慶應義塾

【特集:大学のミュージアム】座談会:新たな可能性に挑む大学ミュージアム

登場者プロフィール

  • 並木 誠士(なみき せいし)

    京都工芸繊維大学特定教授、同大学美術工芸資料館長

    1987年京都大学大学院文学研究科修士課程修了。京都造形芸術大学助教授等を経て京都工芸繊維大学教授。本年4月より同特定教授。専門は日本美術史、美術館学。京都・大学ミュージアム連携実行委員会委員長。

    並木 誠士(なみき せいし)

    京都工芸繊維大学特定教授、同大学美術工芸資料館長

    1987年京都大学大学院文学研究科修士課程修了。京都造形芸術大学助教授等を経て京都工芸繊維大学教授。本年4月より同特定教授。専門は日本美術史、美術館学。京都・大学ミュージアム連携実行委員会委員長。

  • 岡室 美奈子(おかむろ みなこ)

    早稲田大学文化構想学部教授、同大学坪内博士記念演劇博物館館長

    1990年早稲田大学大学院文学研究科修士課程修了。文学博士。1997年早稲田大学文学部専任講師、2007年同大学文化構想学部教授。13年より演劇博物館館長。専門は現代演劇研究、テレビドラマ研究。

    岡室 美奈子(おかむろ みなこ)

    早稲田大学文化構想学部教授、同大学坪内博士記念演劇博物館館長

    1990年早稲田大学大学院文学研究科修士課程修了。文学博士。1997年早稲田大学文学部専任講師、2007年同大学文化構想学部教授。13年より演劇博物館館長。専門は現代演劇研究、テレビドラマ研究。

  • 保坂 健二朗(ほさか けんじろう)

    その他 : 滋賀県立美術館ディレクター(館長)文学部 卒業文学研究科 卒業

    塾員(1998文、2000文修)。東京国立近代美術館主任研究員・絵画彫刻室長を経て、本年1月より現職。企画した主な展覧会に「フランシス・ベーコン展」、「声ノマ全身詩人、吉増剛造展」など多数。(撮影:木奥恵三)

    保坂 健二朗(ほさか けんじろう)

    その他 : 滋賀県立美術館ディレクター(館長)文学部 卒業文学研究科 卒業

    塾員(1998文、2000文修)。東京国立近代美術館主任研究員・絵画彫刻室長を経て、本年1月より現職。企画した主な展覧会に「フランシス・ベーコン展」、「声ノマ全身詩人、吉増剛造展」など多数。(撮影:木奥恵三)

  • 渡部 葉子(わたなべ ようこ)

    研究所・センター アート・センター教授研究所・センター コモンズ副機構長塾員

    塾員(1985文、88文修)。東京都美術館、東京都現代美術館学芸員を経て2006年よりアート・センター勤務。10年同教授。専門は近現代美術。19年よりミュージアム・コモンズ副機構長を兼務。

    渡部 葉子(わたなべ ようこ)

    研究所・センター アート・センター教授研究所・センター コモンズ副機構長塾員

    塾員(1985文、88文修)。東京都美術館、東京都現代美術館学芸員を経て2006年よりアート・センター勤務。10年同教授。専門は近現代美術。19年よりミュージアム・コモンズ副機構長を兼務。

  • 松田 隆美 (司会)(まつだ たかみ)

    文学部 教授研究所・センター コモンズ機構長

    塾員(1982文修、86文博)。文学博士。1998年慶應義塾大学文学部英米文学専攻教授。専門は中世英文学。デジタルメディア・コンテンツ統合研究センター所長、大学院文学研究科委員長等を歴任。

    松田 隆美 (司会)(まつだ たかみ)

    文学部 教授研究所・センター コモンズ機構長

    塾員(1982文修、86文博)。文学博士。1998年慶應義塾大学文学部英米文学専攻教授。専門は中世英文学。デジタルメディア・コンテンツ統合研究センター所長、大学院文学研究科委員長等を歴任。

2021/04/05

京都工芸繊維大学のコレクション

松田

この4月に慶應義塾初のミュージアムとして、慶應義塾ミュージアム・コモンズ(略称:KeMCo)が一般公開されます。この機会に大学ミュージアムのあり方、また、より広く、大学は文化財とどう関わるべきかをテーマに、お話を伺えたらと思います。

慶應では、ミュージアム構想はこれまで何度か検討されてきましたが、諸事情で実現しませんでした。しかし、今回、一般財団法人センチュリー文化財団からの寄付を契機に実現することになりました。

実は慶應ではすでに様々な文化財が複数のキャンパスに収蔵されていて、その一部がキャンパス各所でさりげなく展示されているという状況です。なので、ミュージアムをつくるにあたっては、そうした文化財を一箇所に集めて収蔵展示するのではなく、慶應義塾全体を一つの分散型ミュージアムと捉え、ハブとなって活動するような機構を考えました。そのために、収蔵庫や展示フロアだけでなく、クリエイション・スタジオも備えて、デジタル環境の充実にも力を入れました。

KeMCoのキーワードは「空き地」です。センチュリー赤尾コレクションを収蔵、常設展示する一方で、文化財を介して交流を生み出すことを重視する、まさに「コモンズ」と捉えています。収蔵庫も展示室も流動的に運用し、文化財のための新しいコンテクストを構築し、教育のコンテンツとしても活用して、大学生のみならず一貫教育校の生徒とも交流する。さらに地域や国際的なコミュニティとの交流を促進することをコンセプトとしています。

