慶應義塾

【特集:共に支え合うキャンパスへ】座談会:「誰ひとり取り残されない」協生を考える

登場者プロフィール

  • 岩橋 恒太(いわはし こうた)

    その他 : 特定非営利活動法人akta理事長文学部 卒業社会学研究科 卒業

    塾員(2006文、2015社研博)。新宿2丁目にあるHIV・性感染症の対策拠点としてのコミュニティセンターaktaを運営。主に首都圏居住のMSM(男性と性交渉をもつ男性)の性の健康増進のプロジェクトを実施。

    岩橋 恒太(いわはし こうた)

    その他 : 特定非営利活動法人akta理事長文学部 卒業社会学研究科 卒業

    塾員(2006文、2015社研博)。新宿2丁目にあるHIV・性感染症の対策拠点としてのコミュニティセンターaktaを運営。主に首都圏居住のMSM(男性と性交渉をもつ男性)の性の健康増進のプロジェクトを実施。

  • 田中 泉(たなか いずみ)

    その他 : アナウンサー法学部 卒業

    塾員(2010政)。大学卒業後、NHK入局。クローズアップ現代+ キャスターなどを担当。2019年NHKを退局し、出産を経て21年よりフリーでの活動を開始。政策研究大学院大学修士課程在籍中。

    田中 泉(たなか いずみ)

    その他 : アナウンサー法学部 卒業

    塾員(2010政)。大学卒業後、NHK入局。クローズアップ現代+ キャスターなどを担当。2019年NHKを退局し、出産を経て21年よりフリーでの活動を開始。政策研究大学院大学修士課程在籍中。

  • 杉田 秀之(すぎた ひでゆき)

    その他 : 障害当事者その他 : 外資系IT企業勤務総合政策学部 卒業

    塾員(2012総)。体育会蹴球部OB。経済学部在学中、蹴球部での試合中の事故で脊髄を損傷。その後バリアフリーが進んでいたSFCに復学。現在、障害当事者としての経験を活かしダイバーシティの普及活動を行う。

    杉田 秀之(すぎた ひでゆき)

    その他 : 障害当事者その他 : 外資系IT企業勤務総合政策学部 卒業

    塾員(2012総)。体育会蹴球部OB。経済学部在学中、蹴球部での試合中の事故で脊髄を損傷。その後バリアフリーが進んでいたSFCに復学。現在、障害当事者としての経験を活かしダイバーシティの普及活動を行う。

  • 清水 智子(しみず ともこ)

    理工学部 准教授

    塾員(2002理工)。2007年カリフォルニア大学バークレー校大学院修了(Ph.D.)。理化学研究所研究員等を経て2018年より現職。女性研究者向け慶應義塾メンタリング・プログラムに関わる。

    清水 智子(しみず ともこ)

    理工学部 准教授

    塾員(2002理工)。2007年カリフォルニア大学バークレー校大学院修了(Ph.D.)。理化学研究所研究員等を経て2018年より現職。女性研究者向け慶應義塾メンタリング・プログラムに関わる。

  • 奥田 暁代(司会)(おくだ あきよ)

    その他 : 常任理事【学生、協生環境推進担当】法学部 教授

    塾員(1990文、92文修)。1995年ノースカロライナ大学チャペル・ヒル校英文科大学院博士課程修了(Ph.D.)。2007年慶應義塾大学法学部教授。専門は英米・英語圏文学。2021年慶應義塾常任理事。

    奥田 暁代(司会)(おくだ あきよ)

    その他 : 常任理事【学生、協生環境推進担当】法学部 教授

    塾員(1990文、92文修)。1995年ノースカロライナ大学チャペル・ヒル校英文科大学院博士課程修了(Ph.D.)。2007年慶應義塾大学法学部教授。専門は英米・英語圏文学。2021年慶應義塾常任理事。

2023/03/07

居場所としてのキャンパスを問う

奥田

この4月に慶應義塾に協生環境推進室ができて5周年になります。協生環境推進室では、「慶應義塾協生環境推進憲章」を掲げ、「多様な価値観が並存する今日、年齢・性別・SOGI(性的指向・性自認)・障害・ 文化・国籍・人種・信条・ライフスタイルなど、様々な背景を有する人々が、誰一人として社会から孤立したり排除されたりすることなく、互いの尊厳を尊重し合う社会が実現されなくてはなりません」と謳っており、その整備をするべく歩みを進めてきました。

今日は、このような協生環境の推進にご協力いただき、なおかつ社会の様々な場面で活動されている方々にお集まりいただき、キャンパスの多様性、また誰にとっても居心地のよい居場所づくりについて考え、それを社会に向けてどのように発信していくかを考えてみたいと思います。

キャンパスでは、コロナ禍のオンラインから対面で関わり合う状況が戻ってきて、「人間交際」、つまり実際に触れ合うことの意味を再認識しています。教室での学びに加え、学生相互の交流も大事なことと感じていて、そのことが一層キャンパスの中での居場所づくりへの意識を高めています。

SDGsの観点から「誰ひとり取り残さない」という言葉をよく耳にするようになりました。もう1つよく聞くキーワードは「多様性」です。ダイバーシティ&インクルージョンやDEI(ダイバーシティ、エクイティ、インクルージョン)と表現されることもあります。この「多様性」をキャンパスという場に当てはめて考えるとどうなるのでしょう。

誰もが受け入れられ、尊重され、いろいろな人がいるから居心地がよい。自分もそこにいてもよいのだと思える。そういうことでしょうか。それだけではないと思います。「多様性」を強調する時、私たちは、多様なものの見方、考え方から何かが生まれてくることに期待します。企業なら、異なる意見が出て議論が活発化されイノベーションが起き、企業価値や利益に直結するのかもしれません。

