寄せられました。「いいんだ」を何らかの形で示すのは大事なことですね。

石川

逆に「いいんだよ」を示しすぎると強い記号になってしまい、やりたくない人たちへの抑圧にもなりえます。どう伝えるかというのはなかなか微妙なポイントですね。

深澤

以前、都内のある広大な私有地の売却方法をめぐって相談に来られた方がいるのですが、その時に私は「コミュニティファーストの時代になっている」といったことを話しました。その土地にどんなものをつくるかという前に、どれだけそこにコミュニティが育っているかがポイントなんです。

例えば、売却してマンションが建つにせよ、ポケットパークのようなものは必要になりますよね。その時、地域の人たちと良好な関係ができているか否かで土地の価値は変わるはずなのです。1つの公園にどれくらいの数の人を巻き込めているかというのは重要な視点だと思います。

「動かせない」ことがもつ価値

深澤

今、公園のフォロワー数がわかる自社アプリを普及させているのです。藤沢市が熱心に協力してくれているのですが、1つ1つの公園の地域ごとのフォロワー数や利用状況の可視化から、公園がどれほど活性化しているか、地域に貢献しているかがわかる仕組みです。

例えば、日比谷公園のフォロワー数は一般的な街区公園の数十倍ですが、アプリの普及はこうした差を埋めようというのではなく、公園利用に巻き込まれていることの価値や地域の文脈みたいなものを皆さんに知ってほしいのです。いい公園をつくれば人は集まるという時代でもなく、利用者が積極的に関わる仕組みが必要だということが浸透しつつある手応えがあります。

長田

皆さんの話を伺うと、何だかまちづくりの授業を聞いているようですね。当事者として街に関われる人をどれだけ増やせるか、といった話は都市計画の教科書にも出てきますが、今、公園がまさにそのような実践の場になっているのですね。

深澤

ただ、今はトップダウンではなくても、ボトムアップとも言い切れない時代だとも思います。大規模な公園の整備方針を立てたり、用地買収を行ったりする時には、住民の方に対してどうぞ自由にやってくださいとはならない。ある一定の制限の中で巻き込んでいく、このバランス感覚が大事だと思います。

その感覚を担保するために私たちは今、遊具の動産化に取り組んでいます。遊具は一度設置したら20年はそこにあり続けなければなりません。当社の製品は30年保証なのでさらに10年置かなければならないのですが、それを簡便な工事で移動可能にするテストケースを試みていて、昨年は東京都とやらせていただきました。

もう少し公園にフレキシビリティがあってもよいと思ったんですね。大きな指針は自治体に委ねながら、住民のカルチャーやカラー、日常的な気づきの中で即興的に変えていける公園整備はどこまで可能か、そのバランス感覚が重要なのでは、と思っています。

石川

都市全体に対する大きな方針と、利用者の個別のニーズの間のバランスは、時間をかけて調整していく必要があると思います。誰もが位置情報付きの端末を持っている時代に、これまで見えなかったことが可視化され計測化できるようになると、公共施設の滞在時間や人気度をもとにこれまで以上に効率化できてしまうでしょう。

ところがそれを推し進めると、想定外の事態が起きた時にアウトになると思うのです。最適化するということは設計の段階で考えられていなかった状況に対応できなくなることにもなりかねない。それを私たちは今この災害多発時代に学びつつあると思います。

だから、公園というのは、一度つくったものを30年は動かせないというところにも価値があるのだと思うのですね。ガシガシと変えていく部分は民間に任せて、ものすごく動きの鈍い公園のような場所が一定数あることも都市には重要だと思うのです。

深澤

公共空間の自由度が振れすぎないためのアンカーのような位置づけですね。

石川

そうです。公園というのは何よりもまず「制度」だと思うのです。

公園を考えるための3つのスケール

竹内

私は研究でも現場でも、公園・緑地を都市レベル、地区レベル、敷地レベルの3つのスケールに分けて考えてきました。

都市レベルでは、自然条件は様々なので公園の配置もそれに即したものである必要があります。現在の東京の公園の都市計画は約80年前の東京緑地計画が元になっており、中小河川沿いに緑地を確保するという方針が連綿と続いています。

その中で具体化されたものが井の頭公園や善福寺公園、武蔵野台地上の緑地帯などです。高井戸公園も玉川上水と神田川の間の緑地を、杉並区あたりの郊外エリアでベルト状に整備しようとした計画の一部です。

最近では、建物が立ってしまい整備困難という理由で都市計画公園区域が削除されるケースもありますが、建築物は5、60年で壊されます。ちょうど今は1964年の東京五輪や高度経済成長期にできたものが老朽化により解体・更新の時期を迎えています。河川として指定されていたところに首都高速がつくられていたのが改めて見直されたり、公園計画地の中に建てられたホテルの建て替えに合わせて一部を緑地として再整備する例もあります。このように公園や緑地を都市レベルで捉えると100年の計で確保していかなければならないところがあります。