まず、自己紹介も兼ねて最近の活動を紹介していただきながら、大学がミュージアムを持つ意味について一言お話を伺えればと思います。最初に並木さん、いかがでしょうか。

並木

京都工芸繊維大学の前身校は2つあり、1つは1899年にできた京都蚕業講習所という京都の繊維産業をバックアップするための学校、それから1902年にできた京都高等工芸学校、この2つが合わさって、1949年に京都工芸繊維大学になりました。いわゆる美術工芸、特に京都の伝統産業である工芸部門と繊維部門が合体してできた学校です。

コレクションもその2つを母体にして、美術工芸資料館が1980年にできました。それまで、収蔵資料は全て附属図書館の管理下にあったのですが、京都高等工芸学校の開学以来、教材として使用されていた、アールヌーボーの工芸品やポスター類などの美術工芸品がたくさんあり、それらを独立した施設で保存しようという動きはかなり早くからあったようです。

美術工芸資料館の収蔵資料というのは、基本的には19世紀末から20世紀の初めにかけて、京都の伝統産業を近代化するために、いわゆる教材として購入し、学生に見せたものが核になっています。ただその中にはロートレックとかミュシャのポスターなどもありますので、それは美術工芸品、いわゆる文化財として展示公開しています。

基本的には開学以来のコレクションを守り、収蔵し、展示しています。ただ、現在、京都の町で、例えば友禅の図案など、昔の貴重なものを持ちきれなくなった伝統産業の業者さんたちが、どうしたらいいかと相談に来られ、寄贈を受けることがかなりあります。

ですので、実質的な購入はほぼありません。寄贈もなかなか全部は受け入れられないんですが、京都の伝統産業の近代化に関わる部分については、できる限り本学で収蔵して調査研究をし、展示公開したいと考えています。

また、京都では2011年から京都・大学ミュージアム連携というものをつくっていて、その幹事校として活動もしています。現在、京都の14大学の14ミュージアムが所属していますが、2012年から京都市内のほか九州や東北でも合同展覧会を行っています。

大学ミュージアムの役割はいろいろありますけれど、本学は開学以来の教育研究のために購入された教材、あるいは本学の学生の作品を大学の歴史として蓄積していき、大学だけではなく近代京都の歴史として展示公開する。それが本学の美術工芸資料館の1つの使命かなと考えています。

早稲田大学の「顔」として

松田

続きまして岡室さん、お願いいたします。

岡室

早稲田大学演劇博物館(演博)は、1928(昭和3)年に坪内逍遙が創立し、2018年に開館90周年を迎えました。演劇博物館の大改革をされた鳥越文藏元館長が、「図書館が早稲田大学の頭脳であるならば、演劇博物館は早稲田大学の顔である」という名言を残されたのですが、そういう自負を持ってやっております。

当館は、坪内逍遙が「古今東西の演劇資料を集めよ」という思想で始めた、まさに古今東西の演劇資料を集めている博物館で、こういう形のものは、おそらくアジアで唯一、世界でも有数だと思います。非常に資料点数が多く、100万点に及ぶ多種多様な収蔵品があります。そして、建物自体も新宿区の有形文化財に指定されています。

演劇映像資料というのは、美術品と違い、普通だったら捨ててしまうような物も収蔵品なんです。チラシやチケットの他、紙媒体としては歌舞伎台帳、浄瑠璃本、古書、図書、雑誌、台本、脚本、自筆原稿、草稿、チラシ、ポスター、写真、書簡、日記、電報、広報誌、切り抜き、メモなど。上演関係では衣装、靴、装身具、小道具、仮面、模型、設計図。映像・音源ではSP・LPレコード、カセットテープ、VHS、8ミリ、CD、それに人形や鏡台もあります。

また役者絵のコレクションは世界有数で、例えば、「女歌舞伎図屏風」という文化財級の資料もあります。それから越路吹雪さんの衣装や歌舞伎、能など様々な衣装があります。

また、映像資料も収集しています。空襲で焼けませんでしたので、京橋の国立映画アーカイブが持っていない、例えば1916年の『雷門大火 血染の纏』(尾上松之助出演)といった作品のフィルムもあります。

演劇博物館は、かつては学生にとって非常に敷居の高い場所でした。私は2013年に館長になった時に、せっかく大学にあるのに学生が来ないのはおかしいと思い、大学博物館として学生にたくさん来てもらおうと考えました。そして、博物館を単なる教育文化施設ではなく、コミュニケーションの場となるような博物館を目指し、大学の文化の顔として内外にアピールすることを考えました。

それまで演劇博物館は集客ということにまったく関心がなかったんです。専門家に満足してもらえる展示をやっていればいいという考え方だったのでこれはいけないと思い、様々な工夫をしました。1つがビジュアル面の強化で、空間デザインに力を入れました。そして、参加型展示ということで体験コーナーを設置しました。

また、私が館長になるまで広報担当がいなかったのですが、広報担当をつくり、SNSやネットニュースなどで広く宣伝をして非常に幅広い展示をやっていることをアピールしました。

昨年は、コロナ禍の中で何ができるかを考えて、オンラインで「失われた公演──コロナ禍と演劇の記録/記憶展」を開催し、大反響をいただきました。コロナ禍の中で多くの演劇公演が中止・延期に追い込まれ、演劇史の中でぽっかり穴があいてしまう。それをなかったことにしてはいけないと考え、使われなくなってしまったチラシやポスター、台本など様々な資料を収集し、オンライン展示をしたのです。

大学がミュージアムを持つ意味ですが、今、経済や効率重視の社会の中で学生にどうやって他者への想像力を持ってもらうかを考えた時、やはり博物館の存在、あるいは演劇文化に触れることが非常に重要であると考えています。演劇博物館は研究と実践の場を結ぶということで、実践の方にも寄り添いながら、研究の成果につなげていくということを心掛けています。

