執筆者プロフィール

宮川 祥子(みやがわ しょうこ)
医学部 准教授その他 : 一般社団法人情報支援レスキュー隊代表理事
宮川 祥子(みやがわ しょうこ)
医学部 准教授その他 : 一般社団法人情報支援レスキュー隊代表理事
2021/03/05
「災害」と「情報」
「情報がない」
大きな災害が起きると、被災地の人々と災害対応に当たる人々の双方から、このような声がきかれる。東日本大震災では、巨大津波によって沿岸部の多くの自治体で役場建物が倒壊し、通信が断絶し、また、首長をはじめとする災害対応を担うべき人々も被災した。このため、現地の被害状況が外部に届かず、「情報の空白地帯」となり、被害の全体像を把握するために多くの時間を費やすこととなった。津波から逃れて避難所や高台に避難した人々もまた、家族の安否、自宅が無事か、そして救助や支援はいつ来るのかという情報を渇望していた。支援物資がいつどれくらい来るのかは、今日、明日、どれだけ食べることができるのかという食料や水の配分に関わる、まさに命に直結する情報であった。
他方で、自治体や自衛隊、医療支援チーム、民間支援団体といった支援者たちは、助けを必要としている人がどこにいるのか、どれくらいの物資を持って行けばニーズを満たせるのかを知りたがっていた。1000人の避難所に50人分の食料しか届けられなければ、食料の配分を巡って争いが起き、人々が暮らす避難所の秩序と安全が脅かされる。かといって、不要な物資が大量に届けば、倉庫のスペースを占領してしまい、避難所で物資を管理する担当者の過剰な負担にもなる。実際、東日本大震災では、マスコミが被害の大きさを報道した場所には大量の支援物資が届く一方で、被害が出ていても報道されない地域にはほとんど支援物資が届かないという、支援のアンバランスやミスマッチが起こっている。
「災害急性期」と呼ばれる時期が過ぎ、水・食料・寝る場所・緊急医療といった生命を直接脅かす課題が解消されてくると、支援者の多くは「これで一安心」と思ってしまいがちであるが、実はそうではない。住む場所を失った人々が避難所から仮設住宅へと移動すると、孤立、生活再建への不安、仕事や学業の継続、慢性的な病気の悪化といった災害急性期とは質の違う様々な課題が立ち上がってくる。このような課題は、急性期の生命に直結する課題と比べると些末と捉えられがちで、言い出しにくい、発見されにくい、その結果、必要なソーシャルサポートにつながれず一人で問題を抱え込んでしまうというケースも多く見られる。これを防ぐためには、被災した一人一人が何に困っているのかをタイムリーに発見し、その困りごとを解決できる支援につなげる必要がある。日常の生活の中で被災した人々に寄り添いながらニーズを発見し、それを情報として集約し、支援者の意思決定やアクションにつなげる役割を持つ「情報支援者」が求められているのである。
このように、災害時の情報支援は、災害サイクルのそれぞれのステージに合わせて、必要な情報をタイムリーに収集し提供することが重要なのである。
共助を担う情報技術──阪神・淡路大震災から東日本大震災
日本での災害支援への情報技術(IT)の活用は、1995年の阪神・淡路大震災が始まりと言われている。この年はまた、「ボランティア元年」とも呼ばれている。地震で倒壊した高速道路や、その後発生した地域全体を焼き尽くす火災といった未曾有の災害を目の当たりにして、日本中の各地から医療職、会社員、学生などの幅広い層の人々がボランティアとして現地に赴き、家屋の片付けや物資の配布などの救援活動を行った。この「共助」を担う震災ボランティアたちが情報発信の手段として注目したのが、当時まだ十分には普及していなかったコンピューターネットワークである。阪神・淡路大震災が起きた1995年当時は、我々が現在利用しているような商用のインターネット接続サービスは普及しておらず、個人は、「パソコン通信」と呼ばれるサービスを使って電子掲示板やチャットによるコミュニケーションを行っていた。「インターVネット」は、それぞれ独立したクローズドネットワークであるパソコン通信サービスを、インターネットのNetNewsというしくみを介して中継し、震災に関する情報をすべてのパソコン通信サービスで共有できる電子掲示板を作ろうという試みで、慶應義塾大学の金子郁容教授(当時)らによって立ち上げられた。当時大学院生であった筆者もこの取り組みに参加した一人で、このシステムを動かすサーバコンピュータの管理に携わっていた。
