登場者プロフィール
李元徳(イ ウォン ドク)
国民大学校社会科学大学日本学科教授1985年ソウル大学校外交学科卒業。専攻は日韓関係史、国際関係論。博士(学術[東京大学])。慶應義塾大学法学部訪問教授。著書に『日韓関係史』(共編著)等
李元徳(イ ウォン ドク)
国民大学校社会科学大学日本学科教授1985年ソウル大学校外交学科卒業。専攻は日韓関係史、国際関係論。博士(学術[東京大学])。慶應義塾大学法学部訪問教授。著書に『日韓関係史』(共編著)等
安倍 誠(あべ まこと)
日本貿易振興機構(JETRO)アジア経済研究所新領域研究センター長1988年一橋大学経済学部卒業。九州大学大学院経済学府博士後期課程修了。博士(経済学)。専門は韓国経済・企業・産業。著書に『日韓経済関係の新展開』(編著)等。
安倍 誠(あべ まこと)
日本貿易振興機構(JETRO)アジア経済研究所新領域研究センター長1988年一橋大学経済学部卒業。九州大学大学院経済学府博士後期課程修了。博士(経済学)。専門は韓国経済・企業・産業。著書に『日韓経済関係の新展開』(編著)等。
春木 育美(はるき いくみ)
早稲田大学韓国学研究所招聘研究員延世大学校大学院修士課程修了。同志社大学大学院博士課程修了。博士(社会学)。慶應義塾大学法学研究科研究員等を経て現職。著書に『韓国社会の現在』等。
春木 育美(はるき いくみ)
早稲田大学韓国学研究所招聘研究員延世大学校大学院修士課程修了。同志社大学大学院博士課程修了。博士(社会学)。慶應義塾大学法学研究科研究員等を経て現職。著書に『韓国社会の現在』等。
李英喜(イ ヨン ヒ)
その他 : 中央日報・ JTBC東京総局駐日特派員法学研究科 卒業塾員(2012法修)。1999年延世大学校政治外交学科卒業。2000年文化日報入社、社会部、国際部を経る。07年中央日報入社、文化部、国際外交安保部を経て現職。著書に『なんとなく大人(어쩌다 어른)』等。
李英喜(イ ヨン ヒ)
その他 : 中央日報・ JTBC東京総局駐日特派員法学研究科 卒業塾員(2012法修)。1999年延世大学校政治外交学科卒業。2000年文化日報入社、社会部、国際部を経る。07年中央日報入社、文化部、国際外交安保部を経て現職。著書に『なんとなく大人(어쩌다 어른)』等。
西野 純也(司会)(にしの じゅんや)
法学部 教授研究所・センター 朝鮮半島研究センター長塾員(1996法、2003法博)。2005年延世大学校大学院博士課程修了(政治学博士)。2016年慶應義塾大学法学部教授。専門は国際政治、現代韓国朝鮮政治。著書に『朝鮮半島の秩序再編』(共編著)等。
西野 純也(司会)(にしの じゅんや)
法学部 教授研究所・センター 朝鮮半島研究センター長塾員(1996法、2003法博)。2005年延世大学校大学院博士課程修了(政治学博士)。2016年慶應義塾大学法学部教授。専門は国際政治、現代韓国朝鮮政治。著書に『朝鮮半島の秩序再編』(共編著)等。
2022/05/09
大統領選のポイントとなったもの
3月9日に韓国で大統領選挙が行われ、革新系の文在寅(ムンジェイン)大統領の次代を担う大統領として、保守系の野党「国民の力」の尹錫悦(ユンソクヨル)氏が与党の李在明(イジェミョン)氏を破り当選しました。選挙結果が得票率の差にしてわずか0.73%、得票数にして24万票あまりの差で、民主化以降、8回あった大統領選挙の中でもっとも僅差での決着となりました。投票率も77.1%と前回2017年とほぼ同じで、高い投票率だったと言えるのではないかと思います。
本日はこの選挙戦の結果を受けて、どのような韓国社会の変化がそこに反映されているのか、そして新政権となり日韓関係がどのように変化していくのか、その展望を伺いたいと思います。
まず初めに選挙戦を振り返ってどういう感想を持たれたか。春木さんからいかがでしょうか。
今回の選挙では、「20代の票」の行方にかつてないほどの注目と関心が集中しました。20代の票がキャスティングボートを握ることになり、若者を意識した選挙戦が展開されましたが、結果的に20代の男女で極端に異なる投票行動が見られました。
李明博(イミョンバク)大統領が当選した2007年の大統領選ぐらいから、「経済成長」が大きなキーワードになってきましたが、若い世代はもはや保革の理念にとらわれず利害で動く無党派層が多いという特徴があります。
そして今回、保守系野党の尹錫悦氏が20代男性の票を意識して、「女性家族省廃止」といった公約を掲げましたが、実際に20代男性の支持が高まる効果が見られました。「男性対女性」の分断を煽り、政治的に利用した選挙戦でした。就職難などの構造的問題から目をそらすかのように、ジェンダー対立ばかりが強調されたのは、残念なことでした。
今までも女性票を意識した公約は金大中(キムデジュン)氏も盧武鉉(ノムヒョン)氏も掲げていました。文在寅大統領に至っては、当選したらフェミニスト大統領になると宣言し、女性票を集めようとしました。しかし、今回は逆に「20代男性」に焦点を当て、「負の共感」で票をまとめようとしたところが今までと違います。
結果として、社会の分断が深まることになりました。
後ほどまた詳しく伺いたいと思いますが、「負の共感」という非常に興味深いキーワードをいただきました。韓国で見ていらした李元徳さんはどのようにご覧になったでしょうか。
今回の選挙で注目するポイントは4つあると思います。第1に、おっしゃった通り、今回の大統領選挙は最後の瞬間まで全く予断を許さない僅差の選挙で、尹錫悦氏の勝利も薄氷を踏むようなものでした。