大学ミュージアムに求められるもの

松田

それでは、保坂さんお願いいたします。

保坂

私はこの1月から滋賀県立近代美術館(4月より滋賀県立美術館)の館長という形で勤め始めています。その前は、東京国立近代美術館で20年間働いていて、様々な展覧会をやったり、コレクションの収集に関わったりしてきました。なので、職業としては、まったく大学ミュージアムとは関わりはないんです。

今まで手掛けてきた展覧会も、様々なジャンルがあり、専門は何かと聞かれると、正直困るところがあります。直近では6月から東京国立近代美術館で開催される、建築家の隈研吾さんの展覧会がありますが、一方で、アール・ブリュットといわれる、アートを専門にしていない人たちによる独創的な表現の展示にずっと関わっています。

また、一貫して近現代美術の展覧会も手掛けているので専門がない代わりにキュレーションとは何かとか、美術館など展覧会をやる場所はどういう意味を持つのかということは常に考えています。いろいろなジャンルの展示を手掛ける中、調べものに行かなければならない際に大学ミュージアムのお世話になることは多々あります。

建築の展覧会の際は、京都工繊の村野藤吾のアーカイブを拝見させていただきましたし、現代美術展の企画を練っている時に、演博のベケットの展覧会も拝見させていただいた記憶があります。つまり、ユーザーとして関わらせていただいているわけですね。

ところで、日本と海外の大学ミュージアムはかなり違うのかなと思うところがあります。1つ、キュレーションをどこで学ぶのかということが大きな問題としてあると思うんですね。それは日本の学芸員資格が有名無実化しているというところと重なり合いますが、博物館学だけではなく、キュレーションを学ぶ場として、僕は大学ミュージアムはもっと機能していいのではと思っているのです。

諸外国の大学ミュージアムでは、自分のところの大学院生に一種のコンペをやらせて、取った人には実際にその展覧会をさせてあげる、というケースがあったりする。そのようにキュレーションを実践的に学べる場として機能してほしいと思うところがあります。

もう1つ、アール・ブリュットの観点から言うと、アール・ブリュットというのは、いまだに美術館でも評価が定まっていないところがある。そして、アメリカは特にアール・ブリュットの個人コレクションが大学ミュージアムに寄贈されるケースが多いんですね。

その結果、当然、展覧会が企画されるんですが、そのことを通じて学生がアートとは何か、いわゆるアート・ヒストリーの中で評価の定まっていないものをどう文脈付けして解釈していくのかという、非常に生々しいキュレーションや研究活動に接することができる。それが礎となって、大学以外のミュージアムに刺激を与えることができているのではないかとも思うのです。

そういうあり方が今後の日本の大学ミュージアムに求められるものではないかと思っています。

「空き地」という発想

松田

それでは、KeMCoの「ミュージアム・コモンズ」というアイデアの生みの親でもある、渡部さんお願いします。

渡部

私はかなり長くミュージアムで仕事をした後に大学に移ってきました。慶應のアート・センターに移ってまず驚いたことは、ミュージアムがなく、つくる気配もないということでした。大学の美術関係者の集まりでも「慶應はミュージアムがないんです」と言うと、必ず驚いていただけました(笑)。そのうちアート・センターがとても小さな展示室(アート・スペース)を得て、今、博物館相当施設となり、学芸員資格の教育に寄与していますが、きちんとしたミュージアムをつくるという最初の試みが、この慶應義塾ミュージアム・コモンズになります。

しかしながら、ここも小さいスペースという物理的制約があり、何となく隙間的に始まる中で、大学ミュージアムが、日本のミュージアムのメインラインと違ったところで何かできることがあるのではないかと考えました。

いっそ小さいのであれば、それから慶應は後発になるので、学内の様々な部署と連携して分散型ミュージアムという発想を持てないかと言うことで、名称も単なるミュージアムではなく「ミュージアム・コモンズ」で行こうということにしました。

大型のミュージアムを後発の大学が持つことは現実的ではないし、また、様々な部署が持っている所蔵品を1つの収蔵庫に集めてくるような中央集権的なあり方自体が、21世紀的ではないとも言えると思います。なので、何かそこをハブとして行き交うような機能を持つ、小さいけれど、機能的で軽やかな組織づくりと、機構づくりができないかと考えたわけです。

そこで、私たちは全体のコンセプトを「空き地」にしようと決め、どのように空き地性を持てるかということを工夫しています。

空き地とは一体何かということですが、東京都の美術館という公立の美術館と、プライベートな大学という、まったく違ったフェーズのところで仕事をしてきて感じるのは、日本のミュージアムというのは、フルパブリックであるか、プライベートであるかの、二極化した形で進行してきたのではないかということです。

しかし、そうではないオルタナティブが必要になってきているのではないか。学生と話すと、若い世代でも共有されている感覚だと最近実感しているんですが、ある種のメンバーシップ的な考え方、つまり厳格なルールではなく、ゆるいルールの中で皆が何かを共有したり、創造的に活動したりできる場をつくれないだろうかと思ったんです。それが「空き地」の発想です。

つまり、何となく共有されているルールがあって、その時々に合わせてメンバーも変わりながら創造的であるような場ができないかということです。また、遊具のない空き地というのは、皆が工夫して、自分たちで遊びをつくりますよね。例えば木が1本生えていたら、それを様々な用途として利用するようなことがある。そのようにKeMCoという建物自体が、様々な利用のされ方をするとよいと考えています。