インターVネットは、先端的な取り組みであり、災害時の新しい状況発信の手段として一定の効果はあったが、当時パソコン通信あるいはインターネットを日常的に使う人口は決して多くはなく、直接的な効果としては限定的であったと言わざるを得ない。しかし、今から振り返れば、この取り組みは、その後の災害時のICT利用の先駆けとなったと言える。
阪神・淡路大震災と東日本大震災をIT支援という切り口から眺めると、その最も大きな違いは、多数のユーザーの参加による情報のマッチングと、地図情報の利用である。東日本大震災の発生後、Amazonは、プレゼントの購入支援サービスとして運用していた「ほしい物リスト」を被災地向けにカスタマイズし、被災地の人々が必要としている物資を、世界中の人々がAmazonで購入して届けることができるというマッチングサービスを展開した。Googleは、インターネット上の安否確認サービスであるPerson Finder と並行して、避難所に掲示された安否確認の張り紙の写真を収集し、全国のネットボランティアがそれをPerson Finder に入力するというクラウドソーシング型の支援を行った。ITを活用した交通社会の改善に取り組んでいるITS Japanでは、被災地域のカーナビから送信された通行実績情報を集積し、「震災後も車が通れる道」に関する情報提供を行った。sinsai.infoというウェブサイトでは、ネットボランティアたちが、収集した被災者のニーズや支援に関連する情報を、Open StreetMap と呼ばれる利用制限のないオープンな電子地図にマッピングして公開するという活動を続けた。電子掲示板上での文字による情報交換が主だった阪神・淡路大震災当時と比較すると、地図をはじめとするインターネット上の様々なサービスの拡大により、支援活動の質・量ともに格段に向上していることがわかる。
また、東日本大震災での津波による通信インフラ被害への支援も行われた。慶應義塾大学の村井純教授らが設立したインターネット技術の研究グループであるWIDEプロジェクトでは、被災地域へのインターネット接続機器の提供・設置を行い、インターネットを活用した支援を受けられるよう支えるしくみを提供した。また、電子機器・IT系企業の業界団体であるJEITA(電子情報技術産業協会)は、PCやプリンターを避難所や支援団体に提供し、情報アクセスを支援した。
災害発生時に支援者として活動するNPOなどでも、このような機器やサービスを活用したり、Facebookやホームページなどを使った情報発信をそれぞれ工夫して行っていたが、中心的な業務である災害支援のマネジメントにはITはあまり活用されなかったようである。筆者が2012年に行った災害支援団体を対象にした調査でも、情報収集や情報発信、写真データの保存などにSNSやクラウドサービスを活用している一方で、人員のスケジューリングや物資管理、被災者のニーズ把握にITを活用している事例はごく少数に限定されていた。このことが一因となり、被災地での支援活動の重複や物資の偏り、支援の遅れなどが生じたことが東日本大震災での大きな課題となった。
現在から未来へ──情報支援レスキュー隊IT DARTの取り組み
IT DART(情報支援レスキュー隊)は、東日本大震災での課題を教訓に、よりスムーズな支援活動を情報面からサポートする目的で2015年に設立された民間の支援団体である。IT DARTは災害時の情報収集、情報活用、情報発信を支援する団体で、主に被災地で直接支援を行う団体に対して後方から情報支援を行う役割を担っている。筆者も立ち上げ時からる。筆者も立ち上げ時からIT DARTに参画し、現在代表理事を務めている。IT DARTの活動内容は多岐にわたるが、以下に代表的なものを紹介させていただく。
(1)災害ボランティアのための情報提供
大きな災害が起きると、各地域で災害ボランティアセンターが開設される。熊本県を中心とした令和2年7月豪雨における対応では、新型コロナウイルス感染症のため、多くの災害ボランティアセンターでは遠方からのボランティアを受け付けず、近隣の自治体や県内の募集にとどまった。このような募集状況だけでなく、必要な持ち物や交通情報など、支援に参加するボランティアが事前に知っておくべき情報は多岐にわたる。IT DARTでは、各地の災害ボランティアセンターのボランティア募集状況をまとめ、翌日の募集に関する情報を前日夜にTwitterに投稿し、支援活動に参加するボランティアへの情報提供を行っている。