では、それを大学ではどう考えればよいのでしょう。多様な人が集うキャンパスになった時、活性化されて何が起きるのか。誰もがそのままでいいということを前提にするならば、1人ひとりが変わるのではなく、社会のほうが、キャンパスのほうが変わらないといけないのではないか。多様な発想、多様性に基づいた意見がキャンパスで実現されるなら、その時に大学としてどういう役割があるのでしょうか。

皆さんは慶應義塾大学の卒業生ですので、まずかつてのキャンパスライフ、キャンパスの居場所を思い出していただき、キャンパスとはこうあるべきだ、こうあってほしいといった居場所について伺ってみたいと思います。杉田さんからいかがでしょうか。

杉田

僕は卒業してちょうど10年になります。自分が不思議な経験をしているなと思うのは、入学時は五体満足でしたが、学生時代に事故に遭い、車いす生活になり、このことでキャンパスの見え方、居場所や、交流の機会が大きく変わったことです。

当たり前に今までできていたことができなくなった時、「あれ、自分は大学に居場所があるのかな」とすごく感じました。私は事故後、経済学部から総合政策学部に編入したのです。10年以上前、三田のキャンパスはすごく起伏が激しく、車いすで通うならSFCのほうがいいだろうと大学側と相談をし、編入したのです。一方で経済学を学びたいという思いがあり、また、蹴球部でラグビーをやるという思いがかなわなくなった時、仲間もいなくなり、どうすればよいのだろうと居場所を探したのですが、それはなかったなと。

授業で言えば、車いすや杖歩行だと教室移動が間に合わない。すると自分がやりたいことを学ぶというより、教室移動が楽なカリキュラムを組むようになる。食堂に行くことができず、人目を避けてよくトイレでお昼を食べていた記憶があります。

とはいえ、そこで居場所をつくってくれる人たちもいました。家族、友人はもちろんですが、学事の職員の方がすごく親身になってくれて、そういう人たちの存在が大きかったと思います。10年たって去年、奥田先生に三田でお会いした時、慶應はこんなに変わったんだと感じました。今、協生環境推進室の中に障害学生支援室ができたことは、門がすごく開いていくようでうらやましく思っています。

奥田

大学に入った時の居場所は途中で変わったということですね。最初は蹴球部が居場所だったのでしょうか。

杉田

僕は内部進学で高校の3年間も日吉にいたので、知り合いがどの学部にもいて、何となく皆と同じ考えだという意識もあり、居場所は確かにありました。蹴球部ももちろん居場所だったなと思います。

多様性ということで言えば、SFCに行けてすごくよかったな、と卒業してからはよく思います。キャンパスのカラーはやはりあると思います。SFCで学ぶ学生と出会えたこと、そして一緒に学べたことは、その後の自分のキャリア、生き方にすごく生きていると思います。

奥田

10年以上前とはいえ、三田にバリアがあったことは残念ですが、SFCという別のキャンパスに通うことで、道が開けたのはよかったです。

杉田

今は学生支援の体制が整っていて、障害があっても三田で学びたいと思えば三田で学べるのは、すごくいいことだと思います。

様々な多様性の経験

奥田

それでは次に、田中さんいかがでしょうか。

田中

私も高校(慶應女子高)から慶應義塾に入り、大学は法学部政治学科を卒業しました。高校時代はバトン部に入り、塾高野球部の45年ぶりの選抜出場でアルプススタンドで踊ったり、学校行事に燃えたり。

大学では体育会ゴルフ部に所属しました。ゼミは現代中国政治を学び、同時に第2外国語を週4回学べるインテンシブコースのクラスにも参加するなど、とにかく自分の好きなこと、やってみたいことは何でも挑戦してみようという姿勢で学生生活を送りました。

今、ダイバーシティ&インクルージョンと盛んに言われるようになりましたが、私にとって子どもの頃から多様性はとても大きなテーマだったと思います。小学生の時は他の子とあまり趣味が合わず、居場所がなく悩んだ経験があります。また、小学6年生の時、父の仕事の都合でニューヨークに家族で引っ越し、英語もままならない中、現地の学校に通い始めたことも大きな体験として今に続いていると思っています。

また、高校生の時、妹がダウン症として生まれました。障害について自分を含めて人が抱きがちな偏見について敏感になったことと、そうした偏見と現実とのギャップを経験してきたこともすごく大きいと思います。

そうした経験すべてが影響し、NHKのアナウンサーを志し、就職活動ではずっと、「一生懸命生きる人を伝えたい」と言っていました。自分の普段の生活だけでは、他の人のことはわかりません。でも様々な人の生きざまをテレビで伝えることで、見る人の価値観を広げ、少しでも生きやすい社会になればという思いがありました。

NHKを離れた今も同じような思いでインタビューや番組のキャスターなどをしています。去年まで「ダイバーシティニュース」という、人権、障害、LGBTQ、子どもの政策など、様々な専門家をお招きし、毎週お話を伺うラジオ番組を担当していました。

また、去年の秋からは政策研究大学院大学という大学院で、各国から留学してきた外国人学生たちと公共政策を学んでいますが、そこでも日々多様性について考えさせられています。

奥田

伺っていると、皆さん多様性を経験されているようです。多様性に全く触れたことのない高校生がキャンパスに来て、そこで様々な経験ができることが重要なのかもしれません。

田中

1つだけではなく、いくつかの居場所、いくつかのつながりを持つことも大事かなと思っています。例えば私の場合、部活動、ゼミ、フランス語のクラスや大教室のクラスなど、いろいろなつながりにおいて、様々な価値観を知ることができたのがすごく大事だったと、ふり返って思っています。