公立を中心としたミュージアムは、現在、大きければ大きいほど身動きが取れなくなっているのが世界的な状況だと私は感じています。そうであれば、大学のミュージアムだからこそ持っている機動性というものに意味があると考えています。もちろん人が多く来てくれれば評価につながりますが、必ずしもそれが第一義ではないと思いますし、常に公共性を求められるというプレッシャーもそれほどきつくないのではないかと思うのです。

保坂さんの話にあったように、海外の大学ミュージアムが先駆的な活動をしているので、やはりユニバーシティ・ミュージアムはチャレンジングなことをできる可能性を持っているのではないかと考えています。

大学ミュージアムだからできること

岡室

今、渡部さんがおっしゃった機動性ということには非常に共感します。演博も攻める博物館を目指しています。博物館としては非常に小さいので、ゲリラ性ということをいつも意識してやっています。

サイズ的に機動性があるんですね。大学の学部で何か新しいことをやろうと思うと大騒動になりますが、演博は誰かがおもしろいことを思いつくと割とすぐにやれるところがあります。

保坂

演博や京都工繊の資料館の場合、大学側にプログラムの了承を取る必要がなく、独自に決めていいということになっているのでしょうか。

岡室

演博に関しては、どこかから了承を取ったり、大学から何か規制が入ったりすることはないですね。だから、非常に自由にやっています。

並木

当館の場合も、特に大学に諮るということはなくて、一応、年間計画でこんな展覧会をしようと話し合いますが、今のところどこからもクレームがついていません。

文化庁からの助成金も大学を通して申請するわけですが、それも、資料館が出したものが通りますので、あまり制約を受けているという感じはないです。逆に、資料館独自で、例えばミュージアム連携で、他の大学や他のミュージアムと組むといったことも、比較的自由にできていると思います。

保坂

そうなんですね。先ほど渡部さんからフルパブリックとプライベートの話がありましたが、本当に、今パブリックの側が息苦しい。ある美術館で起きた話なのですが、キュレーターが展覧会タイトルに「難民」という言葉を使おうとしたら、日本政府は難民問題は抱えていないとしているから、それをテーマにするのはおかしいと、途中でクレームがついたらしいんですね。

貸会場レベルであっても政治批判の作品が常に問題になる中で、岡室さんが言われたゲリラ性のように、大学ミュージアムが、学問の自由や大学の自治が認められている中で発言しやすい状況にあるのであれば、それを最大限生かしてほしいなと思います。自分たちができないことを仮託しているようで申し訳ないですが。

岡室

この間まで開催していた「Inside/Out ──映像文化とLGBTQ+」をやる時には、内部でも慎重論はあったんです。一口にLGBTQ+と言っても、いろいろな考え方があるので、どこかから叱られるんじゃないかと言われ、館内でも勉強を重ねて、かなり慎重にやりましたが、結果的には1つも批判はありませんでした。これもやはり大学ミュージアムだから実現したのかもしれないとは思っています。

渡部

そうですね。私も慶應に移った当初は昔の職場である美術館で取らなければいけないOKの数とあまりに違って驚きました。「こういうことをやりたいんですけど」と言い、所長が「はい、どうぞ」と言ったらできるというのは、ものすごい解放感があったのは確かです。

やはりそれはすごく重要なことで、規模が小さいからできる機動性もあるし、大学ミュージアムが持っている、ある意味でのアバンギャルディズム(前衛性)というか、学問の自由というところがあるのだとは思います。

残念なことに、いわゆる美術館は、おそらく私がいた頃より窮屈になっている感じがしていて、20年前には普通の公立の美術館で割に当たり前にできたことも、いちいち許可を取らなければならなくなってきている気がします。

われわれもアート・センターでやる年間企画は、運営委員会にかけるんですが、年間企画になかったものが突然行われても怒られることはない。思いついたらできるという機動性をもつというのは、大学ミュージアムの重要な役割だと思います。

今後、パブリックなミュージアムの方とも交流しながら、「ミュージアムでできないなら、ここでやらない?」というような協力のルートができてもおもしろいかなと思います。

岡室

一方、演博の場合、私自身も学芸員の資格を持っておりませんし、展示に関してはまったく素人なんですね。学芸員は今、4名いますが、かつては展示に関しては素人の研究者が企画することが多かったので、ともすれば専門性に偏りすぎてしまうという問題がありました。

確かに集客が目的化してはいけないと思うんですが、博物館が開かれたものになっていくためには、たくさんのお客さまに来ていただくことも意識しなければいけないのではないかと思います。それは演博の個別の問題かもしれませんが、やりたいことと社会的なニーズとの兼ね合いということも現在は重視しています。

デジタルテクノロジーの可能性

松田

次のトピックはデジタルの可能性についてです。この1年、コロナ禍でいろいろな対応を迫られてきたこともあり、単に展示環境をデジタル拡張するだけでは、来館者の興味を引き付けられない状況もあると感じています。

われわれKeMCoでも、ミュージアムとして初めてクリエイション・スタジオを館内に持つことで、学生を巻き込んでフィジカルとデジタルの交流を実践することを重視しています。デジタル環境が持つ可能性、あるいはその限界、特にコロナ禍での取り組みについて、お聞かせいただければと思います。

岡室

KeMCoさんの素晴らしく洗練されたバーチャルミュージアム(Keio Exhibition RoomX: 人間交際)も拝見していますが、うちは多種多様なんです。

演博はデジタルアーカイブには非常に力を入れています。2001年にデジタル・アーカイブ・コレクションを公開しており、デジタルアーカイブに関しては、20年の歴史があります。役者絵をはじめとして海外からも多数のアクセスがあります。