(2) 災害支援団体へのIT機器やサポートの提供
被災地の外部から入るNPOなどの災害支援団体は現地に拠点を設けて活動を行うが、拠点で情報をまとめたり発信を行うためのIT環境の整備は後手に回りがちである。IT DARTでは、支援団体に対してPCや複合機、モバイルルーターなどの機器を提供し、情報収集や情報発信を支援している。また、被災地では、ITリソースの不足から、被災者からの支援依頼の申し込みなども紙の書類で管理されていることが多く、スムーズな処理のためにはどこかのタイミングでデータ入力を行う必要がある。西日本を中心とする平成30年7月豪雨では、IT DARTはヤフー株式会社の社内ボランティアと協働して、倉敷市の災害ボランティアセンターなどでデータ入力やマッピング支援を実施している。この活動を通じて、被災者の個人情報の適正な取り扱いに関するルールの策定が今後の大きな課題であることがわかった。
(3)支援を円滑に進めるための情報提供
東日本大震災では、支援団体の相互連携が不十分であったことから、支援が偏ったり支援の空白地帯が生じることが大きな課題となった。この課題への対応として、全国規模や都道府県レベルで、連携した支援活動のためのコーディネートを専門に行う中間支援NPOが各地で発足している。IT DARTは、これらの中間支援NPOと協力して、支援団体どうしがそれぞれの活動状況を共有したり、先遣隊としていち早く被災地に入ったチームが撮影した写真を他の支援者と簡単に共有できるシステムを開発・提供している。写真や動画は、電子地図上にマッピングして提供されており、状況を一目で俯瞰できるようになっている。この他にも、支援物資の管理やボランティア登録などにITが活用され始めているが、全体としてはNPOを中心とする災害支援団体のIT活用はまだまだ発展途上であり、「共助」を担うこの分野の今後の強化が望まれる。
これからの課題──情報の流れを整える
東日本大震災から10年が経ち、社会のIT環境や人々のリテラシーも大きく変化している。TwitterやLINEといったソーシャルメディアを通じて、災害発生時のリアルな情報が迅速に把握できるようになった。一方で、「首都圏に毒物を含んだ雨が降る」「地震の影響で動物園から猛獣が逃げ出した」などのデマ情報の拡散も課題となっている。通信インフラに関しても、避難所では無料で使える00000JAPANというWi-Fiサービスの整備が進む一方で、災害急性期を過ぎた復旧復興期の対応はまだ十分とは言えない。避難所を出て移り住んだ仮設住宅でネット接続環境がなく、生活再建に必要な情報を得られないという相談もしばしば寄せられているところである。
災害リスクは年齢、家族構成、生活環境によって一人一人異なる。災害に遭っても人々が健康でいられるためには、発災時だけでなく復興期、そして静穏期を通じて一人一人が自分の災害リスクを知り、リスクに見合った物資・情報の両面の備えを怠らないことが重要である。災害サイクルと個別リスクにあわせた情報提供を実現する技術の開発が期待される。
AIやIoT、ドローンといった先端技術を災害支援に導入することで多くの情報流通の課題が解決に向かうことは論を俟たない。しかし一方でデジタルツールが情報技術の全てではないことも忘れてはならない。情報とは、本来、人が何かを意思決定しようとする時の不確実性(右と左のどちらに逃げればよいかがわからない)を減らすためのインプット(高台へのルートが矢印で表示されている)であり、情報技術とは、意思決定が必要な時に、不確実性を減らすための情報をタイムリーに提供する技術、すなわち「情報の流れを整える」技術全般である。「アナログな情報通信技術」、例えば、記入しやすく間違えにくいデータフォーマット、わかりやすい分類のための色分けや付箋、次に何をすればよいかが直観的にわかるデザイン、そしてスムーズな連携を実現するための組織間の協力体制などが整ってはじめて、デジタルツールという「銀の弾丸」が効果を発揮すると筆者は考える。
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。