安心して仲間を見つけられる場所

奥田

複数の居場所ということですね。では、岩橋さん、いかがでしょう。

岩橋

私は、現在、協生環境推進室で走り始めている「協生カフェ」プロジェクト、「SOGI×居場所づくり」のお手伝いをしています。私は2002年に文学部に入り、その後、2015年までかなり長く慶應にいました。特に三田には10年以上、学生としていました。

「居場所づくり」になぜかかわったかというと、私自身、セクシュアルマイノリティの当事者なのですが、学生として三田にいた当時、居場所があったかと言われると、キャンパスの中で、安心していられるような空間があまりなかった印象があります。それで、ようやく慶應でそういう動きが始まるなら、今の若い人たちに、自分の時よりも居心地のいい空間をつくることに協力しようと思い参加しました。

人によって多様なあり方があるという留保はつけつつ、自分がセクシュアルマイノリティであることを、キャンパスでいつもオープンにしていなければいけないということはないと思います。学校の中では別にオープンにしなくても、サークルやゼミの友達がいました。しかし、自分がいろいろな悩みをオープンに話せたかというと、そうではなかったです。

研究テーマも、今はどの領域でも、自分の当事者性をテーマにした研究をかなり受け入れてくれますが、当時は、例えばゲイの研究がしたいと言った時、「その後のアカデミックポストはない前提でよいならやりなさい」と言われたこともあります。当時はどこの大学でもそうでした。当事者性に関する研究はリスクがあるので、やりたいことをやる前に、例えば理論研究をし、ポストを得てからそのテーマをやるようなアドバイスもありました。その中でも指導教授の浜日出夫先生が私自身や研究をディフェンスしてくださったことに感謝しています。

今の若い社会学の研究者が当事者性を活かし、性の多様性や、インターセクショナリティに関連する研究に取り組める環境になっているのは本当にいいことだと思います。その当時は、大学キャンパス内にジェンダー、セクシュアリティに関するセンターがある時代ではなかったです。一番早かったのは国際基督教大学だったと思いますが、当時は慶應にはジェンダー研究をテーマにした研究室もほぼない状況だったので、他の大学のジェンダー研究の先生にもサポートしてもらいながら研究活動をしていました。

今、aktaという団体で私は活動しており、新宿2丁目の街にコミュニティセンターを運営していて、そこはHIVや性感染症の予防啓発をする拠点です。新宿2丁目は多様性のるつぼのようなところで、本当に多様な人たちが来ますが、以前はそこでも性感染症、HIVについて安心して話せる場所はあまりなかった。それでコミュニティセンターの中で、心理的な安全性を保証するからしゃべって大丈夫ですよ、という空間をつくることを大事にしながら活動を続けています。

テーマがどうしても重くなってしまうので、その場を基点にしながらコミュニティにとって面白いこと、大事なことを発信し、仲間をどう増やしていくかを大事にしながらやっています。そういう経験は、もしかしたらこれから始まる「協生カフェ」に活かせるのではないかと思っています。

奥田

協生環境推進室では「誰ひとり取り残されない」環境づくりを、もしかするとキャンパスでしんどく感じている学生を視野に入れながら、様々な支援を試みているところです。

岩橋さんにかかわっていただいている「協生カフェ」もその1つです。他大学ではジェンダーダイバーシティに関するセンターが設置されているところもありますが、慶應義塾では何ができるかを考え、最初にやるべきことは安心して仲間を見つけられる場所づくりではないかと取り組んでいます。

教員間をつなぐプログラム

奥田

協生環境推進室には3つの柱があります。ワークライフバランス、バリアフリー、ダイバーシティの3つです。「協生カフェ」はダイバーシティに関する試みです。バリアフリーでは障害学生支援室を新たに立ち上げました。

ワークライフバランスのところは、どうしても育児支援、介護支援に目が行くのですが、そこから1歩先に進むとはどういうことかと考えています。女子学生に向かって、慶應義塾は女性が輝ける場所です、と本当に言えるのだろうか。また、彼女たちが活躍できる未来を描き出しているのだろうか。女子学生に将来を思い描き、どのような人生を送ろうかということまで考えてもらいたい。そこでライフプラン・セミナーの「未来のワタシ。」シリーズを始めて、田中さん他、辻愛沙子さん、神蔵ほのかさん、など社会の中で多様な経験をしている人の姿を学生に見てもらえるようにしています。

また、教員も意外と孤独というのでしょうか、つながりを求めているようです。30代、40代の女性の研究者と、慶應義塾の中でも役職に就いているような女性とをつなぐメンタリング・プログラムを始めることでエンパワーメントになるかと思いました。

キャンパスが違うと、教員も全く知り合う機会がなく、分野が違えばどんな研究をしていて、日々どんな生活を送っているかもわかりません。お互いを知ることで、背中を押されることもあるのではと思うのです。清水さんとは所属学部もキャンパスも違うのですが、今回、このメンタリング・プログラムでつながり、矢上キャンパスのことなどを学ばせていただいています。

清水

私は小中高、埼玉県の公立で過ごしました。ですから入学時には、私などが慶應義塾に入ってよいのかという思いがありましたが、理工学部へ来たら、同じようなことに興味を持っている人が多かったので、居心地は良かったと思います。少数ながらいた同期の女子学生たちとも仲良くなれて、心地良く過ごしていたと思います。

大学4年間で一番心地良かったのは、4年生になり、研究室に配属されてからです。朝から晩まで研究室にいて実験をして、論文を読んだり先輩に何か教わったり。授業に行くのも研究室から「行ってきます」「ただいま」と帰って来る生活だったので、そこが本当に居場所だったと思います。