近年力を入れているものの中に「能面3Dデータの公開」があります。海外の方にも非常に評判が良いのですが、震災を1つの教訓として、貴重な資料を3Dデータで残すことで、再現可能性を追求しています。デジタルデータですから画面上でひっくり返したりもできますし、能面は角度によって表情が変わります。そういったものをPCやスマホ上で体験していただけます。

また、河鍋暁斎の「新富座妖怪引幕」という歌舞伎幕の大英博物館出品を記念し、凸版印刷さんのスタジオで撮影した高精細画像を元にアニメーションを制作しました。これはロンドンのお披露目では非常に反響がありました。

なぜこういうものをつくったかというと、現代のテクノロジーを使って、古典芸能の資料にいかに新しい命を吹き込むかということに現在、注力をしているからです。やはり学生に興味を持ってもらいたいのです。

また、「くずし字自動判読システム」にも力を入れています。これも海外の研究者だけでなく、学生にも古典の資料に親しんでもらいたいと願って、開発をしています。

さらに、これまでは実物があるものをずっとデジタル化してきたんですが、これからはボーンデジタルの資料をどのように扱っていくかということが課題になっていくと思います。

デジタルデータというのは、開かれた博物館になっていくための、1つの重要な要素ではないかと思うのです。かつては博物館というと、どれだけ貴重な現物を持っているかで勝負していましたが、もちろん現物というのは非常に重要なものだということは変わらないとしても、デジタルデータにすることでそれをいかに開いていくかが今、問われているように思います。

デジタルをつなぐリアルな場

保坂

今、ボーンデジタルの話がありました。その中からコンテンツをどうやって確保し、公開していくかが課題ですが、誰かがしゃべっている音声データや動画データというものは結構蓄積されているはずなんですね。

前任の東京国立近代美術館でも、例えば東山魁夷がしゃべった音声データがある。しかし、それを公開するには、文字起こしして編集して、紀要などの紙媒体にして出すということをかつては考えていた。

でも、コロナ禍を経験した今は権利処理の問題は別として、音が聞きづらくても出してしまえばいいのでは、という雰囲気になってきた。

つまり、今までミュージアムというのは、モノがコンテンツだと考えていたわけですが、同じアーカイブの資料でも、非マテリアルなものをコンテンツとみなし、公開していくことで人々の注目を集めることができるようになっていくんだろうという気がします。

つまり、今後ミュージアムが何をコンテンツとして考えていくかというのが問われているのではないか。

もう1つ、ボーンデジタルについて言うと、建築展で常に問題になるのが、ボーンデジタル以降の建築の展覧会はどうやってつくればいいんだという話です。できないことを大学ミュージアムに押し付けているようで申し訳ないですが、それこそ京都工繊は建築の専攻もあると思うので、ボーンデジタル時代の建築展の可能性を、ぜひ切り拓いていただきたいと思ったりもします。

渡部

大変重要なご指摘ですね。今、松田さんと私は、KeMCoの新しいファブラボにあたる「KeMCo StudI/O(ケムコ・スタジオ)」という所にいるんですが、KeMCoのコンセプトの1つにアナログ・デジタル融合が掲げられています。デジタルの発信にも実はリアルな「場」が必要なのではないかということで、空き地の発想の延長にスタジオがあるんですね。

美術展でもいろいろなデジタルツールを使った試みが、最近盛んに行われていますが、何となく「デジタルで発信します」と言っても、展示物とあまり結びついていない場合が多いように感じています。

また、専門の先生たちから、「すごいでしょう」と言って、最先端のデジタル技術について見せられても、モノを展示している人間には何がすごいのかよくわからなかったりします。モノの側とデジタルの側との間にあまりコミュニケーションがない。

大学にあるファブラボ的なものもデジタルにして発信することだけに注力していて、入力側があまり斟酌されていないと思ったんですね。KeMCoにファブラボがある意味というのは、コレクションというモノがある所にデジタルをつなぎこむサイト(場)があることで、そこをつないでデジタルによって広げていくことができるのではないかという狙いがあるのです。

オブジェクト・ベースト・ラーニング

松田

渡部さんが言われたように、デジタルのためにもアナログの場が必要だということでこのスタジオをつくったわけですが、やはりミュージアムに期待されるモノとの出会いへの、オブジェクトが持っているインパクトは大切にしたいと思います。

次のトピックとして、モノが持っているインパクトを出発点として、どうミュージアムが広がっていくかを考えたいと思います。大学ミュージアムの場合、それはまず教育から出発して、その先には大学間の連携、地域社会、さらに海外との連携と広がっていくのではないでしょうか。

KeMCoでは今年から独自の講座を開講して、そのなかで渡部さんが「オブジェクト・ベースト・ラーニング」(OBL)というものを始めています。少し紹介していただけますか。

渡部

オブジェクト・ベースト・ラーニングというのは、まだ日本ではあまり大学教育の中に入ってきていないんですが、モノをどのように大学教育の中に取り込んでいくかということで、特にこの10年程の間にオーストラリアとイギリスで非常に盛んに取り入れられている方法です。

言ってみればアクティブ・ラーニングの1つの形で、もともと初等中等教育でよく使われていた方法です。簡単に言えば、オブジェクト(モノ)に直接、生徒・学生が接触することで様々な教育効果を導き出す狙いがある。海外では高等教育、大学教育でも、近年よく使われています。これをKeMCoの教育の核にしたいと思っています。

実は、日本ではオブジェクトとしての作品と直に接する形の教育は、小中学校ではなく、美術館教育(ミュージアム・エデュケーション)の中の子供向けワークショップなどで行われてきており、学校教育とはかなり分断された状況にあります。