投票日の1週間前に保守系候補の一本化があり、安哲秀(アンチョルス)候補が尹錫悦陣営に合流するという動きがありました。私はこの一本化によって尹さんが勝利したと思っていますが、逆に、一本化に反発する李在明さんのほうに結集力が働いたという分析もあります。
2つ目は、有力候補の2人とも、政治家としては新人で、国会議員の経歴が全くない方であったということです。尹さんは30年間、検察の経験しか持っていない方で、李在明さんは京畿道(キョンギド)の知事や市長の経歴はありますが、国政の経験は全くありません。そういう人同士の対決でした。
3つ目として、非常にネガティブなキャンペーンが行われた選挙戦でした。李在明さんは、大庄洞(デジャンドン)の土地分譲をめぐる不正疑惑が大きく取り上げられ、尹さんは、検察告発の疑惑などで攻撃されました。逆に言えば、今回の大統領選挙では政策による競争が本当にあったのか。建設的な争点が失われた選挙であったということは非常に残念に思っています。
4つ目のポイントは、先ほど世代やジェンダーの問題を言われましたが、今回の選挙も、いつも韓国の選挙で出てくる地域主義、世代、所得差に加えてジェンダーの4つの側面がそれぞれ非常に表面に出た選挙であったと私は見ています。
総じて言うと、今回の大統領選挙は1つの争点がありました。それは政権交代するのか、それともリベラルな現政権を維持するのかということで、これが選挙戦前半の大きな流れでした。
結果的に、選挙によって革新系から保守系の政権に代わったということが、一番目立つものではないかと私は見ています。
日本はどう選挙戦を見たか
今回の選挙の特徴を包括的にまとめていただきました。非常に接戦だった中で、結果的に保守一本化によって尹さんが勝った。ご指摘のように、この一本化は果たしてどれだけ効果があったのか、韓国内でも評価が分かれているのだと思います。確かに結果を見ると、当初、李在明さんがあまり振るっていなかった地域で、急速に盛り返しているところが多数あります。
それから、2番目に挙げられた国政経験がないということは、まさにその通りで、これも民主化後の選挙で初めてのことです。選挙戦のプロセスの中では、国務総理を務めた李洛淵(イナギョン)さんのような方もいらしたわけです。それにもかかわらず、最終的に国政経験のない2人を大統領候補として国民は選んだということが何を意味するのか。そこは重要なポイントかもしれません。
政策論争が十分ではなかったというのは、ある意味いつものことですが、今回、ネガティブキャンペーンが非常に強かった部分は確かにあったかと思います。
では、東京特派員として日本で韓国の大統領選挙を見守った李英喜さん、この選挙戦をどのように見て、また韓国の選挙を見る日本をどのように感じましたでしょうか。
今回の選挙はコロナもあり、事前投票がこれまでより大幅に増えたということ、また直前の保守系候補一本化もあり、最後まで予測が難しい選挙で、各メディアも様々な情報の中で紙面作りに本当に苦労していました。
日本の中で韓国の大統領選挙の報道を見たのは今回が初めてですが、今回の感想だけを言えば、私は日本のメディアは韓国の選挙に結構興味があるのだなと感じました。特に朝の情報番組等で韓国の候補者の妻の問題を詳しく扱っていて、韓国人もよく知らないことを話しているなと思いました(笑)。
他の方に聞くと、以前はもっと政策に関心があり、今回は当選結果も一面で大きく取り上げた新聞もあまりなかったので、むしろ韓国の政治に対する関心があまりなかったとおっしゃる方もいました。
私は、今回の韓国の大統領選挙は、日本のメディアではちょっとエンターテインメントになっていたのではないかと思います。エンタメ化して、韓国はこんなに分裂している、おかしいことが起きているといった感じで見ていたように感じました。
問題は、こんなに僅差で終わったので、これから後遺症が結構大きいと思います。普通、大統領選挙が終わると、新しい大統領への期待で支持率が70%ぐらいになります。しかし、今回は、昨日の世論調査でも48.5%ぐらいと50%を超えていない。就任前なのに執務室移転問題が物議を醸していますし、本当に心配しています。
韓国の選挙を見る日本については興味深い指摘をいただきました。今回の選挙に限らず、日本で韓国を見る見方は、ご指摘にあったようにエンタメ化して面白おかしく見るような傾向が強まっていると思います。
選挙結果が日韓関係に非常に大きな影響があるということが明らかだったのに、そういった側面に焦点を当てた報道があまりなかったことは残念に思います。
それから、今まさに韓国で起きていることですが、後遺症が深刻になるのでは、というご指摘はその通りで、すでに文政権を巻き込む形で与野党対立が激化していて、尹政権はスタート前から困難な状況にありますね。
政権交代の要因
先ほど李元徳さんから、政権交代という雰囲気が強く、それが尹さんを大統領に押し上げたというご指摘がありました。
なぜ、政権交代の雰囲気が強くなったかというと、やはり文政権の経済政策の失敗、特に不動産・住宅の問題、そして政権発足時から重視してきた雇用の問題だと思います。恐らく国民の目から見ると、それが不十分に映った。それが今回の選挙の結果に結びついたと言われていますが、安倍さんいかがでしょうか。
これまでの大統領選挙では何かしら争点というか、次の政権の課題が割とクリアな形だったことが多かったかと思います。例えば、李明博氏が当選した時は、春木さんが指摘されたように経済成長が争点になり、朴槿恵(パククネ)氏の時には経済の民主化ということが大きなイシューになっていた。そして文在寅政権誕生の時には雇用(イルチャリ)の問題が大きくクローズアップされましたが、今回は、「これが争点」というものがあまりはっきりしなかった。