今は塾長になられた伊藤公平先生が専任講師の時代に研究室に所属していたのですが、今思い返しても、とても良い雰囲気の研究室でした。とても居心地が良いので博士課程までここで学びたいと思いました。

すると伊藤先生が、「博士に行くのなら、海外に行きなさい」とアドバイスしてくださり、アメリカの大学院で5年間過ごしましたが、そこで本当にいろいろなタイプの人と知り合うことができました。

その時に初めて自分がマイノリティになる経験をしました。女性である自分がマイノリティだという意識は日本にいた時はそれほど持っていなかったのですが、アメリカではそういう意識を持っている人たちがまわりに多く、女性はマイノリティなんだとようやく気付いたんです。また、同じ学年でも子どもがいる人もいて、こういう人生もあるんだと気付きました。

留学後、自分は研究とは違う視点で何がやりたいんだろう、研究をするだけでよいのかなと、思い返した時期がありました。その時、やはり私が背中を押してもらったように、若い人たちに自分の経験を伝え、いろいろな視点を学ぶ機会をあげたい、という思いが強くなり、2018年4月から慶應に准教授として勤めています。

慶應を自分の職場に選んだ理由は、私にとって慶應はとても居心地が良い場所だったので、ここなら自分が意見を言うことができるのではないかと思ったからです。それこそ心理的安全性ですが、今、理工学部に入って5年たちますが、教職員としての居心地は良いと思います。

ただ、私のように居心地が良いと感じている教職員ばかりではないと思います。また、学生たちのことを考えると、コロナ禍でオンラインの授業を受けるようになって、本当に居場所がなかったのだろうと思います。対面になってキャンパスに戻っても、友達がいなくて宿題が一緒にできないとか、誰に相談したらいいのかわからない、といった相談をよく受けます。

研究室に入る前の3年生までは、どこが学生の居場所なのだろうと少し不安に思うところはあります。サークルに入っている人はいいですが、コロナで入る機会がなかった学生もいるので、休み時間にはどこにいるのだろうと、少し気になることがあります。

奥田

皆さんのお話を伺い、人とつながり安心できる場所が居場所であり、それは1つではなく、いくつかあると良いということがよくわかりました。

今、学生たちは対面の授業に戻ってきていますが、教室から1歩外に出れば、居場所を探し求めているのかもしれません。サークルの加入率や数は他の大学では減っているという話も聞きますが、幸い慶應義塾ではそれほど落ちていません。それでも活動時間が以前より少ないせいか、友達を作ったりコミュニケーションを取ることがあまり上手ではない印象を受けています。

数値目標や制度をどう考えるか

奥田

次に多様性の推進について考えてみます。実際には私たちの社会は多様性が重視されていないことがデータから明らかになっています。例えば、世界経済フォーラムが2022年に公表した「ジェンダーギャップ指数」によれば、日本は146カ国中116位で、主要7カ国では最下位です。男女間賃金格差も諸外国と比較すると大きく、2021年の男性一般労働者の給与水準を100とした時の女性一般労働者のそれは75.2です(男女共同参画局)。

こういった数字からは課題が見えるようになるので、データを示すことは悪いことではないと思います。また、数値目標は改善の手段になるかもしれません。

法的整備もされています。「障害者差別解消法」が2021年に、「女性活躍推進法」は2022年に改正されています。このような法律ができることで、さらに目標値が掲げられるようになります。皆さんは、数字や法律をもとに数値目標を定め、それを目指して頑張ることについてはいかがでしょうか。かえってやりづらくなるのか。あるいはこういった目標値があるからこそ取り組みが進んでいくのか。あるいは何か別の物差しで多様性を示すことができるのか。

私自身、様々な試みを実行に移しながら、協生環境推進というのは数字で測れるのだろうかという疑問が常にあるのですが、いかがでしょうか。

田中

やはり数字や制度は大事な物差しだと思っています。それこそ障害のある方にとっては、段差がなくスムーズに移動できるといった、変えていかなければいけないことが具体的にあります。昨年、ラジオ番組でLGBTQの当事者にお話を伺う機会が多くありましたが、思いやりを持とうといった精神論だけでは不十分で、制度が変わらないと結局人の行動は変わらず、苦しい思いをしている人の現状は変わらないことがあると繰り返し強調されていました。

一方、おっしゃる通り、それだけでも駄目だと思います。数字だけがクローズアップされると、本来の目的が置き去りになってしまう可能性がある。そこにいる人の満足度、フィット感、本当にその人たちが満足しているのかという感覚も大事だと思います。

例えば清水先生がおっしゃっていたような、自分の言った意見が尊重されていると感じられるか。そういうことはすごく大事だと思います。私はNHKで最後に担当した番組が「クローズアップ現代+」だったのですが、テレビ局はすごく男性社会で女性が少ない。また4、50代のスタッフも多い中私は出演者の中で唯一、30代前半だったので、番組の中で若い女性の意見を代表するようなコメントを期待されることもありました。

それは私としてはとても大事なことで責任を感じる一方、時折それだけを求められているような感じもして、自分自身が尊重されていないように思える時もありました。30代女性としての私、だけではなく、田中泉としての意見を尊重してくれていると感じられるような環境も大事だと思います。

一口にダイバーシティと言っても、いろいろなダイバーシティがあると思います。女性、障害者やLGBTQといった少数の側の人だけではなく、当たり前ですが男性の中でもいろいろな違いがあります。究極的には1人1人違う人間なので、目の前の人に好奇心を持つことの大切さ、目の前の人を大事にする気持ちを、まず1人1人が持つことが大事です。それがあっての制度、数値目標の改善ということは忘れてはいけないと思っています。

