執筆者プロフィール

国保 祥子(こくぼ あきこ)
その他 : 静岡県立大学経営情報学部准教授塾員

国保 祥子(こくぼ あきこ)
その他 : 静岡県立大学経営情報学部准教授塾員
2020/04/06
人材育成の現場で目にした女性たち
私は経営学者として、民間企業や官公庁といった「組織」や、そこで働く「人材」について研究している。私が学位を取ったのは経営学大学院(慶應ビジネススクール)であるが、実務家向けの経営教育を行っているビジネススクールには、様々な組織の現場における人材教育の相談が持ち込まれる。そのうちに、私も研究と教育の傍らで、企業の従業員や行政機関でリーダーや管理職を対象にした人材育成を手掛けるようになった。主にケースメソッド教育で経営学を教えるのだが、受講生の99%は男性である。ご依頼主の人事部の方に尋ねると「女性社員は昇進や研修への意識があまり高くない、特に出産後は人が変わったように意欲を失う」という回答をいただくことが多かった。
しかし、2014年に娘を出産し、育児休業期間を過ごしていたとき、同じく育休中だった法人営業の女性から、「第1子を出産して時間の制約を受けるようになってから営業成績が急によくなった。仕事が面白くなってきたので、この第2子の育休を利用してビジネスを勉強したいと思っているが、ビジネススクールは子連れで行けないからどうしたらいいだろうか」という相談を受けたのだ。出産後に意欲が高まったり、育休中に学習意欲を持つ女性の存在に接し、目から鱗が落ちる思いがした。そして半信半疑ながらも、これまでの私の管理職の人材育成の経験と専門知識に基づいて教材を開発し、「育休プチMBA」と名付けた育休者向けの勉強会をマンションの1室で開催したところ、想定していた以上に参加希望者がたくさんいた。現在は共同設立した株式会社ワークシフト研究所という会社を通じて学習機会を提供しており、参加者は延べ8000人を超えた。
この「育休プチMBA」を続けていく中で、女性を対象とした人材育成に関する様々な知見が溜まっていった。女性の学習意欲を刺激するための表現、女性が学習実感を持ちやすい教え方、ラーニングコミュニティの運営方法等、これまで男性管理職を主なターゲットとして教育を提供していた立場から見ると、意外に感じることは少なくない。また、育休復職後の女性が意欲を落とす理由も、出産が直接的な原因というより、育児との両立を難しくする職場要因や、そのためにキャリア展望を持てないことの影響が大きいということも分かった。
こうした事実を目にし、女性学習者への理解が進んだ結果、私は「女性は学習意欲や就業意欲はあるのだが、企業側が職場環境や学習機会を整えていないことで引き出されていない」のだと考えるようになった。
多様性の類型と女性活躍の歴史
多様性(ダイバーシティ)をどう捉えるかという点については、Harrison and Klein(2007)*1 の整理が参考になる(図1)。
①格差(disparity):性別による格差といった、組織や社会の不平等に焦点を当てる観点。
②距離(separation):意欲やコミットメントの高低など、職場や集団内の価値観の隔たりに
焦点を当てる観点。
③種類(variety):知識、スキル、能力の分散に焦点を当てる観点。
これらの観点で女性の活躍の歴史を捉えると、次のようになる。まず、「格差」の観点より、女性であるという理由で、ビジネスにおける活躍の機会が限られているという不平等を解消する必要があった。男女雇用機会均等法(1985年制定)等に代表される男女の機会均等施策は、この観点から行われてきたと言える。その結果、女性の雇用機会は担保されたが、同時に家事育児を専業主婦の妻に任せる男性並みの業務量を女性に求めることとなった。女性は「キャリアか、家庭か」という選択を突きつけられ、約6割は第1子の出産を機に離職した*2。そしていったん離職した人のほとんどは、その後専業主婦に留まるか、非正規雇用としての再就職をすることになる。
その後、こうした出産を機に離職する人を減らすための施策として、育児休業法(1991年制定)や時短勤務制度が整備された。就業を継続しやすい環境を整えたことで出産により離職する人は5割程度になったが、次に直面したのは、女性たちが仕事を続けはするけれど活躍しない(できない)という現象であった。ある調査では、現在の職場での昇進を希望しないと回答している人の割合が、男性は19.6%であるのに対し、女性は58.0%に上る*3。機会があっても活用しようとしない女性が過半数なのである。
しかしこの原因を「女性の意欲の低さ」に求めるのは少し早急である。同調査の「昇進を望まない理由」を見ると、女性で最も回答が多かったのは「仕事と家庭の両立が困難になる」(36.5%)であり、家事・育児との両立支援策なしには仕事上の責任を背負う気にならないことが分かる(図2)。ここに男女の社会的役割に関する価値観の隔たり、つまり「距離」の多様性が職場組織に与える影響が垣間見える。
そして皮肉なことに、就業継続のための制度がこの価値観の隔たりを促進しているという側面もある。例えば、育児休業制度や時短勤務制度を女性だけが利用することで、「育児は女性の役割」という性別役割分業の価値観が強化される。6歳未満児を持つ男性の平均家事時間が日本の約3倍であり*4、女性の管理職比率が高いフランスやスウェーデンでは純粋に価値観の観点として扱いやすいのだが、日本では価値観と性別の関連が強いので、「距離」や「格差」の観点が混同されやすいことが問題を複雑にしている。