選挙戦を通じて、経済政策が議論されることもあまりなく、むしろお互い、中間層を狙うために、自分の政策にはっきり色を出さないほうがいいと思った部分もあるかもしれません。いずれにせよ、今回の選挙は与党が負けた選挙であることは間違いなく、その意味では与党の政策が評価されなかったということです。
それは西野さんが指摘された経済政策、不動産・住宅の問題が非常に大きかったと思います。不動産の問題をきっかけに、理念先行の政策や、いわゆる「ネロナムブル」(他人がすれば非難する行為を、自分がした時には正当化する)の問題に対する国民への不満が、政権の問題として出てきた。
それから、文在寅政権が誕生した時の「ろうそく革命」は、若者の力が大きかったわけですが、その若者に失望感を与えてしまった。特に不動産や雇用の問題で期待に応えられなかった。若者世代はジェンダーの問題に引き裂かれた部分もありますが、その背景にある、雇用や生活格差の問題に応えられなかったことが、政権交代につながる大きな要因であったことは間違いないと思います。
文政権が掲げていた政策の柱、スローガンにいわゆる「所得主導成長」というのがありますが、これは経済学者の方からはかなり厳しい評価が聞かれます。文政権の経済政策の功罪は、どのように評価できますか。
「ろうそく革命」で誕生した文政権は、自分たちは革命政権だという高揚感の中で、非常に左派色の強い政策を当初どんどん行っていきました。その最たるものが「所得主導成長」だと思います。
しかし、特に最低賃金の大幅な引き上げなどは副作用が大きかったですし、彼らのやった政策は、問題のあるものが多かったという評価は正しいと思います。
ただ、途中であまり上手くいかないとわかったら、それをパッと放棄した。ここが、ある意味、韓国の強みと言いますか、結局、経済官僚出身の人たちが根強く政権内にいて、最終的に政権は経済官僚出身の人たちを頼って安定的な経済運営に戻ったのです。
例えば最初は財閥に対しても非常に強く出たわけですが、成長には財閥は不可欠ということで関係を改善し、軌道修正を上手くやったわけです。コロナ対策も少なくとも当初は機敏に行い、経済対策もそれなりにやってきたので、最終的には大きな失敗なくやってきたと評価できるのではないかと思います。
ただし、社会福祉を大幅に拡充したこともあって、財政支出をかなり拡大しました。この点は、健全財政を維持してきた過去の政権の路線とは、大きく異なっていたと思います。
尹政権の経済政策の課題
今回の選挙は国民の観点からは、次の政権は自分の暮らしをどのくらいよくしてくれるのか、ということに一番関心があったのでしょう。それが不動産・住宅の問題だと思います。しかし、尹さんも5年間で250万戸造ると言っていますが、これは時間がかかりすぐには実現できない問題です。
雇用の問題にしても、文政権、あるいはそれまでの歴代の政権が力を入れてきているのになかなか解決は難しい。さらに、文政権が目指した、いわゆる富の集中の改善、格差の是正も、評価方法によっては、むしろ広がったという見方もあります。
こういった状況を踏まえ、尹政権は、どういうところに優先順位をつけて進めるのか、あるいはどのくらい大きく政策転換をするのでしょうか。
おっしゃる通りで、非常に難しいですね。特に不動産に関しては、とりあえず供給を増やさなければいけないわけですが、すぐに造れるわけでもない。
また、供給を増やせば、市況がガクッと下がる可能性も当然あるわけです。すると、現在所有している人たちは財産が大きく減ることになるので不満を持ちます。また値段が大きく下がると、負債の問題がより顕在化することにもなり、舵取りは非常に難しいと思います。
世代ごとの問題として若者の失業問題、高齢者の貧困問題がありますが、特に若者の問題は深刻です。高齢者に対しては、基礎年金と呼ばれる直接給付を増やしたり、政府が短期の直接雇用を行ったりすることで、文在寅政権でもそれなりに成果を挙げてきました。
一方、若い人が望むのは単にお金だけでなく、よりよい仕事です。正規職で、かつ自己実現できる仕事が欲しいとなると、それは政府の短期的な対策でやれるものではなく、文政権はその要求に応えられなかったわけです。尹政権も何か即効性のある具体策を持っているわけではないので、そこは非常に苦しむと思います。
ただし、尹政権が経済政策に関してはっきりしているのは、経済はなるべく民間に任せ、そのために規制を積極的に緩和するというところです。尹錫悦さんは自分が影響を受けた本としてフリードマンの『選択の自由』をたびたび取り上げ、市場の自由を尊重する考え方への共感を表明しています。
いかに規制を緩和し、新産業を創出するか。そしてスタートアップもつくりやすくするか、といったことに焦点が当たるだろうと思います。ただし、これらの政策による成長も一定の時間がかかりますので、それを国民が待ってくれるかがカギになります。
ジェンダーという課題
今の話とも関わりますが、韓国社会で様々な亀裂が生じている。伝統的にあった保守と進歩のイデオロギーや地域主義、2000年代以降顕著になってきた世代間の対立に加え、今回の選挙では、特に若者の社会的状況が焦点になり、その中でもジェンダーの対立、葛藤が非常に重要な要因として浮かび上がりました。
こういった社会の格差、亀裂について、尹政権がどの程度解決していくことができるのか。特に若者からの、今の「586世代」と言われる主流世代に対して既得権層とみなす反発は相当強いようです。春木さん、いかがでしょうか。