ノーモア・リップサービス

岩橋

田中さんがお話しいただいたことはすごく大事だと思います。例えばSDGs、あるいはダイバーシティ、LGBTQ、多様性という言葉は、最近、たくさん使われますが、言葉が定着する中で、ノーモア・リップサービス、損得勘定やコスパで聞こえのいい言葉を使って取り扱うのはいい加減にしてくれという声も、様々なコミュニティから上がっています。

例えば東京ではLGBTQのパレードが毎年4月に行われていて、現在かなり大きなパレードになっています。当初は企業の側にはマーケティングの対象にもなるからと参加しているところもあったようですが、時間が経つ中で、本当にこの企業の取り組みはコミュニティにとって役に立っているのだろうかと、コミュニティも企業の側でも議論されるようになっています。一方でアプローチの仕方をしっかり考えるところも出てきています。本当に対象の人たちやコミュニティにとって役立つのかという視点はすごく大事です。

現在、塾名誉教授の樽井正義先生は、倫理学の研究者ですが、HIVに関しての研究に導いてくれたお一人です。LGBTQ、あるいはマイノリティの運動をしていく時に、平等権だけではなく生存権に関しての戦いであることも、絶対に忘れてはいけないとしつこく言ってくれました。

当時、それが何を意味するのか十分にわかっていなかったところもありますが、多様な人たちがいて、皆と変わらない、と言うことだけでなく、その人たちが安全に、健康に生きる権利に関しての運動であることを忘れるなという意味と理解しています。

今の若いセクシュアルマイノリティの学生たちから、今付き合っている相手ともしかしたら結婚できるかもと自分の将来を考えているという話を聞くと、すごくいい時代になったなと思います。一方で、パートナーシップは認めても、同性婚の制度を認めることには日本ではかなりハードルが高い。制度に落とし込むということは生存権にかかわる話です。例えばパートナーが病気で亡くなった。でも、制度がないので友達としてしか関係性を説明できないから最期を看取ることができなかった、という話は本当にたくさんあります。

そういった関係性を保証する制度まで考えていった時、大学でもどこでも、ノーモア・リップサービスということは大事だと思っています。

奥田

言うだけにしないということですね。だから制度が後押しになると。それは杉田さんも同じように感じていますか。

杉田

そうですね。数値の話で言うと、僕は自分の学生時代の就職活動の頃を思い出します。うちの会社は障害者の雇用率をこれぐらい満たしていますとか、女性の登用率がこのくらいとか、確かにとても口当たりのいいことを皆、言います。それが悪いということではないですが、実際は裁量がすごく限られている雇用形態だったり、特例子会社で、障害者の方が1カ所に集められて勤務する形態だったりする。

そのほうが確かに物理的なサポートはしやすいかもしれませんが、「多様性」としてはどうなのだろうとも思います。そういう意味で数値を追い求めることだけではないなと、経験から思います。

結局、自分はどのように会社を選んだかと言えば、目の前でインタビューをしている人は、どれぐらい本当に僕の能力を見ようとしてくれているかで判断しました。エクイティという言葉がありますが、特別扱いをしてほしいわけでも甘えたいわけでもない。必要なサポートの中で自分の能力が最大限発揮できたらいい。そこが一番大事なのかと思います。

僕は脊髄損傷の障害があるので、それに関してはよくわかっている。ただ、障害者は視覚障害や聴覚障害など様々で、外から見たのではわからない世界があり、これに向き合うのはすごく大変なことです。

自分が後天的に障害者になって見えた世界はありますが、知らない世界もたくさんある。ただ、なったことで見えた世界があって、それを受け入れることで、自分の幅が広がったとはすごく感じています。そういう意味ではやはり多様性を経験し、本当の平等とは何なのだろうかということは追い求めていきたいと思っています。

認知度を上げるには

奥田

私たちは自分のことしかわからないところがあり、お互いに知ることが簡単ではないということですね。だからこそ、私は大学を相互理解を深める場にしたいと思います。

学び舎としてのキャンパスで多様な背景を大切にする人たちとかかわり合い、その経験があるからこそ、社会に出て同じように関係をつなぐことができる。今のキャンパスではどれぐらい多様な環境ができているのか、と思うと悩ましいところです。

清水

大学における数値目標ということで1つ申し上げたいのは、女性教員の数、障害者雇用の数では、例えばどの委員会でも、女性教員の数は何%以上でないといけないとなり、同年代の女性は会議出席率が多くなり研究ができなくなるようなこともあるのです。

私も子どもがすごく小さい時は、そちらも忙しいのに、そんなに委員会活動はできないよと、少し怒りのような気持ちもありました。そして今、少し子育ても落ち着いて、これは自分が声を上げなければいけないのかなという気もしています。

われわれがやっている活動は数値化しないと納得してもらえない。どうしたらいいだろうと考えた時に、企業の例を参考に、ダイバーシティスコアを1度取ってみようかと、理工学部ではある教員グループが改良したものを作り、教職員対象でやってみました。それを見てわかったことは、制度があるのに知らない人が非常に多いことです。女子学生が休める場所が矢上キャンパスにあったのか、ムスリムの方がお祈りできるプレイルームがあったのか、と驚いている。

そのスコアを上げるのは、キャンパスにいる人たちの関心が高まることにつながるので、単なるパーセンテージではなく、認知度を測るような指標を持つことが重要だと思います。

奥田

おっしゃる通り、認知度を高めることはとても大事です。いろいろな試みを始めても、知らなかったと言われるのが一番がっくりきます。例えば困窮している女子学生を対象に生理用品の無償配布を実施していますが、「初めて聞きました」と言われることもあります。おそらく今は、人に対する関心が薄れているのか、自分にかかわらないことは情報として入りにくいようです。そこを皆で関心も情報も共有するようなキャンパスになっていくとよいと思います。