OBLを単純化して言うと、まず、あるモノをどのように記述するかというところから入ります。学生が10人いると、コップの大きさについて「手に入るぐらいの大きさ」「コンビニのコップと同じ大きさ」「10センチぐらいの高さ」と皆、違うことを言う。そのようにモノはすごく多面的に見えるということを味わうことから出発します。

ミュージアムというものは、基本的に見せる側の論理でモノに対応しています。大学のミュージアムであっても、キュレーションして作られたストーリーの中で観客、学生も味わうという方法になる。しかし、そうではなくてもっと見る側、学ぶ側が直にオブジェクトに接触する機会をつくる、モノから出発する教育のシステムということです。

日本は同調圧力も強いですし、皆が同じバックグラウンドを持っていると思い込みがちですが、コップ1つを記述するだけで、実は人によって全然違う風にモノを見ていることに気づく機会になると思うのです。そのことで、より多様に考えたり感じたりすることを解放していく機会を学生が得られれば、おもしろい発見があるのではないかと思っています。

また、オムニバスで授業を提供する側も、松田さんは英文学の専門家ですし、私は美術史ですし、もう1人、理工学部の重野寛さんはデジタル系の専門家ですので、学生にとって、まったく違った観点が開いていけば興味深い。同時にそこに集う研究者のコミュニケーションツールになり、領域横断的な研究にも結びついていけばおもしろいなとも思います。

並木

これは、単位になってカリキュラムに組み込まれているものなのでしょうか。

渡部

そうです。去年の秋からトライアルで授業をやっていて、今年の4月から全学部対象で本格的に授業が行われます。どこの学部の学生でも単位認定して取れる科目になる予定です。学芸員資格科目とは今のところ接続していませんが。

収蔵品を利用した教育

並木

そうですか。うちは博物館実習とは別に、文化庁助成事業として、収蔵資料を使って、デザインを専攻する学生がミュージアムグッズを作っています。今年度は東洋アルミニウム株式会社の協力を得て、アルミの粉末を使ってミュージアムグッズを作りなさいという課題でした。例えばティファニーのガラス器の光沢をアルミの粉末で生かして、便箋と封筒を作ったりします。

そのように、実際の収蔵品をベースにして、新しい知見を加えて魅力のあるグッズを作るということをデザインの課題としてやっています。そうすると、やはり学生には収蔵資料にどのようなものがあるかということを知るきっかけになる。それからその表現をどのように他のメディアで生かして使うかを考えることにもなるので、1つのデザインの教育になるのです。

そもそも、うちのコレクションは教材用としてスタートしたものなので、比較的学生がよく使っています。実際に展覧会を見て、そこで学生がスケッチをしたりするわけです。

博物館実習はデザイン科だけでなく、応用生物学や機械工学の学生たちも来ているのですが、展覧会を行うことを通して資料類の取り扱いを教えるのです。4月に学生に収蔵品目録を渡して、好きなテーマを考えなさいと言い、それを実習生の中でディスカッションして前半でテーマを絞り、後半は作品を扱いながら展覧会を仕立てていきます。

学生たちはモノを通していろいろなことを考えて、展覧会をするだけではなく、ポスターを作ったりします。そうやって、できる限り収蔵資料を学生の教育に生かそうと考えています。

また、先ほど建築の話が出ましたが、建築に関する展覧会を年に必ず1、2回する際、学生に図面から模型を作ってもらっています。これは学生が図面を読むトレーニングになるし、実際に模型を作るトレーニングにもなる。そして有料の展覧会で展示をすることで、励みになるし、責任も持つようになります。

このようにして、できる限り建築デザインの実技経験の中で美術工芸資料館の資料を生かしています。狭い大学ですから、そういう形で学生になるべくミュージアムの資料を活用してもらいたいと思っています。

松田

ミュージアムグッズの製作はぜひKeMCoでも試してみたいな、とお話を伺って思いました。

岡室

演劇博物館では、博物館実習の授業などをやっていた時期もあったのですが、今はやっていないんですね。ですので、教育の中になかなか活動が組み込まれることはないんですが、学生にどうやって博物館に実際に来てもらうかということについては様々な工夫をしています。

デジタル化の取り組みもその1つですが、今の学生は、自分にとって関心のあるもの以外はこの世に存在していないと思いがちなんですね。例えば、歴史的なものになかなか興味を持ってもらえないところがあるので、特に古典芸能の展示をする際に、どうやって学生に自分たちと関係のあることなんだ、と気付いてもらうかに注力しています。例えば古典芸能の展示には、現代との接続点をつくるように努めています。

入り口をつくってあげると学生はやはり来てくれますので、そのように大学と博物館をつないでいくということは今後もやっていきたいと思います。

インターユニバーシティの可能性

松田

保坂さん、大学の外のお立場から、コミュニティとのつながりということでお考えをお聞かせください。

保坂

僕は大学ミュージアムのことを考えると、一番理想的だなと思っているのが、ドイツのピナコテーク・デア・モデルネというミュージアムです。そこは複合ミュージアムになっていて、デザインミュージアムと建築ミュージアムと絵画館が全部揃った近現代美術館なんですが、建築ミュージアムは、運営がミュンヘン工科大学なんですね。

ミュンヘン工科大学はヨーロッパの中でも相当古く、19世紀ぐらいからの建築資料があり、それをベースに博物館を持っていたんですが、ピナコテーク・デア・モデルネが建物を大きくする時にその中の一部として入ったわけです。大学の敷地から出てしまったんですね。しかもそこでは、収蔵品を単に展示するのではなく、アクチュアルかつ挑戦的な企画展をやっている。