安倍さんがご指摘されたとおり、根源にある経済の問題は大きいです。韓国政府は高学歴の若者に海外就労を促す国家プロジェクトを推進しています。そういったことからも将来不安に直面している若者は、自分たちは弱者であり、社会的安定を保障してほしいと政治に訴えているわけです。
文政権はいろいろ問題があったと思いますが、2021年現在、韓国にはユニコーン企業が18社あります。これはすごいことだと思います。研究開発投資に力を入れていましたが、その成果が出始めているのでしょう。
一方で若者の就職市場を見ると、就職活動を諦めた若者が62万人ぐらいいるわけですが、韓国の若者はチャレンジ精神があり、起業意欲も高いです。
ネットフリックスで日本でも流行った「梨泰院(イテウォン)クラス」と「スタートアップ」というドラマがあります。2つとも大卒ではない主人公がベンチャーで成功するというサクセスストーリーです。これはファンタジーではありますが、若者に希望を与えるドラマだと思います。こういうチャンスや働き方、希望を現実にすることが次期政権のなすべきことかと思います。
私は女性で40代ですが、私の周りではジェンダーのイシューが今回の選挙で爆発したみたいな感じですね。2016年に「江南(カンナム)駅殺人事件」があり、この殺人事件の動機が女性嫌悪にあると言われる中、若い女性たちがフェミニズムを勉強し始めました。2018年には「#Me Too」があって、フェミニズムが浸透していたところに今回の大統領選挙で表面化した感じがします。
世論調査では、最終的に20代女性の58%ぐらいが李在明さんを支持したと出ています。浮動票だった20代女性が、最後に「尹錫悦はダメ」みたいな感じになり、この世代の女性たちの力は結構強いと感じました。
李在明さんの民主党に投票する人も増えたし、正義党から立候補した女性の沈相奵(シムサンジョン)さんに後援金を送る運動もありました。このジェンダー間の分断の問題を尹錫悦さんがこれからどうやって扱っていくのかに注目しています。
「女性家族省」もなくなるかもしれません。しかし、法的には韓国に女性差別はないかもしれませんが、実際の生活上では差別があることは皆わかっています。40代の女性の間でも、「女性家族省」に問題があると考えている人も多いのですが、では残っているジェンダー分野の課題はどんな機関でどう扱っていくのか。このことは本当に重要だと思います。
「女性家族省」廃止問題の捉え方
お話にあった尹さんの「女性家族省」廃止の公約は、韓国社会で大きな問題になっており、政権の行方をかなり左右することになりそうです。
尹さんは「廃止」と、かなり強い言葉を打ち出しましたが、この問題を長く観察・分析していらした春木さん、どう見ていらっしゃいますか。
「女性家族省」は当初、「女性省」としてスタートしましたが、政権交代で廃止されないよう、大きな予算がつく家族政策も担うようになりました。
ただ、性別分業の再生産の問題は残りました。文在寅政権下での「女性家族省」の大きな問題は、与党の大物政治家たちのセクシャルハラスメント事件が起きた時の対応が不十分で、女性の人権擁護機関としての役割を果たしていなかったことです。
「女性家族省」の存廃を超えて、韓国社会が目指すジェンダー政策や家族の多様化について論じるべきと思います。
具体的にはどういった論点があるのでしょうか。
1つは再生産労働をめぐる問題があります。韓国では性別分業に基づく家族制度への抵抗感から非婚が増え、出生率が低下しました(2021年の合計特殊出生率、0.81[暫定値])。もちろん少子化は、経済的要因も大きいですが。
経済問題が緩和すれば、そのあたりの論点は解決していくのか、あるいは、まだまだ取り組まなければいけないものがあるのでしょうか。
今、まさに家族のあり方が大きく問われているのだと思います。高齢者の貧困問題も、今までは子どもの仕送りで老後の生活が何とかなっていた、つまり家族制度に寄りかかってきたわけですが、それがもう機能しない。そうであれば、福祉政策を充実させるしかないですね。
家族福祉から国家が責任を持つ福祉国家への転換を急ぐ必要があります。少子高齢化の速さは日本以上ですから。
なるほど。李元徳さんは韓国の若者、学生たちと日々接していらっしゃいますが、世代間の考え方の違いや、ジェンダーの問題点についてはどのように見ていますか。
今回の大統領選挙で、ジェンダー問題が大きな争点になったことは、私としてはちょっと違和感もあります。
尹錫悦さんが20代男性の支持を集めるために、いろいろな政策を出し、社会の現状として男女の葛藤というものが表面に出ているのは、確かに否定できないと思います。しかし、他の先進国と比べて、韓国が本当に封建的で深刻なジェンダー問題を抱えているのかというと、私はそうは考えていませ ん。
では、なぜこれが争点として、政治課題として表面化してきたのかと言えば、恐らく政治においての葛藤があまりにも大きいので、そういう葛藤の様相を選挙キャンペーンの過程で自分の陣営に有利に活用しようとする力学が作用した部分があったのではないかと思います。
男女平等を実現するための部署が必要だということは、保守系も革新系も認めている。「女性家族省」廃止の問題も、「女性家族省」が持っている機能を、どのように政府の全体的な組織の中で組み入れるかという問題で、尹政権は保守的なので女性を差別するような政策を取ると見るのは間違いでしょう。そういったことが政治化され、あまりにも誤解が大きくなっているのではないかと考えます。
いろいろな意識調査を見ると、若い世代ほど平等意識が強い。民主的な家庭を築きたい、男性も協力して子どもを育てたい、家父長的な意識から解放されたいと思っているので、それを阻害しないことが大人の役割かなと思います。