SOGI(セクシュアルオリエンテーション&ジェンダーアイデンティティ)について、各自治体のパートナーシップ制度だけでは不十分ですが、様々な制度や支援が各地で導入されることにより、ゆっくりでも改善されていくことが期待できます。キャンパスの中でも、小さいことも含めあらゆることを試みて、それにより認知度も高まっていくというのも1つのやり方ではないかと思っています。

仲間を増やす方法

奥田

安心できるコミュニティをつくるためにはどうすればよいのだろうというのが、次に聞いてみたいことです。まず「協生カフェ」のことを岩橋さんに聞きたいのですが、なぜカフェなのでしょう。なぜ「お茶をする」ような場が必要とされているのでしょうか。

岩橋

今までの経験から、カフェ形式のものはすごく大事だと思っています。

大学のとても良いところは、場を持っているのでフラッとかかわれるところです。そこにフラッと人が来ることでできる偶然性のようなものがある。そこで、ある問題に関心の高い人たちが準備する空間であるカフェが、こっちへ来るとすごく面白いよと示して、フラッと来た人も仲間に入れるように、オープンな形でやれば、少しずつコミュニティはできてくるのだと思います。

私は10年ぐらい前に三田祭の青空ステージでHIVの予防啓発のイベントをやったことがあります。私とかがあの三田祭の喧騒の中のステージで話しても、誰も話を聞かない。なので、新宿2丁目で有名なドラァグクイーンに来てもらい、ショーパフォーマンスをしながら啓発をやってもらったんです。性別二元論を疑うテーマの素晴らしいパフォーマンスだったのですが、どんどん脱いでいっちゃったんです。あ、これは最後までいったら学籍がなくなると(笑)。

でもその時、何が起こったかというと、次にあるダンスサークルが控えていたのですが、彼らがドラァグクイーンのパフォーマンスを見て、「これ超面白い」と言ってまわりで踊り出してしまった。それでどんどん人が集まって、最後に一言だけ、HIVと性の健康についてのメッセージを出したら、それにすごく反応してくれたんです。

だから魅力的で楽しいことをやって、かかわるとこんな面白いことがあると示せると、当事者だけではなく、もっと多くの仲間を増やしていけるのではないか。それができるようになれば、カフェはすごく可能性があるのではないかと思っています。

もう1つ、そういう場所がすごく大事だと思ったのは、私は先ほど言いましたように、自分がセクシュアルマイノリティであることを大学の中であまりオープンにしてこなかった。大学院生の時、新宿2丁目でHIVの活動と研究をやっていることを皆に知ってもらえるようになったんですが、その後、自分が学生の時に知り合った慶應の学生の中にも、セクシュアルマイノリティであることに悩んでメンタルヘルスを悪くしたり、自死をするケースがありました。HIVに感染をしたという話もありました。

もし自分が当時からオープンにしていて、そういうことが話せる空間が大学にあったら、予防できなかったとしても、もっと早い段階でサポートできたのではないかという気がしています。安全に話せる場所をいろいろなところにつくっていくことはすごく大事なことだと思います。

避難できる場所としての大学

奥田

協生環境推進室の取り組みの1つに「からだセミナー」があります。「トランスジェンダー」に関する回で三橋順子さんがお話しされたことが忘れられません。大学はもちろん知識を提供しなければならない。でもそれだけではなく、避難できる場所であることも大事なのだとコメントされました。社会に出る前の安心できる場所として大学の役割があるのではないかと問われ、ハッとしました。

ここだったら安心できる、ここだったら必要とする情報を得ることができる。あるいは気軽に話せる人もいて、いつでもフラッと入ることができ、卒業後も寄ってもらえるような場になれば、さらによいのだろうと思います。

大学には、いろいろな学生が通って来ています。「協生カフェ」も、実際にどのような居場所になるかはまだ検討の段階ですが、多くの学生が、これは面白いと言ってくれるようにならないと、ごく一部の人のための限られたスペースとなってしまうので、よりオープンで、安全と感じられる場をつくっていくということが必要かもしれません。

田中

岩橋さんは学生の頃からオフキャンパスでいろいろな活動をされていたということですが、学生も社会に出る前といえども社会とかかわることができるわけです。そういう場でいろいろなことを試してみたり、チャレンジして表現している学生をきちんと見つけて応援してあげることも大切なのではないでしょうか。

例えば、私は障害のある方の就労などを支援するNPOに寄付をしたり、自分自身もファンドレイジングのパーティーで司会をしたりしていますが、その活動ではインターナショナルスクールの高校生たちが積極的に手伝っていて、素晴らしいなと思いました。

そのように社会と接点を持って自分が社会の中で生きていることを実感することは、学生のうちからできると思います。大学ができることは、そういう前向きにチャレンジしている学生をきちんと評価してあげること。そして何か後押しできるような場もあると思うのです。

杉田

自分がマジョリティーなんだとハッとさせられるような体験を大学の場を通じてできたらいいなという思いがあります。例えば生理用品の話などについては、私は結婚して初めてそういう世界が見えたところがあります。今、子どもが2歳になりますが、子育てでまた見えてくる世界もあります。

自分がLGBTQに初めて関心を持てたのは、映画「ボヘミアン・ラプソディ」を妻と見に行った時です。自分のリテラシーのなさが恥ずかしいのですが、そこでヘテロセクシュアルという言葉を知った時、「あ、僕はこれなんだ」というのがすごく新鮮だった。マジョリティーという言い方が正しいのかはわかりませんが、LGBTQを考える上で初めて同じ場所にいられる気がしたというか考えられるようになった。その経験がすごく嬉しかったです。