要するに、彼らにとって、建築を研究しアウトプットする方法が、論文を書くことよりも展覧会という形で発表していくということに変わったわけです。実際に大学の専攻名も「建築史+キュラトリアル・スタディーズ」になっているし、ミュージアムでやる展示にも学生が関わっている。

さらには、例えばハーバードのGSD、つまりデザイン大学院と共同で、大学ならではのフラットなネットワークを使って展覧会を運営しているんですね。これは理想的すぎる事例かもしれませんし、コミュニティとの結びつきとは少し違うかもしれませんが、インターユニバーシティという話の事例として興味深いものです。

とにかく、研究のアウトプットの方法として展覧会というメディアを使うことも大事だと思うのです。これからの時代は、音声言語や映像言語、全部を使ってプレゼンテーションしなければできない発表というものがあるはずです。

しかも、多くの人は論文を読むよりも、映像を見ながら音声を聞くとか、複合的な体験に慣れているので、そちらのほうにアカデミーの世界も近づいていくべきではないでしょうか。

コレクションと収蔵庫の問題

松田

今のお話はとてもおもしろくて、研究することとその研究をどう発信していくかが不可分であることは、全ての分野に共通すると思いました。

最後のトピックは、コレクションにどう意味づけをしていくか、あるいはどういうミッションでコレクションビルディングをしているのかについてです。おそらく、皆さんそれぞれお立場が違うのではないかと思います。

岡室

演劇博物館は、やはり演劇専門博物館という特殊性があります。うちは演劇映像学連携研究拠点という研究拠点も持っていて、これは文部科学省の共同利用・共同研究拠点として認定されているので、研究と博物館が非常に密接に関連づけられています。

研究拠点の研究成果を博物館で発信していくことにも力を入れており、先ほど紹介したくずし字の自動判読システムなどもその一端です。やはり、研究と連動する形で資料収集をしているというところはあります。

例えば、昨年亡くなった劇作家の別役実さんのご遺族から、大量の貴重な資料のご寄贈をいただいています。それで研究チームを演劇映像学連携研究拠点で立ち上げ、その研究成果として今年5月から特別展をやる予定で、資料のデジタル化も進めています。デジタルアーカイブと研究拠点と博物館、この3点を結んでいくような資料を収集していくことは意識しています。

ただ、これは大きな問題なんですが、収蔵庫が足りないんですね。もともと小さい博物館なので、大学のいろいろな所に資料を置かせてもらっているんですが、どこももう満杯状態です。だから、貴重な資料のご寄贈の話をいただいても、まずどこに収蔵するかを考えなければならない状況です。

松田

資料の受け入れと収蔵庫の問題は共通の悩みかもしれませんね。並木さんはいかがでしょうか。

並木

収蔵庫問題についてはまったく一緒で、あちこちに画策をして場所を確保している状況です。

私は今、美術工芸資料館長をしているんですが、3年前から附属図書館長も兼任しています。狭い大学なので、学内でML連携というミュージアムとライブラリーの連携を盛んに仕掛けています。そもそも、美術工芸資料館にある資料は、もともと附属図書館が一括管理をしていて、その中から美術工芸資料を分けて資料館ができたわけで、実は図書館のほうにかなり貴重なデザイン関係の本があるんですね。

ですので、デザインアーカイブという形で、デザイン関係の本と美術工芸資料館の実物資料をなるべく有機的に結び付けて展示をしようと連携し、美術工芸資料館の展覧会に必ず図書館の関連資料を並べています。

さらに、美術工芸資料館の収蔵品、寄贈をいただく資料の中心に、京都の伝統産業の近代化というテーマを大きく掲げているので、そこに関するものをいろいろご寄贈いただくわけですが、その際に同窓会と組むようにしています。

同窓会の中には、西陣織とか清水焼とか、京都の伝統産業に関わっている方がたくさんいらっしゃり、資料をいただくことがあるのですが、ともに大学の歴史を発掘して整理していこうということで、一種の大学史アーカイブというものをつくっています。

それによって、京都の伝統工芸の近代化を資料の面、教材の面、あるいはモノの面から明らかにしていく方向性を明確に設定し、美術工芸資料館の柱にしています。それによって展示も組み立てています。

もともと本学の明治期の校長たちは、科学者であり、人工染料や化学釉薬などの研究をしている人たちで、科学と芸術との融合をさせるということを開学以来テーマにしていました。美術工芸資料館の収蔵資料に関しても科学的な面でどういう使われ方をしたのかということを新しい切り口として、単にアートだけではなくて、科学と芸術を結びつけた形での企画ができないかと考えています。

学問を開いていくためのコレクション

松田

ミュージアムとライブラリーの連携は、KeMCoもこれから積極的に進めたいことの1つです。保坂さん、パブリックなお立場からお願いいたします。

保坂

前任の東京国立近代美術館は、日本の近代以降の美術史を辿れるコレクションをつくるという、一種の壮大な使命があり、それに基づいて作品を探し、選んで、収蔵していました。

滋賀の場合はやはりそのエリアの中の文化財を中心に集めていくんですが、それは何のためにやっているかというと、1つは地域の人々が自分たちの地域に対して愛着なりプライドなりを持てるようにするためなんですね。それは掘り起こしとか新しい歴史を加えることを含めてやっています。