そういう平等意識を持っているのに、大人が分断を煽ってどうするのかということですね。ただ、女性差別は社会の中に確かにあります。日本でもそれは深刻で、女性たちはかなり勇気をもって声を上げています。きちんと受けとめてほしいと思います。
外交安全保障政策の転換
これまで伺ってきた韓国社会の変化が、韓国の外交や国際社会との関わり、国際社会における韓国の位置、地位にどのように影響してくるのか。これはいつものことですが、今回の選挙でも外交安全保障は、大きな争点にはならなかったと思います。
このあたりは、李元徳さんは現時点でどのように評価していますか。
言われた通り、今回の大統領選挙で、外交政策は総じて言うならば、それほど大きな争点になりませんでした。両陣営の公約を見ても、あまり差が見えなかったと思います。ただし、実際には両陣営の外交安保政策には大きく差別化できる要素が存在すると、私は見ています。
まず、それを見る前に、この選挙に国際政治の変数がどのように影響したのか、少し指摘したいと思います。
1つは、ロシアのウクライナ侵攻です。これは韓国の有権者に主権の問題、国家安保の問題を軽く見てはいけない問題だと思い起こさせたということから、ある程度影響したと思います。
それから北朝鮮のミサイル実験が今年に入ってから10回ほどありました。このことも韓国の有権者の投票行動に少しは影響があったと見ています。
もう1つ、北京冬季オリンピックが選挙戦の最中にありましたが、そこで中国の判定に公平でないことがあり、少し反中的な感情が沸き起こりました。このような国際的な変数も、選挙に多少影響したと見ています。
尹さんの外交政策の基本的な考えと文政権、あるいは李在明さんのそれとは非常に違うと思います。文在寅政権は外交安保政策の基本を北朝鮮との関係に置き、いわゆる「韓(朝鮮)半島平和プロセス」が、外交安保政策の中心でした。その次に、対米関係、米中関係で、日本との関係は、それに続く位置付けであったと思います。
そのような外交安保政策は、政権交代によって大きく変わると思います。尹さんは外交安保戦略の基本を韓米同盟に置いていて、米中の戦略競争の中でも、確かにアメリカ寄りの方向性を持っていると私は予想しています。当然、北朝鮮との関係も根本的な変化が生じ、北朝鮮の核やミサイル危機に対しては、断固とした態度を取るでしょう。そしてアメリカを含む国連と協調しながら、北朝鮮政策を考えていくのではないかと思います。
日本との関係は後に譲りますが、中国との関係も、大きな変化があるのではないかと思います。文政権のいわゆる対中政策の3不原則(1 韓国内にTHAAD[高高度防衛ミサイル]を追加配備しない、2 米国のミサイル防衛網に加わらない、3 日米との軍事同盟を構築しない)があったのですが、尹さんは、これは維持しないと言っています。
恐らく政権交代により、社会経済政策より外交安保政策が、大きな方向転換を示すのではないかと考えています。
選挙戦の公約ではあまり差が見えなかったという話でしたが、どういったところが似ていたと言えるのでしょう。
例えば、北朝鮮に対する対応は、両候補とも文面だけを見ると、断固とした対応を取るが、対話を通して問題を解決するということで、あまり差が見えませんでした。
対日政策の面でも、2人とも、いわゆる「金大中・小渕宣言」を継承するとか、実用的な観点から日本との関係を考えるとか、言葉の上ではあまり差が見えないと思っていました。実際外交政策には大きな差があるにもかかわらず、選挙戦ではその差が大きく取り上げられなかった印象です。
韓国人が抱く安全保障上の不安
李英喜さんはいかがでしょう。
外交政策は重要な争点にはならなかったと思いますが、ウクライナ侵攻という事態の中で、今の文在寅政権の外交政策のままでいいのかという不安は結構あったように思います。
特に中国に対する反感が大きくなり、また北朝鮮が5年間全然変わらない状態なので、政策転換が必要だと感じた人は多かったのではないかと思います。
しかし、実は私もそうですが、韓国人はアメリカと日本と組むのが韓国の利益になると思いつつも、北朝鮮を敵に回して強い姿勢を見せると、韓国で戦争が起こるのではないかという不安もあります。韓国の平和のためにどちらを選ぶのがいいのかわからない、という不安を持っていると思います。今のままでは問題があると思っても、尹錫悦さんのように反対側に行けばいいとはっきり言えない人が多い。難しい問題だと思います。
私も北朝鮮との関係が悪くなると、「これは危ないのではないか」という感じがあります。韓国人は皆が危機感を感じています。私は基本的には変わることが必要と思いますが、尹錫悦さんの外交政策は、この難しい状態をどう調整していくのか心配もあります。
今のご指摘は韓国の多くの方々が感じているところではないかと思います。安全保障政策にもう少し力を入れたほうがいいのではないかという思いはある。しかし、尹次期大統領が言っていること、例えば対北朝鮮先制攻撃能力や、THAADの追加配置などを実際にやると、短期的に朝鮮半島で軍事的緊張が相当高まりかねない。それで本当に大丈夫なのか、という思いなのでしょうね。
それから、文政権の「朝鮮半島平和プロセス」は、結局、挫折したかもしれませんが、それでも2017年に米朝両国間で極度に高まった軍事的緊張を収束させるのに役割を果たしたとの評価もあります。李元徳さんはどのように見ていますか。