一方、経営学の観点から言えば、企業組織にとって価値を持つのは「種類」の多様性である。特に現在のように消費者の嗜好が多様化し、技術革新のスピードが速い環境ではイノベーションが不可欠だが、知識創造を実現するには組織の内部にも市場と同じ程度の多様性が必要だと言われる(最小有効多様性の原理)。そうでなくとも、チームとして仕事をする上では様々な知識やスキルを持つ人材が必要であろう。そして少子化が進む我が国では、この知識やスキルの多様性を同質性の高い人材のみで確保することはもはや難しい。「種類」の多様性を実現して活用するためには、「距離」や「格差」の多様性を許容し、マイナスのコンフリクトを最小化する手腕が現場の管理職やリーダーには求められるのである。
多様性を活かすための職場要因
上記を踏まえてワーキングマザーという存在を捉えると、職場が必要とする知識やスキル、経験(種類の多様性)を持ちながらも、たまたま女性であるということで(格差の多様性)、出産を機に労働時間に対する価値観(距離の多様性)が変わる人材であると言える。こうした人材を活かすためには、経営者や管理職が、「距離」や「格差」に伴う負の側面をコントロールし、「種類」をうまく活かすような職場管理を行うことが望ましい。
具体的には、女性という格差の観点で言えば、女性の多くは前述の通り、出産や育児といったライフイベントの影響を男性よりも受けやすい。そこでまず、性別による不平等に配慮する必要がある。とりわけ出産や育児がキャリアに影響しない職場を作る必要がある。育休制度や時短制度といった両立支援制度の拡充はもちろん、性別を問わず利用可能な形で提供する必要がある。
格差の少ない状態を作ることができれば、次にアプローチすべきは「距離」の多様性である。例えば、性別や子どもの有無といった属性ではなく、プライベートの時間を作るために定時で帰りたい、または経験値や収入の面でなるべく長く働きたい、といった価値観の違いによって発生するメンバー間のコンフリクトを最小化する必要がある。そのためには、価値観の多様性を前提とすることと、価値観以外の評価基準が必要である。例えば「職場に長時間いることがよい」という価値観が強い職場では、早く帰りたい人が後ろめたく感じたり、周りから非難されたりするというコンフリクトが生まれる場合があるが、「成果さえ出せば退社時間は個人の判断に任せる」という組織の風土や、それを率先垂範する上司の下では、こうしたコンフリクトは生まれないだろう。
こうした職場環境を実現することで、「種類」の多様性が確保できる。ただし種類の多様性を発揮して組織に貢献してもらうためには、各メンバーが自分の知識やスキルを活かしたくなるような誘因が必要である。これは通常の組織管理でも必要な観点であるが、特に多様性の観点からは、格差や距離の多様性に関係なく、頑張れば成果を出すことができ、成果を出せば適切な評価を受けることができると信じられる状況を作ることが重要である。個人が抱える事情に関係なく、成果を出せば公平に評価される職場は、多様なメンバーの貢献を引き出すことができる。つまり性別による不平等をなくし、価値観の多様性を前提とし、組織に貢献したくなる誘因を提供することができる職場では、多様性を競争力に転換することができるのである。そのためには、個人の事情に配慮できる制度や、期待をかけ必要なサポートを提供して貢献意欲をうまく引き出す管理行動が必要となる。
多様性を活かすための個人要因
個人の貢献を引き出せるか引き出せないかは、職場に起因する。しかしながら個人の意識次第では、せっかくの環境をうまく活用できない場合もある。ここでは職場環境が女性個人の意識に影響を与えるメカニズムについて述べる。
成人の能力は、適度な難易度の業務経験によって開発される(McCall et al. 1988 等)*5。いわゆる挑戦的な業務経験が人の能力開発につながり、そして能力開発によって人は自信を身につける。Bandura(1977)*6は自信の構造を「自分は行動する能力がある」という自信(効力予期)と、「行動が適切に評価される」という自信(結果予期)の2つに分けているが、この2つの自信が揃うと人は行動する(図3)。効力予期が醸成されるためには遂行行動の達成、代理経験、言語的説得、生理学的状態の4つの手段があるが(Bandura, 1995)*7、成功経験を得たり、ロールモデルを観察したり、信頼する上司に背中をおされたり、という理由で効力予期を醸成した女性は、より挑戦的な業務を受け入れて能力を開発していく。