例えばアール・ブリュットを滋賀が今収集しているのは、滋賀が他の県に先駆けてその作品の価値を認めていったという歴史があるからです。

そうした国や県の事例を踏まえた上で大学ミュージアムのコレクションビルディングにはどんなポリシーがありえるんだろうと考えると、先ほどの京都工繊の話がすごく参考になります。京都の伝統産業の近代化をめぐる資料というだけでは、国公立のミュージアムの範疇だとも言えますが、それをもとにして科学と芸術とを結びつける企画をされているということでした。それは言い換えれば、資料を基軸にして学問同士がつながり、その結果、学問が開かれていくということだと思います。

これは国公立のミュージアムではなかなかできないことですし、こうした前提に立つならば、KeMCoがやろうとしている、大学の中にあるコレクションを、コモンズとして考えていくやり方もいよいよ輝くのだと思います。

資料をコモンズとして活用するというのは、結構すごいことです。ミュージアムというのは自分たちが持っている資料を研究、解釈して展示をしていくわけですが、その結果いろいろな意味でその資料の価値は高まっていきます。そうすると、どうしたって、貴重な資料だからあまり外に出したくない、他に使わせたくないということになる。

ミュージアムの中でも美術館の場合は、そういうバイアスが強くかかってくるのですが、美術作品を含む様々な資料をフラットに考えて、コモンズとして扱うという理念が成立するのだったら、今後のミュージアムにとって非常に示唆的だと思うんですね。

先ほど岡室さんが、若い人たちの関心が変わってきていると言われましたが、確かに若い人は美術を特別視しておらず、フラットに物事を捉えている。そのような現実の変化に対してミュージアムが真摯に向き合っていくのならば、KeMCoがやられていることは、とても可能性があると思います。

松田

渡部さん、これからのKeMCoのコレクションビルディングについてはいかがでしょうか。

渡部

期待をしていただいて、とても有り難いんですが、慶應が日本で一番古い大学と言いながら、今に至るまでミュージアムがなかったという、最後発で出発する時に何ができるかと考えると、逆に言えば自由があるということだと思っています。センチュリー赤尾コレクションというものをいただくとしても、KeMCoコレクションの方針があるわけではないんですね。

もともとミュージアムは「蔵」だと思うんです。しかし、学校ができて160年、蔵をつくってこなかったので、だったら今つくるのは蔵ではなくて、空き地のように、いろいろなものが出たり入ったりできる場をつくれたら有効なのではないかというのが、KeMCoの他力本願的なコレクションビルディングの発想です。

それは苦肉の策のところもあります。様々な所にちょっとずつ文化財があり、それを持っている部署や研究者が手放さない。だから、それを新しくできたミュージアムが収蔵しますと言っても上手くいかないし、すぐに収蔵庫問題で行き詰まるので、発想を転換して、そういうものが学校の中でより有機的に機能するにはどうすればいいんだろうというところから発想されたのです。その意味ではコレクションビルディングもへったくれもないんです。

しかも慶應の場合、より良いものを持っているのが一貫教育校だったりもする。なので、そこで勉強している生徒たちに「この絵ってこういうものなんだよ」と知ってもらう機会を持ちつつ、いわゆる大文字のミュージアムではない、コモンズという姿を持つことによって、ゆるやかな空き地的コレクションビルディングができたらいいなと考えています。

期待される新しいミュージアム

松田

将来の話になってきましたので、最後に一言、後発の大学ミュージアムとしてのKeMCoに対しての期待やアドバイスを先輩方からいただければと思います。

並木

渡部さんが言われたように、後発だからできることがあるのだと思います。今、われわれの施設も40年経って古くなり、収蔵スペースもないという状況があるので、空き地性というものを、1つのモデルとして見せていただけるような発信を続けていただけるといいなと思っています。

美術工芸資料館を改築するという話がやがて出た際、1つの参考にさせていただけるのではないかと思い、期待が今日高まってきました。

松田

同じ私学として常に比べられる立場の早稲田の岡室さん、いかがでしょうか。

岡室

私も空き地のお話はとてもおもしろいと思いました。うちも学生に来てもらうことを意識はしているんですが、学生を巻き込んでいくことはまだまだ足りないということを今日実感しました。ですので、空き地がどう機能するのかということは今後私も興味を持って拝見させていただきたいと思いますし、刺激をどんどん与えていただきたいと思っています。

以前より、慶應のアート・センターさんにはいろいろお世話になってきましたので、今後もこれまで以上に連携して何か一緒にできるといいなと思います。より深く、より刺激的な関係を築いていきたいですね。

松田

では、保坂さん。公共のミュージアムからの立場と、卒業生としての立場から期待することをお願いいたします。

保坂

今、KeMCoが空き地という、およそミュージアムに関するキャッチフレーズとしてはふさわしくない言葉であえてやられようとしているというのは、非常におもしろいです。

多くの国公立美術館が課題として抱えている連携の仕方にも非常に示唆を与える話だと思いますので、かつて慶應がアートマネジメント講座をいち早くつくり美術業界に刺激を与えたように、今度は新しいミュージアムの姿で、美術以外も含めたもっと広いエリアに刺激を与えていただければと思います。

渡部

KeMCoについて過分なご評価をいただいたので、皆様をがっかりさせないように頑張りたいと思います。

やはり小さくて機動性があるところを生かすためには、いろいろな人に助けてもらうことが肝だと思っているので、ぜひ今日、この座談会に参加していただいたご縁で、引き続きKeMCoを応援していただき、折々にご協力いただけたら有り難いと思います。

松田

ぜひ私どもの空き地に遊びに来ていただければと思います。今度はZoomではなく、実際にお目にかかれることを楽しみにしております。本日は長い間有り難うございました。

(2021年2月22日オンラインにより収録)

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。