それは保守と革新で非常に違った見方で捉えているのではないかと思います。選挙戦中の尹さんの発言で問題になったのは、北朝鮮への先制攻撃論です。これはあまりにも政治宣伝によって煽られ、南北間の軍事的緊張が高まる、と批判されたのですが、これは韓国の『国防白書』にも書かれているもので、戦略的概念としては全く問題ないと思います。
それから、日本との軍事協力で、日本の自衛隊を朝鮮半島に入れるのかと、論争がありました。それも言い過ぎで、尹さんはそんなことを言ったこともないし、現実には日本と韓国は安保の面でアメリカを経由して協力体制を組むことは、以前からやってきていたことで、それほどおかしなものでもない。
中国との関係でも、THAADの追加配備が韓国の安全保障のために必要であれば、主権の原則から見てもおかしくないと私は見ています。これらは選挙戦のプロセスで、歪曲された部分が大きいと思います。
私は北朝鮮との今の関係を含め、北東アジアの国際情勢を見た場合、尹政権でやっとリアリズムに戻ると見ています。
文政権の時に無理に北朝鮮との対話を重視し、韓国の現実的な外交安保政策が揺れ動いてしまった。平和プロセスを進めても結果は何もなかった。北朝鮮は依然として核開発、ミサイル実験を続けていて、結果的に韓国の平和、安全保障にプラスであったとは言えないと思います。
その意味では、外交安保政策の正常化の機会がやっと戻ってきたような気がします。
「先進国意識」が生み出すもの
そろそろ日韓関係についてお話を伺いたいと思います。春木さんは、今の日韓関係をめぐる状況をどのように見ていらっしゃいますか。
外交安保は専門ではないのですが、特に若い世代で中国に対する反感がすごく高まっていることに驚いています。韓国の若い世代は、日本に対する好感度も一番高かった世代です。
この世代は生まれた時から自分たちが遅れているという意識はなく、先進国だという意識が強いので、中国、日本に対しても対等な意識を持っているのです。だから、その自尊心を傷つけるようなことがあると一気に反発が強まるようです。
そして日本の若者も、いまや「私たち日韓は同じ先進国の人間として」と言います。日本の上の世代の方は序列意識で見ていますが、若い世代はフラットに対等な関係で互いを見ている。そこを考慮していかないと、次の世代の日韓の関係は上手くいかないと思っています。
若者たちの国際関係を見る目が、上の世代とは全く違うということですね。それが日本との関係においては、プラスに作用する可能性が十分あるという趣旨かと思います。
先ほどの話に引き付けると、与党、野党とも、外交安保政策における共通点は、韓国が先進国になり、世界10位の経済大国になったことと、それに伴う韓国の誇りや自負心といった感覚だと思います。韓国は国際的な名誉ある地位を占めていて、そこを基盤として外交安保政策を展開する、ということは共通していると言えます。
尹政権の場合はそれがより強く、自由民主主義国家との連帯や、日米豪印4カ国による枠組み「クアッド」参加への積極的な立場、そしてODAも含めたより一層の国際貢献を選挙戦から主張していました。
安倍さん、韓国の経済的な成長達成の側面からはいかがでしょうか。
どちらかというと、最近になって「韓国に抜かれた」という意識を持ち始めたのが日本で、韓国の人はもう10年ぐらい前から、日本は大したことはないという意識が強くなっているのだと思います。少なくとも経済に関しては、日本に対しての劣等感みたいなものはなくなってきているという印象を持っています。
先進国意識ということからすると、コロナ対策の「K防疫」などは、韓国の人の「自分たちは遅れていない、むしろ進んでいる」という意識を強めたと思います。ただ、そこから今後どうやって国際社会の中で、その意識に見合った地位を占められるかというところは、いろいろな意見があるかと思います。
例えば今回のロシアに対する先進国の動きに、韓国は一歩遅れたところがありました。今の政権が北朝鮮問題を考えてロシアに対して配慮したのかもしれませんが、韓国は通商国家という面が大きく、通商面での影響をまず気にしたところもあると思います。
実際、エネルギーではロシアからの輸入はそれなりの地位を占めており、輸出では自動車をたくさん売っている。なので、民主主義陣営の一員、先進国の一員としてよりも、まず通商に対する影響を考えてしまう発想が強いのかとも思います。
そこが今後どう変わっていくのかが先進国の一員としての韓国の課題かと思います。
関係改善への期待感
まさに、いわゆる経済安全保障の観点から見ると、韓国は半導体、バッテリーなど重要な産品を持っており、尹政権もそこには自覚的なので、今後、踏み込んだ政策を取る可能性があります。だからこそ、日本は、韓国とより協力できる可能性が出てきそうです。
また、韓国の方々からすれば、ある意味、自然な形で日本を追い抜いていて、劣等感がないのに対して、日本では最近、メディアでも盛んにいろいろな部分で「抜かれている」と報道される。焦りが出てきたのかもしれません。
韓国が日本を追い抜いたという考えもありますが、やはりまだ日本はわれわれより先進国だという意見もあります。さらに若者たちは、そのようなことはあまり気にしていない感じもします。
日本と仲良くする必要があると言う人が増えたことは事実で、コロナのせいで行き来できなくても、あまり影響はないと思っているところも、若者たちにはあると思います。私は、対等な関係と感じ、交流することは、被害者意識から韓国人が脱皮するきっかけになり、よいことだと感じています。
韓国では、これから日韓関係はよくなるといった期待感が結構ある一方、日本の世論調査では60~70%では尹錫悦大統領になってもあまり日韓関係改善は期待できないとなっている。尹錫悦さんは日韓関係改善に強い思いは持っていると思うのですが、この状態だと改善は難しくなるかもしれないという心配はあります。