但し、女性は構造的に挑戦的な業務経験を得にくい状況にある。例えば、出産育児によるキャリア中断や勤務時間の制約、そうした人材に業務を任せることをリスクだと考える管理職の行動によって直接経験が不足していたり、女性管理職の観察機会がないことで間接経験が不足していたり、「女性は辞めるから育成しても意味がない」と過去のデータに基づいた合理的判断の結果である統計的差別や、「女の子に大変な業務を任せては可哀想だ」といったジェンダーバイアスから、育成のための機会や支援が男性よりも不足しやすい。さらに平均で年間20日間ほど熱を出す子どもの病気による突発的な早退や欠勤への不安を抱えていることで、女性側も積極的にタスクや責任を引き受ける気持ちになりにくい。これは女性の仕事への意欲が低いのではなく、不安から効力予期が低下しているという状態なのである。しかし、周囲からはこれが「やる気がない」「意識が低い」という消極的な態度に映る可能性がある。また、時間や場所の柔軟な働き方を認めてもらえない、といった場合も効力予期が低下しやすい。
行動が望ましい結果につながるという「結果予期」の面もある。もし行動したとしても適切な評価を受けられないと思うと、人は行動を起こす気にはならないのだが、既存の職場は専業主婦の妻を持つ男性を前提とした環境になっており、育児との両立を前提とする女性に適合していない。特に時間制約のある従業員の仕事配分方法や目標設定方法、評価方法についてはまだまだ確立されていないことが多く、育児中の女性は「がんばって働いても評価されない」と考えて意欲を失っていく。これはまさに結果予期の問題である。また宗方・若林(1987)*8が指摘したように、管理職のリーダーシップは男性的な行動が評価されるのに対し、男性的な力強いリーダー行動をとる女性への評価は低いという「二重の偏見」に女性は晒されている。女性リーダーはいずれにせよ低評価になるという状況では、必然的にそのポジションを目指す女性は少なくなるであろう。
このように、職場環境によって女性の効力予期や結果予期が低下し、就労意欲が低くなったり昇進意欲を持てなかったりする構造になっているのである。そのため女性の活躍を期待するならば、効力予期や期待予期を高めるための施策が必要になる。具体的には、成長につながるような挑戦的な業務を与えつつ、効力予期を高めるための組織的なサポートや、結果予期を高めるための評価方法の見直しや風土形成が必要である。
なお、これまで多様性と言いながら女性だけについて論じているように聞こえたかもしれないが、これは日本の企業における多様性の課題を、女性が主に体現しているからである。そしてこれからの時代は、この課題は女性に限ったものではなくなっていく。例えば筆者が大学3年生を対象にとったアンケートからは、男性も女性も6割が育児と仕事の両立をしたいと考えていることが分かる(図4)。今後、こうした価値観の多様性を認められない職場には、男女ともに人材が集まらなくなっていくであろう。
多様性が拓く未来の可能性
この原稿を書いている2020年2月時点、日本は新型コロナウイルス感染症の拡大や、それに伴うイベントの中止勧告、在宅勤務や時差通勤の推奨、小中学校の臨時休校要請などの対応に大きく揺れている。この一連の騒動は日本の社会や経済に小さくないインパクトを与えているが、同時に各企業や自治体の危機管理や経営判断の体制を露わにもしている。
多くの学校が休校への対策に右往左往する中、一部の教育機関ではいち早くオンライン授業に切り替えて生徒たちの学習機会を維持している。満員電車を使って社員が出社している企業がある一方で、在宅勤務制度の対象範囲拡大や休暇制度の柔軟な運用を検討したり、子連れ出勤を認める企業が存在する。こうした有事に迅速な対応ができる組織というのは、おそらくこうした働き方の多様性を許容できる制度や風土がもとから醸成されていたのであろう。「新しい働き方」が必要とされる本質的な意義、すなわち働き方の多様性がもたらす価値とは、不確実な未来を生きていく上での選択肢の多様性であると私は考えている。
〈注〉
*1 Harrison, D. A. and Klein, K. J. (2007) What’s theDifference? Diversity Constructs as Separation, Variety, orDisparity in Organizations. The Academy of ManagementReview 32 (4), 1199-1228
*2 国立社会保障・人口問題研究所「第14回出生動向基本調査」
*3 武石恵美子(2014)「女性の仕事意欲を高める企業の取り組み」『ワーク・ライフ・バランス支援の課題』(東京大学出版会)
*4 総務省統計局「平成23年社会生活基本調査結果」の参考資料
*5 McCall, M.W. Jr., Lombardo, M.M. and Morrison, A.M.(1988) The Lessons of Experience: How Successful ExecutivesDevelop on the Job. New York: The Free Press
*6 Bandura, A. (1977) Self-efficacy: Toward a UnifyingTheory of Behavioral Change. Psychological Review, Vol 84 (2),191-215
*7 Bandura, A. (1995) Self-efficacy in Changing Societies,Cambridge University Press
*8 宗方比佐子・若林満(1987)「女性リーダーに対する態度―二重の偏見―」『組織行動科学、2(1)』15- 22