一方、地区レベルでは再開発対象地域などの規模で考えていくことになり、敷地レベルでは提供公園のように、再開発などを機に建築物と自然と緑地の配置をどのように決めるのか、といった考え方が重要になります。

この3段階のスケールを社会的にコントロールするための制度も、今、次第にボトムアップ型に変わってきており、都市計画制度も区市などの基礎的自治体に決定権が移譲されています。これからはDXなどによって、市民の間での敷地レベルの動きが都市のレベルとどのようなつながりをもっているかが可視化され、自分も都市づくりに貢献していることがわかるようになっていくかもしれません。そうすることで自分ごととして取り組める制度や仕組みが少しずつ整っていけばと思います。

長田

空間スケールの切り替えの視点はまさに地理学の視点です。

深澤

場所に紐づいたSNS化を推進する立場からすると、私も公園のデザインの意図を市民に伝えられる機会を増やしていきたいと思います。整備計画の内容はホームページに載っていますという自治体の方もいますが、利用者はそこになかなかアクセスしませんし、利用者は公園の中に噴水がある理由を知らないことがほとんどです。

そもそもなぜそこに公園があるのかという情報はとても価値がありますし、長い目で見ていくための情報整理は必要になるだろうと感じています。

石川

これはほんの思いつきですが、自分がいる場所が簡単に地図上で閲覧できるようになった今、テクノロジーによって自分が都市計画100年の計にコミットできていることを実感できるデザインがあってもいいんじゃないかと思いました。

現場のレベルだとよくわからないのだけど、地図や歴史を見るとわかるように100年のスパンでは理にかなっていることが理解できるようにするんです。都市計画レベルでわかりやすくすると、公園内の噴水を邪魔に思う時があっても、自分が子どもの頃からあるモノだからそこにあり続けてもいいんだと、納得できるようになるかもしれません。

大事な余白の部分

石川

一方、現実空間ではもっとわけのわからない、解釈不能なことがいっぱいあってもいいという気もしています。

遊具のデザインも、必ずしも現代的なニーズにかなったものばかりではなくてもよいのでは? コトブキのカタログの最後の数ページに「その他」みたいなカテゴリをつくってみて、どの用途にも収まらない、座るものなのか遊ぶものなのかすらよくわからない、理解不能なファニチャーが並んでいるページがあっても面白いんじゃないかと(笑)。私だったらそういうものを選びたいですね。

深澤

それは大事な余白ですよね。例として六本木にある複合商業施設のサインがあります。その施設では広大な敷地にいろいろな場所や店舗が配置されているので、目的に合わせて移動を促すと、回遊性があまり機能しなくなってしまう。だから、意図的に歩いて回ってもらえるようなつくりになっています。

そういう議論を呼ぶ余地というか、利用者が個別に解釈して伝える余地も大事ですよね。例えば映画は監督が作品の意図をすべて説明してしまったら盛り上がらなくなってしまいますよね。やはり批評家が見て解釈するから映画という産業が盛り上がるのであって、公園もそういう視点で見てもらえればいいなと思うのです。

長田

コントロールされている部分もあれば、そうでもない部分もあり、それが思わぬ発展を見せたり、余白を見つけて新しい使われ方が起こったり、周りの人が深読みして世界をつくっていくということですね。

公園をデザインする人たちは、そこがいい場所になってほしいと願って設計するのだと思います。そうした「余白」はすぐに顕在化するものなのか、数十年経って思わぬかたちで見出されるのかはわかりませんが、意図を汲んできちっと固めている部分と、コントロールされないものの組み合わせにおもしろさがあるのかと思いました。

石川

制度として余白を設計するのは難しいですけど、重要なことだと思います。

長田

私たちが楽しいと感じるのはプログラムされすぎているよりも少しはみ出した、いい意味でのハプニングある場所なので、公園に限らず、今のお話はいろいろなところに派生しますね。

防災拠点としての公園

長田

都市のアンカーという言葉も登場しましたが、公園には災害時の防災拠点の役割もあります。とくに自然災害が多発する中でその重要性は高まっているように思いますが、竹内さんはどのようにお考えでしょうか。

竹内

東京都では、阪神・淡路大震災のころから防災公園としての役割を重視してきました。現在、環状7号線が防災用の緊急輸送路として想定されており、その外側のグリーンベルト状に確保してきた公園が防災拠点となっています。

東側が被災したら西側の公園から、西側が被災したら東側の公園から環七を使って物資を運ぶ仕組みです。それぞれの公園には「かまどベンチ」(災害時には竈になるベンチ)があり、災害用トイレが整備されているほか、自衛隊の基地としても利用できるよう計画されています。昔のグリーンベルト計画が今もこのように生かされていて、その意味でも長期的に計画された緑地の存在は本当に重要です。

東日本大震災後は防災に求められるものも変わってきており、発電設備を設けたりという施設のスペック面だけでなく、災害時の施設の利用方法や避難ルートに関する問い合わせも多く寄せられています。住民の防災意識が高まっているのも感じます。