私は、「これから良くなるのではないか」という雰囲気があるだけでも悪くないと思うのです。いろいろな問題を解決するには時間もかかりますが、コロナが終わったら、日韓での留学などの交流も戻るので、ここから始めればいいのではないかと希望的に考えています。
実際、私の周りの日本の若者は音楽やドラマなどの影響で、結構韓国に行きたがっている人が多いです。
確かに世論調査などを見ると、日本から見た尹政権の対日政策、日韓関係の今後については慎重な見方が多い。しかし、それは期待していないのではなく、期待したいのだけれど、これまでの経験から、あまり高い期待をして裏切られるとダメージが大きいため、ある意味、エクスペクテーション・コントロールをしているのでないでしょうか。
ただ、期待せざるを得ないというところはあり、だからこそ、岸田総理が当選翌日に祝意を表し、さらにその次の日に尹さんに電話までしたわけです。この機会を絶対逃してはいけないという思いが、日本側にも強くあるのだということを感じました。
徴用工問題の解決に向けて
私は今の日韓関係は非常におかしい関係で非正常な関係だと思っています。日本と韓国の関係がこれほど悪化し、葛藤しなければいけない本質的な理由があったのかと言えば、私はあまりなかったと思っています。
徴用工問題、慰安婦問題はもちろんありますが、それが日韓関係において大きな争点になっているのは、それこそおかしなことです。歴史認識の問題がある程度不可避的に存在することは認めますが、なぜそのために日韓関係の全領域でけんかしなければいけないのか。これはリーダーシップの影響が大きかったと思います。
その意味で、文在寅政権の時にあまりにも日韓関係が悪くなったのは、韓国から言うと、外交安保戦略において日本に対するあまりにもバランスを欠いた評価があったのではないかと見ています。ですから、リーダーシップの転換があれば、これから日韓関係は徐々に改善していくと思います。日本側の認識が悲観的というのは承知していますが、客観的に見て、今の尹錫悦政権が求めている方向性を見ると、日本と葛藤や摩擦を起こす要素はほとんどなくなったと思います。
尹政権が求めている外交安保政策の基本を見ると、韓米同盟を強化し、包括的な同盟にする。これは日本と全く差がない。それから韓米日の安保協力を進める。そして、いわゆるインド太平洋戦略に韓国も加わっていくと言っているので、方向性は、これから合致していくと思います。北朝鮮に対する認識や政策も、日本と協力しながら北朝鮮問題を扱おうという方向性なので、ギャップはないでしょう。
問題は、いわゆる徴用工の問題、慰安婦の問題をどうするかということです。これはボールは韓国に来ていると私は見ています。尹政権もこれは慎重に扱うと思いますが、結果的には何とか処理する、解決する方向にもっていくと思います。
選挙戦でも、尹さんは、いわゆる徴用工の問題と日本側の輸出規制問題、それからGSOMIA(軍事情報包括保護協定)の3つの争点を解決すると言っていました。しかし、もうGSOMIA問題は消滅しましたし、輸出規制問題も私は実質的な懸案として存在していないのではないかと思います。
すると解決すべき懸案は、徴用工問題1つに絞られていて、それをどうやって韓国政府が巧みに扱うことができるかという問題だけが残されていると思います。徴用工問題の解決というのは、人数で言うと、34名から最大200名以下の問題で、金額で言うと、5億円から30億円の問題です。法律的に時効というものがありますが、大法院の判決から去年の10月の時点でもう3年過ぎましたのでこれ以上の追加訴訟はありえない。裁判にかかっている訴訟の中で大法院が最終的に勝訴できそうなものを数えてみればだいたいその規模であると考えられます。
日本側では、この問題を大きく見ている方も多いと思いますが、いくら多くても30億円で解決する問題です。韓国でも様々な議論がありますが、この徴用工問題を解決するには、韓国政府が賠償金を立て替える、いわゆる代位弁済、あるいは大統領の決断で、日本側に歴史問題、植民地問題が絡むことは金銭要求は一切しない、という決断をすればそれでオーケーです。
反発する勢力との話し合いのプロセスが大事ですが、実態をよく見ると、それほど大きな障害にはならないと思います。もう少し合理的にこの問題を話し合い、解決するためのプロセスを踏めば、日本との関係でこれ以上の障害にはならないと、私は少し楽観的に見ています。
現在、いくら韓国側が改善を図っても、日本政府の態度は、徴用工問題を解決するまで何もできないという態度です。そのような態度さえ改善されれば、日韓関係は上手くいくと、私は考えています。
代位弁済をする場合、国会での議論や立法措置が必要になるのでしょうか。
イニシアチブは行政府側が取り、その後、企業の協力や民間の基金も入れてもいいし、最後には立法措置で解決されれば一番いいと思います。
しかし、立法までいくには、やはり時間がかかると思いますので、まず方向性として、日本企業の資産を強制執行してそれを取るか取らないか、といった回答を明確にすれば、後のテクニカルな問題は、それほど大きな問題にならないと思います。基本的に日本企業の資産を強制執行しない、現金化を留保するという方向性でいくと、いろいろな基金のつくり方や、立法の話になっていく。そうであれば日本側も反発する必要はないと思います。
若者たちがつくる新しい世界
では、最後にこれからの日韓関係について皆さんの考えを伺います。