1つのきっかけとして言葉を知るというのは大事だなと。そういう場としてのカフェがあればいいなと思いました。

奥田

自然に集まって、何かそういう話題を自然に話せる場があると、学生たちの理解もより深まるということですね。

岩橋

SOGIという言葉を使うのも大事です。他者としてのLGBTQのことを理解しよう、と言うだけではなく、今お話しいただいたように、あ、自分はヘテロセクシャルなんだとか、異なるセクシュアルオリエンテーションを持っているんだ、などとコミュニケーションのきっかけになりますよね。

清水

学生に気付きを与えることは本当に大事ですし、サポートしていかなければと感じます。

理工学部は課外活動をする学生は、もしかしたら他学部よりも少ないのかもしれませんが、中には例えば「矢上祭」の時に、障害者を雇用する特例子会社のラーメンを配布したこともあります。今、理工学部のダイバーシティ&インクルージョンワーキンググループがアクセシビリティマップを見直そうという話になっているのですが、その時に教員と職員だけで考えるのではなく、やはり学生の声を聴くべきと、ある学生団体と一緒に意見交換してやっていくことになりました。

その時、カッチリした会議の場だと話しにくくなってしまうので、ご飯を食べながら、話しやすい雰囲気にして、いろいろな話題を話そうという提案がありました。例えば留学生というのも1つのマイノリティなので、そういう人たちも過ごしやすいキャンパスにする。また障害者の方にとっては矢上キャンパスは坂道がすごくて階段も多いので、どうしたらよいか、といったことも話し合えればと思います。

ただ興味のある学生は参加してくれるのですが、そうでない学生の耳には入ってこないので、きっかけ作りは教職員が、イベントやセミナーを開催するとか、たくさんの学生に声をかけてみることが必要だと思っています。

奥田

日吉キャンパスでは昨年暮れに「こども食堂」を初めて実施しましたが、食事をするという目的が明らかな食堂は気軽に集まりやすいと気付きました。子どもたちは近隣の小学校から来て大学生と話をしたり、一緒にクイズ大会やゲームに参加したり。アンケートを見ると、皆そういったことが楽しかったと書いてくれています。

大学生もすごく勉強になったそうです。カフェもそうですし、何か違うことをきっかけに出会いさえすれば、そこから様々な交流が生まれるのだと思いました。

大学から社会に向けて

奥田

大学と社会との関係で言えば、どういう発信をすべきか考えなければなりません。慶應義塾としてはどのようなやり方で、ダイバーシティの取り組み、あるいはコミュニティづくりについて発信していくのがよいでしょうか。

岩橋

学生がやっていることへのエンパワーメント、エンカレッジはすごく大事です。そして、いろいろな実践をしている人たちの経験を、どうやったら共有できるかはすごく大事です。例えば学生なのにこんなこともできちゃう、といったグッドプラクティスみたいなものをメディアでも取り上げがちですが、実はそこにいる人たちにとって、生きるヒントになるのは、食堂で「ちょっと教えて、何であんたはそんなに上手くいってるの」というような、ちょっとしたコミュニケーションなのではないかと思います。

公衆衛生の領域だと「ポジティブデビアンス」(ポジティブな逸脱)と言ったりしますが、飛び抜けた業績でもない、本人にとっては別に普通なのに何でこんなに上手くいっているのだろうという人たちの声を上手く拾う。そういうものを見つけるきっかけとしてのコミュニティ、カフェができるといいのではないかと思っています。

ダイバーシティについては、他の大学のほうが進んでいる事例はたくさんあると思います。一方で、他の大学の教職員の人たちからは、慶應が動くことにすごく期待しているという話をいろいろなところで聞きます。

ある大学の学生に聞いた話では、ダイバーシティに関しての居場所があることが、その大学を選ぶ大きな理由の1つになったということでした。そういう話が出てきていることはすごく希望が持てるのではないかと思います。

私は当時、時代が違って結構三田できつい思いもしたけど、若い学生にはもっと楽しい空間がここでできて、そういう声が慶應でもたくさん聞けるようになったらいいと思っています。

奥田

受験生が大学を選ぶ時に、慶應義塾では自分を受け入れてくれる、自分の居場所があると思って受験してもらえることが理想ですね。

慶應義塾の理念に立ち戻る

清水

慶應が他大学より取り組みが遅れていると言われていますが、理工学部のワーキンググループの中で議論した時、慶應にいる人たちは、もともとお互いを尊重するような空気の中で生きていて、決して差別をしないし困っている人がいたら助ける雰囲気があるから、制度をわざわざつくらなくても上手く回っていたのではという話になりました。

もう1つ、ワーキンググループで気付いたことは、慶應義塾の理念、福澤先生の言葉を読み返してみると、ダイバーシティ、インクルージョン、エクイティに関係ある言葉ばかりが言われている。そこの部分が世の中にきちんと伝わっていないのではないか。

「天は人の上に人を造らず」の部分だけではなくて「人間交際」もそうですし、「多事争論」とかいろいろな言葉があって、現代版DEIを、福澤先生の言葉を再解釈する観点で考えてみたら、皆が納得するようなものが生まれてくるのではないかという意見が出ています。

今、ワーキンググループでは、SDGsになぞらえてKeiDGsという名前を付けて行動目標にまで落とし込むようなものができたら、塾内外に広めやすいのではないかと考えています。慶應はこういうことをやっていると、内部の人にも、卒業生の方々にもわかりやすく伝えられるのではないかと。