石川

わが家の近所でよくバーベキューをするお宅があるのですが、東日本大震災で地域が停電した時にはとても心強い存在でした。日ごろから近隣で集まる機会があると非常時にも強い。防災拠点が用意されていたり避難訓練したりすることも大事ですが、年に一度でも公園をお祭りする場所にしておくことも地域の防災力を高めるのではないかと思いました。

深澤

5年ほど前、国連の防災世界会議のパネルディスカッションに参加した時、阪神・淡路大震災の現場で復旧対応にあたられていた方が同じようなことを話していました。いざという時に地域の人たちが何とかするための力は普段の付き合いの中から生まれるんだと。

やはり東日本大震災以降、非常時にとても不安視されるのは電力の確保です。先ほど発電用のプラントを公園に設置した例を挙げましたが、非常時でのスマホの充電というのは切実な問題です。生命に関わらないことは二の次と思われがちですが、デジタル機器を使えるかどうかは、現代人として人間らしさを保つ上で大きな比重を占めます。

この部分にアプローチすることにメーカーが果たすべき役割があるのではないかと思っています。

新しいコミュニティをつくるための公園

長田

最後に都市の中の公園のこれからについて、それぞれの関わり方の中から、一言ずついただければと思います。

石川

今日の話で実感したのは、普段公園に関わる中で見ている図面の縮尺がそれぞれ違うんだなということです。それでもなんとなく探り合いながら話が通じるところが面白い。公園というのは都市の中に様々なスケールで現れ、それぞれに異なる姿や意味をもっている。ここが公園の議論の面白いところだと思いました。

私はやはり公園はあくまで制度であって、これからも制度であり続けてほしいと思っています。そのように感じたのは、中野セントラルパークの再開発に関わった時でした。約1.5ヘクタールの広大な土地に、中央の公園を取り巻くように大学の校舎や商業施設が建ち、いろいろなショップやカフェが入る計画でした。

どうすれば賑わいのある場所になるかということを考えながら、スポーツ公園にしようとか、噴水広場をつくろうといろいろな案を描いていました。でも、公園というのは本来何もしなくていいんですよね。集客は商業施設がやってくれるわけです。公園はただ芝生であってくれればそれでいいんですよ。「何もしなくていい」というのは制度に守られている施設でしかありえないことだと思うのです。公園が短期的な価値や意味に対して揺るがないスタンスを都市の中でもち続けることが重要なのだと思います。

竹内

今、これからの公園と思った時に、東京市時代の公園行政を担った井下清さんのことが思い浮かびました。私が尊敬する大先輩ですが、「100年経ったら公園はなくなる」という文章を書いていて、その100年後というのが2028年なのです。

「なくなる」というのはどういうことかというと、普通に自然が保護されている中に人が住むようになるという意味なのですね。井下さんは児童遊園から霊園まで、まさに「揺り籠から墓場まで」つくった方ですが、公園というのは赤ちゃんからお年寄りまで、関わらない人はいないわけです。赤ちゃんの公園デビューから始まり、遊具で遊んで、青少年になったらスポーツをし、中高年はランニングして、最期は霊園で終わる。施設というより生活そのものを温かく包み込んでくれるようなものです。

そう思った時に何が大事かというと、やはりオープンスペースがずっとあり続けることで、いろいろな年代の人の幸せに資するところだと思うのです。建物が多少建ってもよいですが、建物は永続的なものではなく、あくまで人が緑の中で生活していくことを基本とするのが公園の役割なのではないかと思います。

石川

行政の経験が長い竹内さんが柔軟性を強調されて、民間出身の私が頑迷性を強調している構図が面白い(笑)。

深澤

この流れでいくと僕も頑迷性を強調しなければいけませんが、実際にそうだと思います。今は昔のように世間や土地に縛られていた時代に比べて、コミュニティを選択でき、その自由度がますます高まっています。その中で公園が果たす役割は何かと言えば、一定の柔軟性を保つ方向に舵を切りつつも、他の利用者を排除しないところから派生する、新しいタイプのコミュニティを創出する「生き物」だと思うのです。

そのときに僕がイメージするのは一般名詞としてのパークではなく、不定冠詞「a」がつく、「ア・パーク」、ある1つの公園です。パーク全体を考えると抽象度が高くなりすぎてしまいますが、あなたが所属し、良いコミュニティをつくるための場所としてイメージしてもらうことで、公園は役割を果たせるのではないかと思います。

昔は「コミュニティの創出」というと大きな話で、ある程度、画一的なイメージがありましたが、現在、コミュニティはどんどん多様化しています。「あなた」がコミュニティをいい感じにつくろうとした時に、その中心となるのが公園という場所なのではないかと思うのです。

そのあたりに頑迷性というか、ある種のアンカーとしての役割があり、他の利用者を否定できないところが自分の意図しない人たちとの関わりを生んでくれる気がします。

長田

今日は、公園について長期的なスパンでの変化の話や、大小様々なスケールの話、コミュニティや人とのつながりなど、いろいろなことを考えるきっかけをいただき、充実した内容になりました。

本日はお忙しい中、大変有り難うございました。

(2021年4月15日、オンラインにより収録)

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。