経済安全保障の観点から言うと、基本的に日韓は立ち位置が非常に近い。このことはお互いに改めて認識する必要があると思います。デカップリングが進む中で、ハイテク分野のサプライチェーンではアメリカを中心とした再編の動きがありますが、そのなかで日本と韓国は共に重要な位置を占めていて、しかも日韓は相互に緊密に結びついている。
その一方で、やはり中国は、日韓ともに貿易の比率が高いから無視できない。必ずしもアメリカ一辺倒ではいかないところも立ち位置が非常に似ています。協力できる共通利害があるのだ、と再認識する必要があるのではないか。そういう意味では、尹新政権は、対米観、対中観がかなり近く、日韓の共通利害も認識されやすいと思います。
もう1つ、これからコロナが明けて人の流れが自由になると、恐らく若者を中心とした人の往来が、非常に盛んになると期待できます。また、お互いの文化が浸透する中で、すでに韓国のスタートアップによる日本の若者向けサービスなどもかなり広がっています。こういった動きは、日韓を結びつける新しい芽として非常に期待できるところです。
日韓の経済交流というと、これまで政府や経済団体などを中心に議論されてきましたが、今、そこでは必ずしも捉えられていなかった新しい世界が広がりつつあることを既存の世代も認識して、少なくとも若い世代の邪魔はしない姿勢が重要ではないかと思います。
李元徳さんのお話を聞いて、気持ちが明るくなったのですが、日本政府も態度を変えて韓国側に動く空間を与える必要があるのではないかと思います。日本が今のように、韓国が納得できる解決策を出さないと何もしない、みたいな感じであれば、韓国の世論も悪くなる可能性があります。
日本政府が徴用工問題や慰安婦問題で原則を変えることは難しいと思いますが、姜昌一(カンチャンイル)駐日韓国大使が日本の外相にも総理にもまだ会っていないという状態は問題があると思うのです。だから原則は原則として、今から新しい対話や行動が始まる雰囲気を日本側もつくってくれればと思います。
安倍さんがおっしゃった通り、コロナ以後の若者たちの行動に期待しています。日韓関係が悪い時は、周りから「どう? 日本行ってもいい?」というような感じだったのですが、自由に日本に旅行に行きたい時は行ける状態に戻るだけでも結構、期待できるのではないかと思います。
必要となる日韓の協力
なぜ国政経験のない人物を候補として選んだのかは重要なポイントだ、という西野さんのご指摘は本当にそうだなと思いました。私自身、尹錫悦氏の発言でインパクトが大きかったのは、「人に忠誠を誓わない」と言ったことです。これは、権力になびかないという点で新鮮に響きました。
韓国の政治文化は今まで非常に属人的でした。政権が代わっても日本があまり期待できなかったのは、この属人的な政治文化にあるのではないかと思います。制度やルールよりも、党派性や個人的関係が優先されるというところですね。この韓国の政治文化があったのでこの発言は新鮮でした。
最近、日韓関係の改善を次の世代に期待するという声がありますが、それは無責任ではないかと感じることがあります。日韓が、なぜいまこのような関係になっているのか。これは両国の大人たちの責任ですし、今の問題は今の政権が解決しなければいけないと思います。
日本も韓国も、まさに新しいリーダーが選ばれたわけですから、この時機を最大限に活かし、次の世代にバトンタッチできるような関係を構築してほしいと思います。
今の日韓関係は非常に非正常になっています。だからこれから正常化するためにいろいろ努力すべきだし、少し大きな視点から考えると、今、米中の葛藤の中に韓国、日本が置かれ、北朝鮮の脅威は、依然としてこの地域の大きな障害要因です。韓国と日本が戦略的に協力すれば、国益や戦略がお互いのためになるということは、よく考えると当たり前のことなのになぜそれが実現できないのか。
未来のことを考えると、日本と韓国は国益や戦略が共有できる二国間関係であるということを自覚し、お互いに正常なあり方にもっていくために、努力すべきではないかと思います。
今回の韓国の政権交代は、関係が正常化に向けて働くためには絶好のチャンスになっているので、お互いに努力していけばいいと思います。
確かに韓国の社会は変化しているし、日韓関係にも変化の兆しが表れている。他方、依然として両国の政治リーダーを取り巻く国内政治環境は、世論も含めて厳しいけれど、李元徳さんが指摘されたように、日韓を取り巻く国際情勢、国際政治は、むしろ日韓関係の協力を不可避なものとしており、大きな求心力として作用しつつあるという状況になっています。
制約がある国内状況にしても、皆さんの話を伺うと、やはり変化が起きていて、それをいかに上手く捉え、関係改善につなげていけるのかが重要になってくると、改めて思いました。
5月10日の就任式後、韓国では6月に国政レベルの統一地方選挙があり、日本では7月に参議院選挙があります。両政権ともこの難しい日韓関係に慎重にアプローチしなければいけない時期が続きます。
一方で、5月にはクアッドの首脳会談が日本であり、バイデン米大統領が日本に来て、韓国にも行くことが予想されます。そういった機会を日韓関係の改善につなげていくことができるのかが注目されるところです。
これからの日韓関係については、皆さんから考える材料をたくさんいただきました。読者の皆様にとって、この座談会が、今の韓国そして日韓関係を見つめ直す機会になれば幸いです。本日はどうも有り難うございました。
(2022年3月22日、三田キャンパスにて一部オンラインを交えて開催)
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。