社会に向けての発信というとやはり関心を引き付けることが大事で、少し大げさな宣伝も必要だと思います。その時に福澤先生の言葉を借りるのは、慶應としてはありなのではないかという議論もしています。

田中

私も福澤先生の言葉、フィロソフィーはすごく大事なことと思っています。ダイバーシティ&インクルージョンと言うと、みんな違ってみんないい、だから何でもいいみたいに取られてしまうこともあるのですが、特に組織においては最低限の共通の規範を大事にした上でのものだと思います。

慶應義塾だったら、独立自尊など学校のフィロソフィーに共感して同じ学び舎で学んでいる学生だと思うので、慶應義塾で学ぶとはどういうことかを再確認するということです。

大学にいる間に違いを学ぶこともすごく大事です。パッと見たところ共通点があるわけではない学生が集まれる場所や機会も大事だと思います。一見困難に見えても結局、学びの場として慶應義塾を選んだという共通点がある。その点で何かしらでつながっていけるということが希望としてあります。そして、外に対しても慶應義塾のフィロソフィーをアピールしていくこともすごく大事なことだと思います。

奥田

ダイバーシティ&インクルージョンとは、異なる背景や価値観を持っていても、その違いが歓迎され、同じ仲間であるということ。ビロンギングという言葉もよく使われます。帰属という意味で、自分がそこに所属しているという意識のことです。そこが慶應義塾の場合はプラスアルファで何かあるのではないでしょうか。

清水さんが話した、私たちは何もやって来なかったわけではないというのはその通りだと思います。

杉田

おっしゃる通りで、僕が大学生の頃もすごくいいサポートがたくさんありました。その人たちの思いは、たぶん何も変わらない。僕は社会人になった時、自分できちんと稼ぎたいという思いがすごく強かったんです。お金を稼ぐことに関して障害なんて関係ないということを自分が示したいと。

障害があるけど勉強したいという人がいた時、慶應には支援室があるから大丈夫というのはとても重要なことだと思います。やはり外に発信していくのはとても大事です。

何がいいアイデアかと言われると、車いすを用意して、皆で三田キャンパスを漕いで動いてみるかとか、そんなアイデアになってしまう(笑)。それでも10年後に、あれをやった意味はこういうことだったのかと学生は気付くこともあるのかなと思います。

先導者として未来を描くには

奥田

慶應義塾には、全社会の先導者になるという理想があります。大学のキャンパスもまた、先導の場として未来の社会の縮図となるように塾員の皆さんの力も借りながら、さらなる協生環境推進に努めていきたいと思います。その縮図をつくるためにどのようなコミュニティ、どのような協生環境を目指すべきでしょうか。皆さんから最後に一言ずつお願いします。

田中

学生には希望を持って社会に出てもらいたいなと思っています。正直なところ最初からすべての人にとって完璧に満足のいく環境はないと思います。でも、例えば何か問題があってそれを変えたいとなった時に慶應義塾が、制度を含め実際に自分たちの力で変えられる場であるのだ、という安心感が、社会に出た時に何か問題が起きても、自分は声を上げていけるということにつながっていくと思います。

どうよくしていくかという話も大事ですが、前提として、1人ひとりの声に耳を傾け、変化していける慶應義塾であってほしいと思いました。

岩橋

いろいろな立場の人たちが集まるところでは、ただ集まるだけではズレとか立場の違いが見えれば見えるほど、いろいろな違いで傷ついたりすることがあると思います。どうやってその場の心理的安全性を守るか。ですからそういうところでファシリテーショ ンをしっかりするシステム、ファシリテートする人をつくる必要がある。そうでないと、逆にみんな違ってみんないいけど、誰にも役に立たないような形になってしまうと思うのです。

杉田

清水先生のおっしゃられた、慶應はもとからそういう文化だったというのは本当にそうだなと思います。ただ、受験生や外部に、それがどれぐらい広まっているかというと、また違います。外へ出て、あらためて慶應は居心地が良かったなと思う。だからこそ外でも頑張ろうと思えるのかもしれないのですが、そういう場所であり続けていてほしいですし、こういう活動は、もっと出していってよいのではないかと思います。

清水

今日お話を聞いて、教員がやるべきことはたくさんあると大きな宿題をいただいた気がします。学生に多様な経験をさせることがまだまだ足りていないと思いました。大学に入ったら、突然偉い教授が教壇の遠くのほうに立っていると思われているのかもしれない。学問だけではなく、様々な社会の問題、話題も話しやすい雰囲気をつくらないといけませんね。そうすると自然と居心地が良いキャンパスになっていくのかなと思います。

マイノリティになる経験をさせるようなセミナーなどもありかと思います。私は妊娠中お腹が大きくなって、初めてバスや電車に手すりがあるのが有り難いことだとわかったのですが、そういうことは自分が経験しないとわからない。そういう機会を少しずつ学生に与えるのは、大事だと思いました。

奥田

慶應での学びは正課と課外が両輪を成しているので、正課の中でも、多様性が経験できるような教育ができればと思います。

「変えられる場である」ことはまさに大事で、それを誰もが体験し、自分たちの力で変えることができるという自信を持って社会へ巣立っていくことが理想ではないでしょうか。

岩橋さんが、いろいろな人が集まってくるとファシリテーターが必要になると話されましたが、そういうファシリテーターの姿から学び、同じ役割を担うようになってもらいたい。今後はそういうリーダーが求められるのかもしれません。ただ先導するだけではなく、多様な意見をまとめることができる。それが、居場所としてのキャンパスとつながると思いますし、誰にとっても過ごしやすくなる。そんなところも大事にして発信していきたいと思います。

本日は有り難うございました。

(2023年1月28日、三田キャンパスにて収録)

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。